日本が直面している少子高齢化社会は、生産人口が減少するなかでさまざまな生活サービスをできるだけ少ない人や財源で行き届かせる取組みが必要になります。また、これらの取組みの事例は日本と同様の課題を抱えている、あるいは近い未来に必要となる海外でも参照かつ導入されることが予想され、これらの課題先進国である日本が取組みで先行することは、新たなビジネスを生み出していく機会の創出にもつながると考えられます。
本稿ではこの取組みの1つの方法として、内閣府で定義された「Society5.0リファレンスアーキテクチャ」をベースとして、「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期/ビッグデータ・AIを活用したサイバー空間基盤技術のアーキテクチャ構築ならびに実証研究事業」の成果として公表した「スマートシティリファレンスアーキテクチャ」の活用について、仮定したモビリティ課題を題材にしながら考察します。
1.スマートシティの目指す姿とは
少ないリソースの制約下で複雑で相互に絡み合う地域社会の課題を解決するためには、これまでのように交通、医療、教育、防犯・防災といった分野別に対応するのではなく、分野横断的に最適化を目指していく必要があります。そのために都市計画・政策のレベルで官民連携・協調しながら、各分野から収集できるデータを相互に関連付けて連携させ、課題点を明確にして仮説を立て、仮説をシミュレートし検証しながら精度を高めて社会実証・実装し、さらに評価・検証しながら改善を行うことで、持続性のある地域社会を実現するのがスマートシティの目指す姿です。
バルセロナ、パリ、ヘルシンキ、エスポー、コペンハーゲンなど数多くのヨーロッパ・北欧の都市で、市民、企業、大学などのステークホルダーと行政との共創による人間中心のまちづくりのためにスマートシティの取組みが先行しています。再生可能エネルギーの活用、需要に合わせたエネルギーマネジメント、EV走行のための環境構築、環境負荷が少ないスマートビルディングの設計などの取組みが先行しており、さらにスマートシティ間の連携と知見の共有により競争力の強化も図られています。
2.目指す姿の実現に向けたアーキテクチャとは
前述したように、スマートシティで扱われる課題の範囲は広いため、トレードオフや二律背反といった関係が分野をまたいだ複数の課題間に生じます。そこで、この複雑な関係を分析するためにデータやデジタル技術の活用が必要になります。
そしてこのようなITソリューションを活用して課題解決を行うための、戦略、ルール、体制、事業も必要になります。当然、データを取得するために必要なIoTデバイスとセットになったセンサーやアクチュエータ、通信機器、通信ネットワークなどハードウェア、セキュリティ対策や認証などの情報アクセスへの対策も必要です。また、これらは過去から現在までの時間や作用・適用する地理空間に合わせて管理され、さらに分野ごとに異なるユースケースと照らし合わせながら利用・運用されます。
これらの構造と関係性を示したものが「Society5.0リファレンスアーキテクチャ」であり、分野をまたいで多様なデータを相互運用するために、さまざまな分野のデジタル化を進める上で検討が必要な要素として整理されました。そして官民連携体制によりこのアーキテクチャを参照する形でスマートシティ分野におけるアーキテクチャが構築されています。
【スマートシティリファレンスアーキテクチャにおいて定義すべき事項】
【スマートシティリファレンスアーキテクチャ】
このスマートシティリファレンスアーキテクチャの注目点は、利用者が上段に示されているように、その暮らしや経済活動を支えるために、利用者側もニーズや課題の提示や提供されるサービスについての理解向上といった形で都市のマネジメントに参画する必要性が示されている点です。都市マネジメントはこの利用者の需要と都市の戦略やルール、アセットやサービスのスマートシティ全体の取組みを俯瞰的に管理し取りまとめ、サービスとして利用者へ提供する役割を果たすことになります。
3.Society5.0/スマートシティリファレンスアーキテクチャ活用の考察
