産学官連携という言葉が頻繁に聞かれるようになり、スマートシティの分野でも産学官連携での取組みが加速する昨今ですが、大学を取り巻く産学官連携はどのように変化してきたのでしょうか。約800ある大学の形態や分野※1によって、また地域振興の観点から産学官連携を捉えると、その意味も大きく異なります。
本稿では、大学を取り巻く社会連携の現状と課題を踏まえ、スマートシティ化を実現するための産学官連携の活かし方を考えます。
1.研究実用化をめざす産学連携
大学の社会連携は、2006年の教育基本法改正で大学が社会貢献に取り組む役割の必要性を明文化されたことから活性化しました。現在、大学を取り巻く社会連携の形態は大きく2つに分けられます。
1つは、大学の研究シーズと企業のニーズをマッチングさせる産学連携です。教育基本法改正前から、技術移転法や知的財産法など大学の研究を社会に結び付ける制度が準備され、2020年の科学技術・イノベーション基本法制定の後押しで、実用化・新産業創出の動きが加速しました。世界的な感染症の流行で、産学官ともに日本の研究的立ち位置に対する危機意識が生まれ、世界に伍する研究開発とイノベーションに取り組む機運が醸成されています。国は、大学からスタートアップを生みだすエコシステム形成の支援を強化しており、この分野に注目する民間企業も、スタートアップと経営人材や、新規事業検討者と投資家のマッチングなどで産学連携を盛んに後押ししています。
国の重要政策でもあり話題に上りやすいイノベーション型産学連携ですが、対象になる大学は限定的です。大学と一口に言っても、2022年度時点の大学数※1は807校、そのうち国立大学86校、公立大学101校、私立大学は全体の約8割を占める620校です。国立大学は、2004年に国立大学法人法が施行されてから文部科学省の内部組織から外部化しましたが、財政的には国から国立大学法人運営費交付金を受けています。そのため、期ごとに中間目標・評価が義務付けられ、第4期(2022~2027)の中間目標※2を見ると、産学連携・イノベーションの項目が重要視されていることがわかります。
また、省庁再編で旧文部省と旧科学技術庁が合併した文部科学省においては、大学にかかわる政策を決める高等教育分野でも旧科学技術庁の政策の慣例から選択と集中路線が強まっています。国立大学は、2016年に「地域貢献型」「教育研究型」「卓越した教育研究型」のいずれかの選択を求められ、運営費交付金に強弱がつけられるようになりました。さらに、運営費交付金は年々削減され、減少分は科学技術・イノベーションなどの競走的資金となっています。このような状況下で実用化・新産業創出の主役を担うのが、卓越した教育研究型の国立大学です。
2.教育中心の地域連携
もう1つの社会連携は、大学が地域の課題に対して取り組む地域連携です。2013年度に開始した地(知)の拠点整備事業(以下、COC)から全国の地方大学を中心に取組みが始まりました。こちらは大学と自治体が協力して地域振興を図る官学連携で、多くの地域で大学と自治体が関係者を巻き込んで推進協議体が作られました。大学は、文理問わず、地域の課題を授業の題材としてカリキュラムに取り入れることが求められ、いわゆるPBL型(Project Based Learning)の授業が増加し、能動的学習と言われるアクティブラーニングにも盛んに取り組むようになりました。
2016年に地方創生総合戦略が策定されたのを機に、COC事業は、地(知)の拠点大学による地方創生推進事業(COC+)へと舵を切りました。地域連携を推進する大学に、若者の関心を地方へ向けさせ、地方での就業を促進する役割を求める完全な方針転換ですが、地方の課題や労働力不足の解決には地方の関係者と協力して取り組む必要があり、地域連携の基礎を培った大学に期待したものとも言えます。地方に人の流れを作ることを目的としたCOC+は、地方に関心を持った若者の働く場を確保する必要性が認識され、現在は、就業という出口戦略に重きを置く産学連携にシフトしています。
3.大学の社会連携の諸問題
下図は上述した大学の社会連携を示したものです。研究実用化型の産学連携は図の左側、教育中心型の地域連携は右側に該当します。
研究の実用化やスタートアップを作るためには、研究知識のみならず、知財管理、金融、経営などの多様な専門性が必要で、大学は、競争的資金の要求を満たす人材獲得にも奮闘しています。その一方で、博士課程の研究者に関しては、企業と大学間での博士人材活用の取組み例はあるものの、大学側の雇用環境も、博士課程人材の正社員雇用に対する企業側の意識からも、ポストドクター問題は解決していません。国策に則った実用化研究には財政支援が強化されますが、国立大学の自主財源不足もあって純粋な研究心からの研究がますます難しくなっています。このような状況下で、世界の趨勢とは逆に日本は博士課程進学者が減少傾向※1であり、次世代の創造を生み出す研究者不足を招きかねません。
地域連携は、産学官連携プラットフォームという基盤が作られ、地域の再生・活性化という広いミッションに対して、各大学では個別の取組みが試行錯誤されました。各地で実践型授業が取り入られ、事例報告や授業方法の検証がなされましたが、地域連携の効果については、事業数や参加者数などの数値を把握する程度で、事業評価の手法は定まっていません。地域連携事業としての評価が難しいのはミッションの曖昧さにも起因します。大学は、評価方法がなければ事業継続の是非を判断できず、大学の地域連携の知の蓄積にもつながりません。研究型の産学連携と異なり多くの大学が関与できる地域連携ですが、その効果の見えにくさから、政策の転換とともに全学的な取組みが幕引きとなり、地域連携型の産学官連携は以前ほどの勢いがありません。
4.地域に還流する産学官連携の可能性
最後に、大学を取り巻く社会連携の事情を踏まえて、スマートシティの現状に対する産学官連携の可能性を考えます。
現在、日本各地でスマートシティ施策が進行中ですが、官主導のスマートシティは、推進プラットフォームなど形式を整えて事業化を図る構造が、上述した地域連携型のCOC事業とよく似ています。スマートシティは先端技術の活用などからイノベーション型の産学連携を想像される方が多いかもしれませんが、スマートシティが目指すのは住民の福利厚生向上であり、実用化された技術が市民生活で自然に活用されるためのわかりやすさが重要です。技術を活用しつつ市民目線にどれだけ近寄れるかという点において、学生中心の地域連携に可能性があると考えます。
スマートシティ施策は実験に留まり実装化しない問題がしばしば指摘されますが、地域課題を捉えて計画したはずの事業※3に住民が乗ってくれないのはなぜでしょうか。そもそもの課題設定の間違い、計画が伝わらない広報、難しすぎるやり方など、原因はさまざまに考えられますが、総じて計画者側の常識が市民目線と乖離していることから起こりがちです。COC事業では、防災などの分野で学生がアプリやツールの利用方法を住民に教えるといった取組みはよく見られましたが、生まれた時からデジタルに馴染んだ学生のサポートが合理的であることは明白でした。
スマートシティの分野は学生との相性がよく、学生にとっても関心の湧きやすい題材であると言えます。市民をつなぐパイプとして学生の力を活かし、住民ニーズと合っていない計画や手法も学生の力を借りることで、その実装性が一気に高まる可能性があります。また、スマートシティが進められているのは都心だけでなく日本全国の地方都市であり、多くの国公私立大学に地域の核としての機能を期待できます。全国の大学に地域連携の余韻が残っている今、地域の大学と学生にスマートシティ施策のミッションを担ってもらい、地域連携を図ることがスマートシティ実現の近道ではないでしょうか。
執筆者
KPMGコンサルティング
マネジャー 田中 智麻