ICGNがグローバルな銀行業界のコーポレートガバナンス強化に向けた提言を公表

国際コーポレート・ガバナンス・ネットワークは、2023年3月23日に「ICGN Statement on Systemic Disruption in the Global Banking Industry」と題した、コーポレートガバナンスの強化と金融行政の監督強化に向けた提言を公表しました。

ICGNは2023年3月、「Statement on Systemic Disruption in the Global Banking Industry」を公表しました。

2023年3月に発生した米国金融機関の経営破綻は急速に金融システムを波及し、大手グローバル金融機関を含む複数の金融機関の実質的救済措置の実施に至っています。

1つの出来事が、波及的にグローバル、かつ甚大な影響へと発展しかねない事実を如実にあらわしたケースといえます。特に、資本主義経済のベースである金融機関のリスクマネジメントの在り方には、一層の高度化が求められているといえるでしょう。この金融システムの不安定化をきっかけに、取締役会の果たすべき役割・監督の実効性を含むコーポレートガバナンスの有効性や、金融当局による適切な規制・監督などについて議論が活性化してきています。

国際コーポレート・ガバナンス・ネットワーク(International Corporate Governance Network、以下「ICGN」という。)は、2023年3月23日に「ICGN Statement on Systemic Disruption in the Global Banking Industry」と題した、コーポレートガバナンスの強化と金融行政の監督強化に向けた提言を公表しました。

本提言では、必ずしも確定事実に基づかない点も含んでいます。しかし、中長期的な投資家を中心に組織されているICGNの見解として、金融機関の経営破綻は直接的には米国および主要国の一連の利上げに伴う影響(資産の毀損など)が一因としつつも、根本的には経営執行の姿勢、取締役会による監督の不十分性があると指摘しています。

金融規制当局はグローバル金融システムに悪影響を及ぼしうる過度なリスクテイク志向の経営活動を抑制するための監督の強化を再度求めており、またICGNとしても、投資家、企業、経済、社会のために安定したグローバルな経済、金融市場を維持するためにICGNグローバル・ガバナンス原則に基づく提言を引き続き行っていくとしています。今回のICGNの提言のうち、コーポレートガバナンスに関する内容は以下のとおりです。

1.金融機関の取締役会によるICGNグローバル・ガバナンス原則が示す強力なコーポレートカバナンスの整備・運用

取締役会は、株主および関係ステークホルダーに対して受託者責任を負い、長期にわたる持続可能な企業価値を保全し高める責任がある1

2.金融機関の取締役会による融資ポートフォリオ、資本配分戦略、レバレッジ、コミットメントに関連する既存もしくは潜在的リスクの特定と分析

企業や株主を犠牲にして不適切なリスクをとることに対して報酬が支払われることのないよう、インセンティブに係るパフォーマンス測定においてはリスク要因を適切に考慮に入れるべきである。業績連動報酬は、一定の時間枠において、持続的な価値創造と緊密に結びつく手法で測定されるべきである。重大な不正行為や会社の財務諸表に重大な虚偽記載があった場合、未払い報酬の減額を図る条項(マルス条項:malus)や支払済の報酬を返還させる条項(クローバック条項:clawback)を報酬制度に組み入れるべきである2

3.立法および行政機関による積極的な法規制、監督の見直し 具体的には中小金融機関に対するストレステストの範囲の見直しやリスク委員会の設置、自己資本規制とレバレッジ比率の見直しなど

企業のリスク管理手法に対する最終的な責任は取締役会全体にあるが、リスク管理手法や内部統制を監視・監督するために必要な透明性、監督ポイントの整理、また独立した判断を確保するためには、リスク委員会の設置が有効なメカニズムとなりうる3

今回の金融機関の経営破綻や救済・再編は、市場金利の急速な引き上げによる資産毀損や過度なリスクテイクが一因といわれており、一旦の落ち着きを見せています。しかし、今後もシステミックリスクの顕在化などの金融システムの不安定化の可能性は残されています。すでに海外の金融機関の取締役会では、預金流出に伴う流動性リスクに加え、景気後退に伴う貸倒リスクへの対応などが対処すべき課題として挙げられていますが4、このような経営環境下においては、取締役会による経営(執行サイド)の監督の有効性を担保するためのコーポレートガバナンスの実効性を点検する必要があります。具体的には、以下のような視点が考えられます。

  • リスク管理に関する取締役会、監査委員会、リスク委員会等の監督の権限と責任の明確化
  • 取締役会、監査委員会、リスク委員会がフォーカスすべきリスクの明確化(企業価値に大きな影響を及ぼす経営課題を含むマテリアルなリスクに対する適切な監督)
  • リスク委員会の設置を含めた、十分なリスク管理に対する監督のための体制整備、リソースの確保
  • 取締役会、監査委員会、リスク委員会等の実効性に関する年次評価の実施と、その評価結果にもとづく継続的な改善活動の実施
  • 経営者の報酬制度の適切性(企業の持続的成長、長期的な企業価値向上に即したリスクテイク、リスク管理に即したインセンティブ報酬制度となっているか)の見直し

日本の取締役会においてもリスク委員会の設置が広がり始めていますが、依然として監督機能の強化に課題を抱える企業も多いと思われます。今回の金融機関の破綻や再編の事案を機に、改めて企業のコーポレートガバナンスの実効性、特にリスク管理体制の監督機能について見直す契機とすることが望まれます。

執筆者

KPMGサステナブルバリューサービス・ジャパン

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