はじめに
2022年下半期は、上半期から続くインフレの勢いが収まらず、FRBを筆頭に、新興国まで含めた各国の中央銀行がインフレ抑制に躍起となった半年間でした。中銀の利上げペースは鈍化しているものの、インフレ水準は高止まりしており、生活物価の上昇や住宅ローン金利の上昇など、世界的規模で人々の生活に大きな影響を与えています。一方、日銀だけは金融緩和を維持する方針を取り続けたため、10月には1ドル151.94円と1990年以来、32年ぶりに150円を上回る歴史的円安水準となりました。金利・為替における高いボラティリティは、経済の不確実性の高まりを反映していると言えるでしょう。
2023年1月30日に、IMFが2023年の成長率予測を2.9%と3カ月前より0.2ポイント引き上げた一方、専門家の間では、2023年に世界経済はリセッションに陥るという声が引き続き多数派です。同2月3日に発表された米国の雇用統計は市場予測を大幅に上回る強い指標となりましたが、そのような中、アマゾンが18,000人、グーグルが12,000人の人員整理を発表しました。このように不透明感・不確実性が世界経済を覆う2022年下半期において、ASEANではどのようなM&Aが発生していたのでしょうか。今回もKPMGのディールアドバイザリーの現地メンバーが、現在のASEANにおけるM&A市場で生じている事象や各業界の動向、さらには各国主要案件情報などを皆様にお届けいたします。
1.ASEAN M&Aマーケットの概況
冒頭で触れた通り、2022年は通年で経済の不確実性が非常に高まる環境であったものの、ASEANにおける2022年下半期のM&A件数は、243件と上半期の230件を13件上回る結果となりました。2021年はコロナバブルとも言える状況で、M&Aの件数・金額ともに非常に好調な年でしたが、2022年も通年でM&A件数は2021年に遜色ない結果となりました。M&Aのアクテビティそのものを示唆するともいえる件数は、コロナ前の水準に戻ったと言えます。
一方、金額ベースでは2022年下半期の実績は352億ドルと、前年同期比で38%の減少、また上半期比で27%の減少となり、先行き不透明感・不確実性の高まる環境下において大型投資を控えようとする企業心理を表しているかのようです。全セクターにおいても、M&Aの件数は多いものの、M&A取引規模は小型化している印象です。
以下では、どの国のどのセクターにおいてM&Aが活況であったのか具体的に見ていきたいと思います。
ASEANにおける国別・セクター別のM&A動向
2022年下半期におけるM&Aの件数を国別に見ると、全243件のうち88件と全体の36%を占めるシンガポールが、上期に引き続きASEANのM&Aを牽引している様子が窺えます。2位はインドネシアの46件(同19%)で、続いてマレーシアの34件(同14%)となっています。金額ベースは、首位がシンガポールの111億ドル、次いでインドネシア73億ドル、マレーシア55億ドルとなっています。フィリピンは53億ドルとマレーシアに匹敵する規模で、大型案件が発生していることがわかります。フィリピンの大型案件の解説は次項で行います。
セクター別では、最近のM&Aを牽引してきたテレコム・メディア・テクノロジー(TMT)セクターにおける件数が63件と、引き続き全体を牽引しており、またM&A金額の合計は71億ドルに達していますが、1件あたりの金額は小型化しています。上半期や2021年にはテレコム業界の大きな再編が多数発生しましたが、それらが一巡したことと、スタートアップ企業関連の買収・IPOが、市場環境の不透明感を受けてややスローダウンしていることが影響していると思われます。
不動産・インフラ・建設(REIC)セクターにおけるM&A件数は42件と、上半期に続いて案件数が多くなっています。TMT、REICの両セクターだけで全体の43%を占めています。また金額ベースでは、鉱工業・製造業セクターにおいて95億ドルと大型案件が発生しています。
以降では、そうした大型案件にどのようなものがあったか、背景とともに見ていきたいと思います。
ASEANにおける大型のM&A案件
