ICGNの議論にみるサステナビリティ報告の進展への期待、その意義、そしてチャレンジ

ICGN(国際コーポレートガバナンスネットワーク)が2023年3月に開催したカンファレンスでは、サステナビリティに関する報告基準の進展に関連する論点について、多面的な議論が行われました。

ICGNが2023年3月に開催したカンファレンスでは、サステナビリティに関する報告基準の進展に関連する論点について、多面的な議論が行われました。

グローバルな投資家を中心とした会員組織である国際コーポレートガバナンスネットワーク(International Corporate Governance Network, 以下ICGN)は、長きにわたる新型コロナウイルスによるパンデミックを経て、2022年秋から対面でのカンファレンスを再開しました。再開後初となる欧州でのICGNカンファレンスは、2023年3月にスウェーデンの首都ストックホルムで開催されました。2日間にわたるカンファレンスには、29の国や地域から約200名の投資家、企業、規制当局、基準設定主体、その他の市場関係者が集い、コーポレートガバナンスや投資家のスチュワードシップに関連する最新の論点について、議論を展開しました。

なかでも、本カンファレンスでは、サステナビリティ報告の進展に関連し、報告基準の開発、報告の制度化、企業での報告実務における取締役の役割、報告の信頼性などについて、多面的な議論が行われました。本稿では、それらのなかから、参加者の多くに共通する認識として挙げられていた点や、特に力強く発信されていたメッセージなど、今後の日本企業における取組みの示唆となり得るポイントを3つ取り上げ、ご紹介します。なお、本文中の意見は、参加者である筆者の感想や私見であることをあらかじめ申し添えます。

サステナビリティ報告基準の調和への期待

従来からの財務報告だけでなく、サステナビリティ関連情報の報告が行われることで、企業報告はその利用者が何らかの意思決定をする際にさらに有用となるとの認識が高まり、これまでさまざまな団体が任意のサステナビリティ報告基準を開発し、一説には、100を超えるサステナビリティ報告基準が乱立するともいわれてきました。また、国際会計士連盟(IFAC)による調査1では、サステナビリティ報告を行う企業の8割以上が、複数のサステナビリティ報告基準を参照している現状も示されています。このような状況からの脱却と効率的かつ有益な企業報告の環境構築を目指し、2021年にIFRS財団が国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)を設立しました。そして、現在、グローバルベースラインとしてのサステナビリティ報告基準の開発を進めています。他方、グローバルにみれば、これまでサステナビリティ報告において世界的に広く参照されてきたGRIスタンダードが存在し、また欧州では、欧州財務報告諮問グループ(EFRAG)がEUの制度に基づくサステナビリティ報告のための欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)を開発しています。

本カンファレンスには、ISSBのロイド副議長および欧州財務報告諮問グループ(EFRAG)サステナビリティ報告審議会のカンブール議長がそれぞれビデオメッセージを寄せたほか、GRIや日本のサステナビリティ基準委員会(SSBJ)の委員などがパネルディスカッションに登壇し、サステナビリティ報告基準の開発に関する状況や、今後の展望について意見を交わしました。

多くの企業も投資家もボーダーレスに活動している中、企業が複数の基準に基づく、複数の報告書を作成せざるを得ない状況は回避すべきだとの声は、企業と投資家の双方から聞かれました。基準設定団体も、サステナビリティ報告の進展はグローバルに足並みを揃えたものでなければならないとの認識を示し、可能な限りの相互運用性(インターオペラビリティ)の確保に向け、各団体の基準設定プロセスへの相互参画や対話を進める意向を改めて表明しました。

グローバルな財務報告基準の整備に多くの年月を要したように、サステナビリティ報告に関わるグローバルな体制も、長期的な視点を持って進める必要があるとの見解も共通して示されました。また、サステナビリティ報告の究極的な目的は、企業のサステナビリティと地球や社会のサステナビリティにポジティブなインパクトをもたらすことになるため、これが任意ではなく、グローバルに何らかの制度上の取組みとして進展することに意義があるとの意見も複数の関係者から聞かれました。

目的達成のために、さまざまな創意工夫と努力がなされ、いまから数年後には、グローバルなサステナビリティ報告をめぐる環境がより整っているだろうとのポジティブな期待が多く語られました。より適用可能なサステナビリティ報告の環境構築に向けては、基準設定の過程で行われるパブリックコンサルテーション等を通じた積極的な意見やフィードバックの発信の大切さに関する意見も聞かれ、日本企業からの発信も大いに期待されているといえます。

取締役が変わるきっかけとしての制度化の意義

EU諸国におけるサステナビリティ報告は、現在の企業サステナビリティ報告指令(CSRD)の前身である2014年の非財務情報開示指令(NFRD)により制度化が進められてきました。CSRDと比較すると、適用企業や開示項目の範囲は狭いものの、NFRDの対象となった企業は既に、制度としてのサステナビリティ報告の実務を5年程度経験していることになります。来年以降、CSRDが適用開始となるにあたり、NFRDのもとでもサステナビリティ報告の経験を積み上げた企業から、サステナビリティ報告が制度化されたことによる変化についての共有もなされました。

