本連載は、2023年4月より日刊自動車新聞に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。

自動車業界における新たなデータ共有のあり方

2023年は、自動車業界のデータ共有のあり方が変革する年になりそうです。欧州を中心に、地政学リスクの高まりやデータ関連法規制を背景に、データ主権を各国に取り戻す動きが加速しています。欧州委員会は、産業の効率化を主眼としたIndustry 4.0から、人工知能(AI)を活用した持続可能な産業を目指すIndustry 5.0を提唱し、データ共有による新たな世界観を創造しようと懸命です。こうした背景のもと、欧州自動車業界の実験的な取組みである“Catena-X”が、2023年から本稼働を開始する予定であり、世界的に注目を集めています。

Catena-Xは、サプライチェーンのデータを“コネクター”と呼ばれる標準化されたルール・プロセスに基づき企業間で共有する仕組みです。そのため、各企業はある特定企業のデータベースに依存することなく、データ主権を自社に保持した状態でデータ共有を行うことができます。この“コネクター”により、品質管理や需給管理などにおけるサプライチェーンの可視化・高度化、サーキュラーエコノミーへの対応やカーボンフットプリントの可視化につなげることが可能となり、新たなデータ共有の仕組みとして期待されています。

社会価値の高い取組みであるCatena-Xですが、その実態に目を向けるとドイツ企業によるルールメイキングと収益化への思惑が見えてきます。Catena-Xの創設メンバーや、ビジネスモデルを検討する団体(Cofinity-X)、さらには外部サービスプロバイダーの多くはドイツ企業で構成されています。今後は、欧州に留まらず世界に取組みを拡大し、グローバルスタンダードを狙うことが想定されています。公明正大なコンセプトを掲げルールを整備・拡大し、社会価値のみでなく事業価値も見据える持続可能なスキームは日本企業も学ぶことは多いと言えるでしょう。

Catena-Xは、従来のOEM集約型のデータ共有から、対等な関係で連携できる仕組み作りがなされています。OEM集約型でのデータ共有では、各企業のインセンティブに乏しく、かつ業界をまたぐデータ連携にも限りがありました。一方で、エコシステム型(協創型)では、各企業が同一の目的のもと、インセンティブを持ち、自律・分散的にデータ共有を行うことができます。

〝Catena‐X〟の本格始動と日本企業への影響_図表1

Catena-Xでは、サプライヤー・リサイクラーや他業界等の多岐にわたるプレーヤーと対等な関係でのデータ連携を促進するため、エコシステム型でのデータ共有の仕組みを採用しています。

欧州の取組みを踏まえると、日本もデータ共有のあり方を早急に再定義することが求められています。足元を見ると、モノのサービス化、意思決定の早期化、ESG経営などさまざまな文脈でデータ連携を強化する動きが急拡大しています。加えて、Catena-Xなど欧州データスペースとの接続に向けた仕組みも必要となります。

そうしたなか、日本は経済産業省を中心に、データ連携に関するイニシアティブである“ウラノス・エコシステム”を立ち上げ、本格的に仕組み構築に向けて乗り出しています。各企業は、データ共有のその先にあるイノベーション創出や業務効率化に向け、エコシステムの構築と企業間連携による価値協創に真剣に向き合う必要があるでしょう。
こうしたエコシステムの構築や拡大には、定石に従いステップを踏んで検討することが求められています。

第一に“構築”においては、Catena-Xの得意とする価値提供やルールメイキングを含めた7つの論点に対し、戦略立案の必要があります。

〝Catena‐X〟の本格始動と日本企業への影響_図表2

第二に“拡大”においては、参加企業の“うまみ”となるインセンティブをどのように提供するかについて、策を講じる必要があります。こうした論点を注意深く議論することにより、初めて企業間連携への道が開けます。各企業は、今後のデータ連携と、連携を通じたイノベーション創出や業務効率化を見据え、戦略を早期に構築していく必要があります。

日刊自動車新聞 2023年9月4日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日刊自動車新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

執筆者

KPMGコンサルティング
アソシエイトパートナー 齋藤 郷
シニアコンサルタント 丹羽 奎太

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