データサイエンスを用いた利益を最大化する価格の最適化

本稿では、収益性改善におけるプライシングの取り組みの重要性をまず説明します。そのうえで複数あるデータサイエンスを活用したプライシング手法のなかから、今回は1つの手法に着目して詳しく解説します。

本稿では、収益性改善におけるプライシングの取り組みの重要性をまず説明します。

企業が収益性を高めるための施策として、いまプライシングの重要性が増しています。しかしながら、商品と販売チャネルが数多くあるなかで、マーケティング施策の有無、需要の時間的な変化や商品間でのカニバリゼーションなど、さまざまな要因を総合的に考慮して適正価格を決定することは容易ではありません。このような複雑で困難な意思決定に、データサイエンスをどのように活用できるでしょうか。

本稿では、収益性改善におけるプライシングの取組みの重要性をまず説明します。そのうえで複数あるデータサイエンスを活用したプライシング手法のなかから、今回は1つの手法に着目して詳しく解説します。具体的には価格を軸に販売量を予測する回帰モデルの構築の方法と、その応用としての価格の最適化手法を具体的なメリットとともにご紹介します。

なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

POINT 1 データに基づいた戦略的なプライシングの重要性
価格は継続的な収益改善に効果的なビジネスドライバーであり、プライシングは戦略的に取り組むべき領域の1つである。しかし、チャネル施策やプロモーションなどの多岐にわたるマーケティング施策と価格とが実際は複雑に絡みあっているため、効果的なプライシングの判断を行うことは一般的に容易ではない。そのため詳細なデータ分析を行い、複雑な要素を分解し客観的に価格変化の効果を見極めることが肝要である。

POINT 2 需要予測モデリングに基づく価格の最適化
プライシングにおけるデータサイエンスの活用は大きく2段階で行われる。まず、商品の販売量に影響を及ぼす、自社・競合の価格、マーケティング施策、その他要因(天候、季節、イベントなど)を説明変数として、自社商品の販売量を予測する回帰モデルを構築する。その後、構築したモデルに数理最適化の手法を組み合わせ、各種制約があるなかで商品ポートフォリオ全体の利益を最大化する各商品の最適価格を推定する。

POINT 3 需要予測モデルと最適化手法の2つを組み合わせる手法のメリット
需要予測モデリングでは最適な価格の特定だけでなく、さまざまな要因が需要に及ぼす影響や商品間のカニバリゼーション、季節性などを定量的に測定できる。 加えて、価格を変更した際にどの程度販売量・売上・利益が変わるかをシミュレーションし、価格の意思決定に必要なインサイトを広範に得たうえで最適価格を見極めることができる。

POINT 4 戦略的なプライシングを実行するために
価格戦略は一度決めて終わりではなく、変化する市場環境のなかで最適な価格を都度見極めていくことが重要である。そのため、プライシングに継続的に取り組むためのケイパビリティ構築が重要となる。

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田中 勇輝

KPMG FAS マネージャー

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Ⅰなぜ企業はプライシングに取り組むべきか

コロナ禍における原材料費や物流費の高騰などにより、企業努力によるコスト削減は限界に近づいています。しかし、そのような厳しいビジネス環境においても、企業は活動の成果としての収益性を高めていかなければなりません。

このような状況下にある企業において、プライシングは戦略的に取り組むべき領域の1つです。なぜなら、プライシングが収益改善に寄与する度合いが大きいと考えられるからです。この分野における調査・研究では、価格、販売量、固定費、変動費の大きく4つの収益改善ドライバーのうち、価格が最も改善効果が大きいとされています。

日本では必ずしも馴染みがあるわけではないプライシングですが、海外では収益を改善するうえで価格が最も効果的なドライバーと認識されており、コスト削減と同様か、それ以上に重点的に取り組まれている施策領域となっています。また、プライシングの対象は既存商品の短期~中期的な収益改善のみならず、新商品の値決めまで幅広く関係するため、企業にとって必須の検討項目とされています。

利益よりシェアを追求する経営姿勢や、長期のデフレ下における顧客離れのおそれなどから、日本において値上げはこれまで嫌厭されてきました。しかし、収益改善を求める株主やマネジメントの圧力の高まりや、経済がインフレ基調にあり値上げがしやすい状況への変化も受けて、今後は収益改善の有効な施策の1つとして、より積極的な値上げも含めた価格変更の機会が生まれてくると考えられます。

