エグゼクティブ報酬とESG課題との連動 -日英比較に見る現状、そして今後に向けて-

英国FTSE100と日本のTOPIX100企業におけるエグゼクティブ報酬とESG関連事項との連動状況に関する調査の結果から、両国企業の現状を確認するとともに、ESGの取組みの成果を確実なものとするために、役員報酬の観点から検討すべき点や、エグゼクティブ報酬制度が果たす役割について考察します。

英国と日本の企業におけるエグゼクティブ報酬とESGの連動状況に関する調査の結果から、両国企業の現状を確認し、エグゼクティブ報酬において考慮すべき点について考察します。

長期的で持続可能な成長を戦略の中心に据える企業が増えるなか、投資家をはじめとするステークホルダーからは、関連するESG課題への対応をさらに推し進める施策の1つとして、ESG課題への対応と役員報酬などのガバナンス領域を直接結びつけることへの期待が高まっています。

本稿では、KPMGが実施した英国のFTSE100企業と日本のTOPIX100企業におけるエグゼクティブ報酬とESG関連事項との連動状況に関する調査の結果を取りまとめた冊子『サステナブルな成長に向けた報酬 - エグゼクティブ報酬とESGの連動に関する日英比較』1を概括し、両国の企業における現状を確認します。また、今後、ESGに関する取組みの成果を確実なものとするために、役員報酬の観点から検討すべき点、さらには、これらの取組みを企業価値へと結びつけるためにエグゼクティブの報酬制度が果たす役割について考察します。

なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見が含まれることをあらかじめお断りいたします。

POINT 1
ESG課題への取組みを、役員報酬に結びつけることへの期待投資家や他のステークホルダーからは、企業が自社を取り巻くESG課題への対応をさらに推し進め、それらを役員報酬などのガバナンス領域にも直接結びつけるべきであるとの声が徐々に大きくなってきている。今後、企業の報酬委員会には、役員報酬がESGアジェンダをサポートしていること、そしてサステナブルな成長を促していることのモニタリングが期待される。

POINT 2
明確なESG指標を報酬の算定に組み込む英国企業に対し、日本企業は算定指標が不明であるケースが大半という結果に英国のFTSE100企業と日本のTOPIX100企業の報酬設計について、開示資料を基に調査したところ、日本企業においては、算定に用いられた指標が具体的ではなく「ESGの取組み状況」や「ESG評価」といった曖昧な説明にとどまるものが多い結果となった。また、ESG関連インデックスへの組入れや、外部のESG評価機関によるレーティングを評価に用いる企業が多いことも、日本企業の特徴としてみられた。ESG評価機関による評価は影響が高く、客観的な指標ではあるものの、企業独自のESGアジェンダと必ずしも整合していない可能性がある点には留意が必要となる。

POINT 3
ESG指標のパフォーマンスと報酬の連動は、長期的なサステナビリティへのコミットメントを示し、倫理的な行動を促すESGに関する課題への対応が、将来の企業価値に大きく影響し得るとの認識は浸透しつつある。ESGの要素を含む、幅広いレンズを通して、立案された戦略に基づくさまざまな取組みを進展させ、その成果を確実なものとし、企業価値に結びつけていくためには、取締役、そして業務執行の推進を担うエグゼクティブによるリーダーシップが不可欠である。ESGアジェンダ遂行の推進力となるべきエグゼクティブのインセンティブとして、役員報酬が果たす役割は大きく、今後の進展が期待される。

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I.ステークホルダーからの期待

気候変動や、組織のあらゆるレベルにおける人材の多様性への関心の高まりを背景に、新たな規制やルールが導入され、企業における取組みや対応も進展しつつあります。ESG(環境・社会・ガバナンス)をはじめとするサステナビリティに関する課題に真摯に向き合うことは、企業が健全に事業遂行するにあたって不可避であり、すべてのセクターにおいて、企業の成功と存続に直結する課題と言えます。長期的で持続可能な成長を戦略の中心に据える企業が増える一方で、投資家や他のステークホルダーからは、関連するESG課題への対応をさらに推し進め、それらを役員報酬に反映するなどして、取締役やエグゼクティブのインセンティブの仕組みに直接結びつけるべきであるとの声も徐々に聞かれるようになりました。そうした声が反映されたステークホルダーの動きには次のようなものがあります。

