コア事業への注力や不採算事業からの撤退を検討する企業にとって、事業のカーブアウト売却は多大な価値創出の源泉となります。売却に際し、カーブアウト事業を「パッケージ化」、すなわち、経営、オペレーション、財務面の課題に直面することなく、単独で運営できるスタンドアロン事業体として売り込むのが理想です。

事業のカーブアウト売却は大きな成果が期待できる一方、売り手がカーブアウト計画を適切に作成・実行しなければ、売却により得られるはずの価値は失われてしまいます。したがって、売却を成功に導くための適切な意思決定を行うには、売り手の戦略に合致したオペレーティングモデルを構築するための方法論を確立しておかなければなりません。カーブアウトには、財務(税務を含む)、収益力、スタンドアロン化に係る費用、税務/法務を踏まえたストラクチャリングなどさまざまな要素がありますが、本シリーズでは組織・オペレーションの分離に焦点を当てます。

今回は、事業のカーブアウト売却の主要フェーズを検証する「『パッケージ化』して行う事業のカーブアウト売却(全4回)」シリーズの第1回です。

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カーブアウト案件増加の背景

カーブアウト案件増加の背景には、PEファンドがカーブアウトを介した投資ストラクチャーを選好するようになったことがあります。2022年上半期のPEファンド案件総額は前年同期比で51%増加し、5,900億ドルに達しました1。また、2022年上半期だけで、米国におけるストラテジックバイヤーとPEファンドを合わせたカーブアウト案件の買収総額などの総額は、1.41兆ドルに及びました1、2

企業は、戦略的フォーカスの変更、企業価値の引上げ、管理体制の見直し、官僚的組織からの脱却など、さまざまな理由から事業売却を選択します。例えばライフサイエンス業界では、ノンコア事業を売却して特定分野に特化したプラットフォームを構築する動きがあります。具体例として、消化器領域や希少疾患などの長期的成長可能性を見込める分野に注力するため、100億ドル相当のノンコア事業の売却を手掛けた武田薬品工業が挙げられます。具体的には、コンシューマー事業を切り離し、スペシャリティ医薬品の開発、受託開発、製造、研究機能を買収しています。

1  出典:KPMG USによるM&A市場調査(2022年7月)
2  M&A案件は買収対象企業および買い手それぞれの主要業界に基づきセクター分けされており、2社の業界が異なる場合に当該案件が2つのセクターにてカウントされる場合があるため、記載される戦略的案件総額は、各セクターにおける戦略的案件総額を合算したものと必ずしも一致しない点に留意されたい。(例:買収対象企業がテクノロジー・メディア・通信企業であり、買い手企業が金融サービス業の企業である場合に、当該案件は双方の業界にてカウントされている。)

M&A市場の追い風

1.「旺盛な買収意欲」
高値買収にも積極的な買い手が多く存在し、売り手は収益性の改善と債務の削減による価値の創出を実現しています。

2.「アクティビスト株主」
 アクティビスト株主の間で、ノンコア事業や不採算事業の売却を求める動きが拡がっています。

3.「重点領域のシフト」 
 多くの企業で、環境・社会・ガバナンス(ESG)や医療格差の解消に向けた取組みに重きが置かれるようになりました。「2021 KPMG U.S. CEO Outlook」によると、調査に協力したCEOの81%が自社のESG計画のうち「社会」に重点を置くようになったと回答しています。

4.「戦略的ケイパビリティ強化」
注力分野の見直し、コア事業もしくは新たな取組みに注力する方針を打ち出した企業の多くが、短期間でケイパビリティの強化や製品ラインナップの充実化を実現すべく、企業・事業買収を実行しています。

5.「新型コロナの影響」 
新型コロナウイルス感染症により打撃を受けた企業は、資本注入、債務圧縮、収益性悪化への対応などを通じて、財務体質の健全化を図りました。また、打撃が比較的小さかった企業ではフリーキャッシュフローを増大させて企業価値を高める動きがありました。これらのいずれもがM&Aを活発化させる要因となっています。

こういった動きは当面続くことが予想され、M&A市場の活況も当面は持続すると想定されます。

事業のカーブアウト売却の複雑性および課題

事業のカーブアウト売却の多くは複雑であり、また大半のケースで、切り離された事業の継続に売り手(「残存会社」と呼ばれる)によるオペレーション面のサポートを必要とします。したがって、Day1時点で十分な機能を備えた事業体を立ち上げることは、売り手および買い手両方のステークホルダーにとって大きなチャレンジとなります。

一方で、取引が適切に実行されれば両者に多大なメリットがあります。買い手側は企業全体の買収の場合と比較して買収プレミアムの金額を抑えることで、投資収益性を高めることができます。売り手側にとっては、ディール成約の可能性を高められることを意味し、残存事業の運営に注力しながら、欠損金を利用することで課税所得の減額と取引価値の向上を図ることが可能となります。

しかしカーブアウトが適切に実行されなければ、両者が獲得しうる価値が失われるおそれがあります。カーブアウトを実行することで、両者間にディスシナジーが生じるケースもあります。従前の親会社による契約のもと合意された契約条件を失うことにより、ベンダー交渉力が低下することがその一例です。図表1において、ディールプロセスでよく見られる5つの落とし穴を説明しています。