地域社会で発生する課題は、それぞれの行政で分野ごとに整理されて把握され、政策・施策・事業計画が立案されて実行されています。課題の中には分野内に閉じた対策では不十分で無駄が生じてしまうケースや、他の分野と連携・協調することでより効率的で付加価値向上や新しい事業などの機会創出を狙えるケースがあり、少ないリソースで効果を高めるために横断的・俯瞰的な視野で検討することが求められます。Society5.0リファレンスアーキテクチャはこのような検討を行う時に、設計図を描くためのフレームワークとして活用することができます。
具体的には、各分野の課題に対する戦略・政策、それに関係する法や条例、課題や対策を議論する協議会やコンソーシアム、そしてその分野のビジネスモデルやサービス、これを実現するための機能、機能で検知・検出・生成されるデータ、データを収集・連携・統合するための基盤、さらにデータを取得するためのハードウェアに対して、リファレンスアーキテクチャの意味軸・分野軸・時間軸・空間軸を層別する情報を紐付ける形で整理します。
この時、情報の解釈の発散防止や一意性を高めるために、データやデータ連携の階層において語彙・コード、データセット・データカタログといった情報を集約・整理・活用するための枠組みに沿う必要があり、情報の重複による混乱を避けるために一元性・一貫性を保持する仕組みを適用する必要もあります。この役割を担うのがデータ連携基盤(都市OS)になります。
なお、データ連携基盤に必要な構成要素(ビルディングブロック)ですが、デジタル庁で令和3年度に実施した「生活用データ連携に関する機能等に係る調査研究」では、データ流通のための「APIゲートウェイ」、データを蓄積または分散管理してデータ流通を制御する「ブローカー」を挙げています。「ブローカー」はさらに個人に紐付かない「非パーソナル」と個人に紐付く「パーソナル」の2つに分類しています※1。
このようにリファレンスアーキテクチャに基づいて整理することで、対策を検討する時に分野や時間・空間を横断した関係性を導出することができるようになり、トレードオフや二律背反となるケースや連携による作業効率化、新たな価値創出の可能性を検出できるようになります。
4.想定事例での活用イメージ
ここで活用を具体的にイメージするために、「交通難民の増加」「少子化による学校再編」が課題となっている地域を仮定して、これらのリファレンスアーキテクチャの活用について考察してみたいと思います。
従来であれば課題の前者は交通分野担当、後者は教育分野担当に引き取られる課題として、それぞれの取組みで解決されてきたと考えられます。たとえば前者であれば予約型デマンド交通の導入、後者であればスクールバスの新設やルート改変などになります。しかし、ドライバー不足が深刻化するなか、数年はそれぞれの事業運営が可能ですが、それ以降の持続性については課題が残ってしまうのが、特に近年の実情だと思われます。
もしリファレンスアーキテクチャに基づく仕組みによってこれらの課題や施策が整理されていたらどうなるでしょうか?同じ交通事業者に2つの異なる分野の課題への対応が求められたことや、交通事業者側のドライバー不足課題と衝突が発生したことを、検出できるかもしれません。また、開始時点での検出ができなくとも、事業運営のなかで上がってくるデータから、予約希望と配車できた時刻の差や、通学時間帯の予約型デマンド運行が少ないことを検出できるかもしれません。これらのデータはスマートシティ分野の取組みで収集・整理され、解析されて、別分野へのレポートという形で提供できるはずです。結果、スクールバスではなく予約型デマンドを利用した通学へ移行し、運賃は教育予算から補助する施策などを講じるきっかけが生まれ、スクールバスの購入費や維持費の削減とドライバー不足解消といったリソースの最適化を図ることにつながります。
このように、複数の分野でスマートシティリファレンスアーキテクチャが提供するデータ連携基盤を活用しSociety5.0リファレンスアーキテクチャに基づいた形で人・もの・金・情報を整理することで、分野横断的な最適化の実現が可能となるものと思われます。
※1 「生活用データ連携に関する機能等に係る調査研究 調査報告書」 (デジタル庁)
執筆者
KPMGコンサルティング
マネジャー 伊藤 昇治