1.投資家

多くの大規模な機関投資家は、企業のESG指標とエグゼクティブ・インセンティブがいかに関連付けられているかに関心を寄せています。機関投資家の見解のなかには、ESGの視点を考慮することの大切さに関する一般的な論説から、ESG指標の測定方法や粒度に関する具体的な提案まで、さまざまな形での表明が見られます。たとえば、役員報酬の一部をESGの要因に基づくものとすべきとする比較的緩やかな推奨をする機関投資家が複数ある一方で、役員報酬に含まれるESG指標が株主価値の創出とサステナブルな成長に直結している必要性を強調する機関投資家もいます。

また、ESGリスクを認識する企業の場合には、それらに関連する測定可能なESG目標を役員報酬に組み込むべきであると推奨したり、長期インセンティブの場合には、ESG指標による評価で変動する報酬の割合を報酬総額の3分の1以下にすることを推奨したりするなど、具体的なクライテリアを提示する機関投資家もいます。

このように、ESGの指標をどのように組み込むかについての見解は、投資家によって大なり小なりの差があります。しかし、ESGの課題と役員報酬の双方への関心が高まるにつれ、今後、より多くの投資家が、ESGに関連する目標、特に環境問題や社会的平等に関連する目標の導入に高い関心を寄せ、また高まり続けることが想定されます。

2.議決権行使助言会社

大手の議決権行使助言会社による議決権行使助言基準は、ESGをエグゼクティブのインセンティブ報酬に結びつけることをおおむね支持していると言えます。

たとえば、ある議決権行使助言会社では、より多くの企業がマテリアルなESGリスクと機会の管理を長期戦略に組み入れることは適切であり、報酬委員会はこの側面から検討してマテリアルなESGリスクの管理状況を、変動報酬の算定要素として考慮することが適切であると表明しています。そのうえで、ESGのパフォーマンスを定量化すること、そして、それが企業戦略に関連付けられることを推奨しています。

また、別の議決権行使助言会社では、ESG要素と関連付けたエグゼクティブ・インセンティブプランに関する議決権行使基準を具体的には示してはいないものの、インセンティブの支払いの決定において、ESG課題を考慮することを推奨しています。

3.規制当局の動き

規制当局の動きとして、今回は後述するKPMGが実施したエグゼクティブ報酬調査の対象としている英国と日本についてみてみます。

まず、英国においては、役員報酬への直接的な関連はないものの、規制当局によるESGアジェンダへの注目は当然ながら高まっています。2021年第1四半期以降、プレミアム市場に上場する全企業に対し、TCFDの提言に沿った報告が「コンプライ・オア・エクスプレイン」アプローチのもと義務付けられました。同様の要請は、Prudential Regulatory Authority(PRA)による規制対象の金融機関にも適用となっています。さらに、英国財務省が、2023年までに金融サービス企業の大部分に、同様の開示を義務化するためのロードマップを公表しています。

また、金融当局である英国FCAは、現在、取締役会やエグゼクティブ・コミッティにおける多様性の開示を促進するため、上場規則の変更に向けたプロセスを進めています。

当局による監督の対象は増加しつつあり、新たな規制や規制の要求の可能性も踏まえるならば、企業は常に先を見据え、事業戦略を策定する際に、関連するESGの要素を考慮することが不可欠と言えます。

日本においても、2021年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードで、自社のサステナビリティについての取組みや、人的資本や知的資産への投資と自社の経営戦略との整合性を踏まえた開示、さらにはプライム市場に上場する企業に対するTCFDの提言、もしくはそれと同等の枠組みに基づく開示の充実が要求されるなど、ESGに係る取締役会の関与と開示の充実についてより一層の対応が求められるようになっています。

こうした状況を受け、今後、企業の報酬委員会には、役員報酬がESGアジェンダをサポートしていること、そしてサステナブルな成長を促していることのモニタリングが期待されると考えられます。

II.企業における現状

KPMGは、企業におけるエグゼクティブ報酬へのESG要素の組入れの状況を把握するために調査を行いました。英国企業の調査はFTSE100インデックスの構成銘柄を対象に、2020年7月から2021年6月までの会計年度の役員報酬報告における開示情報を、日本企業の調査はTOPIX100構成銘柄の企業を対象に、2021年1月1日から12月31日までの1年間に終了した会計年度の有価証券報告書における開示情報を参照して行いました。

なお、日本の有価証券報告書では、執行の役割を担う役員の報酬に関する個別の記載が求められていないことから、取締役の報酬のうち、社内取締役の報酬設計が、執行を担うエグゼクティブの報酬設計に最も近しいものとして調査しました。

