サステナビリティ情報開示が目指すもの - IFRS財団と金融庁2つの国際議論から

2023年2月にIFRS財団のサステナビリティシンポジウムが、翌3月に金融庁のサステナビリティ開示に係る国際カンファレンスが開催されました。この2つの国際的な場で議論された、サステナビリティ情報開示が今後目指すべき方向性やチャレンジ、ステークホルダーからの期待についてレポートします。

IFRS財団のサステナビリティシンポジウムと金融庁のサステナビリティ開示に係る国際カンファレンスで議論された、今後の開示のあり方やステークホルダーからの期待についてレポートします。

IFRS財団が、2023年2月17日に初めてのサステナビリティシンポジウム(以下、本シンポジウム)をカナダ・モントリオールで開催しました。本シンポジウムには、オンライン配信の視聴者を含めると、45を超える国や地域から、1,000名以上の企業や投資家、規制・政策当局等のステークホルダーが参加し、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)から間もなく公表されるIFRS®サステナビリティ開示基準の最終化に向けた議論や適用に向けた課題、キャパシティビルディング(注:目的達成のために必要な考え方や能力等を構築し、獲得、向上させていくこと)等、多面的な議論を行いました。

また、本シンポジウムの2週間後の3月3日には、金融庁がIFRS財団等との共催でサステナビリティ開示に係る国際カンファレンス(以下、本カンファレンス)を開催しました。金融庁がサステナビリティ開示に焦点を当て主催した初めての国際カンファレンスであり、東京会場のオンサイトとオンライン配信のハイブリッド形式で開催されました。国内外の企業や投資家、市場参加者、証券取引所、監査法人、基準設定主体、規制・政策当局から約1,000名が参加し、各法域・地域におけるサステナビリティ開示への取組み、グローバルベースラインの策定に向けたこれまでの進捗状況、気候に続く次の優先課題について、議論が展開されました。

本稿では、それぞれの国際的な場で議論された主な内容についてご紹介します。

なお、本文中の意見は、参加者である筆者の感想や私見であることを、あらかじめ申し添えます。

グローバルベースラインの構築に向けて - IFRS財団主催サステナビリティシンポジウムの議論から

本シンポジウムの開会にあたり、ISSB議長のEmmanuel Faber氏は、IFRSサステナビリティ開示基準を2023年の6月末までに公表し、2024年に発効すると宣言しました。そのために必要な手続きとして、基準に関する最終決定を行う正式な書面投票の段階へと移ったことも発表されました。また、この発表に合わせて、証券監督者国際機構(IOSCO)が、IFRS S1号「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」(以下、S1基準)およびIFRS S2号「気候関連開示」(以下、S2基準)をエンドースメントするか否かを決定するために、品質とガバナンスの観点で評価を開始したことへの歓迎の意も示されました。本シンポジウムは終日にわたり開催され、Mark Carney氏(現在は気候変動・ファイナンスに関する国連事務総長特使等)の基調講演に始まり、オンサイト参加者によるラウンドテーブル、4つのパネルディスカッションという構成による充実したアジェンダが組まれ、有意義な議論が展開されました。メインとなるパネルディスカッションでは、ダイバーシティに富むパネリストが登壇し、ISSBボードメンバーのモデレーションのもと、次のテーマについて、それぞれの考えや取組みの共有が行われました。

パネルディスカッション概要

  • Panel 1:
    テーマ:基準最終化の議論
    登壇者:投資家、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)、国際監査・保証基準審議会(IAASB)
    主な内容:IFRSサステナビリティ開示基準の公開草案に対する1,400通を超えるコメントレターは、基準最終化の議論をどのように方向付けたのか
  • Panel 2:
    テーマ:グローバルベースライン
    登壇者:IOSCO、規制当局(シンガポール、チリ、カナダ)
    主な内容:IFRSサステナビリティ開示基準の適用見通しと課題
  • Panel 3:
    テーマ:レポーティングチェーン(報告主体の拡大と報告内容の質的向上)
    登壇者:新興国や小規模企業を相手に活動する有識者として、国際金融公社、投資家、コンサルタント、デジタルインフラ企業、アカデミア
    主な内容:IFRSサステナビリティ開示基準に準拠した開示に新興経済国や小規模企業を巻き込むには、どのようにキャパシティビルディングに取り組むべきか
  • Panel 4:
    テーマ:包括的な報告
    登壇者:国際会計基準審議会(IASB)、米国公認会計士協会(AICPA)、カナダ勅許職業会計士協会(CPA Canada)、発行体企業(カナダ肥料メーカー)
    主な内容:統合報告の取組によりサステナビリティパフォーマンスをビジネスの文脈にどう当てはめていけるのか、包括的な報告の実現に向けて

