企業にとって、事業資金の調達は大きな経営課題の1つです。ブロックチェーン技術の発展に伴い、資金調達方法にも変化が生まれています。投資家に対してトークンを発行し、その対価として法定通貨や暗号資産を調達する、従来とは異なる枠組みによる資金調達が注目を集めています。本稿では、トークンによる資金調達の変遷と今後もたらされる変化について、筆者の見解を述べます。
1.トークンによる資金調達の変遷
2013年、Mastercoin(現Omni)がICO(Initial Coin Offering)によって世界で初めてトークンを用いた資金調達を実施しました。ICOとはプロジェクトが独自に発行したトークンを投資家に直接販売することで資金を調達する方法です。ICOでは第三者を介さずにトークンを発行・取引することができたため、既存の資金調達手法より簡便に資金を集めることが可能でした。2015年にイーサリアムのメインネットがローンチされると、さまざまな企業・プロジェクトがICOによる資金調達を発表し、多額の資金調達を成功させたことでICOは世間から多くの注目を集めるようになりました。一方、ICOは特定条件の達成や第三者による審査が不要であり、トークン発行者が割り当てや分配などの責任を管理していたため、自由にトークンの発行・分配を行うことができました。その結果、実体のないプロジェクトが多額の資金調達に成功するケースも発生し、詐欺のような悪質なプロジェクトも市場に蔓延しました。
このような市場の過熱を受け、2017年以降、各国で利用者保護を目的としたICOの規制・法整備が進められました。日本でも詐欺被害の防止と適切な投資案件の拡大に向けて、資金決済に関する法律(資金決済法)と金融商品取引法の改正を行い、トークンの発行・売買に対して規制を設けることになりました。その結果、CEX(Centralized Exchange:中央集権型取引所)を通じてトークンを発行し資金調達を行うIEO(Initial Exchange Offering)、発行したトークンをデジタル証券(電子記録移転有価証券表示権利等)として扱うSTO(Security Token Offering)など、法規制に合わせた新たな資金調達方法が設計されました。また、DeFi(分散型金融)の発展に伴い、DEX(Decentralized Exchange:分散型取引所)上でトークンの発行・分配を管理し、取引の透明性を担保するIDO(Initial DEX Offering)を行うプロジェクトも現れました。日本国内においては、IEOやSTOによる資金調達事例が出てきており、トークンによる資金調達の環境が整備されてきています。
(ご参考)第4回:DeFi~分散型金融がもたらす新たな社会~
【トークンによる資金調達】
ICO Initial Coin Offering |
IEO Initial Exchange Offering |
IDO Initial DEX Offering |
STO Security Token Offering |
|
---|---|---|---|---|
発行物 | ユーティリティトークン | ユーティリティトークン | ユーティリティトークン | セキュリティトークン |
発行物の法律上の取扱い | 暗号資産、その他類似トークン | 暗号資産 | 暗号資産、その他類似トークン | 電子記録移転有価証券表示権利等 |
取引場所 | 発行体のアドレス | CEX | DEX | STプラットフォーム |
出資者 | 不特定多数 | 上場先のCEX口座保有者 | DEXが設けた条件達成者 | STプラットフォームから認可を得た投資家 |
【IEOの流れ】
さらに、近年、グローバルではSAFT(Simple Agreement for Future Tokens)と呼ばれる手法を用いて資金調達を行うスタートアップも多く見られます。SAFTでは投資家に対して「将来発行されるトークンを受領する権利」を含めた契約書を作成し、それを基に投資家から資金調達を行います。SAFTを用いることでバリュエーションが難しい初期段階のプロジェクトでも、プロジェクト側が譲歩せずに一定金額の資金調達を行うことができます。このように、トークンを用いた資金調達手法は、現在も発展の過程にあります。
