クリーンエネルギー技術と経済安全保障~脱炭素社会に向けたバッテリーサプライチェーンの強靭化~
地政学リスクが高まる中、クリーンエネルギー技術のサプライチェーン強靭化が世界的な課題となっています。欧米諸国におけるバッテリーのサプライチェーン強靭化施策等について解説します。
地政学リスクが高まる中、クリーンエネルギー技術のサプライチェーン強靭化が世界的な課題となっています。欧米諸国におけるバッテリーのサプライチェーン強靭化施策等について解説します。
カーボンニュートラルの実現には、クリーンエネルギー技術の利活用拡大が必要であるが、昨今の地政学リスクの高まりにより、それらのサプライチェーンの強靭化が課題となっている。本稿では、クリーンエネルギー技術のうちバッテリーに焦点を当て、先行する欧米諸国のサプライチェーン強靭化に向けた最新動向を整理する。
1.クリーンエネルギー技術に関するサプライチェーン
電気自動車(EV)に使用されるバッテリーや太陽光発電、風力発電、グリーン水素を製造する水電解装置、燃料電池など、クリーンエネルギー技術には化石燃料中心のエネルギー技術よりも多くの鉱物資源が使用されている。例えば、リチウム、ニッケル、コバルト、マンガン、グラファイトは、バッテリーの性能、寿命、エネルギー密度にとって重要であり、レアアースは、風力タービンやEV モーターの永久磁石に不可欠である。
国際エネルギー機関(International Energy Agency:IEA)のSTEPSシナリオ(現行の政策に基づくシナリオ)では、EVによるバッテリー需要は2020年から2040年の間に約11倍、鉱物資源の需要は約9倍に増加するとされている。一方で、レアメタルやレアアースなどはサプライチェーンが特定の国に偏っている状況である。中でもバッテリーに係るサプライチェーンの強靭化が欧米諸国、日本において課題となっている。
図表1 バッテリー材料となる鉱物資源の国別生産シェア(2019年)
図表2 バッテリー材料となる鉱物資源の精錬工程シェア(2019年)
※リチウム、ニッケル、コバルトはリチウムイオン電池の正極、グラファイトは負極に使用される。
2.バッテリーサプライチェーン強靭化のための各国政策
米国、EU、日本のバッテリーサプライチェーン強靭化のための最近の政策動向は以下のとおりである。
<米国>
バイデン政権は2021年以降、バッテリーサプライチェーンの強靭化に向けた政策を矢継ぎ早に打ち出している。2021年6月、同政権は重要物資4分野(半導体、バッテリー、重要鉱物、医薬品)に関するサプライチェーン強化策を公表した。この一環として、バッテリーサプライチェーンに関し、米国政府は“National Blueprint for Lithium Batteries 2021–2030”を公表している。同報告書では、バッテリー材料の米国内での精錬工程の強化、コバルトやニッケルへの依存度の低い電池の開発、使用済みバッテリーの再利用と材料のリサイクル、知的財産権保護、研究開発人材を育成するための教育の充実などをバッテリーサプライチェーン強化のための目標として掲げている。また、2021年11月には超党派によるインフラ投資・雇用法(Bipartisan Infrastructure Law、 Infrastructure Investment and Jobs Act)が成立し、バッテリー材料の処理、製造、リサイクルのための60億ドルの助成金と、総額5億500万ドル規模の実証プロジェクトのための助成金または協力契約が設定された。2022年8月にはインフレ抑制法(Inflation Reduction Act of 2022)が成立したが、同法は、EVの税額控除の要件として、そのバッテリーに含まれる指定重要鉱物(コバルト、リチウム、アルミニウムなど多数の鉱物)が「懸念ある外国の事業体(foreign entity of concern)」により採掘、加工、または、リサイクルされたものでないことを求める等、経済安全保障的な側面がより際立った内容となっている。
図表3 米国におけるバッテリーサプライチェーンに関する政策動向
時期 | 主要な動向 | 概要 |
---|---|---|
2021年6月 | “National Blueprint for Lithium Batteries 2021–2030”公表 | バッテリー材料の米国内での精錬工程の強化、コバルトやニッケルへの依存度の低い電池の開発、使用済みバッテリーの再利用と材料のリサイクル、人材の育成など、バッテリーサプライチェーン強化のための目標が設定された。 |
2021年10月 | 官民アライアンス創設 | バッテリーサプライチェーンを改善するための官民のアライアンス。 |
2021年12月 | インフラ投資・雇用法成立 | バッテリーサプライチェーン(上流のバッテリー材料の精製に加え、生産工場、電池セル製造施設、リサイクル施設に対する資金提供)のための60億ドルの助成金と、総額5億500万ドルに及ぶ実証プロジェクトのための助成金または協力契約が設定された。 |
2022年8月 | インフレ抑制法成立 | EV税額控除のためのバッテリーの調達要件(北米または米国とFTAを締結している国から調達した鉱物が一定程度含まれているか、北米でリサイクルされていること)が課せられるなど。 |
2022年10月 | インフラ投資・雇用法に基づく28億ドルの助成金の供与 | リチウム、グラファイトの開発、ニッケル精錬、リサイクル施設への助成金。 |
2022年10月 | American Battery Materials Initiative立ち上げ | パートナー国や同盟国と協力し、重要鉱物の国際的サプライチェーンを強化するためのイニシアチブ。 |
出所:ホワイトハウスによるファクトシート、米国政府機関ウェブサイト、各種報道などを基にKPMG作成