1.エグゼクティブ報酬においてESG要素を考慮する割合

まずは、ESG要素を考慮する報酬制度の導入状況について確認しました。英国のFTSE100企業については、2019年も調査を行っており、年次賞与や長期インセンティブプラン(LTIP)にESGの要素を取り入れた英国企業は2020年は61%と、2019年の32%から増加しています。一方、日本のTOPIX100企業は、FTSE100企業の2020年の割合よりも低く、40%でした(図表1参照)。

図表1 エグゼクティブ報酬においてESG要素を考慮する割合

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年次賞与と長期インセンティブプランの状況を比較すると、英国のFTSE100企業では年次賞与にESG要素と連動させる割合が高いものの、前年からの増加率は長期インセンティブプランのほうが高くなっています。一方、日本のTOPIX100企業では両者の割合が等しい結果となりました。これは、ESGの取組みが有する長期的な性質に対する認識の高まりや、ネットゼロ目標や多様性の確保などへの注力を反映していると考えられます。

また、英国のFTSE100企業では、長期インセンティブプランよりも年次賞与の算定にESG指標を組み入れることが一般的なアプローチとなっていますが、日本のTOPIX100企業ではそれらの割合が等しくなっています。

具体的かつ単年での測定が容易な指標と目標が設定されている場合、測定結果を定期的に入手する仕組みも整備されていると考えられます。その場合、年次賞与への組入れは比較的容易であると言えるでしょう。したがって、英国のFTSE100企業において、年次賞与への組入れがより多いという調査結果は、英国はESGに関連する具体的な指標と目標に基づく効果測定の仕組みが整備されつつあることを反映していると考えられます。

一方、日本のTOPIX100 企業は、報酬の算定に用いられる指標を具体的に示している企業が少ないため、必ずしもESG関連の指標や目標の設定が進んでいるわけではないと推察されます。そのため、年次賞与にESG指標が組み入れられている割合と長期インセンティブプランとが同水準になったものと考えられます。

2.インセンティブ付けに用いられているESG指標の種類

報酬設計にESG指標を組み入れる場合、多くの企業では、個別施策に関する具体的な目標値に対する結果を用いるか、組織全体を下支えする取組みの成果測定を用いるかのいずれかを選択することが想定されます。

個別の指標を用いる場合、目標は具体的である必要があることから、GHG排出量のような、ESGの特定の側面に関連付けられる傾向があります。一方、全体を下支えする成果を適用する場合、通常、ESGに関連する否定的な事象の回避など、より全般的な指標が用いられます。

そこで、エグゼクティブ報酬において考慮されているESG指標が、個別の施策に対する指標なのか、それとも全体を下支えする指標なのかを調査しました。英国のFTSE100企業では、年次賞与、長期インセンティブプランともに、個別の指標を用いる企業が大多数となりました。一方、日本のTOPIX100企業は、算定に用いられた指標が具体的でなく、「ESGの取組み状況」や「ESG評価」といった曖昧な説明にとどまるものが多いため、「不明」の割合が突出しているという特徴がみられました。また、全般的指標を用いる割合が、英国と比較すると高い結果となりました。これは、ESG関連インデックスへの組入れや、外部のESG評価機関によるレーティングを評価に用いる企業が多いことが影響しています(図表2~3参照)。

図表2 ESG指標の種類(年次賞与)

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図表3 ESG指標の種類(LTIP)

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ESGインデックスやESG評価機関のレーティングは、投資家による投資の判断に織り込まれる動きが広く見られ、その影響力は年々高まっています。外部のESG評価機関による評価は、評価手法が明確であるならば客観性が高い指標といえますが、評価結果のデータの質や評価プロセスの透明性・信頼性に関する課題も指摘されています。それについては、2022年7月、金融庁のESG評価・データ提供機関等に係る専門分科会が、ESG評価機関やその評価結果を利用する投資家等に期待される行動を提言する報告書を取りまとめました。

評価機関による評価は、あくまで各機関が独自に設定した基準に基づく評価の結果です。したがって、企業固有のESGアジェンダや企業価値との整合性が必ずしも強固であるとは限らない点に注意が必要です。