事実、近年では価格を収益改善ドライバーとして活用し、値上げの判断に踏み切る日本企業が増えてきています。

しかし、これらの意思決定がデータに基づいた戦略的なプライシング検討の結果であると自信をもってこたえられる企業は少ないのではないでしょうか。実際にプライシングに取り組む際には、詳細にデータを分析したうえで、筋の悪い値上げや安易なディスカウントを避けながら戦略的かつ慎重に意思決定を行うことが重要になります。

しかしながら、企業にとってこのようなプライシングの判断は容易ではありません。たとえば、消費財メーカーであれば、膨大な数のStock Keeping Unit(以下、「SKU」という)があり、それを複数の業態の販売チャネルに卸しています。SKUが数百~数千あり、販売チャネルの種類もコンビニエンスストアやGeneral Merchandise Store(以下、「GMS」という)など複数あり、さらに店舗の数が数百あるといった場合の掛け算となると、各商品の適切なプライシングの見極めが非常に複雑となることは容易に想像ができます。この例が示すように、プライシングは企業の実態や置かれている状況により困難な判断を伴うものになります。

そのため、価格を収益改善ドライバーとして活用するにあたっては、有効な分析アプローチの検討が不可欠です。適用するアプローチを見定め、プライシングを効果的に運用することができれば、商品ポートフォリオの利益最大化や売上とシェアの最適なバランスの見極めなど、さまざまな経営課題解決の糸口となることでしょう。

本稿では有効なプライシングのアプローチの1つとして、データサイエンスを活用した手法について解説します。データサイエンスを活用したプライシング手法のポイントは「需要と価格の関係性」を詳細に把握し、「利益を最大化する価格帯」の見当をつけることができるという点にあります。次章からは、具体的に消費財メーカー(B2B2C)や小売(B2C)などの、価格の変動が頻繁に発生する業界における、既に上市されている既存商品から得られる利益最大化を例として考察していきます。

Ⅱ販売量を予測する回帰モデルの構築と商品価格の数理最適化

プライシングにおいてどのようにデータサイエンスを活用するのかを検討する前に、本稿で考察するケースの前提を説明します。ここでは食品、飲料、洗剤などの日用消費財の価格最適化問題を考えます。一般的に、日用消費財は、消費者向けの低価格製品で、Fast Moving Consumer Goods(FMCG)と呼ばれ、商品回転率が高いことが特徴です。

具体的には、ある消費財メーカーが小売店を経由して自社商品を販売しているケースを想定します。今回はその消費財メーカーがSKUごとに最適な価格を検討する必要があり、各SKUは商品パッケージの容量や内容がそれぞれで異なるものとします。小売店では自社商品と他のいくつかのブランド(競合商品)が販売されており、自社ブランドと他のブランドの両方について、外部のデータ提供会社や取引先(小売業者)からSKUの単価と販売量が把握できるデータ(POSなど)が日次あるいは週次で取得できると想定します。実際に、リサーチ会社が提供する幅広い商材に関する日次/週次のPOSデータや、小売店からメーカーに提供されるPOSデータが利用できるケースがあります。

このような状況で、販売チャネルの業態の違いを考慮しつつ、取引先・店舗ごとに商品から得られる利益を最大化するための各SKUの最適な価格帯をどのように知ることができるでしょうか。もし、それを知ることができれば、その価格帯を実現するためにどのような販促投資を小売店に対して提供するべきか検討したり、消費財メーカーとしての希望小売価格を再検討したりできるようになります。

このような設定の下、実際に取り得る分析のアプローチを見ていきましょう。

1. 価格を軸にして販売量を予測する回帰モデルの構築

まず、自社の商品ポートフォリオから得られる利益最大化のための各SKUの価格検討の出発点として、商品価格が変動するにつれてどのように販売量(および売上・利益)が変化するか理解することを目指します。そのために、自社・競合のSKUの単価、他のマーケティング施策やその他要因(天候、季節、イベントなど)といったものを定量化した変数あるいは特徴量をインプットとして、自社の各SKUの販売量を予測する回帰モデルを構築します(図表1参照)。特徴量とは機械学習モデルにデータを学習させる際に、データのどんな特徴を参考にしてパターンやルールを見つけ出せば良いかの指標になるものであり、定量的に測定できるさまざまな数値や定性情報ラベル、日付などがあります。また、一般的に「回帰モデル」といっても、そのなかには線形回帰モデルの他に、一般化線形モデル、時系列モデル、確率モデルなど複数のモデルの種類が含まれています。

