わが国ヘルスケア投資の視座と未来展望

ヘルスケア市場では、技術の精密化が進展するなか、人的・物的資源に化体する専門性が集約される一方、コモディティ化により分散するという現象が同時に発生しています。本稿では、現在のヘルスケア投資の類型化を試みるとともに、次世代ヘルスケアを構想し、投資が実現すべき価値に係る示唆を提示します。

ヘルスケア市場では、技術の精密化が進展するなか、人的・物的資源に化体する専門性が集約される一方、コモディティ化により分散するという現象が同時に発生しています。本稿では、現在のヘルス

パンデミックによって脆弱性を顕在化させたわが国のヘルスケアシステムは、ロシア・ウクライナ紛争を起点に新たな危機が増幅するなか、脆弱性を克服し、次世代のステージに移行することはできるだろうか──新しい現実に直面する今こそ、次世代のヘルスケアへの移行を構想し、解決に向けた投資を促進する時期にあると思います。ヘルスケア市場では、現在、技術の精密化が進展するなか、人的・物的資源に化体する専門性が集約される一方、コモディティ化により分散するという現象が同時に発生しており、今起きている投資は、この集約と分散という領域に類型化できます。私たちは、今後ヘルスケアの精密化の進展に適合し、ビジネスモデルを破壊・創造し、そして患者や消費者を中心とした統合的なケアへと産業構造の転換を進めていかなければならないと考えています。本稿では、現在のヘルスケア投資の類型化を試みるとともに、次世代ヘルスケアを構想し、投資が実現すべき価値に係る示唆を提示してみたいと思います。

なお、本文中の意見に関する部分については、筆者らの私見であることをあらかじめお断りいたします。

POINT 1
ヘルスケアの精密化が進展するなか、いま今起きている投資は、集約と分散という領域に類型化される集約領域における投資テーマには、組織統合、機能統合、投下資源生産性引き上げ、精密化の促進・均てん化の4つ、分散領域における投資テーマには、ケアセッティングのシフト、患者や消費者中心のサービス連携、患者や消費者のエンゲージメントの3 つに類型化される。これら投資は、複合的に共鳴し、ヘルスケアの質、コスト、アクセスのバランスを高みに引き上げる。

POINT 2
集約と分散サイクルでの投資が進行するなか、たどり着く先は、統合的なケアを実現するシステムであるヘルスケアの精密化の進展に適合し、「集約」と「分散」という領域での投資が進行するなか、たどり着く先は、患者や消費者を中心とした統合的なケアを実現するシステムである。ステークホルダーが協調して行動するインクルーシブでシームレスなエコシステム、患者や消費者に対するヘルスケアのアウトカムが極大化される世界を見越して投資の方向性を定めることが肝要と考えられる。

POINT 3
未来を見越した投資が実現する価値の属性には4つのPがある統合的なケアシステムへの移行という方向性とアラインする投資が実現する価値の属性としては、リアル、バーチャルな事業を問わず、未来の患者や消費者のエクスペリエンスという観点から、「Predictive(プレディクティブ、予測的)」、「Personalized(パーソナライズド、個別化)」、「Proactive(プロアクティブ、先制的)」、「Preventive(プリベンティブ、予防的)」 という4つが想定される。

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Ⅰ.ヘルスケア投資の進行~ 集約 -分散- 統合サイクル

ナシーム・ニコラス・タレブは、今回のパンデミックは「ブラック・スワン」ではなく、予見可能なリスクを無視した「ホワイト・スワン」であったと指摘しました1。パンデミックが露呈させたわが国の( 同様にグローバルの)ヘルスケアシステムの脆弱性も、パンデミック以前から認識されていたリスクが発現した「ホワイト・スワン」です。新しい現実に直面する今こそ、現行システムの脆弱性を直視し、次世代ステージのヘルスケアへの移行を構想しつつ、解決に向けた投資を促進する絶好の機会だと考えます。

わが国でも、ここにきて、ヘルスケア産業における投資に弾みがかかっています。投資の形態は多岐にわたり、一見カオスの様相を呈していますが、将来の統合的なケアの実現に向けた「集約」と「分散」という2つの大きな領域に類型化されるとみています。

