本連載は、2023年4月より日刊自動車新聞に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。

近年、自動車部品業界では、CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)の浸透を背景に、自社の注力事業に投資を集中する傾向が見られます。一方、非注力事業に関しては、収益性があるうちに分離の上、譲渡する動きが加速しています。

本稿では、1つの会社から一部の事業の分離、いわゆるカーブアウトを伴う事業売却に関し、一般的な進め方および留意事項を売り手の視点から解説していきます。

自動車部品業界におけるカーブアウトの留意点

カーブアウトを伴う事業売却の場合、株式で譲渡を行う場合よりもその検討プロセスが煩雑になります。これは主に、切り出される事業にかかわる機能や経営資源(人、資産、契約、知財、IT等)が他の事業と共有されており、その分離および対応に時間やコストがかかることや、売り手・譲渡対象事業主体・買い手の意向の調整に時間を要することなどが理由として挙げられます。売却を円滑に進めるためには、次のような対応が求められます。

売り手と譲渡対象事業主体という利害関係にあるプロジェクトメンバーを長期間にわたり拘束する検討プロセスにおいては、目的の設定が必要となります。すなわち、売り手としての事業売却目的の設定はもちろんのこと、譲渡対象事業主体における分離目的の設定(たとえば、分離により売り手に拘束されず戦略の立案や自事業に最適な投資体制が構築できるなど)が必要です。

プロジェクトの立上げに際しては、譲渡対象事業主体のリーダーと売り手のプロジェクトリーダーの選任が重要となります。
特に譲渡対象事業主体のリーダーが分離目的を設定し、オーナシップをもってプロジェクトをしない場合、譲渡対象事業の価値下落や人材流出につながりかねません。

カーブアウトを伴う事業売却の場合、通常1、2年程度の準備期間が必要となります。プロジェクトは、いくつかのフェーズに分けられます。守秘性を維持しつつ、フェーズが進むごとにプロジェクト関与者を増やし、検討の深度を深めていく必要があります。特に、商/物流、人材、工場など設備、特許・ライセンス、仕入・販売・外注契約、ITなどの観点からの分離に伴う諸課題(カーブアウトイシュー)と対応策の検討に際しては、各機能の現状を把握したメンバーの巻込みが必要です。

また、自動車部品産業における事業売却に際しては、サプライチェーンを混乱させない形で、Day1(新体制下での初日)をスムースに乗り切ることが重要です。したがって、OEMやサプライヤーとの調整をいつどのような方法で進めるのかが、スケジュール・タスクの設計に際しての、重要な検討ポイントの1つです。

売却に際しては、カーブアウトイシューの特定および対応策の整理をいかにスムースに行えるかがプロジェクトの正否に影響を及ぼします。譲渡対象事業を支えている機能・経営資源のうち、一部が移管されない場合において、買い手としてどのような対応が必要であるのか(自己調達、外注、売り手との「Transition service agreement」(=移行サービス提供契約など)、またそれらの対応準備に要する時間やコストはどの程度か、といった情報が買い手に十分かつ正確に伝達されない場合には、売却価値の減額や案件の不成立に直結してしまいます。

したがって売り手は、譲渡対象事業の現状の姿、分離完了後の姿、各機能・経営資源の分離方針および計画、現状の財務数値と分離後の事業計画などを一貫したストーリーをもって、買い手に説明する必要があります。

事業分離を伴う事業売却は、上記のとおり、多くの労力が必要とされます。しかしながら、売却の目的、方針、計画を一貫したストーリーをもって整理することより、売り手は売却価値の最大化が図れ、かつ譲渡対象事業自体も実務への影響を軽減した円滑な分離を行うことが可能となります。

売り手・譲渡対象事業に帰属する従業員や取引先などを含む利害関係者が、安心して新社の体制を迎えるためにもぜひ入念な準備を売り手・譲渡対象事業者双方の協力のもとで行うことが望まれます。

【事業売却戦略立案 売却前タスク整理 売却取引対応(交渉・契約締結・クロージング)Day1以降の対応】

自動車部品業界におけるカーブアウト型事業売却とその進め方_図表

日刊自動車新聞 2023年11月6日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日刊自動車新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

執筆者

あずさ監査法人
ディレクター 小松 浩幸

クルマ社会の新しい壁

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