IPCC 第6次評価報告書 統合報告書からの企業における気候変動対応への示唆

IPCCが発表した第6次評価報告書(Synthesis Report)について、企業が気候変動の取組みを推進する上で、理解しておきたいポイントを解説します。新たに示された「2035年温室効果ガス60%削減」や、近年研究が進む需要側対策を踏まえた、中長期的な企業の気候変動対策への影響も考察します。

IPCCが発表した第6次評価報告書(Synthesis Report)の内容について、企業が気候変動の取組みを推進する上で、実務的な観点から理解しておきたいポイントを解説します。

IPCC 第6次評価報告書 統合報告書(Synthesis Report)とは

2023年3月にIPCC1は“Sixth Assessment Report, Synthesis Report”(第6次評価報告書 統合(Synthesis)報告書、以下「AR6統合報告書」)を発表しました。同報告書は、IPCCの3つの作業部会(Working Group 1:自然科学的根拠、2:影響・適応・脆弱性、3:気候変動の緩和)が、それぞれ公表した第6次評価サイクルにおける報告書と特別報告書(1.5℃特別報告書、等)を、ひとつにとりまとめたものです。

IPCCが5~7年ごとに公表する評価報告書は、グローバルにおける政策決定の場で幅広く引用されています。加えて、近年では、政府関係者だけではなく、企業にとっても長期的な気候変動戦略の検討・見直しを行う際の有力な科学的根拠となることから、ビジネスの視点からも注目が高まっています。そこで、本稿では、企業が気候変動の取組みを推進する上で実務的な観点から理解しておきたいAR6統合報告書のポイントを解説します。

1.新たに2035年目標の検討が始まる

AR6統合報告書では、1.5℃目標を達成するために、2019年比で「2030年温室効果ガス43%削減」、そして新たに「2035年温室効果ガス60%削減」が必要であることが示されました。

産業革命前からの気温上昇を1.5度以内に抑えるための削減量(2019年比)

  2030 2035 2040 2050
GHG 43% 60% 69% 84%
CO2 48% 65% 80% 99%

出典:IPCC「第6次評価報告書 統合報告書」、2023
 

新たに示されたこの数値は、日本が今後2035年に向けた削減目標を検討2する際の重要な参照基準となります。これまでは、政府の削減目標の更新タイミングと連動して、企業でも削減目標の策定・引き上げの議論が広がりました。2030年までのトランジッションプランを開示している企業は、2035年へ向けた議論を具体化する時期にあります。また、TCFD提言では、短期・中期・長期の時間軸で気候変動による影響(リスク・機会)について分析し開示することを推奨しています。従って、既存のシナリオ分析における時間軸がグローバルでの議論に照らして適切であるかについても検討しておくことが、実務的には大切になってきます。

2.ビジネスと直結する「需要側対策」

AR6統合報告書で言及された「需要側(最終消費者)での排出量削減対策」は、中長期的な経営戦略を立案する際に考慮すべき外部環境変化の方向性を示唆するものです。

これまでの気候変動の緩和策は、「供給側(例 エネルギー・インフラ事業者等による事業者側)」の排出量削減が議論の中心でした。しかし、近年は「需要側」での削減についての研究も増えています。

2022年4月に発表されたIPPC Working Group III Report(第3作業部会報告書、以下「AR6/WG3報告書」)では、新たに需要対策3に関する章が設けられ、2050年までに、最終消費者の変化により、世界の建物・陸上輸送・食品部門でGHG排出量を40~70%削減しうることが示されました。同レポートでは、需要側の緩和対策を(1)Avoid(回避)、(2)Shift(移行)、(3)Improve(改善)の3つに分類し、頭文字をとってASIフレームワークとして紹介しています。ASIフレームワークは、各企業で最終消費者への排出量削減アプローチを検討する上でも使いやすい枠組みであると考えます。

【最終消費者の大きな変化が想定される分野】

(1)Avoid:飛行機での長距離移動の回避、コンパクトシティインフラの積極採用
(2)Shift:植物性を中心とする食生活の移行
(3)Improve:建物の省エネ技術・パッシブハウスの採用

消費者側が、自らの幸福度を犠牲にしたうえで緩和策を取り入れるという訳ではありません。緩和策は全ての人々の基本的幸福の向上と整合的であり、生活の質を改善することにつながることも研究結果として示されました。ここでは、生活必需品と贅沢品を分けて考える必要があり、ある一定程度の閾値を超えると、モノの消費が人間生活の向上とは繋がらないとしています。エコロジカルな価値観の浸透とともに、製品やサービスの性質によっては市場規模の成長(または縮小)へと繋がるケースも考えられます。消費者の行動変容は、所得や地域差等によっても顕在化するスピードが異なると想定され、企業自らが、自社の適合するマーケット単位でいくつかのシナリオを想定しておくことも有用です。

AR6をTCFDシナリオ分析に活かす

これまでのTCFDによるシナリオ分析では、供給側の視点に立ったエネルギーミックスの変化や製造プロセスにおける技術革新等、上流・中流に着目した内容が中心でした。しかし、今後はAR6統合報告書が示した最新の研究結果等を反映し、下流にある消費者側の社会的・文化的背景や、嗜好の変化についても、将来的なシナリオの充実をはかり、企業として変化に備え、レジリエンスを高めることが期待できます。AR6統合報告書の概要、およびAR6/WG3報告書の政策決定者向け要約は、以下に日本語訳が公開されています。

1 1988年に世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)が設立した政府間組織で、195の国や地域が参加している

2015年に採択されたパリ協定は、温室効果ガス(GHG)の排出削減目標(NDC)を5年毎に更新し、国連へ提出することを各国に義務づけています。

3 AR6/WG3 Full Report, “Chapter 5 Demand, Services and Social Aspects of Mitigation

執筆者

KPMGあずさサステナビリティ株式会社
マネジャー 鳥井 綾子

お問合せ