ライフサイエンス・エコシステム構築によるイノベーション創出

医薬品市場は、グローバル全体では2026年にかけて確実な成長が期待される一方、日本は、直近過去5ヵ年においてマイナス成長であり将来予測も低成長率とみられます。国内製薬企業が革新的な新薬を創出するために必要なアカデミア、スタートアップと連携によるイノベーション創出、エコシステム形成について考察します。

国内製薬企業が革新的な新薬を創出するために必要なアカデミア、スタートアップと連携によるイノベーション創出、エコシステム形成について考察します。

医薬品市場は、グローバル全体では2026年にかけて確実な成長が期待されています。一方、国別市場規模では、2017~2021年で日本はマイナス成長であり、将来予想でも低成長率のため、ドイツに次いで4位に後退すると推測されています。

国内製薬企業が研究開発力を高め、革新的な新薬を創出するためには、アカデミアやスタートアップとのエコシステム構築が今後の必須要件となり得ます。ネットワーク構築をグローバルに加速し、企業や国籍、業態の枠を超えたエコシステムを構築することで、R&D(Research and Development)領域のさらなるオープンイノベーション推進が期待されます。一方で、エコシステムを形成する際は、サイバーセキュリティ確保も重要な要素となります。

本稿では、前述のさまざまなトピックスを踏まえながら、国内製薬企業がいかにイノベーションを創出していくことができるかを考察します。なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

POINT 1
グローバル全体の医薬品市場は、確実に成長している
グローバル全体の医薬品市場規模は、2021年から2026年にかけて6%を超えるCAGR (年平均成長率)と予想されるなど、確実な成長が期待されている。

POINT 2
革新的な新薬創出は、エコシステム構築によるオープンイノベーションが鍵になる
ネットワーク構築をグローバルに加速して、企業や国籍、業態の枠を超えたエコシステムを構築することで、R&Dのさらなるオープンイノベーションの推進が期待される。

POINT 3
エコシステム形成にはサイバーセキュリティ確保も重要である
ネットワークがシームレスかつ高度になるにつれて、サイバーセキュリティの脅威も急増している。複雑なエコシステムのなか、データセキュリティの確保は急務である。

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I.ライフサイエンス業界におけるシーズ導出の現況

1.グローバル市場と国内市場の変化

医薬品市場規模は、グローバル全体では2021年から2026年にかけて6%を超えるCAGRと予想されるなど、確実な成長が期待されています。一方、国別市場規模は、2017~2021年はマイナス成長であり、将来予想でも低成長率のため、ドイツに次いで4 位に後退すると推測されています。

2.グローバル研究開発費の拡大

R&Dの難易度や複雑性、専門性が増しているライフサイエンス業界では、研究開発費の世界的な拡大傾向が今後も続くと予想されています。2026年には、2016年比でおよそ1.6倍となる2,540億ドルが予想されるなど、研究開発費は年+1.7~7.0%の拡大が続いており、今後も+4.2%CAGR(2020~2026年)での費用増加が予想されています1

臨床試験数と研究開発費用の推移から、依然として、R&Dには多額の費用が必要であるトレンドに変化は見られません。このようなグローバル市場と国内市場の変化により、国内製薬企業は新たな挑戦の必要に迫られています。

3.新薬の成功確率の改善

この10年間で、治験の成功確率に大きな改善は見られない一方で、新規モダリティにおける成功確率は低分子よりも総じて高くなっています。具体的には、CAR-Tは低分子と比較して2倍以上の成功が期待できるという結果も近年レポートされています。適切なターゲットと適切なモダリティの組合せが前提ではあるものの、高い成功確率でリターンが期待できる新規モダリティへの参入が加速していくと推測されます。

世界的には、数十億ドルを超えるようなグローバルでのM&Aのトレンドは継続しており、メガファーマによるスタートアップ企業由来の新規モダリティ・プラットフォームのテクノロジー獲得に向けた競争は激化しています。しかしながら、米国企業と比べて国内製薬企業のR&D投資は伸び悩んでおり、開発力の低下が課題となっています。

II.ライフサイエンス・エコシステム構築によるイノベーション創出

現在、R&Dの一部の特定領域に注力した専門性の高いアカデミアやスタートアップにより、グローバルレベルでの水平分業が加速している状況です。国内製薬企業が研究開発力を高め、革新的な新薬を創出していくためには、そのようなアカデミアおよびスタートアップとのエコシステム構築が今後の必須要件となり得ます。課題解決のためには、ネットワークの構築をグローバルに加速し、企業や国籍、業態の枠を超えたエコシステム構築を前提としたR&Dオープンイノベーションのさらなる推進が期待されています(図表1参照)。

図表1 ライフサイエンス・エコシステムの形成

ライフサイエンス・エコシステム構築によるイノベーション創出

オープンイノベーションとは、「社内外を問わず優れた技術やアイデア等の資源を組み合わせて新たな社会的価値を創造」する価値創出手法の1つです。従来のように1社単独で行う価値創出手法では、新規モダリティやデジタル高度化を主な要因として急速に変化するアンメットメディカルニーズへの対応が困難です。経済・社会・疾病構造の変化にスピーディーに対応し、利益を確保し続けることが難しくなったことを背景に、オープンイノベーションはライフサイエンス業界でも注目を集めています。