2022年下半期で最大の案件は、インドネシアにおける資源採掘会社Bumi Resourcesの買収案件です。同社はインドネシア最大級の資源採掘会社ですが、過大な借入債務の圧縮が経営課題でした。そのため2,000億株の新株を発行し、それをMACH Energy(MACH)、Treasure Global Investments (TGIL)の2社が引受け、MACHは本件後に筆頭株主になりました。MACH、TGILはいずれもサリムグループが支配する企業で、本案件を通じて、同グループの資源・エネルギー関連の事業ポートフォリオの強化につながりました。下の表で買収側の国籍が「香港(中国)」となっていますが、実態はインドネシアの巨大財閥による同国企業の買収案件であることに注意が必要です。
下半期2位の案件は、San Miguel Corporation(SMC)によるEagle Cementの買収です。サンミゲルはアジア有数のビールメーカーとして有名で、San Miguel Brewery Incにはキリンホールディングスが出資していることでも知られています。飲料会社のイメージが強いSMCですが、グループ傘下には石油精製、発電、不動産開発、インフラ開発と非常に多様な事業を有しています。CEOはRamon Ang氏ですが、今回買収ターゲットとなったEagle Cementは、Ang CEOのファミリーが所有する会社で、これを自らが経営するSMCに買収させたものです。セメントは、SMCにおける不動産開発・インフラ事業に必須の生産材であり、それをグループで内製化した案件と言えます。なお、SMCは筆頭株主がアヤラ財閥であるため、実質的にSMCはアヤラ・グループ傘下の企業集団と言えます。下半期のトップ2案件は、いずれも巨大財閥が絡む案件でした。
マレーシアの2案件は、いずれも米国籍のSPACによる買収です。2021年ほどSPACの動きが目立ちませんが、米国での上場という買収手法は、テクノロジー分野を中心にASEANの企業でも定着しつつあることを実感させる案件です。ポストコロナの時代においても、巨大財閥の動きとSPACの活用は要注目と言えるでしょう。
2022年下半期 大型M&A案件トップ10
ASEAN企業による国外M&A案件
ASEAN企業による国外企業の買収に関しては、下のグラフ・表が示す通り、件数・金額ともにシンガポールが他国を凌駕しています。
大型案件の買い手としてプレゼンスを発揮しているのが、シンガポール政府投資公社(GIC)で、下表のトップ10案件の内、3件に関与しています。M&Aのサイズが全体として小型化している中において、米STORE Capital社の買収では138憶ドルという桁違いの投資を行っています。GICのホームページを開くと、“We are driven by a common purpose – securing Singapore’s financial future.” というフレーズが目に飛び込んできます。国と国民の未来を豊かにするというミッションの下、GICは投資機会を常に求める訳ですが、金利が上昇する環境下と景気後退局面においては、ターゲット企業のバリュエーションは低下し、また資金調達ニーズも顕在化してきます。これからの数年は、GICにとって投資ポートフォリオを更に積み上げる千載一遇の「ゴールデンタイム」かもしれません。
トップ10にタイからランクインしたRATCHグループの案件は、NEXIFがアジアに保有する発電所のポートフォリオを6億500万ドルで取得したものです。再生可能エネルギー事業の拡大を図る同グループは、2025年までに10ギガワットの発電能力を保有するという目標を立てています。本案件は、その達成に向けた大きな一歩となりました。このようにESG・ネットゼロに起因するM&Aの動機は、今後も大きなトレンドになっていくでしょう。
2. ASEAN各国のKPMGディールアドバイザリーリーダーによる見立て
2022年の上半期は、シンガポールではコロナ禍からの経済回復が続いた一方、世界経済は金利上昇とインフレという新たな逆風を受け、ほとんどのセクターで案件数・取引金額ともに下落しました。
シンガポール
シンガポールのディールメーカー達は、対スタートアップ企業やTMTセクターで積極的なM&Aを展開してきましたが、急激な金利上昇に直面することで投資先の企業価値が低下する一方、彼らへの継続的な資金援助を迫られる事態に直面しています。TMT以外のセクターにおいても、賃金インフレによる事業コストの上昇が利益率を押し下げ、ひいては企業価値の低下をもたらしています。
2022年下半期において、ASEAN主要市場でのM&A取引は総じて低調でしたが、シンガポールではGICが金融サービスに138億200万ドル、レジャー産業に11億5,400万ドルを投入するなど、政府系ファンドを中心に大型案件も発生し、コロナ禍前と同等の水準に回復しています。
