昨今、EBPM(Evidence-based Policy Making=証拠に基づく政策立案)の重要性が叫ばれるようになってきており、日本においても中央省庁の政策立案の現場を中心にロジックモデルの作成が一般化されつつあります。現在、自治体においては一部の先進的な団体のみが試験的に取り組んでいる状況ですが、この流れはいずれすべての自治体でも主流となると想定されます。
本稿では、EBPMが求められる背景やその課題、スマートシティ化することによるEBPM視点のメリット等について解説します。

1.EBPMが求められる背景

EBPMという考え方をさまざまな分野で耳にするようになりました。日本語では「根拠に基づく政策立案」と訳される考え方で、要するにデータ(根拠)を基に客観的かつロジカルに意思決定(政策立案)を行うというものです。日本において、EBPMが本格的にテーマとして浮上したのは、2015年の骨太の方針以降です。この際、初めて、定量的な評価に基づく政策立案が不十分との問題提起がなされ、「エビデンスに基づく PDCAの徹底に重点的に取り組む」とされました。
エビデンスベースの対義語は「エピソードベース」と定義されます。すなわち、「経験・勘・類似事例」といったエピソードに基づき意思決定がされる状態であり、日本の政策立案の現場では(意識しているか否かはさておき)往々にしてこのようなエピソードベースがメインとなっているとされています。
しかし、昨今の社会情勢は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大、戦争・紛争の勃発、テロの脅威の拡大といった、これまで経験していない(かつ、コントロールできない)要素にあふれているのも事実であり、そのようななかで、これまでの経験や勘などに頼った意思決定は意味をなさなくなりつつあると言えます。

日本のEBPMの推進体制としては、デジタル庁のなかに設置された「EBPM推進委員会」が先導し、中央省庁の政策立案にEBPMの考え方を普及させるべく取組みが推進されています。具体的には、原則として各省庁の10億円以上の予算要求事業において、ロジックモデル※1の作成・公表を求めており、令和3年度は、政府全体の事業(約5,000事業)のうち10%弱の401事業でロジックモデルが作成され、省庁内では徐々に浸透してきている状況が読み取れます。

【令和3年度予算プロセスにおけるEBPM実践状況】

スマートシティにおけるEBPMの可能性_図表1

出典:「各府省におけるEBPMの取組状況」(内閣官房行政改革推進本部事務局 令和3年11月4日)

【中央省庁のロジックモデルの例(厚生労働省の「母子保健対策強化事業」より)】

スマートシティにおけるEBPMの可能性_図表2

出典:「厚生労働省におけるEBPMの取組について」(厚生労働省 令和3年11月)

一方で、自治体におけるEBPMの推進に目を向けると、国からの具体的な要請がないことも相まって、各団体によってさまざまな(一部の意識の高い自治体が率先して推進している)状況です。ただし、令和4年9月に更新された「自治体DX推進計画」のなかでは、EBPMへの期待も明記されるなど、今後、自治体においてもEBPMの推進が本格的に求められることになると想定されます。

2.EBPMにおけるエビデンスとは何か(根拠レベルの定義)

EBPMの重要性は理解しやすいですが、実際に推進する際は、「エビデンスとは何か」という点を意識することになります。この解釈はさまざまですが、一例として「平成30年度内閣府本府EBPM取組方針」を取り上げて解説します。内閣府はこの方針のなかで、エビデンスのレベルを以下のように定義しています(レベル1が最も高い品質)。

レベル エビデンス
レベル1 ランダム化比較実験
レベル2a 差の差分析、傾向スコアマッチング、操作変数法等
レベル2b 重回帰分析、コーホート分析
レベル3 比較検証、記述的な研究調査
レベル4 専門家等の意見の参照