<EU>
一方、EUも戦略的にバッテリーサプライチェーンの整備に力を入れている。イノベーションが必要な産業に対して複数の加盟国による支援を行う制度である欧州共通利益重要プロジェクト(IPCEI)として「バッテリーIPCEI」と「欧州電池イノベーション(EuBatIn)」の2つの枠組みへの公的支援が承認されている。また、2020年12月には、持続可能性向上を目指した新バッテリー規則案を発表しており、リサイクル材料の活用義務等が規定されている。
図表4 EUにおけるバッテリーサプライチェーンに関する政策動向
時期 | 主要な動向 | 概要 |
---|---|---|
2017年10月 | 欧州バッテリーアライアンス(European Battery Alliance:EBA)設立 | EU域内でのバッテリー技術と生産能力の構築を目指す欧州委員会、EUの各国当局、バッテリー関連企業などのアライアンス。 |
2018年5月 | バッテリー戦略行動計画1採択 | バッテリー原料へのアクセス確保、EU域内でのバッテリーセル製造投資の促進など6つの優先分野が示された。 |
2019年12月 | バッテリーIPCEI(Batteries IPCEI)承認2 | 7加盟国が共同申請したバッテリーバリューチェーンに関するプロジェクトを欧州委員会が承認し、32億ユーロの公的補助が承認された。 |
2020年12月 | 新バッテリー規則案公表 | 産業用、EV用などのバッテリーにおけるリサイクル原料の最低割合が設定された。2022年12月の欧州議会及び欧州理事会による暫定合意の発表においては、コバルト16%、グラファイト85%、リチウム6%、ニッケル6%に設定されているとされている3。 |
2021年1月 | 欧州バッテリー・イノベーション(EuBatIn)IPCEI 承認4 | 12加盟国と40社によるバッテリーサプライチェーンに焦点を当てたプロジェクトに対し、2031年までの期間に29億ユーロの公的支援を行うことが承認された。 |
出所:欧州委員会ウェブサイト、各プロジェクトウェブサイト、各種報道などを基にKPMG作成
<日本>
わが国でも、「グリーン成長戦略」において乗用車新車販売での電動車100%を2035年までに実現することや、国内の車載用蓄電池の製造能力を100GWhまで高めるといった目標が掲げられている。また、世界的に電動化が大きなトレンドとなる中で、自動車産業の競争力を保持するためには、バッテリーサプライチェーンの強化は重要な課題である。
2022年5月に経済安全保障推進法が成立、公布された。同法では、国民の生存に必要不可欠なまたは広く国民生活・経済活動が依拠している重要な物資について、特定重要物資として指定し、その安定供給確保に取り組む民間事業者等を支援することを通じて、特定重要物資のサプライチェーンの強靱化を図ることとしている。2022年12月、特定重要物資として、蓄電池や重要鉱物を含む11物資が政令で指定された。
また、2022年8月には、「蓄電池産業戦略」が示され、電池セル製造を支える鉱物資源・材料のサプライチェーンでは特定国への依存のおそれなどリスクが存在することや、電池セルについても日本の競争力が失われつつあり、海外への依存傾向が強まる恐れがあることから、原材料確保、材料・セルの製造基盤確保などサプライチェーン全体の維持・強化が必要であることが指摘されている。液系LiBの製造基盤の確立、グローバルプレゼンスの確保、次世代電池市場の獲得を目標として、1,000億円基金による支援などの官民連携での蓄電池・材料の国内製造基盤への投資強化、国際的な連携強化、上流資源確保のための支援拡充、2030年までの国内のリサイクルシステム確立を目指した取組みの検討などの施策が掲げられている。
3.リサイクルの推進
バッテリーサプライチェーンにおいて、原材料の確保は大きな課題ではあるが、特定の国に資源が偏在していることや、需要が増大する一方で資源に限りがあることに鑑みれば、バッテリーのリユース・リサイクルを最大限に行うことが重要となってくる。
日本においては、2022年7月に公表された経済産業省「蓄電池のサステナビリティに関する研究会」の中間整理案において、「使用済の車載用蓄電池の流通実態を踏まえつつ、検討を進めることが必要。」「今後、流通実態の更なる把握を行いつつ、使用済み電池の回収力強化、リユース電池市場の活性化、リサイクル基盤の構築に向けた取組について検討を行う。」との方針が示されている。今後、実態の把握を進め、具体的な施策について検討が行われることとなっている。
なお、OECD加盟国における主要なバッテリーリサイクルに関連する政策は以下のとおりである。研究開発のための助成金といった施策が比較的多い。バッテリー材料となる鉱物の最低リサイクル使用比率を定めたEUのバッテリー規則案はかなり先進的な取組みであろう。
日本における今後の具体的な取組みとしては、政府による研究開発助成、減税、国際連携の推進、関連する技術を有するスタートアップの育成・支援などが考えられよう。政府財源に限りがある中、グローバルな視野での産業競争力を強化するため、戦略的な予算配分が求められる。
図表5 OECD加盟国における主要なリサイクルに関する政策
国名 | 主要なリサイクルに関する政策 | 公表年 |
---|---|---|
米国 | 強力なクリーンエネルギーへの移行に向けたサプライチェーン確保のための戦略策定5 (“America’s Strategy to Secure the Supply Chain for a Robust Clean Energy Transition”) |
2022年 |
重要鉱物サプライチェーンのための補助金(インフラ投資・雇用法) | 2022年 | |
13の国立研究所と大学主導の研究プロジェクトに3年間合計 3,000万ドルの資金提供6 | 2021年 | |