シンガポールで最も好調だったセクターは、今期もTMT(通信・メディア・テクノリジー)、インフラ、金融サービスで、主にB2Bのデータ需要およびSaaSが牽引しました。テクノロジーの変化は引き続き早く、そのような環境で既存事業をいかに成長させるか、新興市場への進出をどのように実現するのか、そしてASEAN全体における事業環境の変化にどう対応するかがシンガポール企業の大きな課題です。ビッグデータの活用やDXの実現を目指したM&Aは今後も継続するでしょう。
インドネシア
インドネシアにおける2022年第3四半期のGDP成長率は、前年同期比で5.7%でした。2022年下半期のM&A取引は48件、77億8,000万ドルと、上半期と比較して金額は減少したものの案件数は増加しました。M&A取引の中心となった領域は通信・メディア・テクノロジー(TMT)および製造(IM)で、それぞれ13件で総額約7億500万ドル、8件で約40億1,600万ドルとなりました。
2022年下半期に実施された大型のM&Aで主要なものは以下の通りで、いずれも資源関係の案件となっています。ESG・カーボンゼロの大きな潮流の中で、資源・エネルギー関連のESG対応コストは相応に大きいと思われ、大手企業による再編が進んでいるものと考えられます。
- Mach Energy (Hongkong) LimitedとTreasure Global Investments Limited(両社ともサリムグループの関連会社)によるPT Bumi Resources Tbk(インドネシアの石炭採掘会社)の株式58%の取得(26億4,600万ドル)
- PT Astrindo Nusantara Infrastruktur TbkによるPTT Mining Ltd(香港の炭鉱会社で、タイの石油元売・精製会社PTT pclの子会社)の株式100%の取得(4億7,100万ドル)
- PT ABM Investama TbkによるPT Golden Energy Mines Tbk(インドネシアの炭鉱会社で、シンガポールの一般炭鉱会社GMR Coal Resources Pte Ltdの子会社)の株式30%の取得(4億2,000万ドル)
IMFは2022年、世界的な経済不安を背景に、2023年の世界経済成長率予測を1.1ポイント下方修正し2.7%とした一方、インドネシア経済は回復を継続し5%の成長を遂げると予測しました。当初の見通しからの低下はわずか0.3ポイントです。インドネシアのM&A市場は、新たに制定・施行されたオムニバス法による事業促進および海外直接投資(FDI)規制の緩和を受けて堅調を維持する見込みです。さらに、2億7,400万人という膨大な人口を有し、中間層の人口・可処分所得が増加し続ける注目の新興市場であることから、外国投資家が幅広いセクターに対し関心を寄せ続けていることも堅調を支えています。良好な投資環境が続く見通しで、他の経済的逆風の影響は受けにくいでしょう。
マレーシア
マレーシアのM&A市場の案件数と取引金額は、2022年上半期の29件、46億ドルからわずかな回復が見られ、2022年下半期には34件、55億ドルとなりました。通年では、82件、123億ドル以上だった2021年と比較して減少しました。これは高金利とそれがもたらす経済の不確実性の増大や、11月に行われた総選挙の結果を見極めたいとする投資家がM&Aに慎重な姿勢を取ったことによるものです。
2022年下半期の主要な大型案件は、米国のSPAC(特別買収目的会社)Energem Corpによる、グラファイト製品メーカーGraphjet Technology Sdn Bhdへの評価額15億ドルでの買収提案と、同じく米国のSPACであるTechnology & Telecommunication Acquisition Corpによる、マレーシアのフィンテック企業Super Apps Holdings Sdn Bhdの11億ドルでの買収です。マレーシア企業による海外での買収案件に目を向けると、やはり米国のSPACでマレーシアを拠点とするPHP Ventures Acquisition Corpが、英国の建設会社Modulex Modular Buildings PLCを6億ドルで買収する案件が進行しています。SPACを活用したM&Aは、マレーシアでも定着してきたと言えます。