3.インセンティブ付けに用いられているESG指標のカテゴリー

次に、報酬設計に組み入れられているESG指標のカテゴリーについてです。英国のFTSE100企業は、年次賞与、長期インセンティブプランともに、組入れの割合が高い順に、環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)となりました。TCFDの提言に基づく気候関連の開示の制度化が先行する英国においては、環境に関連する指標がエグゼクティブ報酬の算定に組み入れられる割合が高くなっているものと考えられます。

一方、日本のTOPIX100企業では、前節で示した「ESG指標の種類」に続き、年次賞与、長期インセンティブプランともに具体的な指標が不明である割合が最も高い結果となりました( 図表4~5参照)。

図表4 ESG指標のカテゴリ(年次賞与)

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図表5 ESG指標のカテゴリー(LTIP)

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不明の割合が高い理由としては、「ESGへの取組み状況」「ESG目標への貢献」といった具体性を伴わない記載や、外部のESG評価機関による評価の改善度といったESGの具体的な課題へのアウトカムに直接つながらない記載が多く見られたことが挙げられます。

また、年次賞与については、環境に関する指標よりも、社会に関する指標が多く採用されている点も、日本のTOPIX100企業の特徴です。これは、日本では足元の課題として従業員のダイバーシティ推進があり、関連する指標をインセンティブ設計に組み入れている企業が比較的多いためと考えられます。

III.役員報酬とESGの関連付けにいかに着手するか

ここまで、英国と日本の企業におけるエグゼクティブのインセンティブ設計にESGに関する評価がどの程度、またどのように組み込まれているかを、企業の開示情報を基に確認しました。この結果からもわかるように、すでにエグゼクティブの報酬設計に、ESGの要素を組み入れる取組みをはじめている企業がある一方で、特に日本企業においてはその取組みが発展途上であり、まだ取組みの端緒にも就いていない企業も多くあります。

そこで、本節ではエグゼクティブ報酬にESG要素を組み込むための検討をはじめる際に考慮すべき5つのポイントについて説明します。

1.そもそもESG課題への貢献を報酬設計に組み入れる必要があるのか?

業務執行の推進を担うエグゼクティブの報酬は、長期的視点で企業価値を向上させ、サステナビリティに関する課題に真摯に向き合いながら業務遂行を行うためのインセンティブとして、クリティカルな要素と言えます。したがって、ESG課題への貢献を報酬設計と連動させることは欠かせない取組みであると言えるでしょう。そのため、まず検討すべきなのは、どのESG指標がビジネスに適合しているのか、また、それらの指標を測定可能な方法でどのように組み込むことができるのかという点です。

同業他社の状況や投資家の視点の理解は当然のこととして、それ以上に、自社のESGアジェンダやビジネスの持続性のために、何をすべきかの理解が肝要となります。

2.長期・短期のどちらのインセンティブに紐付けるか?

ESGをエグゼクティブ報酬に関連付けることがビジネスにとって適切であると判断した場合、次に考慮すべき点は、ESG指標を報酬設計上におけるどの要素と関連付けるかです。

ESGの取組みの多くは長期的なものであり、長期インセンティブプランの実行期間よりも、さらに長期である場合が多いと考えられます。これは、現在のマネジメントチームの任期を超える可能性が高いということです。

この課題に対応するには、まず短期・長期それぞれのインセンティブプランに適用すべき測定可能なマイルストーンを特定することです。そして、エグゼクティブは長期的かつ野心的な目標に向けたステップに対して責任を持ち、また外部に対する明確な説明責任も負うという点を認識する必要があります。

3.特定の指標を用いるか、全体指標を用いるか?

ESG課題への貢献をインセンティブプランに組み込む場合、評価の方法としては、組織全体を下支えする取組みの成果をはかる全体指標による測定、特定の具体的な取組みの成果をはかる個別指標による測定、報酬委員会などの裁量による判断などが考えられます。今回の調査結果からは、個別のESG指標を用いることが一般的であると言えますが、いずれの方法にも、それぞれ長所と短所があり、投資家によっても評価が異なります。自社の戦略や目標に適したものを選択する必要があるでしょう。

4.どのESG指標を組み込むべきか?

