日本企業と海外スタートアップのオープンイノベーションに貢献する「ブレンデッドファイナンス」とは

物価高騰やサプライチェーンの混乱など多くの課題が山積する昨今、オープンイノベーションの重要性がますます高まっています。スタートアップ投資先として注目が集まるインド、アフリカにおいて日本企業が投資を行う際の課題と、投資リスク軽減策として期待されている「ブレンデッドファイナンス」について解説します。

スタートアップ投資先として注目が集まるインド、アフリカにおいて日本企業が投資を行う際の課題と、投資リスク軽減策として期待されている「ブレンデッドファイナンス」について解説します。

日本企業を取り巻く競争環境が厳しさを増すなか、自社のリソースのみで新たな顧客の価値を生み出すイノベーションを起こすことは難しく、世界中のリソースを活用するオープンイノベーションは必須の戦略となっているとして、政府はオープンイノベーションを推進してきた。2020年にはオープンイノベーション税制が創設され、2022年は「スタートアップ創出元年」として、その他にも数々のスタートアップ振興策が盛り込まれた。一方、世界のスタートアップ投資の状況としては、足元の2022年に入ってからは、地政学リスクや世界的なインフレ率の上昇、度重なる利上げにより、投資家は警戒を強め、収益性の高い企業への投資に集中する傾向が強まっている1

さまざまなリスクの増大や金利上昇により、スタートアップが成長するための資金の供給に陰りが見える状況となっている。しかしながら、エネルギー価格や食料価格の高騰、サプライチェーンの混乱等、多くの課題が山積みとなっている今こそ、世界が直面するさまざまな課題の解決に貢献しうる製品やソリューションを有するスタートアップに目を向け、その活力を取り込むことによって、日本企業の競争力を強化していくべきであろう。

ここでは、海外のスタートアップ投資先として、インドとアフリカに注目したい。豊富なIT人材を有し、世界のテック・ジャイアントからも熱い視線を集めるインドは、米国、中国に次いでユニコーンを多数輩出しているスタートアップ大国であり、近年は日本の企業・投資家からも高い関心が寄せられている。また、アフリカについては、2022年8月に開催された第8回アフリカ開発会議(TICAD8)において、ビジネスを通じて社会課題に取り組むスタートアップの役割に注目が集まり、100億円規模のスタートアップ向け投資ファンドの計画が発表されるなどの盛り上がりを見せた。

本稿では、このように注目が集まるインドやアフリカにおいて、日本企業がスタートアップ投資をする上での課題を整理するとともに、投資リスクを軽減する方策として期待されている「ブレンデッドファイナンス」という手法を紹介する。

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1.インドとアフリカのスタートアップ投資市場

まず、新興経済の中でもスタートアップの活動が活発で市場が成熟しているインドと、インドと比べても所得水準が低く、市場が未成熟なアフリカ地域のスタートアップ投資市場の比較を通じて、アフリカに代表される後発地域のスタートアップ投資市場の課題について整理したい。

インド:
2021年時点でのインドのユニコーン数は70社に上り、米国(444社)、中国(301社)に次いで世界3位のユニコーン数を誇るとされる2

インドは世界でも有数のスタートアップ輩出国であり、海外投資家からも熱い視線を集めている。また、インド政府は、スタートアップ振興策として「Startup India」を掲げ、手続きの簡素化、資金的インセンティブ、産学連携とイノベーション促進の側面から、スタートアップ・エコシステムの形成支援を強化している。

インドにおける2021年度のスタートアップ総投資額は約420億米ドルであった3。ステージ毎の投資額の比率を確認すると、インドにおいては、グロース・ステージ(成長段階)の投資額が圧倒的に多く、シード・ステージ(アイディア段階)の投資額は少ない。つまり、インドスタートアップ投資市場ではより成長段階が進んだスタートアップへ投資が集中している。

アフリカ地域:
アフリカ地域では、農業、衛生、水・電気といった基礎的なインフラニーズの充足に取り組む企業が注目を浴び、ビジネスとしての急成長を目指すスタートアップが生まれるようになった。2016年頃からは、金銭的リターンを求めるベンチャーキャピタル(VC)も参入し、スタートアップ市場が活発化した。2019年以降は、グローバルVCもアフリカに参入し、大規模な投資やスタートアップの上場・エクジットの事例も見受けられるようになり、海外の他のスタートアップ市場とも足並みを揃え、2021年の投資額は、過去最高となる52億ドルに達した。ただし、近年急速な成長を果たしているアフリカのスタートアップ投資市場ではあるが、アフリカ地域全体でも、インドの420億米ドルと比較するとその市場規模は遥かに小さい。Partec “2021 Africa Tech Venture Capital Report”によると、ステージ毎の投資額については、グロース・ステージの投資額が最も大きいものの、全体の5割程度(インドは約8割)に留まっている。一方、シード・ステージの投資額は約1割(インドは数%)とインドより相対的に大きい。なお、アフリカ地域のスタートアップ投資市場は、アフリカの中ではBIG4と呼ばれるナイジェリア・ケニア・南アフリカ・エジプト等が牽引しており、それ以外の国の市場規模はさらに小さい。