EU | 欧州イノベーション・技術機構(European Institute of Innovation and Technology:EIT)による鉱物資源バリューチェーンプロジェクトの公募7 | 2023年 |
Horizon Europe 戦略計画(2021-2024) | 2021年 | |
グリーンディール サーキュラーエコノミーアクションプラン | 2020年 | |
欧州委員会によるバッテリー規則案(産業用、EVバッテリーなどのリサイクル鉱物使用割合が定められている)公表(2022年12月に欧州議会及び欧州理事会による政治的合意がなされた)。 | 2020年 | |
カナダ | 重要鉱物の研究、開発、実証プログラム 8(リサイクル施設のパイロットおよび実証の2021年予算1,095万カナダドル) | 2021年 |
オーストリア | Modern Manufacturing Initiative(MMI)9の枠組みでリサイクルとクリーンエネルギーの国家製造優先ロードマップに沿ったプロジェクトに資金が提供される。 | 2021年 |
Future Battery Industries Cooperative Research Center10における研究開発 | 2019年 | |
英国 | 重要鉱物戦略策定(Resilience for the Future: The UK’s critical minerals strategy)11 | 2022年 |
国家計画政策フレームワーク12 | 2021年 | |
資源確保行動計画13 | 2012年 | |
チリ | 廃棄物管理、拡大された生産者責任、およびリサイクルシステム確立のための法律(Law 20920)14 | 2016年 |
出所:IEA“Critical Minerals Policy Tracker”、各国政府発表等を基にKPMG作成
1 European Commission “Annex to the Communication from the Commission to the European Parliament, the Council, the European Economic and Social Committee and the Committee of the Regions”
2 European Commission “State aid: Commission approves €3.2 billion public support by seven Member States for a pan-European research and innovation project in all segments of the battery value chain”
3 Council of the EU “Council and Parliament strike provisional deal to create a sustainable life cycle for batteries”
4 European Commission “State aid: Commission approves €2.9 billion public support by twelve Member States for a second pan-European research and innovation project along the entire battery value chain”
5 U.S. Government ”Securing America’s Clean Energy Supply Chain”
6 U.S. Government “$30M to Secure Domestic Supply Chain of Critical Materials”
7 EIT “Call for Innovation & Education Projects”
8 Government of Canada “Critical minerals research, development and demonstration program – Letter of interest applicants’ guide”
9 Australian Government “Modern Manufacturing Initiative and National Manufacturing Priorities”
10 Australian Government “Future Battery Industries”
11 Government of United Kingdom “Resilience for the Future: The UK’s critical minerals strategy”
12 Government of United Kingdom “National Planning Policy Framework”
13 Government of United Kingdom “Resource security action plan: Making the most of valuable materials”
14 Ministerio del Medio Ambiente “Establece marco para la gestión de residuos, la responsabilidad extendida del productor y fomento al reciclaje”
執筆者
KPMGジャパン ガバメント・パブリックセクター
マネージング・ディレクター 柏木 健志
マネジャー 濱田 正章
アシスタント・マネジャー 須賀 睦美