サーキュラーエコノミーの進展の背景と日本企業への影響

EUが主導する形で、環境と経済の関係性の再構築が行われ、「サーキュラーエコノミー/循環型経済」に期待が高まっています。さまざまな背景のなかで進展する環境優先/化石燃料を使わない世界の構築に向けたルールメイキングにおいて日本/日本企業としての対応について考察します。

「サーキュラーエコノミー/循環型経済」に期待が高まっています。環境優先/化石燃料を使わない世界の構築に向けたルールメイキングにおいて日本/日本企業としての対応について考察します。

EUが主導する形で、環境と経済の関係性の再構築が行われています。その主要なソリューションとして期待されているのが、化石燃料を極力使わずにエネルギーの供給やモノづくりをする経済モデル 「 サーキュラーエコノミー」(以下、「循環型経済」という)です。

それでは、なぜEUは、長い時間をかけて環境と経済の関係の再構築を目指してきたのでしょうか。その裏には、EUの置かれているエネルギー安全保障上のポジションがあると推察します。循環型経済をルール化することで、化石燃料を保持する国々のパワーを相対的に減じようとしているというわけです。さまざまな背景のなかで進展する環境優先/化石燃料を使わない世界の構築に向けたルールメイキングにおいて日本/日本企業として、どのような対応をしていけばよいのか、皆様と一緒に考えていきたいと思います。なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

POINT 1
経済と環境の関係

これまでは景気後退局面において停滞・後退することが多かった環境への取組みは、コロナ禍における景気後退局面においても停滞・後退せず、むしろ優先的な投資アイテムとして認識されています。

POINT2
欧州が主導的立場に立ち続けている背景

化石燃料(石油・ガス)の輸入依存度の高いEUは、エネルギー安全保障上の観点から、長期的構想のなかで化石燃料由来のエネルギー消費のあり方、産業のあり方の変化を企図してきたと考えられ ます。

POINT3
日系企業(素材・環境業界)への提言

産業全体として保持する環境技術の総量は大きいものの、個別企業が分散的に保持していることで、産業全体として効率的な投資が行えていないのではないかと思われます。マザーマーケットでの過当競争を避け、海外市場で勝負できる競争力強化のために、業界再編の進展が期待されます。

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I.問題意識の発端一環境と経済の関係の変化の兆し

我々がこの問題、すなわち「環境と経済の関係」に注目し、日本企業への影響について探索を始めたのは5年以上前のことです。一昨年には1つの形として「海洋プラスチック問題」について論考を出させていただきました(「プラスチックを巡る狂騒の先にあるものとは?」KPM G FAS Newsletter「Driver」2019年10月発行)。

2019年当時も地球環境の保全を優先し、経済活動を環境を維持できる範囲内に制限するという流れは、一定の前提の下、不可逆のように見えていました。しかし、リーマンショック後、経済状況が悪化するのに伴い、環境に関する拘束力を持った国際的な枠組み“京都議定書”は形骸化しました。それを目の当たりしたときは、「経済的にインパクトのある何かがあれば、地球環境の保全は滞ることになるのであろう」と考えを深めることなく感じたものです。

他方、かつても現在も環境に関わる取組みの多くは、欧州が主導的役割を務めています。その源流に何があるのか、なぜ欧州が一見経済的には合理的に見えない環境への取組みの役割を買って出ているのか?これについて知ることは、これから先、日本が、また日本企業がこの環境と経済の関係のなかで選択肢を探り、意思決定を行っていくうえで必要な知見なのではないかと考え、この探索をスタートしました。

この検討を進めている最中、2021年5月においても、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大の影響による経済インパクトが各所を襲っています。このコロナ禍において、当初は「また一旦環境と経済の関係は経済優先に流れる」ものと推察しておりましたが、私のこの推察はものの見事に外れました。環境と経済の関係の変化は、かつての反省を踏まえ、より強固に推進されています。欧州が中心となり進められてきた各取組みにより、大きな経済的インパクトをもってしても不可逆に進んでいこうとしていると、改めて感じています。

この環境と経済の関係変化を推し進める原動力は何か。その原動力を見極めたうえで、日本として、日本企業としてどのような方向に進むべきか。この論考で皆様と一緒に考えてきたいと思います。

II.そもそも「循環型経済」とは何か?

