自動車業界におけるシナリオプランニング~EV化進展の想定シナリオ

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)や近年の国際情勢など、不確実性の増大により5年先の変化を見通すことが困難な現代においても、環境の変化にスピーディーに適応している企業は存在します。そして、その要諦はシナリオプランニングにあると考えられます。昨今発生している有事に動じないためにも、日本企業における先読み力の実装が急がれます。

世の中の変化に対してうまく適応している企業群を分析すると、政治的な手段を除いた情報収集・活用に関しては同様な手法を適用しており、類型化が可能なのがわかります。簡易にまとめると、「メガトレンド」「社会課題」「研究開発」「業界コンセンサス」の4つの情報を統合したシナリオを策定し、経営に生かしていると言えます。
図表1はシナリオプランニングの前提となる典型的な分析手法です。企業によってその後の意思決定のプロセスや執行のやり方は異なりますが、取組み領域の特定と優先順位付けは新規事業開発にも適用し得ると言えます。

【図表1:メガトレンドに係る先端研究手法の概観】

自動車業界は不確実な将来へどう備えるのか_図表1

出所:複数研究機関の事例を基にKPMG作成

データに基づく滞在的な社会課題の抽出とそれに伴う研究開発ポートフォリオの優先順位付けの重要性は増しており、欧米における成功企業の多くは、人による分析に加え、データによる滞在課題の抽出を通常業務として組み込んでいます。
同時に、こうした情報の管理・統合、エスカレーション、意思決定、さらにそれらの統制について一気通貫のプロセスが定義されており、必要な情報を必要なタイミングで必要な役職者にシェアする仕組みが整備されています。こうしたプロセス整備は、社外のインテリジェントネットワークの活用・運営の基礎になると同時に、グループ会社を含めたガバナンスの基盤としても活用されています。

電気自動車(EV)化の推進は、鉱物(主にバッテリーの価格に影響)のほか、充電施設・設備の普及度合い、消費者の受容性の高まり、各国における電気構成などの要因に左右されます。それに加え、コロナ禍などの有事を機に調達における政策・戦略が大幅に変更されたこと、ドイツなどを中心にエネルギー政策も転換せざるを得ない状況になったことなどを受けて、EVの普及に関してさらにシナリオが複雑に分岐することになりました。
自動車業界にとって、「EVの普及の度合・スピード感」は極めて重要なドライバーと言えますが、巷間には、次のような意見や見立てが錯綜しているように思われます。

  • コスト増やインフラ整備の遅れによりEV化が進まない
  • 先進国、新興国でEVセグメントがより明確に区別されて進化する
  • 脱原油を目指しさらにEV化が加速する

このような状況下においては、全方位型で攻守ともに準備ができる企業は別にして、ほとんどの企業にとっては、シナリオプランニングの巧拙が生き残りそのものに直結してしまう可能性があります。
さまざまな要素を加味してEV化比率を試算すると、欧州において2030年時点で、7割を超えると言われてきた比率が4割を切るというシナリオも想定できます。この数値の是非はさておき、現実がこのようなシナリオに収れんしていった場合、自社の経営戦略の方向性はその変化に対応できるのか、また、このようなシナリオを想定した上で経営のかじ取りを行っているのか(きたのか)、という点に関しては、今一度、検証が必要だろうと思われます。

【図表2:リチウムイオンバッテリーの価格推移予測】

自動車業界は不確実な将来へどう備えるのか_図表2

出所:「グローバル・オートモーティブ・エグゼクティブ・サーベイ2022」を基にKPMG作成

日刊自動車新聞 2023年5月1日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日刊自動車新聞社 の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

執筆者

KPMG FAS
パートナー 井口 耕一

クルマ社会の新しい壁