投資を「集約」と「分散」の領域に牽引する重要なドライバーの1つは、近時発展が著しいヘルスケアの「精密化」( 本稿では、「病態の原因が解明され、正確な診断と有効な治療を可能とする方向への進化」と定義)と考えられます。今後も分子生物学、生化学、画像診断、バイオインフォマティックス、ロボット工学などが進歩し、ヘルスケアの精密化はますます進展していくものと予測されます。精密化に向かう段階では、診断・治療は複雑で高価であり、ほかの産業と同様に、ヘルスケア資源は「集約」に向かいます( 筆者は、わが国の医療費負担上昇の要因を、高齢化よりも少子化による生産年齢人口の減少・経済の低成長であり、さらに大きいのは精密化に伴うヘルスケアの高度化であるとの見解に立っています)。その後、時間の経過とともに、診断・治療は均てん化し、コモディティ化が進展、安価となって、ヘルスケア資源は、病気が発生するコミュニティ・在宅へと「分散」します。今起きていることは、まさにヘルスケアの精密化の進展に適合し、「集約」と「分散」という領域での投資の進行だとみることができます2。私たちは、ヘルスケアの精密化に沿って、ビジネスモデルを破壊、創造し、そして最終的には患者や消費者を中心とした統合的なケアへと、産業構造の転換を進めていかなければならないと考えています( 図表1 参照)。

図表1 集約-分散サイクルから統合への移行

出典:“The Innovator‘s Prescription”, Clayton Christensen et al.を参照し、KPMG作成

次章からは、集約と分散というサイクルで、今起きているヘルスケアへの投資の類型化を試みるとともに、次世代ヘルスケアを構想し、投資が実現すべき価値に係る示唆を提示してみたいと思います。

Ⅱ.集約領域における投資テーマ

わが国は、病床数、医療機器など、病院セクターにおける物的資源供給が多い一方、医師など人的資源や症例が個々の医療機関に分散している度合いが他の先進諸国と比べて顕著です。現在の状況は、ヘルスケア精密化への適応にとって大きな阻害要因であり、解決に向けて、現在、プロバイダー組織の統合から、組織内機能の統合、集約効果を向上させるべくヘルスケア資源の生産性を引き上げる投資が進行中です。さらに、ヘルスケアの精密化を組織横断的に促進・均てん化するための投資も始動しています(図表2参照)。

図表2 集約領域における投資テーマ

出所:KPMG作成

「組織( プロバイダー間)の統合」というテーマでは、わが国でも、人的・物的資源の集約と症例の集積を企図した病院のM&Aや資本提携、業務提携、地域医療連携推進法人を活用したプロバイダー間連携といったディールが増加しています。公的病院同士の統合、公的病院と私的病院の統合、私的病院同士の統合など、当事者の開設主体はさまざまですが、将来の医療需要を見越し、病院規模をダウンサイジング・最適化しつつ、統合または連携病院間で機能重複を解消、地域における役割や提供サービスを見直してリポジショニングを図るといった範囲の経済の実現を意図したディールが主流になっています。病院セクターでかつて主流だった地理的拡大を含む規模の経済を企図したディールは、介護セクターで活発化しています。

今後、地域におけるヘルスケアシステム構築が進展すると、米国のPPM( フィジシャン・プラクティス・マネジメント)のように、地域ごとにデジタル資源調達を含む非臨床業務を組織横断的に集約するという取組みが顕在化してくる可能性を見据えています。

「機能の統合」というテーマでの投資は、組織を支える機能を一元化し、経営管理力や、( 臨床、非臨床、教育、研究など)業務運営効率、事業価値の引上げを企図するものです。上述した組織統合に伴う機能の統合はもちろん、今後は組織内に分散して保管されているデータを賢く統合し、利活用することの重要性がますます高まるとみられます。近時は、伝統的なDWH ( データウェアハウス)から、手術室情報、救急・集中治療情報、がん診療情報、デジタルツイン化情報(患者の仮想表現による疾患転帰予測や治療オプションの精緻化などを目的)、CRM/患者リクルーティング情報といった目的特化の情報統合などへと広がりをみせており、データの2 次利用を見越したデータ基盤構築も発展途上にあります。将来的には、組織全体での経営意思決定能力の高度化のため、臨床、運営、財務情報の一元管理を可能とするシステムへの発展が期待されるところです。