今回の論考においては、 環境と経済の関係変化のなかで、ソリューションとして大きく注目を集めている循環型経済を中心に議論を進めます。

循環型経済とは、できる限り化石燃料由来のエネルギーやバージン素材の使用を避け、リユースおよびリサイクル素材の積極利用を前提とした経済モデルのことです。あらゆる製品に、回収後のリユースやリサイクルがしやすいよう解体を前提としたモジュールデザインを導入し、修理や部品交換などによって製品寿命をできる限り長くする努力が求められる世界です。

なぜ今、そのような循環型経済が必要と考えられているかと言えば、現在の「Take(資源を採掘して)」「Make(作って)」「Waste(捨てる)」というリニア(直線)型経済システム(=リニアエコノミー)が、環境・社会の両面から考えて持続可能ではない、という主張に基づいています。

リニアエコノミー、すなわち化石燃料をベースとした効率性を重視する大量生産・大量消費型のグローバル経済は、大量の廃棄、気候変動や海洋プラスチック汚染、熱帯雨林や生物多様性の破壊の主要な要因となっていると考えられています。

たとえば、地球温暖化の直接的な原因とされているのはCO2の増加です。CO2排出量は、産業革命以降1850年頃から増え始めました。特に、先進国が消費社会に入り、開発途上国でも経済成長が始まったことで、化石燃料は大幅に増加したと言われています。

一方、個別の国々の利害が絡む国際協調路線は、これまでも国連や国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)等により取り組まれてきており、達成目標としてのSDGs(持続可能な開発目標)、その促進を図るうえでの金融機能の活用としての責任投資原則(以下、「PRI」という)、気候関連財務情報開示タスクフォース(以下、「TCFD」という)という形で結実しています。その国際協調の規制的な取組みに加え、経済と環境の橋頭保を築いていく循環型経済への移行が、現在議論されている状況です。リニアエコノミーから脱却し、プラネタリーバウンダリー(地球の環境容量)の範囲内で、社会的な公正さを担保しながら繁栄していくための仕組みの必要性が、この議論に繋がっていると考えられます。

III.欧州が循環型経済を主導的に推し進める背景

我々がこの論考を考え出した際の初期的な問いは、「なぜ、欧州が一見経済合理的に見えない環境への取組みの役割を買って出ているのか?」です。この問いに対する初期的な仮説として、我々は「エネルギー集団安全保障」が関係しているのではないかと考えました。

欧州を含め化石燃料資源の乏しい国・地域は、資源を有する国・地域へ依存せざるを得ない状況が続いています。結果として、地政学的に、資源保有国に対して不利にならざるを得ない立場に置かれています。これは、化石燃料に依存した経済モデルを選択し続けている限り、甘受せざるを得ません。

事実、欧州各国は、長らくロシアヘの化石燃料ベース(主にガス)のエネルギー依存度が高い状況にあります。ロシアとは国際関係上、一定の距離のある相手であり、またロシアからウクライナ経由での供給に対する信顆性に懸念を持ち続けている状況でもあります。 加えて、エネルギーの主体が化石燃料から電力に変わりつつある状況のなか、安定的かつ低コストで電力を供給する仕組みづくりがますます重要になってきています。

このエネルギー集団安全保障に鑑みた際、統合的な解決の方向性、すなわち欧州地域の戦略として選択したのが循環型経済モデルヘの転換だったと考えるのが妥当ではないかと考えます。そのためにまず、化石燃料の供給経路の多様化・備蓄の強化により基本エネルギー供給を安定化させる一方で、再生可能エネルギーによる電力自給率の向上、すなわち化石燃料依存度の低減を目指し、その促進を促す域内系統連携を構築しました。利用促進を政策として推し進め、さらに省エネの促進といった課題に取り組んできたのです。加えて、化石燃料ベースのモノづくりについては、新たな化石燃料を使わない方向に向かわせるために、プラスチック製品を中心としてリユース・リサイクルの取組みを進展させています。化石燃料由来のバージン素材を減らすことを目標設定・ルール化し、金融で促進していく、その産物として作られてきたのが、SDGs、PRI、TCFDといった仕組みです。