ESG課題への貢献を役員報酬に結びつける際にどのような指標を選択するかは、検討が必要となる大きな要素の1つです。

今回の調査の結果、英国のFTSE100企業では環境(E)に関連する指標が、日本のTOPIX100企業では社会(S)に関連する指標が多かったことからわかるように、どのような指標が適切であるかは事業の性質や顧客の状況によって異なります。(図表6~7参照)投資家の見解も参考にしながら、広範なESGアジェンダやビジネス戦略全体と整合した指標を選択することが肝要です。

図表6 英国のFTSE100企業で使用されている指標の例

E:環境 S:社会 G:ガバナンス
排出量レベル  多様性とインクルージョン コーポレートガバナンス
持続可能な生産 文化 株主との関係
エネルギー効率 従業員エンゲージメント 贈収賄および腐敗の防止
廃棄物管理 コミュニティ 取締役会の構成

 

図表7 日本のFTSE100企業で使用されている指標の例

E:環境 S:社会 G:ガバナンス
温室効果ガスによる環境負荷削減 労働災害の件数 ガバナンス態勢の強化
気候変動の緩和と適応への貢献 従業員エンゲージメントの向上 政策保有株式削減額
自然資本の持続可能性向上 女性管理職比率 社員が活躍できる経営基盤
環境課題解決への貢献 製品・サービスの品質・安全性 CGコード対応の充実
再生可能エネルギー使用率 社員の有給消化率 監督と執行の機能の明確化
- 男性育児休暇取得率 -
- 顧客満足度の向上 -

指標を選択したら、適切な目標を設定することも大切です。測定可能であり、かつ各エグゼクティブメンバーの役割との関連性が明確である必要もあるでしょう。

5. ESG評価が占める適切な割合とは?

ESG指標の導入を決定したら、それが全体に占める割合を慎重に検討する必要があります。

英国KPMGの専門家によれば、ESG評価の総合的な割合は約10~15%が一般的であるものの、3%程度の企業もあれば、30%を超える企業もあるようです。つまり、適切な割合については、どの企業にもあてはまる正解があるというわけではないということです。

また、企業がサステナブルであるためには、長期的価値の創造の観点から、影響の大きいステークホルダーの課題解決に資する形で収益を獲得し続けることも大切となります。そのため、ESG評価の割合が過度に高くなることが必ずしも望ましいわけではないと考えます。

大切なのは、インセンティブとしての報酬パッケージ全体のなかで、ESGの要素を重要かつ不可欠なものとして位置付けること、そして、何よりも自社のビジネス戦略およびESGアジェンダの文脈と整合していることであると考えます。

IV.役員報酬が果たす役割

ESGに関する課題が、将来の企業価値に大きく影響し得るとの認識は浸透しつつあります。企業は、標榜するパーパスや長期的ビジョンの実現に向け、ESGの要素を含む幅広いレンズを通して、将来に向けた戦略を立案し、さまざまな取組みを進展させています。

それらの取組みの成果を確実に得て、企業価値に結びつけていくためは、経営の大方針を定め、その方針に基づく業務執行を監督する取締役、そして業務執行の推進を担うエグゼクティブによるリーダーシップが不可欠です。そうした役割を担う経営陣が自らの役割を認識し、その役割を果たしていくためのインセンティブとして、現行の報酬プランは充分に機能しているかを見直す必要性は高いと考えます。サステナビリティの要素を考慮し、ビジネスを変革させている企業は、その戦略が報酬設計にも反映できているか、今一度見直す必要もあるでしょう。

そして、報酬プランをインセンティブとしてより機能させるためには、企業が実現したいパーパスや長期ビジョンとの整合性が大きなカギとなります。加えて、報酬を算定する際に用いる指標が明確であることも大切です。

ESGパフォーマンスと報酬の連動は、企業が長期的なサステナビリティへのコミットメントを示し、倫理的な行動を促すものでもあります。業務執行の役割を担う経営陣は、ESGと整合した組織文化をトップダウンで創造し、自らの意思決定がESGに及ぼす影響を自ら確実に考慮し、ESGアジェンダ遂行の推進力となることが期待されます。

金融庁は2022年6月13日、「金融審議会 ディスクロージャーワーキング・グループ報告 -中長期的な企業価値向上につながる資本市場の構築に向けて-」を公表しました。このなかで、有価証券報告書においても、報酬委員会の機能発揮への関心の高まり等を背景に、報酬委員会の活動状況のより詳細な説明を行うことが提案されました。今後、報酬委員会には、報酬決定プロセスにおける客観性や透明性の向上に加え、役員報酬がESGアジェンダをサポートしていること、そしてサステナブルな成長を促していることのモニタリングと説明責任の発揮が期待されると考えられます。

執筆者

あずさ監査法人
KPMGサステナブルバリューサービス・ジャパン
シニアマネジャー 橋本 純佳