また、開催前夜と当日の開会前に設けられたネットワーキングタイムやランチタイムでも、参加者の間で活発なコミュニケーションが図られていました。本シンポジウムの全体をとおして、グローバルベースラインとなりうる基準に対するステークホルダーの関心の高さがうかがわれました。また、それだけでなく、ISSBが掲げる「高品質な情報開示のグローバルベースラインの確立」という目的に対し、ステークホルダーが一丸となり、チャレンジを乗り越え、挑もうとする姿勢と勢いを感じました。本シンポジウムで、特に強調されていた、または共通して認識されていた点を中心に、その議論の一部をご紹介します。

POINT 1:グローバルベースラインの確立を重視
IFRSサステナビリティ開示基準は、高品質な情報開示のグローバルベースラインを確立することを目的に策定されています。ISSBはその目的を果たすため、さまざまな国や法域で広く適用され、実際に活用される基準づくりを目指した活動を展開していることが強調されました。パネルディスカッションに登壇した投資家も、各国独自の基準に基づいた報告ではなく、グローバルで比較可能な報告を求めており、グローバルベースラインとしての位置づけを目指すIFRSサステナビリティ開示基準への強い支持と、基準がもたらす比較可能性への期待を示しました。

グローバルベースラインを構築するため、各国の規制当局も、IFRSサステナビリティ開示基準適用に向けて前向きな検討を進めているようです。シンガポールの規制当局は、アジア、特に東南アジアでは、気候変動がビジネスに直結することが企業に強く意識されているため、サステナビリティ情報の報告に対する機運が高まっていると共有し、シンガポールでは基準適用について近々協議予定だと明かしました。カナダの規制当局は、資源大国として巨額の投資を必要としており、今後Canadian Sustainability Standards Board(CSSB)にて、カナダの状況を考慮したサステナビリティ開示基準の開発と、IFRSサステナビリティ開示基準との相互運用性について議論を始めると述べました。また、チリの規制当局やアフリカ出身の登壇者からは、新興国や起業家も、サステナブルなビジネスへ移行するために、投資家から資金調達を行う必要性を強く認識していることから、投資家が求めるIFRSサステナビリティ開示基準への適用に意欲を見せている、との見解も共有されました。

POINT 2:キャパシティビルディングが不可欠
IFRSサステナビリティ開示基準をグローバルベースラインとして確立するためには、新興国も小規模企業も巻き込む必要があります。それにはプロポーショナリティ(達成すべき目的とそのための手段とのバランス)とスケーラビリティ(適用可能性)の観点でチャレンジがあるとの登壇者の認識が示されました。

しかし、難しさはあるものの、発行体であるならば、すべての企業が適用に向け前進すべきであり、そのために企業のスキルやリソースを考慮したキャパシティビルディングが不可欠だとの見解が示されました。ISSBは今後もキャパシティビルディングに向けた活動を重視すると述べ、企業に対するサポートの一環として、温室効果ガス(GHG)排出量Scope3の測定に関する追加的なガイダンスと事例の提供を予定していると述べました。

POINT 3:業種別SASB基準は引き続きコアとなる参照基準
S1基準は、企業が報告内容を検討する際に業種固有のSASB基準の適用も検討するよう求めています。そして、S2基準では、開示の例示的なガイダンスとしてSASB基準が提供されています。SASB基準を採用している企業には、既にIFRSサステナビリティ開示基準の適用という面からの競争優位性が実現しているといえます。SASB基準を引き続き採用または参照することが、S1およびS2基準の適用への準備につながると、ISSBは伝えました。

POINT 4:包括的な企業報告の実現を目指す
IASBとISSBは、統合的思考と統合報告フレームワークを取り込んだ、包括的な企業報告の枠組みを共に開発していくと2022年5月に公表しています。具体的には、IASBのマネジメントコメンタリー・プロジェクトと統合報告フレームワークに基づく報告のコネクティビティ(結合性)について、IASBとISSBの共同プロジェクトの可能性が検討されています。

IASBは、こうした状況を踏まえ、ステークホルダーの意思決定に資するよう、報告内容のコネクティビティと、社会における企業の位置づけを包括的に報告する枠組みについてISSBと議論する必要があると改めて主張しました。会計士協会からは、包括的な企業報告の実現には、企業の取締役会や経営層がアカウンタビリティ(説明責任)を果たすことも肝心であり、トップマネジメントのアカウンタビリティに対する意識を一層高めるための環境づくりやサポートの必要性が訴えられました。そして、このような報告環境の進化は、公認会計士にも能力開発や新しいキャリア形成等の機会をもたらすと、期待も語られました。

サステナビリティ開示の充実に向けて - 金融庁主催サステナビリティ開示に係る国際カンファレンスの議論から

岸田文雄内閣総理大臣は、冒頭挨拶のビデオメッセージのなかで、新しい資本主義のもと、社会課題を成長のエンジンに包摂的な社会の実現を目指し、その一環として、2023年3月期以降の有価証券報告書でサステナビリティに関する記載が必須となったことを述べました。また、今後は人的資本の開示ルールを整備するとともに、2023年5月に開かれるG7広島サミットにおいて、サステナビリティ開示の分野で国際的な議論をリードしていくとの発信がなされました。