そこで聞かれたのは、「取締役会が変わった」というポジティブな変化でした。NFRDの適用により、サステナビリティ報告が年次財務報告の一部であるマネジメントレポートに記載されるようになると、最初に起きた変化は、サステナビリティ報告の所管が、サステナビリティ部門から財務部門に広がり、CFOの管轄となったことだといいます。そして、サステナビリティ報告に係る内部統制が、それまでの財務報告にかかる内部統制に加えられる形で整備され、サステナビリティ報告のプロセスが監査委員会の監督対象となり、取締役会がサステナビリティ報告により注意を払うようになると同時に、取締役会におけるCFOからの報告に、サステナビリティに関する内容が含まれるようになり、取締役会の関心も次第に高まったといいます。

これは、一義的には、取締役会が虚偽記載に対する責任を有する範囲に、サステナビリティ報告が含まれることとなったため、そのデータ収集プロセスを含むサステナビリティ情報の信頼性や完全性などに、取締役会が厳格さを求めるようになったからという見方もありました。しかし、自らの会社が報告するサステナビリティが何を意味するのかを把握し、投資家への説明と理解を求める必要性からも、サステナビリティ報告に対する取締役会の関心が高まったといい、それは、NFRDからCSRDへの移行に伴い、報告対象となるデータや指標が増えれば、さらに高まっていくだろうとの見解が示されました。

サステナビリティに関わる要素がもたらしうる中長期な影響の理解は、その報告に責任を有する取締役の責務となったといえます。これは、サステナビリティ報告の制度化により、なかば強制的にもたらされた変化かもしれません。しかし、取締役レベルで、サステナビリティに関わる要素への理解が深まり、中長期の視点で多面的な検討が行われるようになれば、地球や社会へのポジティブなインパクトを生み、企業のサステナビリティも高めることに繋がります。それゆえに、サステナビリティ報告が制度化されることの意義があるといえるのであり、その挑戦をポジティブに捉え、積極的に取り組む姿勢が大切になると考えます。

未知の世界へのチャレンジ

サステナビリティ報告基準がグローバルに収斂されるとともに、実務が進展し、投資家等による利用が進めば、サステナビリティ報告の信頼性確保への要請はますます高まると想定できます。制度に基づくサステナビリティ報告そのものが、多くの企業にとっては新たな挑戦です。さらにその信頼性の確保や向上となれば、企業にとっても、第三者として保証業務を提供する監査人等にとっても、それは未知の世界へのチャレンジといえるでしょう。

本カンファレンスでは、サステナビリティ報告の保証に関する議論も行われました。そこでは、国際サステナビリティ保証基準の開発に携わる関係者から、公表予定の基準は、公開草案への意見募集などを通じて、最終化に向けより精度を高めていくものの、既に成熟している財務報告に関連する監査や保証の基準と同程度の完成度を最初から求めるものではないとの見解が示されました。その背景には、高レベルの国際的なサステナビリティ報告の保証基準の策定がまさに未知の世界へのチャレンジであり、完成度が100%ではないとしても、受容可能な段階で、できるだけ早く利用可能にすることを通じ、利用者をはじめとする関係者から多くのフィードバックを得て、改善のスピードや精度を上げることが優先であるとの意図が示されました。ここでは、保証の観点からも、より良く機能する制度や環境を構築するためには、中長期的な視点が必要であるだけでなく、ステークホルダーからの積極的なフィードバックへの期待が感じられました。

サステナビリティ報告の信頼性の確保については、第三者による保証だけに依拠するのではなく、企業における内部統制の整備も不可欠であるとの意見も聞かれました。社会や環境に関するサステナビリティ情報として、何を報告するかの判断には、組織のマテリアリティの認識が用いられることとなります。つまり、報告する内容は、企業自らの価値創造に対して、あるいは社会や環境に対してマテリアルと判断したものであり、当然ながら、ビジネス上の意思決定において考慮がなされているはずです。企業自身の意思決定に影響する情報の信頼性は、まずは自らその確保と向上に努め、内部統制の整備などを進めることが不可欠であるとの認識がその背景にある考えとして語られていました。

その一方で、「測定できるものは改善される(What get measured gets managed)」という、これまで経営管理の領域における通説が、サステナビリティ経営において必ずしもあてはまらないのではないか、という意見も聞かれました。環境や社会へのインパクトや、企業価値への影響の測定が容易でないことは、サステナビリティ報告に取り組む組織の多くが実感しているのではないでしょうか。これは、報告の利用者である投資家等のステークホルダーが、報告内容をどこまで深くまた適切に理解できるのかという問題にもつながる課題であるといえます。しかし、それでも企業が自らの認識を示し、ステークホルダーと意義あるエンゲージメントを行い、ポジティブな変化をもたらすことを目指すためには、創意工夫を凝らし、未知の世界にチャレンジする姿勢が必要になるということを示唆しているように感じられました。

本カンファレンスの議論から、サステナビリティ報告のグローバルな進展においては、これまでの制度開示に見られたような受け身の姿勢ではなく、未知の世界に挑み、サステナブルな社会の実現に貢献しようとする姿勢を報告に反映することが求められていると感じられました。その過程で見出された課題を関係者に共有し、ともに改善に貢献することも、大いに期待されていると考えます。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
KPMGサステナブルバリューサービス・ジャパン
シニアマネジャー 橋本 純佳

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