また、Gentari Sdn BhdとPetronasが、再生可能エネルギーセクターのNorthland Power Inc(台湾)とWirsol Energy Pty Ltd(豪)をそれぞれ6億ドル、5億ドルで買収したアウトバウンド案件もESG/ネットゼロに向けた取組みの一環として注目に値します。
2023年に入り、マレーシアの投資家も、迫り来る世界的な景気後退に対して更に慎重になる可能性はあります。しかし景気後退により企業価値が低下したり、それが契機になっての業界再編の可能性など、引続きマレーシアのM&Aが活況となると想定しています。特に、金融サービス、技術、製造セクターでのM&A動向に注目しています。
ベトナム
2022年下半期は、世界的な地政学的懸念やインフレの可能性がクロスボーダー取引に与えうる影響を鑑み、ディールメーカーが出資に慎重になる傾向が見られました。ベトナムM&A市場での取引金額は、2022年下半期で29億ドル、通年で45億ドルと、昨年比10%の伸びを示しました。2022年に外資系企業による投資額が大きかったセクターは、一般消費財、製造業、不動産、エネルギー・ユーティリティで、エネルギー・ユーティリティ領域ではM&Aも活況でした。同セクターのM&A案件数は、2021年比で2倍、総額は5倍に増加し、コロナ以前の水準をも上回っています。この要因となったのが、政府のSDGs/ESGに関連した施策です。第8次国家電力マスタープランが確定されれば、このセクターへの投資に一層弾みがつくでしょう。今期の主要案件は以下の通りです。
- スペインのマドリッドを拠点とする再生可能エネルギー供給大手EDP Renovaveis, S.A.(EDPR)は、ニントゥアン省の太陽光発電プロジェクト2件(計200 MW)を2億8,400万ドルで購入する契約をXuan Thien Groupと締結
- マサングループの一部門であるThe Sherpa Co. Ltd.は、飲食チェーンPhuc Longの65%を2億6,100万ドルで取得
- またCVC Asia Pacific Ltdは、現地の民間病院チェーン運営会社Phuong Chauの株式の60%を1億1,600万ドルで取得
先行き不透明な世界経済ですが、ベトナム国内に目を向けても、政界汚職に端を発した不動産・建設業界の株価低迷、中銀による政策金利の引上げとそれに伴る社債市場の低迷と、2023年上半期のベトナムは更なる試練に直面すると予想されます。こうした状況から、投資家はM&A取引の検討に対し慎重になる可能性があります。一方、プライベートエクイティファンドにとっては、優良なターゲット企業を低価格で買収できるチャンスだとも言えます。今後インフレが落ち着いて金利が低下し、投資家心理が好転するのに伴い、2023年下半期からベトナムのM&A市場は回復していくものと予想されます。クリーンエネルギーへの転換、巨大な消費者市場、ESG意識の高まりは、ベトナムのM&A市場において今後も重要なテーマとなります。
フィリピン
フィリピンのM&A案件は、国内企業間の取引が大半を占めました。取引額が最も高いインフラ、政府、医療の3セクターの合計取引総額は21億800万ドルにおよびました。この金額に大きく貢献したのがEagle Cement Corporationの買収です。この取引では、San Miguel Corporation(SMC)が同社のCEOであるRamon Ang氏とその家族からEagle Cement Corporationの株式を取得しました。これは、フィリピンのインフラセクターに対するSan Miguelの強気の見通しを示しています。
Globe Telecommunications Inc.による、自社の通信基地局の売却も特筆する案件です。Globeは、同社の基地局資産をMIESCOR Infrastructure Development Corp.に4億7,300万ドルで、またPhilTower Consortium Incに3億4,100万ドルで売却しました。フィリピンの通信会社全般の傾向として、コスト構造を全面的に見直し、付加価値サービスおよびコアサービスに注力していますが、この取引もその傾向を示すものです。