  •  一般化線形モデル:重回帰分析を一般化した回帰モデルで、目的変数が正規分布に従わない場合や、質的変数の場合にも適用できる。例として、ポアソン回帰、ロジスティック回帰などがある。
  •  時系列モデル:時間的な変化に伴い観測できるある現象の傾向や周期性を、その説明変数として組み込んで分析する回帰モデル。例として、自己回帰モデル、移動平均モデル、状態空間モデルなどがある。
  • 確率モデル:将来ある現象が発生する可能性を、ランダムに起こる出来事の影響を考慮して予測するモデル。観測されたデータが何らかの確率的法則に従って生成されたという考え方のもと、観測の自然なランダム性から生じる不確実さを定量化する手法である。例として、ナイーブベイズモデル、階層ベイズモデルなどがある。

商品価格の変動による販売量の変化を捉えるモデル構築の場合、たとえば、一般化線形モデルの構築からスタートし、これに時系列モデルや確率モデルなどの技術的に難易度の高いモデルを組み合わせていくことで、モデルの精度を高めていくアプローチをとります。

加えて、上記の過程で構築された回帰モデルは、ビジネスや経済の実態に則している必要があります。たとえば、一般的には商品の販売量はその商品の価格が高くなるにつれ減少することが推測されます。また、自社商品と競合他社の商品で近しい容量のものがある場合、自社商品の価格が据え置かれた状態で競合商品の価格が下がれば、自社商品の販売量は減少するといった一般的な経済理論が存在します。構築された回帰モデルがこれらの要件を具備しているか検証することによってモデルの妥当性を判断することが肝要です。

このようにして構築された販売量を予測する回帰モデルは、各SKUの単価を変化させたときに、SKUごとの販売量を導き出すことができる関数とみなすことができます。回帰モデルから直接導き出されるのは販売量の推定値ですが、これに加え、単価や原価と販売量の積を計算することにより売上高や利益を推定することも可能です。各SKUの販売量を導き出す関数を組み合わせることで、競合のSKUの単価やその他の外部要因のように自社で制御不可能な変数の値を所与としたうえで、自社の各SKUの単価を変動させた時に販売量(および売上・利益)が変化する様子をシミュレーションすることができるのです。この関数がこれから説明する数理最適化問題における鍵となります。

図表1 収益の分解および販売量を説明する要因(自社、競合、市場、外部要因)

図表

出所:KPMG作成

2. 数理最適化による商品ポートフォリオ の利益を最大化する価格提案

続いて、前節で構築した価格やその他の要因をインプットに販売量を予測する回帰モデルを使って、販売量や利益額を最大にする価格を導き出す方法を解説します。その方法は数理最適化と呼ばれ、何らかの制約の下で目的関数の値を最大化あるいは最小化する条件を求めるためのデータドリブンな手法のことをいいます。ビジネスにおいては、商品価格の設定、輸送経路、生産計画、在庫調整、人員配置などさまざまな経営課題の領域で応用されています。

今回のプライシングを数理最適化問題として定式化すると、最大化したい目的関数は自社の商品ポートフォリオから得られる利益の合計であり、明らかにしたい条件は利益の合計が最大化されるときの各商品の価格となります。このとき、価格をインプットとして回帰モデルから導出される値は販売量であるため、前述のように各商品の粗利と販売量の積を計算し、利益を目的関数とする式に変更します。また、上記のように利益を最大化しようとするプライシングにおける最適化問題を解く際には、現実的な制約条件を考慮する必要があります。たとえば、直近の価格から大幅に価格を変更することは一般に難しいことから、シミュレーションの際に価格の増減幅を一定の範囲内に制限することや、同カテゴリーであるものの容量が異なる商品については、容量が大きい商品を購入する方が単位当たり価格を比較してより経済的になるように価格の整合性を担保すること、などが想定されます。これらの制約条件を踏まえたうえで、目的関数に数理最適化の手法を適用すると、自社商品のポートフォリオから得られる利益が最大になる現実的なSKU単価を特定することができるのです。

