スマートシティのコンセプトは、国際的にはまだ流動的です。OECD(経済協力開発機構)は、スマートシティを「デジタル化を効果的に活用して市民の幸福を高め、より効率的で持続可能な包括的都市サービスと環境を協創的なマルチステークホルダーのプロセスの一環として提供するアプローチ」(2018年)と定義しており、2020年から始まったスマートシティ・ラウンドテーブルでは、「スマートテクノロジーとデジタルイノベーションへの投資が最終的に市民の福祉の向上に貢献するか」という点に焦点を向けています※1。
本稿では、OECDの加盟国のなかで、社会保障が進む日本のスマートシティにおける福祉の可能性について解説します。
目次
1.スマートシティにおける福祉の制度要件
スマートシティの議論において、福祉の取組みを難しくする制度要件が2点あります。1点目は各国の社会保障の発展度、2点目は都市の福祉行政上の役割、です。
1点目の社会保障の発展度については、国により状況が異なります。利他的な民間サービスが存在するだけの国もありますし、たとえば日本や欧州のようにさまざまな福祉サービス(保健、医療、保育、介護、住宅等)を社会保障というかたちで運用する福祉国家もあります。また、アメリカのように、国家は国民に干渉せずという立場で最低保障のかたちをとり、健康維持機構(HMO)など民間保険市場を発展させるかたちもあります。
社会保障の発展次第で、福祉のサービスや市場構造が変わってきますから、スマートシティで検討しなければならない福祉基盤のアプローチも異なります。一般的に、福祉国家として社会保障を運用する国では、市民一人ひとりの生活リスクに対する投資(税・社会保険)を財源に、行財政を通じて、市民の幸福を向上するための福祉基盤の最適な運用(再分配)を追求していますが、公共事業などは制度に制約されることになります※2。
また2点目の福祉行政の役割については、都市がローカルガバメントとして、福祉の運用の中心にあるかという点が重要です。たとえば、現在の日本の場合は、地方分権等により都市に医療・介護など多くの保健福祉行政の中心がありますから、スマートシティの機能を考えるうえでの主題となります。
2.スマートシティにおけるコミュニティケアの推進
【日本の人口構造の変化】
この「コミュニティの再生」の狙いは、都市が従来の社会保障サービス(医療、介護、福祉、薬局、保育等)を自らの都市の社会・人口構造の違いに合わせて独自性を出すという点にとどまらず、生活全般にわたる支援(住まいや移動、食事、見守り、保育、就労等)をコミュニティケアとして統合的にマネジメントする点にあります。その結果、市民一人ひとりが住み慣れた都市で、自分らしい「良い暮らし」や「クオリティオブライフ(QoL)の維持・向上」を可能とするための新しい地域共生社会の基盤を構築することを目指すことになります。
【都市の社会保障マネジメントの全体像】
この次世代の社会基盤の構築において、都市による保険者機能の強化と都市の隅々に行き渡るコミュニティケアの高度専門化の2点は重要になります。
この2点に対する具体的なアプローチは、日本では「持続可能な保健・医療・福祉基盤と保険者機能の成長」(保健医療2035※4)を起点に「保健・医療・介護領域を横断する情報連携基盤の構築」(データヘルス改革推進計画※5や地域医療介護総合確保基金等)など社会保障制度に落とし込まれています。これまで拠点総合化されてきた各々の社会保障サービスの専門機関である病院※6・薬局※7・福祉施設※8・介護施設※9等において、コミュニティケアをベースに多機関・多職種連携や産学官民連携、施設再編、デジタル化推進という形で福祉サービスのスクラップ・アンド・ビルドが推進されています。
スマートシティの福祉基盤の発展を考えていくうえで、まずコミュニティケアの統合的マネジメント基盤と(民間パーソナルデータとの連携を含め)領域横断的なデジタル情報連携基盤の構築を行い、そのうえで福祉の専門高度性の追求と市民の個別性やライフスタイルを適合させるサービスの向上を目指し、都市としてのQoL向上を実現していくかたちが基本の枠組みとなります。そして、このスマートシティの機能において、地域包括ケアあるいは地域医療構想を見据えた「多機関・多職種によるコミュニティケアの有機的な成長」こそが、都市社会のエンジンであり、都市のオリジナリティとなっていきます。
3.スマートシティにおける福祉の公民連携