図表1 カーブアウト計画の作成において回避すべき5つの落とし穴

課題 根本原因 影響
カーブアウト範囲の定義
  • 事業のカーブアウト売却の複雑性にもかかわらず、買い手および売り手側で通常のM&A案件と同じ感覚で準備してしまう(例:取引対象範囲を細かく定義しない)
  • 計画段階での方向性の誤りにより、実行段階でのコスト増や遅延等の問題が発生する
  • モノ・カネの流れの全体像の定義・構築が難しくなる
多数のステークホルダーへの対応
  • 事業のカーブアウト売却では残存会社、カーブアウト事業で立場の異なるステークホルダーが多く存在するが、経営陣・幹部間で達成目標・手法についての意識統一がなされていない
  • 残存会社とカーブアウト事業の優先事項の不一致が生じる3
  • カーブアウト関連業務の重複および誤ったリソース配分が生じる
  • クロージングまでの期間が長期化する
リソースの不足
  • カーブアウト関連業務に従事するカーブアウト会社の従業員は、通常業務とM&A関連業務の兼務を強いられる
  • 従業員の意欲が低下する
  • カーブアウト事業キーパーソンの退職が発生する
  • 顧客・取引先との関係、特に従前から良好でない状態にある関係が悪化する
共有資産・機能の特定および対応
  • 残存会社とカーブアウト事業間の共有資産や機能につき、十分に検証せず、不十分な理解や誤解が発生する
  • 残存会社、カーブアウト会社の双方で必要な資産や機能を欠き、事業運営に支障が発生する
  • 新オペレーション体制の整備に想定外の期間、コストを要してしまう
グローバル展開モデルによる シェアードサービス体制の構築
  • 各機能を網羅したターゲット・オペレーティングモデルの各局面4でカーブアウト会社が残存会社に大きく依存する
  • カーブアウト会社に最適なオペレーティングモデルを構築するのではなく、既存モデルの再構築に終わってしまう
  • カーブアウト会社の立ち上げに必要な投資を得られない(特に投資ファンド等のフィナンシャルバイヤーの場合)
  • オペレーション体制が十分に練られない結果、期待値や競争要件を満たせなくなる


3「カーブアウト事業」とは、第三者への売却あるいは独立法人として新たに設立することを目的として、子会社や事業部門など企業または企業グループの一部を切り出したものをいう。
4  プロセス、テクノロジー、資産、契約、人材を含むが、これらに限らない。

売り手側で適切な対応を取ることで、上述の落とし穴を回避し、ディールが失敗に終わるリスクを軽減することができます(図表2)。

図表2 成功のためのアクション

課題 根本原因
 1. ”要らない資産”を捨てる
「意識からの脱却」
  • 売り手側は価値創出への道筋が明確に見える形で売却事業を定義しなければなりません。自社に重荷となるものを単純に切り捨てたい衝動に負けてはこれを実現できません。まずは事業性分析を実施し、切り出し対象(売却対象範囲)を明確にする必要があります。
2. 他社が買いたいと思うものを売る
  • カーブアウト計画の作成前に、買い手候補を想定し、分析することが重要です。売るものを決めてから買い手を見つけるのではなく、好条件で買い手が見つかる「パッケージ事業」を十分に検討のうえ、定義する必要があります。
3. 決められる事項は早期に意思決定する
  • 取引の方向性や取引対象範囲を明確にするため、初期段階で意思決定すべき事項を特定し、早期に意思決定を行う必要があります。これにより、関係者間の意識統一が促進されます。
4. ディールプロセスをコントロールする
  • 計画の一元化、役割・責任の定義、スケジュールの策定などのディール実行プロセスの重要領域において、具体性と詳細性が極めて重要であることを認識する必要があります。
5. カーブアウト計画を作成する
  • カーブアウト事業が目指すゴールを設定し、そこに到達するための計画を作成する必要があります。オペレーティングモデルの構成要素を一元的かつ統合的に整理し、あらゆるステークホルダー間で共通のビジョンを浸透させなければなりません。また、カーブアウト企業の自立運営に必要なものを整備していくことは大変重要ですが、残存会社側の分離のストラクチャーも同等以上に重要です。
6. 段階的にディールを推進する
  • 段階的アプローチを採用し、負荷を管理していくことで、プロジェクトチームが徐々に勢いをつけ、初期段階に案件知識を習得できるよう促すと同時に、後のより複雑な実行計画に向けた適応力を高めていく必要があります。
  • カーブアウトの実行フェーズについては、本シリーズ第3回の「事業のカーブアウト売却後のデリバリーモデルの導入」においてより詳しく説明します。
7. グローバル展開モデルによりシェアードサービス体制を構築する
  • カーブアウト事業の戦略に沿ったシェアードサービス体制を構築する必要があります。シェアードサービス部分は、残存会社との共有資産・機能およびTSA対象の大部分を占めます。新体制の構築にあたり、既存の体制を参照するケースが多いですが、これを踏まえて最適な体制を検討する必要があります。