以上より、アフリカ地域とインドのスタートアップ市場については、その投資規模とスタートアップの資金調達の性質に大きな違いがあると言える。これには、インドと比べても、多くのアフリカのスタートアップ企業は、ビジネスを軌道に乗せることができていないという背景がある。個人消費が弱くスタートアップがビジネスを行える市場が発達していないこと、脆弱なインターネット通信や電力環境、紛争や政治的混乱等の政情リスク、人材不足、法的枠組みや投資環境の未整備等、アフリカのスタートアップはさまざまな課題を抱えている。結果として、アフリカには、自らのビジネスではなく政府機関等から提供される豊富な助成金に依存したスタートアップが多く存在している。

2.ESG課題の解決に挑むソーシャル・インパクト・スタートアップ

インド、アフリカのスタートアップの特徴として、環境課題、社会課題などのESG課題に取り組むスタートアップが多いということが挙げられる。何らかの社会的使命や目標を達成することを目的としたスタートアップは、「ソーシャル・インパクト・スタートアップ」と定義される。社会開発と気候変動対策、環境保護に向けて、数多くのイノベーションが生まれつつあり、多くのスタートアップ企業が、テクノロジーを活用して持続可能なソリューションを構築し、社会にインパクトを与えている。インドの全国ソフトウエア・サービス企業協会(NASSCOM)によると、インドには、ヘルステック、クリーンテック、ウォーターテック、アグリテック等のさまざまな分野において、ソーシャル・インパクト・スタートアップが400社以上存在し、急速に成長している。

また、アフリカでも、再生可能エネルギーの取引仲介や、食品アクセスの改善やフードロス削減を目的としたソーラーエネルギー活用によるコールドルームの運営など、さまざまなソーシャル・インパクト・スタートアップが存在している。これらのソーシャル・インパクト・スタートアップは、単にビジネスを生み出すだけでなく、持続可能な社会を実現するための技術の創出などを行っているという点で、世界が直面する課題を解決するための大きな可能性を秘めている。

3.ソーシャル・インパクト・スタートアップにとっての“Missing Middle”

大きな可能性を秘めたソーシャル・インパクト・スタートアップであるが、資金調達の面で課題を抱えていることが多い。多くのソーシャル・インパクト・スタートアップは、その規模が小さく、投資家が期待するだけの利益を産み出す要件を満たしていない。初期段階のソーシャル・インパクト・スタートアップに対しては、政府機関やフィランソロピーが、返済義務のない助成金等を提供するケースが多く見受けられるが、そのステージを超えて、市場が求めるリターンの見返りとしての資金調達ができるステージに達するまでには、“Missing Middle”(失われた中間領域)が存在している。

World Resources Institute(2022)の“Unlocking Early Stage Financing for SDG Partnership”では、ソーシャル・インパクト・スタートアップの成長ステージとその資金調達の特性を、以下のように整理している。
 

第1ステージ:
資金調達は通常、フィランソロピーや政府機関による助成金やインパクト投資家による小口投資で構成される。転換社債のような形で資金が提供されることもある。投資家は、インパクトを重視し、高いリスク・リターン比率と長いリターンのタイムラインに慣れていることが多い。投資規模は、200万ドル未満と小規模であり、事業立上げのための研究開発やコンセプト実証に用いられる。

第2ステージ:
所謂、“Missing Middle”と呼ばれ、革新的な投資ソリューションが必要とされている。このステージのスタートアップは、投資家や金融機関が要求する実績や規模、事業を成功させるに足る条件を備えていないことが多い。このステージにおいては、民間投資を呼び込むための「触媒的資本」とブレンデッドファイナンスが有用と考えられる。投資規模は、300万ドルから900万ドル程度が想定される。

第3ステージ:
このステージのスタートアップは、確立された顧客基盤や市場セグメントを持ち、利益を上げているか、近い将来に利益を上げる明確な道筋を持っている。投資家は、5年から10年の事業成功の実績を求めている。投資規模は、1,000万ドルから2,000万ドル程度が想定され、開発金融機関(DFI)やVCが資金提供者となる。

第4ステージ:
第4ステージのスタートアップは、利益計上に成功し、商業規模で運営されている。投資規模は2,000万ドル以上が想定され、機関投資家や仲介金融機関が資金を提供する。資金は、事業拡大や新製品開発に用いられる。


