宇宙に関するニュースを見ない日はないほど宇宙が身近になってきましたが、日本国内の多くの企業にとって、宇宙はまだ取り組むべきテーマではないと見えているのではないでしょうか。しかし、実際には数千基という人工衛星が私たちの頭上を日々飛びまわって社会インフラを形成し、人工衛星を利用したサービスはすでに私たちの生活と切り離せなくなっています。そんななかで、最近特に注目を集め、多くの企業が取り組みはじめているのが人工衛星で取得した「地球観測データの利活用」です。一方で、その取組みの多くは悪戦苦闘の状態にあり、どうすればデータから価値あるものが引き出せるのか、苦心しているプレイヤーが散見されます。
本稿は、地球観測データを利活用する際の要諦について、今後予測される変化を踏まえて解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
POINT 1 衛星データの利活用は多くのプレイヤーにとって価値があると思われている一方で、成功事例が少なく、試行錯誤を繰り返している状態にある。 POINT 2 衛星データ利活用の取組みの多くが失敗する主な理由は、衛星データ利活用における勘所や“べし・べからず”を理解できていないからである。 POINT 3 衛星データ利活用における勘所の理解ができたなら、自組織において実際にデータを利活用できるか否かの判断が必要となる。その際は「詳しい人に相談する、詳しい人を巻き込む」ことが重要である。 |
Ⅰ 衛星利用の拡大
ここ最近、人工衛星が多く打ち上げられていることは、ニュース等で聞き及びのことと思いますが、実際、かなりの数の人工衛星が世界中で打ち上げられています。人類が2019年までに打ち上げた人工衛星が9,036機であるのに対して、2020年と2021年の2年間に打ち上げられた人工衛星は3,083機に上ります。さらに、2022年は2,000機を大きく上回る勢いで打ち上げられており、近年の衛星数増加が顕著なことが見てとれます(図表1参照)。なお、人工衛星を数える際に「基」や「機」を用いますが、本稿では軌道上で運用されている人工衛星においては「基」を用い、物としての人工衛星自体を数える際は「機」を用いることとします。
【図表1:打ち上げ衛星数の推移】
この増加は、これまで地上10キロメートルまでであった経済区域が100キロメートル以上の宇宙空間にまで確実に広がっていることを示すものですが、「衛星コンステレーション」という仕組みにも大きく影響を受けています。従来は大型の衛星を少数打ち上げて運用していたのに対し、衛星コンステレーションは小型の衛星を数十基から数百基、ものによっては数千基軌道に配置し協調して動作させることで、全体で1つのシステムとして機能させます。運用する衛星の数を多くすることのメリットは2つあります。1つは、仮にいくつかの衛星が故障したとしても、システム全体への影響を最小限に抑えることができることから、事業の継続性が増します。もう1つは、地上のある地点から常に衛星が補足できるため、常に交信が可能になることです。
人工衛星の使い方は、大きく「通信・放送」「測位」「地球観測」の3通りがあります。通信・放送においては、すでにCS放送やBS放送といった衛星放送を使用している人は多いでしょうし、今後米国の実業家イーロン・マスク氏率いるスペースX等の企業により衛星コンステレーションによる衛星ブロードバンドサービスが展開されることで、市場の拡大が予想されます。測位もすでに社会浸透しています。特に、測位衛星の1つであるGPS衛星はカーナビゲーションやスマートフォンでも使われているため、利用したことがない人はほぼいないと言えます。この2つの衛星の使い方に関しては利用価値が明確で、代替手段と比べた時の優位性も説明が容易なため、利用該否の判断がつきやすいと言えます。
地球観測の用途も、衛星利用の黎明期から活用されてきました。最近では、観測対象や目的に合わせたさまざまな種類のセンサーが開発され、多様な衛星が運用されています。また、前述の衛星コンステレーションの展開により大きく状況が変わりつつあるとともに、多くの組織が地球観測データ(以下、「衛星データ」という)から価値を生むことができないか、試行錯誤している状態にあります(図表2参照)。
【図表2:衛星データ活用検討例】
Ⅱ 衛星データ利活用の“べし・べからず”
現在、衛星データの利活用は、さまざまな組織が取り組んでいますが、決してうまくいっているとは言えません。
事例においては、確かに見事に衛星データから価値を引き出したものもありますが、成功した取組みは限定的な用途や限られた状況においてのものであり、残念ながら衛星データの利活用の取組みの多くが徒労に終わってしまっています。
なぜ、失敗が相次いでしまうのでしょうか。それは、衛星データの利活用における勘所の理解ができていないからだと考えられます。衛星データは、その印象からそれ自体に価値があるものと捉えられがちです。これを使えば、何か素晴らしいことができるのではないか。自社の事業に付加価値がつくのではないか。そういった期待のもと、ご相談をいただくことも非常に多くありますが、そのようなご相談に対しては、まず「衛星データ利活用における、“べし・べからず”を理解してください」とお話しています。
1.衛星データの制約と利点をしっかり理解すべし