さらに、EU域内への輸出に対しては、EU域内でのモノづくり基準で見た場合のCO2排出に対して課税を行うことで、環境ブロック経済圏を創り上げようとしています。

ルールで縛り、金融で促進し、最終的にはEU経済囲を環境によるブロックで守る、EUの大きな戦略が結実しつつあるように見えます。

IV.循環型経済実現に向けた欧州の取組み

昨今の欧州の取組みについて見ていきたいと思います。

欧州における循環型経済実現に向けた取組みは、ビジネスのバリューチェーン全体をカバーし、資金支援も含めたより包括的な内容となっています。

欧州委員会は、2015年12月に「競争カ・雇用創出・持続可能な成長の実現の加速に向けた野心的な新政策」と題して「サーキュラーエコノミー・パッケージ(Circular Economy Package)」を採択しました。具体的には、2030年までに都市廃棄物の65%、包装廃棄物の75%をリサイクルし、全種類の埋め立て廃棄物を最大10%削減するというものです。さらに、分別回収された廃棄物の埋め立て処分の禁止、埋め立て処分を抑制する経済的施策も促進しています。特に包装、電池、電気・電子機器、自動車などの分野では、市場に環境配慮型製品を送り出し、再資源化や資源回収の流れをサポートする製造者に対して、経済的インセンティブを与えるという試みも行われています。これらの施策を支える資金としては、欧州構造化基金 (ESIF)から5.5億ユーロ、EUの研究開発・イノベーション促進プログラム「Horizen2020」から6.5億ユーロの支援等が盛り込まれています。

2018年1月には、「循環型経済における欧州プラスチック戦略( European Strategy for Plastics in the Circular Economy)」を採択、2019年12月11日には、EUの新たな経済・環境・社会政策である「欧州グリーンディール (The European Green Dea|)」を、続く2020年3月11日には、グリーンディールの行動計画の柱となる「循環型経済行動計画 (Circular Economy Action Plan)」を採択しています。新しい行動計画では製品とデザインに重点を置き、消費者の「Right to Repair(修理する権利)」を強化することで、EU域内の循環型経済への移行を加速させています。

この政策的な流れを受けて、欧州内の企業は、素材・化学メーカー、消費財メーカー、耐久財メーカー各社が循環型経済におけるビジネスモデルを他国・地域に先んじて目指しています(図表1参照)。

 

図表1 欧州企業の代表例

項目名 詳細
回収・リサイクル技術開発 ドイツBASF社、ドイツCovestro社等化学メーカーは、プラスチックごみの資源化、エネルギー効率の良いリサイクル技術開発を推進
リサイクル素材活用 フランスDanone社は2025年までにEvian、Volvicにバージンプラスチックを使用しないことを宣言
スイスNestle社はバージンプラスチックの使用を減らし、リサイクルプラスチックの使用拡大に加え、リサイクル可能なパッケージ開発のための投資ファンドを設立


欧州各企業は先駆的な欧州における政策的な後押しを受けて、循環型経済の先駆的事例を積み上げ先行することで、新たな経済モデルにおける競争力を高め、先行者利益の獲得を目指しているものと推察されます。

V.循環型経済実現に向けた欧州以外の国々の取組みと今後の方向性

ここでは、欧州と比較したアジア各国、およびその他の国・地域のエネルギー安全保障上のポジショニングについて見ていきたいと思います(図表2参照)。

図表2 各国のエネルギーポジション(2017-2040) Central and South America Japan

サーキュラーエコノミーの進展の背景と日本企業への影響-2

欧州各国、中国、アジア各国は、化石燃料の輸入ポジションに現在―将来にわたり位置する一方、中東、ロシアに加え、アメリカ、中南米の各国・地域は輸出ポジションに位置します。中国が欧州の環境政策 に寄り添い歩調を合わせようとしていた意味がよくわかると思います。