「医療資源の生産性の向上」というテーマでは、従前からの医療アウトソーシング事業のスケール化やソリューションの高度化( 医薬品・医療材料サプライチェーンの高度化、臨床検査業務の集中化・スケール化、医事などバックオフィス業務の集中リモート化など)に向けた投資に加え、近時は組織内でのICTやデジタル技術の実装によるオペレーション効率の引上げを企図する投資が活発化しています。これは、人間とテクノロジーの協働という観点からの業務のハイブリッド・ワークフォース化であり、リーンなオペレーションを可能とすることで、臨床・非臨床を問わず、人的資源の生産性向上に貢献するさまざまなソリューションが開発されています。

これらは、大きく「AIとの連携」、「ロボットとの協働」、「業務プロセスの自動化」という3 つに分類することができます。いずれも医療従事者を定型ルーティン業務から解放し、患者対応などコア業務への専念を可能とすることから、業務改善に大きなインパクトを秘めています。多くのソリューションは、プロバイダーにとっていまだ初期投資負担が重く、普及に向けては費用対効果分析・エビデンス構築や課金モデル開発、ソリューションのプラットフォーム化といったビジネスモデルの発展が求められています。

「ヘルスケアの精密化の促進・均てん化」というテーマの投資は、臨床面での知を組織横断的に集約し、そこから生まれるインサイトを組織間で共有することで、全体としての臨床価値引上げを企図するものです。結果として、精密医療の均てん化に資することになるとみられます。近時の事例としては、臨床動画等デジタル教材配信や、XR(Cross reality、以下「XR」という)やメタバース活用による医療教育の拡張、RWD( リアル・ワールド・データ、以下「RWD」という)のプラットフォーム化が挙げられます。

RWDプラットフォーム事業では、取得データが電子カルテデータである場合を例にとると、データから得られるインサイトを、データ取得先である医療機関に対し、CDS(Clinical Decision Support、臨床意思決定支援)や患者の転帰予測分析という形で還元し、臨床アウトカムの引上げに貢献するとともに、2次利用として診断・治療技術や保険商品の開発・評価等目的で第三者にインサイトを提供します。求められるケイパビリティには、データ収集能力(データの質の担保、規模と幅の拡大を実現するためのデータ取得先へのソリューション提供力)、コンサルティング能力、解析アルゴリズム開発能力が挙げられますが、わが国では、これらすべての能力について深化が期待されるというステージにあります。

Ⅲ.分散領域における投資テーマ

精密化が進展・均てん化し、専門性がコモディティ化すると、診断・治療はより低額で患者の利便性が高い場所に分散します。すなわち、ケアセッティングは病院からコミュニティへとシフトし、コミュニティにおけるヘルスケア資源を結合した新たなサービスの創出を促します。同時に、患者や消費者のエンゲージメントを高めるための投資も進行します(図表3参照)。

図表3 分散領域における投資テーマ

出所:KPMG作成

「ケアセッティングのシフト」というテーマの投資には、プライマリー・ケア(「かかりつけ医」や「総合診療医」)の拡充、クリニックのチェーン化・グループ診療化、コミュニティ・在宅ケアサービスや高齢者住宅事業の拡大、データヘルスや健康経営コンセプトの普及に伴う保険者や雇用主企業の従業員に対する健康管理体制強化・予防的介入サービス提供の活発化などが含まれます。なお、海外では病院での急性期治療環境を在宅で実現するHaH(Hospital at Home )モデルが、コロナ禍で加速しました。たとえば、抗がん剤治療は、わが国では病院の入院から外来にシフトしていますが、海外( 米、英、豪、印など)では外来から在宅にシフトさせる試みが始まっています( オンコロジーHaHモデル)。今後も、ケアの場所が、病院からコミュニティにシフトする流れは続くとみられ、コミュニティケア・在宅ケアのスケールアップやデジタル化を含む質や効率、アクセスの引上げに向けた投資が進行するとみられます。

「患者や消費者中心のサービス連携」というテーマでは、コミュニティにおけるヘルスケア資源を連携し、サービス水準を高度化、よりパーソナライズ( 個別化)されたプロアクティブ(先制的)でプレベンティブ( 予防的)なサービスに昇華させることを企図した投資が進行しています。現在、コミュニティにおけるヘルスケア資源は概して小規模で分散しており、患者や消費者視点で、サービスは分断されているという構造にあります。これら資源を連携させることで、患者や消費者が最適な場所で、連続的かつ適時にケアにアクセスできる環境を整備する、言い換えれば「地域包括ケアシステム」の構築を進展させようとする動きです。たとえば、わが国でも徐々に浸透し始めたオンライン診療は、在宅での診断技術や疾病マネジメントプログラム、予防・健康増進サービスと連携できれば、ヘルスケアの価値は格段に引き上がり、普及につながるとみられます。また、サービス提供者間で患者や消費者の情報を共有するネットワーク( 従来の病病・病診連携、医療介護連携システムから、救急、集中治療、周産期、希少疾患などの領域でのD2D〈Doctor to Doctor 〉遠隔医療システムなど)が構築できれば、ヘルスケアの価値引上げから、ネットワーク内でのヘルスケア資源配分に係る意思決定の高度化にも資することになります。今後、このテーマでの投資はますます活発化するものと予測されます。