2.トークンによる資金調達がもたらす変化
トークンによる資金調達方法の登場は、スタートアップの資金調達環境に変化を与えています。スタートアップにおける代表的な資金調達方法として、エクイティファイナンスがあります。エクイティファイナンスでは投資家に株式を発行し、その対価として資金提供を受けます。株式とトークンはどちらも返済義務を負わずに資金調達することが可能な手法ですが、両者の持つ特性は異なります。株式は法人に紐付くものであり、投資家へ企業自体に対する議決権を与えることになります。一方、トークンはプロジェクトに紐付くものであり、トークンに付与する権利もプロジェクト側で制御することが可能です。したがって、発行するトークンにガバナンストークンの機能を持たせ、投資家にプロジェクトへの議決権を付与するかはプロジェクト側で選択可能です。事業推進スピードを落とさずに資金調達を実施したいスタートアップにとって、トークン発行は有力な資金調達手法の1つとなり、今後活用されていくことが想定されます。
プロジェクトにおける資金調達という側面では、プロジェクト運営者と出資者の関係性の変化が考えられます。現在、プロジェクト単位で資金調達を行う際、クラウドファンディングにて調達する事例が多く見られます。クラウドファンディングはプロジェクトに賛同する人が資金提供を行い、その対価として商品やサービスの提供、コミュニティへの参加許可を得る仕組みです。クラウドファンディングでは幅広い人へ出資を呼び掛けることができる一方、単発的な出資となるプロジェクトが多く、出資者との継続的な関係性を築くことが困難です。一方、トークンによる資金調達では、出資者に対しトークンを付与することでプロジェクト運営者は出資者に対するコネクションを自然に得ることができます。そのため、トークン保有者向けのコミュニティ運営や、トークンを用いた新たな経済圏の醸成といった出資者との継続的な関係性を構築する施策に繋げることもできます。投資家のみならずプロジェクトを応援する人やファンから資金提供を受け、その人々とともにプロジェクトを推進、発展させていくという体制も今後出てくるかもしれません。
3.浸透に向けた課題
日本国内の事業者がトークンによる資金調達を実施する上では、法規制は大きな課題として挙げられます。
前述のとおり、現在、トークンによる資金調達は規制を受けています。具体的には、暗号資産・前払支払手段に該当するトークンであれば資金決済法等、セキュリティトークンであれば金融商品取引法等によって規制を受けています。
他方、IDOやSAFT等の資金調達方法の解釈について、現在政府から明確なガイドラインを提示されていません。また、発行されるトークンの複雑化・多様化に伴い、各トークンが暗号資産に該当するか否か、資金決済法や金融商品取引法に該当するかといった区分も不明確となっており、事業者がトークンの活用を躊躇する要因となっています。
また、日本では税務や会計基準の法整備が実態に追いついていないことも課題です。税務においては、「令和5年度税制改正の大綱※1」にて期末保有暗号資産の評価方法について、期末保有の自己発行トークンは時価評価対象から外れる改正がなされました。しかし、トークン発行時に得た資金に対して一括課税が発生する等、依然発行者への負担が大きい仕組みとなっています。また、会計基準においては、他者発行の暗号資産の取扱いについては実務対応報告(会計基準)が規定されていますが、自己発行の暗号資産に関しては明確な基準が設けられておらず、事業者の監査コストが膨らむ要因となっています。
一方、これら課題については自民党デジタル社会推進本部web3プロジェクトチーム(PT)が2023年4月に発表した「web3ホワイトペーパー~誰もがデジタル資産を利活用する時代へ~※2」にて論点として挙げられており、省庁および民間業界団体が連携しつつ検討が進められています。国内のトークン投資環境、Web3.0事業環境の活性化にむけて、これら論点に対する解釈を明確化していくことが期待されています。
4.まとめ
※本文中に記載されている会社名・製品名は各社の登録商標または商標です。
※1 異なるブロックチェーン間でのトークンの交換、送受信を実現する技術の総称
執筆者
KPMGコンサルティング
コンサルタント 松久 裕志