引き続き活発なフィリピンの金融サービスセクターでは、今期は4件の取引が発表され、総額は推定で8億8,000万ドルに上ります(4件中2件の金額が非公開のため、金額は保守的な数字となっています)。金融サービスセクターが活発な理由は、金融テクノロジープラットフォームの使用率が上昇し普及が進んでいる背景を受け、金融サービス業者の成長が期待されるためです。
タイ
2022年下半期のM&Aは、上半期と比較して安定した水準で成長しました。タイの経済成長を主に牽引したのが、コロナの終息を受けた観光客数の急速な回復と、また消費マインドの向上によって堅調に推移した民間消費です。
2022年下半期で最大の案件はRATCHグループの取引で、NEXIFがアジアに保有する発電所のポートフォリオを6億500万ドルで取得する株式売買契約を締結しました。再生可能エネルギー事業の拡大を図る同グループは、この契約によって2025年までに10ギガワットという目標の達成に向けて進捗を加速しました。KPMGはこの取引に関して、財務・税務デューデリジェンスと税務ストラクチャーに関する助言を提供しました。
その次に大きな案件は、タイ最大の携帯電話事業者Advanced Info Service Plc(AIS)によるTriple T Broadband Pclの買収で、取引金額は5億4,600万ドルでした。これは競争が激化する電気通信業界において、顧客層の拡大とブロードバンド加入者の獲得を図ったものです。AISがブロードバンド事業の拡大を図る動きについて、観測筋は、競合のTrue Corporation(True)とTotal Access Communication(Dtac)が合併して国内最大のモバイル通信事業者になる可能性があるためと見ています。
その他の注目すべき取引には、JWD InfoLogisticsとSCG Logistics Managementの合併計画があり、これはASEANにおいて統合ロジスティクスとサプライチェーンソリューションを提供することを目的とするものです。またタイの新たなユニコーン企業Line Man WongnaiがシリーズB投資ラウンドで2億6,500万ドルの資金調達を実施し、企業価値が10億ドルに達したことも特筆に値します。
世界的な低成長が危惧される2023年は、企業が買収を通じてインオーガニック成長を図ると考えられ、タイのM&A市場が活況を呈する可能性があります。東南アジアへのサプライチェーンの移転が進んでいることもタイ経済にとっては追い風です。
世界的にマクロ経済が不安定な中、政府・銀行によるコロナ関連の支援が終了します。これにより、タイ企業は増資・新規借入・既存借入のリファイナンスなどで資金調達を行うと予想されます。かかる資金調達ニーズは、2021年から22年にかけて拡大した売り手・買い手間のバリュエーションギャップの解消につながる可能性があります。またノンコアアセットの売却による事業ポートフォリオの効率化や、セクター内の再編による競争力の強化(TRUEとDTACは合併を通じで契約者数でAISを上回ることになります)も、今後のタイにおけるM&Aのテーマとなるでしょう。
3. 今こそ必要なリスクインテリジェンス経営
冒頭でも触れたとおり、目下、インフレは高止まりし、リセッションへの懸念も大きくなるなど、世界経済の不透明感は増大しています。またウクライナ戦争終結の糸口は見えず、加えて米空軍高官が、台湾有事が2025年に起こるとして準備を急ぐよう指示した内部メモが明らかになるなど、地政学リスクの高まりも顕著になっています。このような中、一部の日系企業では、中国事業を縮小したり、ASEAN域内国へ移転する動きがみられます。いわゆるチャイナプラス1の実践ですが、現在のリスク環境の激変に呼応するように、リスク回避に向けた企業行動が顕著になってきていると思われます。この動きは、企業内において情報収集機能やシナリオ分析機能が強化されていることの表れともとれるかもしれません。
さて足元では、ESGに関する意識の高まりがあり、それと平仄を合わせる形で注目が高まっているものにサードパーティリスクがあります。これは、「グローバル企業は、自社や直接の取引先だけでなく、サードパーティに係る責任も問われる」という考え方で、ここで言うサードパーティには、サプライヤー、製造委託先、物流業者、販売代理店などサプライチェーンのほか、ITベンダー等、自社の管理機能の一部を委託する事業者・専門家の再委託先なども含まれます。