「患者や消費者のエンゲージメント」というテーマにおける投資は、「患者や消費者が主体的に診断・治療プロセスや健康管理に関与することで、ヘルスケア資源の効率的消費と質の引上げにつながる」という新たな常識が醸成されてきたことを背景にしています。治療領域では、仮想空間・拡張空間でのケアデリバリー、デジタルセラピューティクスアプリの処方といったケアデリバリーのチャネルを多様化することを企図した投資が進行しています。予防領域では、現在、健康リスクへの気づき提供( 教育・啓発など)、可視化( 健診・DTC遺伝子検査・行動変容インサイトなど)、介入サービス( 重症化予防・ライフスタイル・メンタルヘルスマネジメントなど) といった領域でさまざまなサービスの開発が進行している状況です。患者や消費者がPHR( パーソナルヘルスレコード)で管理する健康データをサービス提供者側のデータと連動させることで、介入サービスの高度化を図る投資も始動しています。今後、Web3.0への移行が進展すれば、患者や消費者が、自らの健康データを複数の情報源から自律・分散型のオンラインデータストア(PODS)で一元管理したり、自律分散型組織(DAO)にプールしたりして、エンゲージメントのさらなる引き上げにつながると想定されます。また、自らのデータをステークホルダーと共有することで、介入サービスの個別化や診断・治療技術開発を促進させる方向での発展も期待されます。

Ⅳ.ヘルスケアシステムの未来 展望と投資の方向性に対する示唆

ヘルスケアの精密化の進展に適合し、「集約」と「分散」という領域での投資が進行するなか、たどり着く先は、現在とは大きく異なる患者や消費者を中心とした統合的なケアを実現するシステムだと考えています。それは、ステークホルダーが協調して行動するインクルーシブでシームレスなエコシステムであり、患者・消費者集団単位、地域単位で、ステークホルダー横断的に統合的なケア( integrated care )が提供され、ヘルスケアのアウトカムが極大化される世界です。以下では、未来のシステムをイメージしてみたいと思います(図表4参照)。

図表4 統合的なケアの推進

(1) 病院の医療資源集約・スマート化と地域連携

病院は、医療資源集約が進展し、専門性が凝縮、デジタル武装によるスマート化( AIによる医療従事者の意思決定能力の拡張などハイブリッド・デリバリー・モデルへの移行)によって、より高度で、安全、効率的な医療を提供します。また、遠隔モニタリング、仮想病棟、XRによるコンサルテーションといった専門サービスを提供することで、プライマリー・ケアを含むコミュニティを支援します。

(2) コミュニティの活性化とプライマリー・ケアのスケールアップ

コミュニティが、住民全体の健康管理( ポピュレーション・ヘルス)に主体的な役割を果たしています。コミュニティ資源は、脆弱な住民のデジタルヘルスへのアクセスなど「誰1人取り残さないヘルスケア」を実現するために重要な役割を担っています。また、保険者や雇用主企業はアクティビスト化し、患者や消費者向けソリューションを拡大しています。プライマリー・ケアは、住民の健康管理・増進/予防へと役割が拡大、地域の介護・福祉などコミュニティ資源を巻き込んで格段にスケールアップします。

(3) 患者や消費者のエンゲージメントの高まり

患者や消費者は、自らの治療や健康管理、ウェルビーイング向上への関与度合いを高め、より健康になっています。Web3.0 の普及で、個人の健康データの追跡可能性や不変性、異なるシステム・サービス間での相互運用性が高まり利活用が活発化、ケアデリバリーチャネルはさらに多様化し、エンゲージメントの引上げを企図したサービスの高度化が持続的に図られています。