デジタルをフル活用したスマートシティは、次世代のテクノロジーやファイナンスとのかかわりによって公民連携の新たな福祉の形を創造していく可能性を秘めています。拠点総合化しやすい福祉において、公民連携はもともと1970年代に福祉国家としての財政上の岐路を向かえたイギリスで促進されてきたものです。日本においては、介護保険制度導入の2000年前後から高齢者福祉や保育の面にて、ファシリティマネジメントの領域で公設民営という形の社会福祉法人が増加してきましたし、公的(非営利)法人と民間(営利)法人によるイコールフィッティングというかたちで競争関係の地域資源となっています。そして、近年の都市のコミュニティケアや新しい社会事業の促進のなかで、着実に公民連携が進んでいます。たとえば、これまで早期に成果を上げることが難しい福祉課題に対して、成果連動型民間委託契約方式(PFS)やソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)などの公民連携の社会的投資で新しいサービスやテクノロジーを試行するケースが増加しています。
また、ライフサイエンス業界が取り組むデジタルメディスン(DM)やデジタルセラピューティクス(DTx)のようなデジタル治療に加え、保険や教育、住宅などこれまで周辺領域で専門化していた民間事業者が垣根を超えて福祉領域に市場参入というケースも増加してきました。このような流れの中で、福祉にかかわる新しいソーシャル・エンタープライズ(社会的企業)や社会的投資のかたちの多様化などもあり、福祉市場の公民連携の可能性が拡がっています。
公民連携の裏で、特定施設を都市の判断により再公営化するケースも散見されますが、今後、福祉市場や福祉の近接市場において公民連携によって、新しいコミュニティやイノベーションのかたちが生まれてくるケースは増加しており、スマートシティにおいて新しい福祉課題解決のビジネスモデルが出てくることが期待されています。
4.スマートシティにおけるクオリティオブライフ(QoL)情報の共通化
コミュニティケアによる包括的な多機関・多職種連携が福祉基盤の中心にあるなかで、これまで地域や機関ごとにサイロ化されていたQoL情報の国際的な統一が進んでいます。これまではそれぞれの機関や職種の観点や活用方法にあわせて、情報が細分化されていましたが、国を中心とするデータプラットフォーム構築やケアの標準化により、情報の統合化が動き始めました。代表的なものとしては、「国際生活機能分類」(ICF)のように、健康や障害に関する物理的状態だけでなく、動作能力や生活能力、社会性、家族関係などの社会的状態などにより「人」の全体像を把握し、多職種の横断的な支援を可能にする情報の総合化が重要となってきました。
医療分野では、20世紀初頭から「国際疾病分類」(ICD)など情報の標準化が発展してきましたが、福祉の領域では、ICDの補助として進展した「国際障害分類」(ICIDH)、やその改訂版として前述した「国際生活機能分類」(ICF)が、多機関・多職種連携のなかで共通言語となりつつあります。国際医療行為分類(ICHI)の福祉・介護領域への拡張等も議論されており、フレームワークの標準化への注視が必要です※10。
【国際標準化に向けたQoL情報の整備】
これらの国際分類は、最終的にはSDGsや国際障碍者権利条約(CRPD)が包括する形で運用されており、今後のスマートシティにおけるデジタル情報においても、これらの共通フレームワークに準拠していくことが推奨されます。
5.スマートシティにおける福祉の可能性
次世代の福祉を考えていくと、今後市民がコミュニティケアをより自分ごと化していく試みが進んでいくことが予想されます。日本では、かつて福祉は「与える」恩恵という考え方から、「選べる」保険という市民社会の考え方への転換が進みました。この考え方の中心にある福祉のかたちは、都市の実態に応じる最適のコミュニティケアです。地域の実情を把握する都市がこれまで中心となって公・民の事業者を束ね市民のための高度な福祉システムを構築してきましたが、今後は市民や公・民の事業者の主体性をより生かすインクルーシブなスマート社会の構築への踏み出しが重要になっていきます。
これまで述べてきたように、「都市による保険者機能の強化」「都市の隅々に行き渡るコミュニティケアの高度専門化」「公民連携や資金調達ファイナンスの多様化」「デジタルプラットフォームの成長」という軸から、以下のようなことを目指していくことが重要ではないかと考えられます。
(1) 自発的にサービスやテクノロジーを生み出す福祉基盤づくり