コロナがパンデミック化していく過程においては、サプライヤー・製造委託先や再委託先での製造停止、物流会社の被災による物流の寸断による供給中断などが頻発し、大きな問題となりました。これ以外にも、サイバーセキュリティリスクや人権リスクなど、下表のように、サードパーティリスクの顕在化に起因したさまざまな事例が発生しています。2022年にKPMGインターナショナルが実施した調査によると、過去3年以内にサードパーティリスクの顕在化により金銭的損失、評判の失墜を経験した企業は、同調査の回答企業の73%に上りました。ESGの文脈では、自社だけのコンプライアンスを考えていれば良い時代ではなくなってしまっているのです。
また、サードパーティリスクは非常に多様化しており、従来型の対象が狭い予防的措置のリスク管理手法ではとてもカバーできなくなっています。また、リスクがあるからやらないという意思決定をする受動的な経営では、VUCA時代を生き残ることはできません。関連するリスク情報を積極的に取りに行こうとするリスクマネジメント体制への変革が急務になっているのです。スパイ映画でお馴染みのMI6やCIAは、国家安全保障上のさまざまな諜報活動を行っています。諜報活動を示す英語はIntelligenceですが、その意味を辞書で調べると“the ability to learn, understand, and make judgments or have opinions that are based on reason” (※)とあります。発生している事象を理解し、それに基づく判断を下すことがインテリジェンス型経営なのであり、サードパーティリスクを最小化するための、企業経営者やリスク関連部署の基本能力ともいえます。
欧米諸国に比べ、日本国でのインテリジェンス機能の導入は遅れていると言われており、企業活動においてもはそれを前面に打ち出した経営がとられている企業は稀だと思われます。グローバルでの経営において、アジア・アセアンは日系企業にとって最重要ドメインですが、サードパーティリスクを含め、さまざまなリスクが集中しているのも事実です。しかしながら、それらリスクに対して、日本企業は必ずしもインテリジェンスを活用して対応してこなかった実態があると考えられます。
下の表は、テクノロジーを活用したリスクマネジメントを前提とした場合に望まれる機能を要素ごとに例示したものです。これらの機能を構築・強化すべく、現在、関連するアドバイザリー業務が増えていることからも、かかる領域での日系企業のマインドが、急速に変わっていることが見て取れます。
※Cambridge Dictionary
VUCAの時代において、マニュアルの多いリスクマネジメント体制では、事業そのものの安定性が損なわれる可能性が高まっているだけでなく、テクノロジー・AIを駆使してインテリジェンスを活用している先進企業に遅れをとることになります。特に、アジア、アセアンにはさまざまなリスクが存在していることから、域内で事業を成功させるためには、テクノロジー・AIを活用した経営への変革は必要条件であると言えるでしょう。
※ Cambridge Dictionary
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関連リンク
- Trends in ASEAN M&A Deal Advisory - Newsletter Vol.7(英語版PDF:623kb)
- ASEAN M&Aのトレンド - Newsletter Vol.6
- Trends in ASEAN M&A Deal Advisory - Newsletter Vol.6(英語版PDF:758kb)
- ASEAN M&Aのトレンド - Newsletter Vol.5
- Trends in ASEAN M&A Deal Advisory - Newsletter Vol.5(英語版PDF:358kb)
- ASEAN M&Aのトレンド - Newsletter Vol.4
- Trends in ASEAN M&A Deal Advisory - Newsletter Vol.4(英語版PDF:350kb)
- ASEAN M&Aのトレンド - Newsletter Vol.3
- Trends in ASEAN M&A Deal Advisory - Newsletter Vol.3(英語版PDF:367kb)
- ASEAN M&Aのトレンド - Newsletter Vol.2
- ASEAN M&Aのトレンド - Newsletter Vol.1