(4) ヘルスデータプラットフォーマーによるアウトカム引上げへの貢献

ヘルスデータプラットフォーマーは、介入アウトカムデータや社会的決定要因(Social determinants of Health )に係るデータ、地域ヘルスケア資源に係るデータを収集・蓄積し、データのインテリジェンスへの転換に重要な役割を担っています。ステークホルダー間のコミュニケーションの高度化、地域におけるヘルスケア資源の配分の最適化(コマンドセンター)、エビデンスに基づく意思決定の質の引上げ、さらにヘルスケアの精密化に向けた診断・治療方法の開発に貢献しています。

(5) インテグレーテッド・ヘルスケア・ネットワークの構築

病院とプライマリー・ケアを含むコミュニティサービスプロバイダー、自治体、保険者、雇用主企業、コミュニティ組織、患者や消費者ネットワーク間で共有された患者や消費者データに基づくクリニカルパスやプロトコル、介入プログラムが整備・運用され、地域における患者や消費者中心の統合的なヘルスケアシステムができあがっています。地域によっては、病院が、このインテグレーテッド・ヘルスケア・ネットワークのハブとしての役割を担います。

これからのヘルスケア投資は、(1)~(5)でイメージした統合的なケアの推進を念頭に、その方向性を定めることが肝要と考えています。リアル、バーチャルな事業を問わず、投資が実現する価値には、未来の統合的なケアにおける患者や消費者のエクスペリエンスという観点から、以下の4つの属性が想定されます。

Predictive( プレディクティブ、予測的):特定の疾患のリスクがある個人を識別し、転帰を予測し、治療・介入計画の策定を支援。今後、遺伝子型や表現型の解析技術が進歩し、より多くの疾患で発症前予測に基づく予防が普及。
Personalized( パーソナライズド、個別化):個々人の状況や置かれた環境、嗜好に応じた最適な治療・介入を可能とする。今後、ゲノムマッピングにより、遺伝形質や素因に基づく個別化された予防アプローチに発展。
Proactive(プロアクティブ、先制的): 患者や消費者の健康上のリスクを、気づき、可視化、介入により、発症前または重症化前に軽減。健診やスクリーニング、遺伝子検査、健康改善プログラムなどが深化し、発症前・重症化前診断・予測に基づく介入サービスが進展。
Preventive( プリベンティブ、予防的):患者や消費者は、情報共有や健康・疾患管理・モニタリングツールにより、自らの健康や疾患を主体的に管理。自治体、雇用主企業、保険者は、健康増進や予防サービスの提供を活発化。

なお、統合的なケアへの移行には、実質的にシングル・ペイヤー方式をとるわが国において、政府が決定的に重要な役割を担うと考えています。規制環境整備のなかでも、とりわけ医療や介護の支払いモデルの改革が急務であり、包括化( 支払い対象単位を、分断されたサービスから、提供主体をまたぐサービスのバンドルによる一連のケア全体へと移行)、固定化( バンドルしたサービスの提供の効率化・投下資源の生産性向上を動機づける固定報酬化)、アウトカム評価(コスト抑制動機から質を落とすリスクを排除するための費用対効果に基づく支払い方式の導入)の推進や、集団の健康管理やポピュレーションヘルスを動機づける財源配分が期待されるところです。

Ⅴ.さいごに

わが国のヘルスケアシステムは、ロシア・ウクライナ紛争を起点に新たな危機が増幅するなか、パンデミックによって顕在化した脆弱性を克服し、新しいステージに移行することはできるだろうか。歴史的に、ヘルスケアはヒト、モノ、カネという限られた資源をどのように配分し、誰が負担すべきかという議論と、質、コスト、アクセスという三者のバランスをいかに図るかという命題に対して、よりよい結果を導き出すことで発展してきました。

今回もこの命題に対する答えを模索することが、移行のための出発点になると思います。これからも数多くの危機が待ち受けており、その過程における変化に適応するには困難も伴うと予測されます。しかし、今日の脆弱なものは壊れて消えていくという歴史の教訓から、筆者はヘルスケアの未来に楽観的です。「未来を予言する最良の方法は未来を創造することである」3 です。ヘルスケア産業の各ステークホルダーには、今日の投資が未来を創るとの認識に立ち、よりよい未来を構想し、能動的に投資を推進されることを期待したいと思います。

1 Condé Nast Japan『WIRED』日本版VOL.37

2 参考文献:“The Innovator‘s Prescription”, Clayton Christensen et al.

3 Alan Curtis Kay『アラン・ケイ』( アスキー)

執筆者

KPMG ジャパン ヘルスケアセクター
パートナー 大割 慶一

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