目次
はじめに
2023年1月に、The Business Continuity Institute(以下、BCI)からサプライチェーンのレジリエンスに関するレポートが発行されました。
BCIとは、世界各国のさまざまな業種において事業継続に関する活動を行っている組織・個人に対し、必要とする情報やサポートを提供するために、1994年にイギリスで設立されたグローバル団体です。
「BCI Supply Chain Resilience Report」(以下、レポート)は、2023年で13回目となるレポートで、今回は、58ヵ国17業種、228企業が参加しました。
本稿では、レポートの内容を紹介するとともに、今後日本企業がサプライチェーンのレジリエンスを強化し、組織のレジリエンス強化に繋げていくために重要なポイントを解説します。
【過去1年のうち、影響を受けた事象は何か?また、それらの事象は今後1年間・5年間においてもリスクとなり得ると考えるか?】
「サイバー攻撃やデータ侵害」は、過去1年間の実績では35.7%ですが、今後1年間、5年間の予測では50%超に増加しており、各組織が大きな脅威として認識していることを示しています。
また、レポートで特に言及されているのは地政学リスクです。過去1年間の実績では「政治変革」が25.4%の組織に影響を与えたとの回答を得ていますが、今後5年間の予測を見ると35.7%しか懸念を示していません。各国政府が経済安全保障を重要視し、スピード感を持って経済安全保障に関する各種政策に取り組んでいることを鑑みると、組織における地政学リスクへの危機感が足りていないとレポートでは警鐘を鳴らしています。
日本においても、国際紛争などの経済安全保障リスク・地政学リスクを見据えて、事業継続の観点からサプライチェーンのリスク評価、再構築に着手している企業が増加しています。地政学リスクが企業に与える影響を改めて認識し、対策を打っていくことが非常に重要です。
COVID-19を踏まえたサプライチェーンのレジリエンスのための対策状況
【COVID-19によるサプライチェーン寸断の経験後、どのような対策を講じているか?】
具体的な対策として最も多かったのは、「重要サプライヤーのバックアップ確保」(29.7%)です。
緊急時における代替サプライヤーの選定は、自社と取引する場合の基準や条件、レベルを代替サプライヤーが満たしているのか調査することが必要不可欠です。しかしながら、危機発生後に当該調査を実施することや、代替サプライヤーのリストアップを行っていると対応が後手に回るため、平時において重要サプライヤーの特定および代替サプライヤーに関する事前調査、合意を実施しておくことがポイントとなるでしょう。また、一定の安全在庫(BCP在庫)の確保も検討することが有効です。
サプライチェーンリスク管理におけるトップマネジメントの関与
【サプライチェーンリスクの管理に対するトップマネジメントのコミットメントはどの程度か?】
過去のレポートのデータを見ると、経営陣のコミットメントは常に変化しており、ひとたび危機が発生すると経営陣の関心が一時的に高まるものの、危機が収束すると低くなる傾向があると言えます。
ISO22301等の国際的な規範においても、経営陣のコミットメントがレジリエンス・事業継続に重要な要素であると主張されています。経営陣がレジリエンス強化の重要性を理解し、トップダウンで事業継続のための対策を指揮していくことが非常に重要です。日本企業においては、経営企画部や総務部等の管理部門側も、事業継続性の重要性を経営陣にインプットすることも必要でしょう。
サプライヤーへの働きかけ
(1)サプライヤーの事業継続体制に関する積極的な関与
レポートによれば、重要サプライヤーに事業継続体制を整えているか確認している組織は7割を超えています。また、重要サプライヤーから何も情報を集めていないと回答した組織は12.6%にとどまっています。多くの組織がサプライヤーの事業継続体制の確認を積極的に実施していることが見て取れると、レポートでは述べられています。
自社の事業継続体制の構築はもちろんのこと、これを担保するために、サプライヤーを含むサードパーティまでを包括的にカバーすることは、もはやグローバルにおける常識となっています。