特にアメリカが、2006年に「不都合な真実」で環境意識を変化させ、環境政策を修正した背景には、この化石燃料依存度の変化、すなわち輸入ポジションから輸出ポジションに変わったことにあると考えられます。化石燃料依存度を経済モデル変化により乗り越えていこうとする欧州各国に対して、アメリカは橋頭保を築く必要のないポジションを獲得したことが、アメリカと欧州各国の政策上の歪みを生んだと思われます。

改めて、アジア各国の取組みを見ていきましょう。中国は、国内における石油・ガスの安定的供給に向けた生産供給能力の向上、輸送パイプライン・備蓄施設整備も含め政府主導の一元管理を進めることで、一連の供給システムの安定化を確保しています。特にエネルギー備蓄に関しては、世界最大の原油輸入国として貯蔵インフラを整備向上することで、市場におけるポジションを強化し、より経済的な原油調達を実現しています。さらに「一帯一路」構想を軸に、資源産出国である中東や中央アジアとの陸上輸送路を確保するほか、石炭利用や原子力、再生可能エネルギーの促進にも積極的に取り組んでいます。

インドでは、急増する国内エネルギー需要に対応すべく、石油・天然ガスの国内生産の増強を図るとともに、政府主導により戦略的に備蓄施設を整備し、中東等から調達した原油を一定量確保しています。また、国外からの供給源獲得に向けた新たな投資も進められています。安価で国内生産増強が可能であることから、当面は石炭火力の活用を維持しつつ、再生可能エネルギーの推進にも積極的に取り組んでいるのも、段階的に化石燃料の輸入ポジションである国としての政策的方向性として欧州の政策に追随するものと見られます。

アジア諸国の共通の特徴としては、供給が不安定な再生可能エネルギーの普及に一気に進むことは難しく、依然として石炭を含む化石燃料が主要なエネルギー源となっています。一方、化石燃料の輸入ポジションであることは先に見たとおりであり、政策的なポジションとしては再生可能エネルギーのシステムのコストが低減すれば、欧州同様の方向に進んでいくことになるでしょう。

アジアの化石燃料輸入ポジションの各国に対して、再生可能エネルギーシステム、およびその先にある循環型経済をシステムとしてパッケージで行える企業群を作ること、これが新たな経済モデルにおける競争となるのではないかと考えられます。

VI.欧州主導で循環経済への動きが加速するなか、日本にとって想定されるリスク

改めて図表2をご覧ください。日本はEU以上に化石燃料すなわち石油・ガスともに他国に依存しています。しかも、EUのようにエネルギーを融通しあう隣接国も持てない島国です。

エネルギーの主体が石油から電力に変わりつつあるなか、日本の電力市場は未だに地域分断が続き、エネルギーの安定供給、資源の効率利用、再エネ普及の妨げとなっています。 一例を挙げると、大手電力会社間では明確なエリア分けがなされており、余剰電力を十分に シェアし合うこともままならない状況です。この状況を打破する動きはありますが、実現までにはまだ時間を要すると思われます。

経済産業省と環境省は、現在の主力である大型・集中型電源への一極集中を脱し、アグリゲーターを介した小型・分散型電源および再生可能エネルギーの普及を検討しています。しかし欧州と異なり、日本にとっての循環型経済はあくまでも3Rの延長線上から脱しきれていません。そのため、エネルギー安全保障の施策という位置付けというよりも、国内中心の政策と考えられているように見受けられます。

2020年 9月に誕生した菅新総理は、2050年までに国内の温暖化ガス排出を実質ゼロとする「2050年カーボンニュートラル宣言」を就任早々に表明しました。その後も矢継ぎ早に脱炭素に係る取組みについての方針や予算措置が行われたことで、国内の環境・エネルギー政策の新たな流れに期待が持てます。しかし、当面の循環型経済実現に向けた取組みについては、課題が山積しているのが実態です。

2020年12月現在、政府による後押しは以前に比して前進しているものの、個別企業の取組みに追随する形となっている感は否めません。個別企業においては、欧州と同様に循環経済型ビジネスモデルヘの取組みが進められています(図表3参照)。


