機関投資家が日本のコーポレートガバナンスの改革に期待するもの - ACGA年次カンファレンスの議論から

アジア企業統治協会(ACGA)の年次カンファレンスにおいて議論された日本のコーポレートガバナンスの残された課題や機関投資家からの期待についてレポートします。

アジア企業統治協会(ACGA)の年次カンファレンスにおいて議論された日本のコーポレートガバナンスの残された課題や機関投資家からの期待についてレポートします。

アジア企業統治協会(Asian Corporate Governance Association、 以下「ACGA」)が、2022年11月10~11日に21回目の年次カンファレンスを開催しました。ロンドンで行われた本カンファレンスには、アジアの市場に投資を行うグローバルな機関投資家を中心に100名を超える市場関係者が集いました。ACGAのカンファレンスは、プログラムの各セッションの後半に十分な質疑応答の時間が割かれ、また少人数でのグループディスカッションを組み込んだものも多く、成長著しいアジアのコーポレートガバナンスに関する今後の課題について活発な議論が展開されました。

本稿では、そのうち、初日に行われた、日本のコーポレートガバナンスをテーマとした「After Abe - charting a new way forward(安倍元首相の後、新たな道を切り拓く)」と題するセッションの内容をご紹介します。

投資家が見る日本のコーポレートガバナンスの現状

日本の現状に対して指摘されるコーポレートガバナンスの課題としては、さまざまな意見や見解があると思われますが、本稿では、今回のセッションで議論されたものを中心に挙げています。

  • 資本配分

将来に向けた投資に関する長期的な視点が必ずしも十分でないことや、伝統的に現預金を多く保有する経営をよしとする意識、また資本配分に関して疑問を投げかける投資家が少なかったことなどに起因して、成長のための投資や株主還元の適切なバランスの検討が行われてこなかった点を課題として挙げる声が聞かれました。また、長らく企業間の慣習として行われてきた政策保有株式の削減や、企業価値の向上を目的とした事業ポートフォリオの検討が十分ではないために、資本効率の面での課題も残り、いまだ日本企業の価値が評価されにくい要因となっているとの意見もありました。

  • 環境や社会に関するサステナビリティ課題への対応

サステナビリティ課題に対する取組み状況を示す企業は多いものの、それらが必ずしも企業が提供する価値の見通しやビジョンなどに反映されておらず、事業戦略にも統合できていないために、社会や環境に関するどのような課題が企業価値にとってマテリアルなのか、何に誰がどこまでコミットしているかがわからない場合が多いとの声も聞かれました。

  • 取締役会の機能

社外取締役が増加し、取締役会の独立性は形式的には改善したようにみえても、CEOの選任基準や選任過程の説明や透明性の不足、CEOやエグゼクティブに対する評価基準が必ずしも合理的でない、社外取締役とCEOの間の健全な緊張感があまり感じられないといった実質面での課題が挙げられました。取締役会の機能の実効性を高める観点から必要な要素である取締役会のダイバーシティや社外取締役の独立性も、まだ十分とはいえないとの意見も聞かれました。

今後の改革の担い手としての企業への期待

これまでの日本のコーポレートガバナンス改革においては、規制当局が主導的な役割を果たしてきました。コーポレートガバナンス・コードや情報開示の制度の変革が、企業を後押しする大きな力となってきた面が大きいと思われます。今後も、情報開示や形式面での充実、また制度上の環境整備などを通じた変革の面においては、制度等の導入が果たす役割が期待されるものの、企業自身がコーポレートガバナンスの進化により、企業価値の向上への意識をより強く持つことが大切だとの意見が多くありました。そこで、取締役のさらなる機能発揮への期待が聞かれ、その方策についての議論では、次のような意見が挙げられていました。

  • モニタリング型の取締役会への移行を志向し、取締役が自らの役割や責務を理解し、それらを明確に示したうえで、その役割や責務を果たすこと
  • 取締役が自らの役割や責務を果たすために必要なトレーニングの実施
  • 取締役会の独立性を向上させ、CEOの選任や評価に関する独立性と透明性を高めるとともに、社外取締役が投資家の関心事を代弁し、経営者に適切にチャレンジすること
  • 投資家向けの連絡窓口を明確に示し、社外取締役と投資家との対話機会を促進すること
  • 取締役会が機能を果たすために必要と考えるスキルやダイバーシティの明確化とその確保を通じた取締役会の実効性強化
  • 企業のパーパスを再認識し、それを念頭においた取締役会の議論の推進
  • 外部の独立した評価者による取締役会の実効性評価の実施

また、企業に対する提案だけでなく、投資家自身も企業に何ができるのかという点についても議論がなされました。企業の方針や取組みについての理解だけでなく、具体的なアウトカムやアウトカムの創出に向けた進捗の理解にも焦点を当てたエンゲージメントの推進や、キャッシュの重視や配当や自社株買いに対するネガティブなイメージの打破に向けた対話の促進などが挙げられていました。また、企業の負担軽減およびwin-winとなる対話の実現のために、投資家自身もプライオリティを明確にしたうえで企業にアプローチすべきであるとの声もありました。加えて、今後は集団エンゲージメントの促進も図られるべきだとの意見も多くあり、そのための法律上の観点も踏まえた環境整備を規制当局に期待する意見もありました。

本セッションは、アジア地域全般の投資家と企業のエンゲージメントをテーマとしたセッションと同時並行で行われましたが、残念ながら日本のガバナンスをテーマとした本セッションへの参加者の方が少ない状況でした。グローバルな機関投資家の日本市場への関心が以前ほど高いものではなくなっているとの危機感はぬぐえません。一方で、本セッションへの参加者(その多くもグローバルな機関投資家)が、日本のコーポレートガバナンスの更なる改善をいかに後押しし、企業価値の向上に貢献できるのかを熱心に議論する姿には勇気づけられる思いもありました。

投資家といっても、それぞれの投資哲学や方針を持ち、エンゲージメントにおける質問の意図もさまざまです。アジア企業と投資家とのエンゲージメントをテーマにした別のセッションでは、時にはチェックリストを潰しこむための表層的な質問もあるとの企業の声を代弁する意見がありました。それに対しては、決して好ましいことではないとしつつも、企業も、大きなストーリーに基づき自らの組織に関して伝えるべきことを伝え、的外れな質問には毅然とした対応をすることも大切ではないか、という投資家の意見もありました。投資家との対話を意義あるものとし、経営判断に活かし、好循環につなげるためのさまざまな改革の進展が引き続き望まれています。

執筆者

あずさ監査法人
KPMGサステナブルバリューサービス・ジャパン
シニアマネジャー 橋本 純佳

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