日本においても、最近は人権や環境といったESG観点から、サプライチェーンを構成するサードパーティへの調査を実施している企業が増加しています。そういった調査において、サプライヤーの選定基準や行動規範、その他の社内文書を入手し実態を確認することや、サプライヤー監査の実施を通じて、内情を詳しく把握することが重要です。そのようなサステナブル調達関連の調査の実施と併せて、事業継続体制・レジリエンスに関する調査についてサプライヤーに対して実施していくことも有用です。サプライヤーに対する調査を行うことは、グローバルではスタンダードとなっており、グローバル展開している日本企業においても対応することはもはや必須といっても過言ではない状況であると考えます。
組織がサプライチェーンのレジリエンスの観点から、サプライヤーに対して確認している情報・項目は以下のとおりです。
【重要サプライヤーの事業継続継続性やレジリエンスの体制・能力を理解するために、どのような情報を集めているか?】
日本企業においても、事業継続に関する簡単なアンケートをCSR調達の一環として実施しているケースが見られますが、BCPの有無や取組みの有無を聞くだけのアンケートでは不十分と言えるでしょう。というのも、そのような簡単なアンケートでは、サプライヤーからの回答結果のエビデンスまでは求めることができず、サプライヤーが本当に事業継続の取組みを実施しているのかという実態までを知ることが困難なケースもあるからです。上記図表に記載の内容に加え、BCMをどのように回しているのか、文書の詳細の内容(優先業務の選定結果や目標復旧時間・目標復旧レベル)等、事業継続・BCPの内容にまで踏み込んだアンケートを実施することが理想的です。
また、サプライヤーの事業継続体制の確認の結果、基準や条件に満たないサプライヤーについては、切り替えを検討することも必要です。さまざまな要因から切り替えが困難な場合は、自社として積極的に関与することが必要不可欠です。事業継続体制を構築していないサプライヤーへの要請や、ガイドラインの提供等を通じたBCPの策定支援を実施し、サプライヤーへの積極的な情報提供・関与を行っていくことが求められます。
(2)関与すべきサプライヤーのレイヤー
サプライチェーンを構成するサプライヤーは、Tier1からTier2、Tier3・・・と複雑かつ多岐にわたるケースがほとんどですが、レポートによれば、回答者の約半数が重要Tier1サプライヤーの事業継続体制の理解に努めており、Tier2では約23%、Tier3では約14%、Tier4以降までケアしている企業は約12%となっています。
【重要サプライヤーの事業継続体制をどの程度まで理解しようとしているか?】
国際的なガイドラインにおいては、重要性の高いサプライヤーのみに対してデューデリジェンスを実施すればまずは足りる、と記されていることが多いため、重要なサプライヤーに対しては定期的に対話の機会を設けるなどして良好な関係を築き、重要なTier2以降のサプライヤーとの対話の機会を得ていくことが必要であるとレポートでは述べています。
サプライヤーの事業継続体制への関与にあたり、Tier1のみならず、さらに下位のレイヤーまでフォローできている日本企業は非常に稀です。しかしグローバルにおいては、過半数ではないとはいえ、Tier2以降のサプライヤーまで関与の対象としている組織が一定数存在することが、レポートからわかります。
日本企業においても、グローバル企業と競争していくためには、世界的な潮流をとらえ、サプライチェーンのレジリエンス強化に向け、重要なサプライヤーについてはTier2以降も対象とし、積極的な関与・支援を行っていくことが必要だと考えます。
おわりに
本稿では、「BCI Supply Chain Resilience Report」の内容を概説するとともに、日本企業におけるサプライチェーンのレジリエンス強化のポイントについて解説しました。
企業活動を取り巻くリスクは複雑化・不透明化しており、発生する危機を正確に予測することは困難です。危機が発生したとしても、それを乗り越え、さらに成長していく組織の力=“組織のレジリエンス“を高めるためには、従業員の意識の向上、企業風土の醸成、経営理念の浸透、その他さまざまな要素が必要ですが、特にサプライチェーンの継続・レジリエンス強化に向けた施策は非常に重要な要素です。
日本企業においては、トップマネジメントの理解のもと、昨今のリスクトレンドを意識しながら、サードパーティも含めたあらゆるレイヤーの重要サプライヤーの事業継続体制の確認・見直し・改善に積極的に関与し、組織としてのサプライチェーンレジリエンス強化に取り組まれることを推奨します。
執筆者
KPMGコンサルティング
アソシエイトパートナー 土谷 豪
マネジャー 鶴 翔太
シニアコンサルタント 谷 桃子
※「BCI Supply Chain Resilience Report 2023」の全文は下記からご覧いただけます(外部サイト)。