III.グローバルにおける代表的なライフサイエンス・エコシステムとKPMGの役割

従来、製薬業界におけるオープンイノベーションは、アカデミアや医療機関との共同研究やスタートアップへのM&Aといった形で活発に行われてきました。

近年では、バイオクラスターやイノベーション・エコシステムといった形で、ライフサイエンス分野のステークホルダー( ベンチャーキャピタル、スタートアップ、バイオテック、製薬、メガファーマ)がごく限られた地域に集積することで、イノベーションを加速する環境が意図的に構築されています。世界的には米国のボストン、英国のロンドン等でライフサイエンス・エコシステムが形成されており、KPMGも一定の役割を担っています。

(1)Boston/Cambridge (米国)KPMG-CICとのコラボレーション
ボストンは、ハーバード大学やMIT (マサチューセッツ工科大学)など世界有数の大学、橋渡し研究に力を入れる中核病院などが複数立地する地域です。世界トップクラスの高度人材が集積しており、80年代頃から多数のバイオベンチャーを輩出、これに伴いベンチャーキャピタルによる投資も拡大しました。2000年代以降は、複数のメガファーマの拠点設置が進展する、世界最高峰のライフサイエンス・エコシステムを形成しています。

CIC( ケンブリッジ・イノベーション・センター)は、大企業、ベンチャーキャピタルなどの投資家、行政機関、学術関係者、弁理士や会計士コンサルタントなどの専門家が集まるコミュニティーを作ることを通じてスタートアップを支援するボストンの一大拠点です。

KPMGは東京ブランチであるCIC Tokyoとのコラボレーションにより、イノベーション・エコシステムの共創プログラムを米国と連携して進めています。

(2) London (英国)KPMG-Accelerisによる共創
ロンドンは、2014年にロンドン市長主導の下、ライフサイエンス分野の産業化を推進する組織「Medcity」を設立。ロンドン・オックスフォード・ケンブリッジの三角地帯に広域のライフサイエンスクラスターを構築しています。

Accelerisは、英国および世界のアントレプレナー/ベンチャーを対象に、資金調達からアドバイザリーサービスまで幅広いサービスを提供するプロフェッショナルファームです。KPMGは2022年4月に、ジョイントベンチャーとしてKPMG Accelerisを設立、国内外のKPMGメンバーファームと協働してスタートアップ・エコシステムの形成を支援しています。

(3) Tokyo (日本)KPMG-ライフサイエンスインキュベーション協議会
ライフサイエンスインキュベーション協議会は、日本国内外の人材・投資を連携させるインフラおよび世界との窓口を構築し、日本の科学技術の産業実装をより高確度で実現する目的で、2022年9月に正式に発足しました。スタートアップの創設、複数の大企業、投資家、官との連携・役割分担を正しく整理し、事業化する際にも研究者だけではなく、創薬・医療機器分野の経営・法務・知財・投資戦略の専門家などとの連携を行います。

KPMGは、コンサルティングファームとして本協議会に参画しており、国内におけるエコシステムの構築を支援しています。

IV.ライフサイエンス・エコシステムにおけるサイバーセキュリティ確保の重要性

1.高まるサイバーセキュリティの脅威

ライフサイエンス業界とヘルスケア業界は、適確な治療と専門的なケアを確実に提供するために、研究者や臨床試験の専門家、医療従事者、製造業者、規制当局、そして患者までをネットワークで結び付ける関係者間のエコシステムを構築しています。

ネットワークでつながる関係者との間で機密性の高い医療情報や個人データを共有することで、より良質かつ迅速に、個々の患者に合わせた治療やケアが可能となります。また、リモートアクセスやモバイルアクセス、5Gネットワークのような新たなテクノロジーにより、バリューチェーン全体の接続性が加速している現状において、テクノロジープロバイダーはライフサイエンス企業の事業を構成するうえで必要不可欠な要素となりつつあります。

しかし、このようなネットワークがシームレスかつ高度化するにつれて、サイバーセキュリティの脅威も増しています。特に、多額の損失につながる破壊的なランサムウェア攻撃は、脆弱なサードパーティ・サプライヤーによって拡散されることが多いことから、エコシステムにおけるデータセキュリティの確保は急務といえます。

イノベーションと新たな脅威が急速に進展するなか、サードパーティへの評価に対する従来のアプローチは、もはや目的に適合しなくなっています。現在のライフサイエンス業界を構成するものは従来の明確な境界を持つ「 城」ではなく、「都市国家」の様相を呈しているからです。当事者たちは、その拡大したエコシステムでデータセキュリティを確保するための共通のアプローチの確立に向けて力を合わせています。サードパーティに対するリスク管理やモニタリングは、決して新しい課題ではありません。しかしながら、新たなリスクが交錯するなか、組織にとって現在の新しいエコシステムにおける自らの役割を正確に理解し、自組織のデータ共有機能を把握して脆弱性を識別することが不可欠になっています。