出典:「平成 30 年度 内閣府本府EBPM取組方針」(平成 30 年4月)を基にKPMG作成

「このレベル以上ではないとEBPMとして認めない」という厳密なルールはないため、可能な限りエビデンスレベルの高いものを根拠として意思決定することが求められるわけですが、自治体の現場においてレベル1や2aといった上位レベルのエビデンスを用意することは困難だと考えられます。たとえば、レベル1のランダム化比較実験を自治体で実施する場合、ランダムに選出した2つの集団に対し、他方は施策を無理やりにでも実施し、他方には施策を実施しないということになり、公共性が求められる自治体の活動には(倫理的な問題も含め)適さないことが多いと考えられます。
したがって、当面は自治体におけるエビデンスはレベル2b以下のものを活用するケースが多くなると想定され、そのなかでレベルの高い重回帰分析やコーホート分析などが主流になるのではないかと推察できます。

3.スマートシティとの相性

そもそも現時点では、政策立案の際にロジックモデルを作成している自治体自体が少数であり、そのなかでもモデル構築の際に回帰分析等の統計手法を駆使している自治体はさらに少数です。しかし今後、統計手法を用いたロジックモデル作成が求められるようになった場合、多くの自治体は「使えるデータがない/少ない」という問題に直面することになるはずです。
エビデンスレベル2b以上の分析を行う場合は、当然ながら分析対象のデータが必要になりますが、自治体が比較的容易に揃えられるデータとしては、各施策のKPIを年次で計測した時系列データや市民アンケート調査の結果などが考えられます。これらのデータも非常に重要なものであることは間違いないのですが、詳細な分析をするためにはさらに粒度が細かく、タイムリーなデータを収集することが必要になってくるでしょう。あらかじめスマートシティに取り組んでいる自治体は、その点の問題を解決しやすくなるはずです。

スマートシティの取組みは多岐にわたるので、一概に述べることはできないものの、スマートシティ化された自治体においてはデータの収集がはるかに容易になり、EBPM推進の土壌が整うことが想定されます。たとえば、街灯に人感センサを取り付けてタイムリーに人流データを収集したり、ウェアラブルデバイスにより市民のバイタルデータを取得したりと、これまでの自治体では手に入れることのできなかったデータにアクセスすることが可能になります。

従来のロジックモデルは、施策ごとに作成することがほとんどですが、本来は多様な施策のロジックモデル同士が複雑に絡み合った「蜘蛛の巣」のような状態になっているはずです。つまり、施策Aのアウトプットが施策Bのアウトプットにも影響を及ぼし、施策Bのアウトカムも変化していく…といった関係性があらゆる施策間で存在しているはずなのです。しかし、中央省庁で推進されるロジックモデル(もちろん、一部の先進自治体もしかり)は、施策単位で閉じたものになっています。それは、そのような複雑な関係性を人間の手だけで定義することはほとんど不可能だからです。
複雑な関係性(蜘蛛の巣型のロジックモデル)を作成するには、ある程度データ分析の力を借りる必要があるでしょう。つまり、大量のデータから指標間の関係性の仮説を立てるソリューションが必要になってくるわけです。
KPMGにおいても、そのようなソリューションの開発に着手していますが、スマートシティによって多様かつ十分な量のデータにアクセスできるようになると、そのようなソリューションを活用して、データを基に指標同士の関係性をある程度機械的に仮定することができるようになり、それをたたき台にして「蜘蛛の巣型のロジックモデル」を定義することも可能になるのではないかと想定されます 。
また、そのようなモデルができれば、それを基にしたシミュレーション機能の追加により、「新規施策の効果予測」や「既存施策の効果検証」が実施できるようになり、真の意味でEBPMが推進されることになるはずです。あくまで、スマートシティの目的は「住民のウェルビーイング向上」であるべきですが、早いうちからスマートシティに取り組む自治体は、EBPMの観点から見ても一歩進んだ準備ができると言えるでしょう。

※1  「インプット(資源の投入)」「アクティビティ(行政活動)」「アウトプット(活動から産み出された物)」、「アウトカム(政策の影響や成果)」の間における論理的関係を簡潔に表現する説明図

執筆者

KPMGコンサルティング
マネジャー 須藤 一磨

スマートシティによって実現される持続可能な社会

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