このように、データサイエンスの手法を活用することによって、企業は販売量と価格の関係性および商品ポートフォリオの利益を最大化するための各価格帯など、戦略的なプライシングの検討に必要な示唆を得ることができます。

Ⅲ適用した分析手法のメリット

今回は、販売量を予測する回帰モデルと最適化手法を組み合わせた価格設定のアプローチをご紹介しましたが、データサイエンスを活用した価格設定のアプローチとしては、他にもいくつか候補が挙げられます。たとえば、原価に10%マージンを上乗せする価格設定を基本とし、毎月第3週の週末に5%割引するなどのルールベース(手動、あるいは機械学習を利用)での値付け手法。また、強化学習を用いて、価格を変えて利益が改善されれば報酬、悪化すれば罰則を与えるように設定し、学習を繰り返すことで、その都度報酬が最大化されるように価格を更新していく手法や、ゲーム理論を用いて自社と競合が相互に依存しながら価格を設定する様子をモデリングする手法などが考えられます。なお、強化学習やゲーム理論を用いたアプローチを検討する場合、高度な手法かつ利用ケースを選ぶため、手法の特性を詳細に理解したうえで、直面している課題感や目的に適しているか、また期待する効果を達成できるのかを見極めることが重要です。

今回紹介しているアプローチは、価格に注目して商品の販売量を予測する販売量を予測する回帰モデルと、最適化手法の2つを組み合わせていることが特徴的です。この一連の分析の流れのなかで、販売量に影響を及ぼす全ての要因を考慮することは不可能ですし、精度の高い販売量を予測するモデルを構築することはけっして容易ではありません。しかし、これら2つの手法を組み合わせたアプローチを取ることは、プライシングの意思決定において以下のようなメリットがあります。

第一に、自社商品の販売量と商品単価をはじめとする複数の要因間の関係性を回帰モデルで表現することで、単に自社商品の最適価格を特定するだけでなく、さまざまな要因が販売量に及ぼす影響を定量的かつSKUごとに把握できます。特に、どの商品とどの商品でカニバリゼーションが発生しているか、季節性などの外部要因がどの商品の販売量にどの程度影響を与えているか、などを理解することができます。

第二に、数理最適化の手法は汎用性が高く、商品の販売量および利益予測に用いる回帰モデルの種類を変更しても、自社商品のポートフォリオから得られる利益を最大化する最適な価格の導出に利用することができます。特徴量やデータの形式は、事業領域、商品数、使用するデータの性質などさまざまな要因に依存するため、分析に最適な回帰モデルもこれらの要因次第で異なります。そのため、多種多様なモデルに対して最適化条件を導出できることは、プライシング検討において重要なのです。また、複数のモデルの候補がある場合には、それぞれ最適化を実行することにより、各モデルの予測精度や最適化された価格を比較した上で、ビジネスの業態にマッチしたモデルを選択するといったアプローチも可能になります。

Ⅳさいごに

本稿では、販売量を予測する回帰モデルと最適化手法を組み合わせたプライシング手法を、「データサイエンスを用いた利益を最大化する価格の最適化」の1つの有効なアプローチとして解説しました。

これまで紹介したようにデータサイエンスを活用することによって、プライシングの意思決定において重要な示唆を出すことが期待されますが、これらの分析や示唆を一過性のものにしないことも非常に重要となります。なぜなら、顧客のある商品に対する価格許容度や競合の価格設定は都度変動するものであり、これらの変化に応じて企業が取るべき最適な価格戦略も必然的に変動するからです。

したがって、プライシングを収益改善のために具体的な方法を含めて積極的に活用できるという認識を持つことがまずは必要ですが、その先には継続的にその効果を実現するためのプライシングのケイパビリティ構築が欠かせないと言えるでしょう。

プライシングのケイパビリティを持つうえでは、全社戦略やマーケティング戦略などの個別戦略との整合性に加え、それを実行するためのデータサイエンスのケイパビリティに係る人的資本やインフラへの投資が必要になります。これらの投資は決して小さなものではないかもしれませんが、プライシングを武器として継続的に収益改善に取り組むための価値ある取組みと言えるでしょう。

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