図表3 日本企業の代表例

項目名 詳細
回収・リサイクル技術開発 サントリーホールディングス株式会社など12 社が、ケミカルリサイクル技術の開発とプラスチックごみの資源化に取り組んでいる
株式会社三菱ケミカルホールディングスは、エンプラのリサイクル企業を買収しリサイクル事業に参入
製品寿命の長期化、
モノからサービス
自動車業界では、株式会社ブリヂストンがタイヤのサブスクリプションサービスを提供、自己修復性のあるゴムの開発を手がける投資ファンド設立


また、個別企業の動向としては、循環型経済ビジネスモデルヘの取組みの他に、自主的にSBT(科学と整合した目標設定)に加盟してサプライチェーン排出量目標を設定し、削減に取り組む企業が増加しています(2020年8月時点で955社中、日本企業は74社)。また、RE100に加盟し、事業で使用する電力を100%再生可能エネルギーにすることを目指す企業も増加しています(2020年8月時点で250社中、日本企業は37社)。TCFDにいたっては、日本の賛同機関数は世界最多となっているほどです(2020年10月時点で1,472機関中、日本機関は311) 。これらの数値に鑑みると、政府よりもグローバルの動向にさらされている企業のほうが、環境対応への動きが積極的でスピード感があると言えるのではないでしょうか。

さらに民間金融企業においては、グローバルでのESG投資の加速や“モノ言う株主”としてのNGO/NPOからの影響カアップ等を背景に、今後ますます環境・社会の観点から投融資先を選ぶ動きが活発になると予想されています。日本においてもESG関連投資金額の増加スピードは、もともと少なかったことも相まって加速度的に進展していることは、やはり金融を巻き込んだ動きを仕組みに取り組んだ欧州主導の取組みの成果と言えるでしょう。

欧州委員会は、循環経済マネジメントに関する国際標準規格策定に取り組んでおり、これを基に国際標準化するべくISOに提案、2018年6月に、1S0/TC323(Circular Economy)が設置される運びとなりました。循環経済を目的としたマネジメントシステム規格では、図表4に示す観点から、プロセスやパフォーマンスを評価する可能性が着目されています。

日本は、2004年に3Rを提唱し、持続的社会の実現に向けて国際的にも主導的立場を取ってきましたが、循環型経済の枠組みにおける国際標準化では残念ながら後塵を拝しているのが現状です。


図表4 ISO/TC323の評価観点案

評価観点の案
製品の使用回避(人力での活動、自然の利用等)
製品の共有・リユース
製品の長寿命化・リユース
製品の使用ロス(在庫)削減
製品の省資源化
容器包装の省資源化
再生資源の活用


このようななか、国際標準化の途上で欧州が循環型経済のビジネスルールを形成し、循環型経済ビジネスで世界をリードするようになれば、基本的にはこれらの取組みに先行する欧州企業優位のルールが形成され、日本企業がリスクにさらされる可能性があります。欧州主導によりルールやエコデザイン(規格)等が策定されることで、日本企業にとって一時的ではあるものの参入障壁となり、参入・再参入に向けた追加リソースが必要となることが考えられます。万が一、日本企業にとって不利なルールとなれば、市場から退出を迫られる可能性も考えられます。例を取れば、日本では主流となっているハイブリッド車は、環境規制(CO2排出量規制)の変更によって、米国カリフォルニア州では環境適合車の規定から除外されることとなりました。今後も、その他の国・地域において同様のルール変更により、環境規制による製品の適合から除外される恐れは十分にあり得ます。このことは、市場のプレイヤーとしての立ち位置を、一時的にせよ失うリスクがあることを示しています。

VII.日本企業の向かうべき方向性とは

これまで見て来たように、循環型経済の国際標準化が欧州主導で進む今、ルールを作る側とそのルールに従いプレーする側という立場の違いが鮮明になってきています。

従来、アメリカや日本は、脱炭素・気候変動への対応、循環型経済への転換について、再エネ一辺倒でない、化石燃料を効率的に使う技術的イノベーションにより解決していく方向を指向していました。一方、欧州はルールを作る側として化石燃料について短期的な効果は認めつつも、長期的には持続可能性について疑義があるとの主張により主導権を握り、長期的に化石燃料利用を着実に減らしていくことを前提とした新たな潮流を作ることで解決することを指向しています。