ソーシャル・インパクト・スタートアップが各ステージで資金調達を行い、成長していくためには、さまざまな課題が存在する。まず、第1ステージで提供される助成金が、スタートアップの初期段階の活動をサポートするに十分でない。助成金の多くの規模は小さく、また、短期的(1~3年)である。結果として、スタートアップは、助成金獲得のための短期的成果を出すことに奔走しなくてはならず、本質的な事業活動に時間を割けなくなる。スタートアップは、より柔軟で制約の少ない長期的な助成金が求めている。次に、第2ステージでは、投資家は、多くのスタートアップにとって実現困難なリスク・リターンのプロファイルやトラックレコードを求めている。特に、アフリカのような新興国においては、不均等な経済成長、政情不安、紛争、未発達な金融市場等の要因から、先進国と比べてリスクが高くなる。また、投資家や金融機関にとって、新しいビジネスモデルの投資判断が困難であるため、結果としてスタートアップが高いトラックレコードを示さなければ、投資家も投資判断を行うことができない。

4.ソーシャル・インパクト・スタートアップの成長を促す「ブレンデッドファイナンス」

インドやアフリカなど新興国のソーシャル・インパクト・スタートアップの成長には、公的な援助資金だけでは不十分であり、大幅な投資のスケールアップが求められている。ブレンデッドファイナンスとは、SDGs達成に向けた民間投資を拡大するために、政府機関やフィランソロピーの資金源から「触媒的な資本」を利用することにより、民間資金の動員を図るという考え方である。政府資金などの公的資金と、商業的なリターンを求める民間投資家のリスクとリターンの許容範囲は異なるが、両者の協力により、“Missing Middle”を埋める投資が促進される。つまり、政府等による公的な資金が、民間投資の認知または現実のリスクを軽減させるのである。触媒的な資本は、助成金、負債、資本、保証などの形態をとり、民間投資とは異なり、リスクに寛容で、例えば金利、期間、弁済順位等の点で柔軟に譲許的な条件を提供する。

ブレンデッドファイナンスによる民間資金動員

日本企業と海外スタートアップのオープンイノベーションに貢献する「ブレンデッドファイナンス」とは

出典:Convergenceを基にあずさ監査法人作成


スタートアップが上記の“Missing Middle”を乗り越え、更なる成長を果たすために、政府機関やフィランソロピーが提供する触媒的な資本を活用して民間投資を動員するブレンデッドファイナンスへの注目が高まっている。以下、インドとアフリカにおける、ソーシャル・インパクト・スタートアップへの投資を促進するためのブレンデッドファイナンスの事例を紹介する。

アフリカ:Savannah VC Early-Stage Fund:
Savannah VC Early-Stage Fundは、ケニア、ナイジェリア、南アフリカにおける高成長スタートアップで、フィンテック、教育、物流・エココマース、ヘルスケア、アグリテックなどの分野で、低所得者層をサポートするサービスを提供する企業に対してアーリーステージの資金を提供することを目的とする。Savannah Fundに対する総額2,500万ドルのコミットメントの内、世界銀行グループの一員として民間投融資を行うIFCが300万ドルの投資を行っており、また、IFCの女性起業家金融イニシアチブ(We-Fi)からは50万ドルの譲許的資本が提供されている。こうした公的・譲許的資本を触媒として、Savannah Fundには、民間投資家が多数参加し、アフリカのデジタル経済市場におけるスタートアップの資金調達に貢献している。

インド:“サンライズセクター”に向けたエクイティファンド計画:
2022年2月にインドのRajeev電子情報技術担当国務大臣は、起業家への資本支援を強化するため、中央政府がスタートアップ向けに新たなエクイティファンドを創設する計画があることを明らかにした。同ファンドには、インド政府が20%の公的資金を提供することで、民間資金の動員を図る。また、同ファンドは、民間のファンドマネジャーが管理する計画となっている。同ファンドは、デジタルエコノミー、ディープテック、アグリテック、気候変動対策、製薬等の“サンライズセクター”を対象とし、まだ計画段階であるが、インド政府が推進するStartup India政策の一環として位置付けられ、資金調達に課題を抱えるソーシャル・インパクト・スタートアップの成長を促進することが期待されている。

2022年現在、世界的にスタートアップ投資市場に翳りが見られるなか、世界の課題解決に貢献しうるスタートアップの成長を加速させ、投資家がスタートアップへの投資機会を発掘していくためにも、政府機関やフィランソロピーによるこうしたブレンデッドファイナンスという手法を用いた取組みは注目に値する。インドやアフリカといった海外のスタートアップの成長を取り込むことにより、日本企業の新たな領域での事業機会の創出にも繋がっていくことが期待される。日本企業のオープンイノベーションを促進するための方策の一つとして、日本の政府機関等によるブレンデッドファイナンス手法を用いた海外スタートアップ投資の促進が考えられるであろう。

Venture Pulse Q2 2022 Global analysis of venture funding 日本語抄訳版

2 National Association of Software and Services Companies(NASSCOM) “Indian Tech Start-up Ecosystem 2021 Edition”

3 Inc 42 Media “Indian Tech Startup Funding Report”

執筆者

KPMGジャパン ガバメント・パブリックセクター
マネージング・ディレクター 柏木 健志
マネジャー 濱田 正章
アシスタント・マネジャー 須賀 睦美