福祉事業では、命の安全性の確保と制度順守の両輪の制約があり、コミュニティによる主体的なサービスやテクノロジーの開発に取り組みにくい側面がありました。しかし、近年、地産地消や産学官民の取組みなど、コミュニティで内発的にアウトカム(社会的価値)を創出することが期待されるモデルケースが生まれてきています。制度面から各都市で新しい試行や導入ができる環境づくりは重要です。市民の理解を醸成しながら都市の判断で積極支援ができる行財政の仕組みやインセンティブ設計、社会的投資の活用、オープンプラットフォームの構築を積極的に実行していく体制を構築していくことが期待されます。
(2) 長期視点で考える福祉資源のファシリティマネジメント
今後30年(執筆当時)で、都市によっては人口・社会構造がドラスティックに変わるでしょう。福祉の課題が、たとえば高齢者支援から子育て支援や教育に代わる都市も出てくると思われます。したがって、公共施設は短期視点だけでなく、目的に応じて転換できるかたちでマネジメントを行う必要があります。個別総合的な取組みにならないように、公民連携のマネジメント体制を組み、変化していく福祉資源のあり方を追求することは重要になります。
(3) 多機関・多職種連携において利用者の情報を的確に活用できる仕組みづくり
利用者の情報は、これまで機関ごと職種ごとに文化が異なり、利用者(や利用者家族)にそれぞれ個別具体にアセスメントを実施しています。今後はデータプラットフォームを活用し、何度も同様のアセスメントの繰り返しは避け、各専門で必要な情報補完を更新するかたちにすることが望ましいでしょう。もちろん各機関各職種での情報の閲覧・更新権限など活用ルールは整備します。いずれにせよ、「都市間の情報の活用」「民間データや各専門施設の専門データの連携」「情報の標準化の推進」によって、よりデータの精度が上がり、個人への個別化対処の質につながっていくことが期待されます。
(4) セーフティネットとして個人の異常を早期発見できる仕組みづくり
今後、日本は孤独化が進み、ソーシャルキャピタルが減っていくことが想定されます。主観的な生活意識で過ごしていくと、いつどこに人生の落とし穴があるかわかりません。さらに認知症や高次機能障害などがあると、家族や後見人なしでは、個人の異常を発見できない可能性は高いです。今後のデータヘルス計画の進展で勘案できることは、少ないタッチポイントで取得した個人の断片的な情報をデータプラットフォーム上で分析して異常を検知して、専門機関が意思決定支援や早期介入を行う仕組みを模索していくことは重要です。
(5) 生活機能が低下している福祉サービス利用者の移動・移乗・診療支援
コミュニティケアにおいて、利用者の移動間距離は課題となっています。現在のところ、家-施設間や施設-施設間の移動、また家や施設のなかでの移乗などに関しては、現在MaaSや介護ロボットなどの活用が検討されています。さらに医療領域では、家-施設間に関してはオンライン診療、また施設-施設間でもロボット診療などの推進が見られます。高度な機能をもつ車両やロボット群については、一番の課題は費用面の問題ですが、目下、公共交通としての複合利用やデジタル推進関係の国補助金の活用で運用しています。今後、あらためて地域包括ケアシステムにおける持続可能な移動のあり方を、協創を高める公民連携のかたちで検討していくことは重要です。
(6) 問題を抱えた個人と問題解決できる専門家をダイレクトに結ぶ仕組みづくり
医療的な問題や福祉的な問題が起きたとき、その問題解決ができる専門家をダイレクトに見つけることは現時点では難しい状況です。しかし今後、データヘルス計画で推進していくデータプラットフォームの構築によって、問題の傾向の分析と問題解決ができる専門家や専門施設との正確なマッチングや救急体制を向上していくことが期待されます。
※1 OECD「Smart Cities and Inclusive Growth」
※2 EU「EUROPE 2020」
※3 内閣官房「社会保障国民会議」
※4 厚生労働省「保健医療2035」
※5 厚生労働省「データヘルス改革推進計画」
※6 日本医師会「グランドデザイン2030」
※7 日本薬剤師会「薬剤師の将来ビジョン」
※8 全国社会福祉協議会「福祉ビジョン2020」
※9 全国老人福祉施設協議会「老施協ビジョン2035」
※10 WHO「Family of International Classifications: definition, scope and purpose [pdf, 309kb] 」
執筆者
KPMGコンサルティング
マネジャー 中垣 讓