現時点において、欧州の戦略が優位に進んでいるのは、金融という経済の駆動部をESG投資という枠組みとして設定し、これを推進すること、国連等の枠組みで最大公約数的合意ではあるもののSGDsという取組みに結びつけたことにより明らかです。欧州は域内の経済圏を自身の構築したルールで参入障壁を作り、ある意味ブロック化を指向、そのブロック化したルール・システムごと輸出することで、主導する立場を確立しつつあります。

そのような状況に対して、日本企業はまずはルールに対応することでリスクを低減していくことから始めるしかないものと推察します。

日本企業は、よく言われているように環境対応の技術は保持しています。素材・化学企業を例にとれば、「最終的に使える素材に戻すリサイクル技術は需要が事業化するには十分でない」「自事業の化石燃料由来のバージン材の事業とカニバリ(共喰い)を起こすことから、ラボレベルでの開発技術として保持している段階で、量産化技術が磨かれていない」「各企業単位で自身の事業活動で出す廃棄物をリサイクルするサイズに留まっている」状態です。 国内企業総体として相当程度の技術蓄積はあるものの、各企業に分散していることで総合化できていないといった課題を抱えているのです。

昨今、事業化の目途が見えてきた素材、特にPETについては最終需要家である飲料メーカーやアパレルメーカー等が引き取り手となることで需要が顕在化したことで、メカニカルリサイクルに加え、ケミカルリサイクルのプラントの立上げ投資が行われ始めていますが、これも個別企業、個別コンソーシアムごとのレベルの取組みとなっていることが多いように見受けられます。個別のレベルでの投資となると、どうしても規模的に大きくすることに躊躇いがあり、生産性を考えると大規模化するのがよいことは理解しつつ、目先の範囲の需要を取りに行く形となり、初期的な生産性に目をつぶる形の投資となりがちです。

また、日本においては特有の商習慣から、静脈産業には大手企業プレイヤーが少なく、地場の小規模プレイヤーが支えている状況です。特有の商習慣の代表的なものとしては、静脈におけるコンプライアンス問題と市町村単位の行政に責任が分かれた資源回収についての規制の2つがあります。これまでも行政主導、金融プレイヤー主導での日本版静脈メジャープレイヤー創出を目論んだことはありましたが、この商習慣の壁を突破できていないことから日の目を見ていない状況にあります。

一方で、この状況を打破するために、また環境と経済の関係が日本においても大きく変わっていくことを見越して大手プレイヤーが業界を越えたコンソーシアム構築や業界再編に動き出しています。循環型経済の静脈側を整備しなければならないとの認識は、すでに政官財共適の認識となっており、業界再編に向けた政策的な後押しも今後益々増加してくることと思われます。

また、先に指摘した環境対応の技術力のあるプレイヤーが分散していることによる産業全体としての投資・生産性の非効率性についても、ESG投資資金の増加を受けて自力での事業ポートフォリオの再構築をできるケイパビリティを保持することの必要性を感じる企業群が増えてきています。加えて、それら環境系技術を保持する企業群の環境関連投資・コストの増加が見込まれるなか、各企業相応の規模を保持する必要性を感じ、業界再編の機運が高まっていることも、今後の解決の方向性となると想定されます。

国内の産業全体として、国内市場による不毛な競争を避け、産業全体として効率的な投資を行える体制を整えることが政官の役割だとすれば、各企業の役割はその土俵づくりに先んじて土俵にのぼる覚悟を持ち、主体的に業界再編による産業の効率化の只中に飛び込んでいくことです。規模化を含めた自社の事業ポートフォリオ再構築力を向上させるとともに、欧州が作ったルールの上で十分戦えるプレイヤー群となっていくことが求められているのです。その産業全体の業界再編の一翼をアドバイザーとして担っていければ幸いです。

執筆者

KPMGジャパン 化学素材セクター
化学素材セクターリーダー
KPMG FAS 執行役員パートナー
眞野 薫