支援事例:適切なカーブアウト計画の策定

ある大手多国籍医療機器メーカーが、製品部門の1つを切り離して投資ファンドなどのフィナンシャルバイヤーに売却する方法を検討していました。業績の振るわない部門でしたが、品揃えの充実を目的として存続させていたものです。特定の買い手はまだ想定していなかったものの、いくつかの買い手候補企業を精査したうえで、カーブアウト計画作成後、6ヵ月以内にデューデリジェンスを開始する計画を立てました。

カーブアウト計画の作成にあたり、KPMGはカーブアウト事業の幹部に新組織のオペレーションを検討するよう依頼するとともに、各機能担当チームと協力してカーブアウト計画の第1版を作成しました。残存会社の一部門としては課題があったこの部門ですが、カーブアウト事業の幹部とそのチームは、KPMGのガイダンスと方法論を活用してスタンドアロン企業として成立する体制を定義し、価値創出に向けた道筋を明確にすることができました。

カーブアウト計画の作成は、複雑なディールプロセスの最初のステップです。この全4回のシリーズでは、ディールプロセスにおける重要なステップを見ていきます。次回の記事「事業のカーブアウト売却後の最適なデリバリーモデルの構築」では、中央集約型シェアードサービスのグローバル展開モデルの評価、各機能のコントロールの所在の決定、グローバルコーポレートガバナンスのための課題検討の手法について説明します。

本稿は事業のカーブアウト売却が増えていることを受け、その成功の鍵を紹介する、4回構成の記事の第1回目です。
昨今の外部環境の変化を受けて、日本でも事業のカーブアウト売却の検討に着手する企業が増加しています。事業のカーブアウト売却は日本企業にとって未だ経験の少ない取り組みである一方、KPMGとしては既に支援事例を積み重ねております。日本およびグローバルの知見を踏まえ、日本企業特有の論点およびその対策につき、以下を追記します。

日本企業による事業のカーブアウト売却における実務に見られる課題

日本企業による事業のカーブアウト売却においては、以下のような特有論点が見られます。

1. 適切な売り時を逃してしまう
昨今少なくなりましたが、日本では、「高収益でなくても利益が出ていれば保有し続ける」というスタンスを取る企業が多くありました。また、事業売却に踏み切る前に、自社内での合理化を徹底せねば社内外に説明がつかない、との経営層のマインドセットも根強いものがあります。こうしたことから、適切な売り時を逃すケースが多く見られます。

2. できない理由によって検討が停滞
事業のカーブアウト売却は、売却範囲の定義、TSA(Transition Service Agreement:事業売却後一定期間にわたり売り手から対象事業に対してサービス提供する契約)の設定等、複雑性の高いM&Aです。また、特に対象事業の従業員からは事業売却はネガティブにとらえられがちであるため、「できない理由探し」に走りがちです。

3. 海外拠点からの情報収集の制約
対象事業がグローバル展開している場合、海外子会社との連携も必要となります。一方、日本企業では本社サイドで海外子会社の情報を十分把握していないケースが非常に多く、特に人事やITなどの間接部門では「自分たちの管轄は国内のみ」との意識であることが散見されます。こうした場合、海外拠点の情報入手に苦慮することとなります。

4. ITシステムの複雑さ
ITシステムは事業のカーブアウト売却において常に大きな課題となるテーマです。特に日本企業は独自システムもしくは高度にカスタマイズされたシステムを使用していることが多く、事業のカーブアウト売却に伴う分割、スタンドアロン体制の確立の難易度は高くなります。

日本企業への示唆

上記の課題およびグローバル企業における事例を踏まえて、以下の示唆を提示いたします。

a. 明確な撤退基準の設定
迅速に適切なタイミングで意思決定できるよう、撤退基準をあらかじめ明確化しておくべき

b. 売却前のバリューアップシナリオの策定
買い手にとっても煩雑な買収となるため、リターン最大化のためには、魅力を最大限伝えるシナリオ作りが大事

c. 強力なリーダーシップと現場のチェンジマネジメント
「危機感」と「メリット」を言語化し、しっかりコミュニケーションを行うことが重要

d. 海外子会社に対する平時からのガバナンス
レポートラインの整備等、平時から海外子会社にガバナンスを利かせておくべき

KPMGは事業のカーブアウト売却に豊富な実績があります

KPMGは日本においても事業のカーブアウト売却支援に豊富な実績を有しております。本稿でも記載の通り、事業のカーブアウト売却は大きな効果をもたらす一方、準備が複雑かつ煩雑です。
事業のカーブアウト売却(特定事業の分社化および売却)をご検討の場合は、下記お問合せ先にご相談ください。

~「パッケージ化」して行う事業のカーブアウト売却(全4回)~

第1回:事業のカーブアウト売却を成功に導く立上げ手法
第2回:事業のカーブアウト売却後の最適なデリバリーモデルの構築
第3回:事業のカーブアウト売却後のデリバリーモデルの導入
第4回:事業のカーブアウト売却プロセスにおける落とし穴と回避策
 ※ 連載中。随時更新します。