IFRS財団トラスティ議長のErkki Liikanen氏からは、IFRSサステナビリティ開示基準の公表を本年6月末に控えるいま、G7議長国として日本がサステナビリティ開示に関わる国際的な議論のリーダーシップを発揮することや、基準発行後には日本による情報開示の実践が展開されることへの期待が示されました。

基調講演として、BlackRock CEOのLarry Fink氏からもビデオメッセージが寄せられ、グローバルベースラインとしてのIFRSサステナビリティ開示基準に対する歓迎の意が表されました。

その他、本カンファレンスでは、2つのパネルディスカッションとISSB議長のEmmanuel Faber氏へのインタビューが行われました。主な議論の内容と、そのなかでISSBへの期待として挙げられたポイントは次のとおりです。

  • Panel 1:
    テーマ:サステナビリティ開示のフレームワークの発展に向けて
    登壇者:IOSCO、欧州委員会(EC)、米国証券取引委員会(SEC)、金融庁
    主な内容:サステナビリティ開示に関わる各法域の最新動向、IFRSサステナビリティ開示基準に対するIOSCOの評価、ISSBと各法域との基準の相互運用性
  • インタビュー:
    テーマ:グローバルベースラインの構築に向けて-これまでの進捗と今後の展望-
    登壇者:ISSB議長Emmanuel Faber氏
    主な内容:IFRSサステナビリティ開示基準公開草案に寄せられたコメントレターを踏まえた主な論点や議論の最新状況
  • Panel 2:
    テーマ:次の基準開発アジェンダへの期待
    登壇者:サステナビリティ分野の有識者として、投資家、アカデミア、ASEANの政策立案に関わる独立機関、日本の金融機関
    主な内容:ISSBの基準策定において気候に続く優先すべき項目

POINT 1:ISSBと各法域との基準の相互運用性を図る
欧州、米国、日本の規制当局は、比較可能性を高めるために、IFRSサステナビリティ開示基準と各法域の開示ルールや基準との間に、相互運用性が必要だとの共通見解を示しました。

ECは、欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)とIFRSサステナビリティ開示基準との間に、基準開発のスピードや求める報告粒度等に違いがあるなかで、両基準の収斂を図ることは大きなチャレンジだと語りました。しかし、複数の基準を導入すべきではないとの考えのもと、ISSBと収斂に向けた議論を重ねてきており、実現の見込みもついていると述べました。

SECは、米国の気候関連開示規則案とIFRSサステナビリティ開示基準は、ともに投資家の意思決定に資する情報開示が目的であることや、TCFD提言のフレームワークに基づいていること等、ポジティブな共通項があるとした上で、ISSBとのアライメントの可能性を示唆しました。

金融庁は、国際的な開示基準の開発には世界的な調整が必要であり、日本ではSSBJがその役割を担うとし、同様に、他の法域でも基準開発の早い段階からISSBとのアライメントを検討する必要があるとの考えを述べました。

POINT 2:基準の包摂性を担保する
ISSBは、今後優先的に審議すべきアジェンダとして、暫定的ではあるものの、生物多様性、人的資本、人権、コネクティビティの4項目に決定しています。これらの優先的なアジェンダについて、ISSB議長のEmmanuel Faber氏は、G7やG20を含むさまざまなステークホルダーと協議していると述べました。

サステナビリティ分野の有識者からは、気候に続く基準開発で優先度の高い項目として、人的資本や生物多様性が各々挙げられました。ただし、いずれの項目であっても、情報開示の国際的な枠組みから新興国や中小企業を取り残すことがないよう、包摂性を担保する必要があるとの見解は共通したものでした。

さらに、投資家からは、発行体がサステナビリティ情報も財務情報と同様のプロセス等で収集し、情報の質を保つべきであり、グローバルベースラインを確立するためには、各法域の規制当局がIFRSサステナビリティ開示基準をルールとして導入する必要があるとの考えが述べられました。

2つの国際会議では、サステナビリティ情報開示の意義や必要性に焦点を当てた、前向きな議論が活発に展開され、乗り越えるべきチャレンジがあることを認識しながらも、企業報告を取り巻く環境の進化を好機と捉えていることがうかがえました。できることから確実に着手する姿勢や、ステークホルダーがそれぞれの立場で何ができるのか議論し、互いに協力しようとする姿からは、サステナビリティ情報開示に関わる者としての強いパッションが感じられました。このような国際的な議論の場がサステナビリティに関わる開示のモメンタムをさらに高め、持続的な企業価値向上と、その先にある社会の持続的な発展に向けた、サステナビリティ情報開示を含む企業報告の一層の進展につながると期待しています。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
KPMGサステナブルバリューサービス・ジャパン
伊藤 友希

お問合せ