2.新たなエコシステムにおけるセキュリティリスクの管理

従来、サプライチェーンのリスクを評価するうえでは、サプライチェーン内を移動するデータの流れを理解することが重要であると考えられてきました。しかし、現在のエコシステムでは、こうしたデータの流れがますます複雑かつ不透明になっています。

エコシステムのリスクを識別することは困難ですが、組織に対する潜在的な脅威を把握するためには重要です。そのためには、次の4点を明確にすることが望まれます。

(1) エコシステムにおける組織の位置付け
サプライチェーンに対するリスク管理プロセスの第一歩は、自組織がエコシステム内のどこに位置しているかを理解することです。自組織の内部環境と外部環境を理解するとともに、ミッションクリティカルな情報資産は何か、それらはどこにあり、エコシステム内をどのように移動しているかを特定する必要があります。これにより、すべての重要な情報の保護にしっかりと狙いを定めたリスクベースのアプローチが可能になります。

(2)データ共有
エコシステムモデルにおけるリスクの範囲は広く、サプライヤーの1社が上流または下流の顧客に影響を及ぼした場合、サービスの途絶、データの完全性の喪失、またはデータの損失につながる可能性があります。このようなデータ・サプライチェーンにおける依存関係により、エコシステムにおけるすべてのパートナーとの相互の関係性として、ネットワークの接続形態やデータ共有の状況まで含めて、積極的に把握することが必要となっています。

(3)クラウドサービスのセキュリティ
コロナ禍による影響への対応としてクラウドサービスへの移行が飛躍的に加速しましたが、これが組織の内外における潜在的な脅威の増加にもつながっています。特に、主要なクラウドサービスベンダーのセキュリティアーキテクチャについては、利用者企業が得られる保証が限られているにもかかわらず、クラウドサービスが侵害された場合のデータ損失や漏洩に対しては利用者企業が責任を負っている点にも留意が必要です。

(4)リスクの混在化
サイバーセキュリティのリスクや個人データのリスクにとどまらず、組織はエコシステム内における複数の異なる種類のリスクが混在化することについて、詳細な検討を行っています。より高度なリスク分析や機械学習モデルを用いることで、そのような潜在的なリスクのシナリオが特定され、組織における重大な潜在的課題が明らかになりつつあります。これによりリスクの可視性が高まり、サイバーセキュリティのリスクに対応するための組織としての意思決定にも寄与すること期待されます。

KPMGでは、ライフサイエンス・エコシステムにおけるサイバーセキュリティ対策の強化として、製薬業をはじめとする多くの企業等に対して、サプライチェーンにおけるリスクのシナリオ分析から具体的な技術的対策の導入、インシデントレスポンス訓練の実施などさまざまな支援を提供しています。

V.KPMGが考えるオープンイノベーションのアプローチ

KPMGでは、国内外における豊富なネットワークとエコシステム形成実績に基づいて、ライフサイエンス業界におけるオープンイノベーションを次のアプローチで支援しています。

  1. アンメットメディカルニーズの分析
    疾患領域の初期スクリーニング調査後、将来の環境変化を予測・分析し、疾患領域におけるアンメットメディカルニーズの調査分析を実施します。
  2. 注力すべき疾患領域の調査・絞込
    技術・競合動向を軸に、創薬可能性・難易度を加味したうえで、注力すべき疾患領域の優先順位付けを行います。
  3. オープンイノベーション事例調査およびKSF、Pros/Cons分析
    製薬業界におけるオープンイノベーション成功事例の調査から、グローバルレベルでのアカデミアやスタートアップなどのパートナー候補を網羅的に調査分析します。
  4. オープンイノベーション推進に向けた示唆出し
    オープンイノベーションの成功事例から得られるインサイトから、各企業にとって最適なオープンイノベーション推進体制の示唆出しを行います。オープンイノベーションには、アライアンスやM&A、投資などさまざまな類型が存在します。
  5. “注力すべき疾患領域” × “ライフサイエンス・エコシステム”
    絞り込まれ、優先順位付けされた注力すべき疾患領域に対して、最適なオープンイノベーションの推進体制を検討します。そして、10年後を見据えた新薬創製体制およびライフサイエンス・エコシステムの構築に関する示唆出しを行います。
  6. サイバーセキュリティ対策の強化
    ライフサイエンス・エコシステムのサプライチェーンにおいて考慮すべきリスクを特定・評価し、サイバーセキュリティ対策を強化します。

以上まで述べてきたように、革新的な新薬創出のためには、エコシスム構築によるオープンイノベーションが主要成功要因になり得ます。日系製薬企業がネットワーク構築をグローバルに加速して、企業や国籍、業態の枠を超えたエコシステムを構築することで、R&Dのさらなるオープンイノベーションの推進が期待されます。

執筆者

KPMG ジャパン
ライフサイエンスセクター 
パートナー 宮原 潤
アソシエイトパートナー 赤坂 亮