衛星データは、確かに他のデータと違う特徴があります。そこには、利点と制約が含まれており、その理解が重要となります。特にこの制約については、的確に理解することが肝要です。衛星データは地上にセンサーを敷設することなく、広範囲にわたって情報が取得できます。人が踏み入れにくい場所のデータも取得可能ですし、災害時などで地上インフラが破壊され利用できなくなってしまった場合でも、衛星データは取得できます。衛星データを用いて海上を広く観測し、海面に浮かぶ油膜などの油徴を検出することで海底油田の存在を把握するという事例や、地震や津波の際の被災状況の迅速な把握等への利用は、衛星の利点をうまく活用したものと言えます。
一方で、遮蔽物がある屋内のものは当然見られませんし、光学衛星(可視光線で観測する衛星)の場合は雲がかかっている時や、夜間の撮影はできません。また、観測頻度や空間解像度においても限界があります。たとえば、数分という短い間隔でデータを取得することも、車種や人物が明確に判別できるような高精度のデータを取得することは、現時点ではできません。
また、衛星データの活用において障壁となりがちなのがデータの購入費です。確かに、広い面積、または継続的なデータを取得しようとすると高額となってしまうこともありますが、同じデータを取得するために航空機やドローンを使った場合に比べたらむしろ安いということもあり得ます。
範囲、回数(頻度)、タイミング、精度、または何を見るかによって衛星データと代替手段を比較し、適切なものを選択する必要があります。
2.衛星データを使うことを目的とするべからず
一昔前ほどではないにしろ、衛星データは利活用にハードルがあり、思い立ったらすぐに使えるというものではありません。無料で提供されている衛星データもありますが、高精度な衛星データの購入には費用も掛かりますし、データを利用するためのIT環境の整備にも費用と工数はかかります。そのため、人が容易に行ける場所や簡単に目視すれば済むことにあえて衛星データを利用することは合理的とは言えません。実際に我々がご相談を受ける際にも、「その用途なら実際に見に行ったほうが安上りだし、簡単です」とコメントすることもあります。
また、満を持して衛星データの利用を試みたにもかかわらず、思ったような効果が得られないことも多くあります。そのような場合でも、費やしたコストが心理的抵抗を生み、他の手段に切り替える、諦めるという判断になかなか至らない状況も多く散見されます。
衛星データは手段であり、目的ではないということを常に意識し、わざわざ衛星データを利用する必要がない箇所で無理やり利用するという非合理的な利用は見直す必要があります。
3.前例や事例を必要以上に気にするべからず
衛星データの利活用において、成功の前例や他社事例を質問されることが多くあります。どのような利活用が正解なのかを判断するのは容易ではないため、まずは事例を参考にするという考えは間違いではありません。しかし、事例をそのまま真似すれば成功できるという考えは間違いです。また、事例や前例がないから実行しないという思想も、これまた間違いと言えます。事例から学ぶべきは表面的な手順や結果ではなく、KSF(重要成功要因)であり、なぜ成功したか、衛星データのどのような利点を活用したか、または衛星データの欠点をどのように補ったかを分析することが非常に重要です。この分析が正しく行われれば、他社の動向に惑わされず、前例にないことであっても自信をもって取り組むことができ、ファーストペンギンになることができます。
4.衛星データはそれのみで使うべからず
衛星データで検出できるのは、地表の形状や植物の有無、地表海面の温度や水分の有無など、衛星に搭載したセンサーで取得できる物理的な値から判断できるものです。これらの値のみで有効な判断ができることも稀にはあるとは思いますが、多くの場合は難しいです。加えて、衛星データは、一般的に費用さえ払えば、誰でも購入できます。言い換えれば、競合組織も同じデータを入手することができるため、データの存在のみで優位性を獲得することはできません。
では、どのようにすればよいのでしょうか。推奨する方法は、組織特有のデータまたは知見と組み合わせることです。共通の衛星データであっても、自社固有のデータを重ね合わせることで、他社にはない洞察を得ることが可能となりますし、自社の専門的な知見や経験を用いた分析を行うことで、他社に勝る判断や優位性の獲得につながります。言い換えれば、そのような観点で扱わなければ、せっかくの衛星データも利用価値の低い凡庸なデータになってしまうということです。
Ⅲ 利用経験の獲得
衛星データ利活用の“べし・べからず”の理解に続いては、実際の行動が必要になります。必要な行動は「詳しい人に相談する、詳しい人を巻き込む」「早い段階で、実際の衛星データを使ったトライアルを行う」です。
衛星データに関する情報は、インターネット上で多く見られます。さまざまな情報を参照すれば、なんとなく把握することはもちろん可能です。しかし、重要なのは、自組織において活用することができるか否かの判断です。そのため、自身で判断できなければ、相談できる相手を探し、巻き込むことです。想定している使い方、求める効果など、具体的な内容について、方向性に誤りがないか壁打ちを行うとともに有用なアドバイスを引き出すようにします。
肌感覚をもって有用性を判断するためには、トライアルで衛星データを使ってみることが肝要です。実際に使ってみると、想像していたことや聞いていたこととずいぶん違うことがあります。
また、従来想定していた使い方と異なる使い方を発見できたというケースもあります。最近では、衛星データの分析環境を提供している企業はもちろん、無料で入手できる衛星データや無料で利用できるソフトウエアもありますので、数日で利用経験を得ることができます。
衛星データは現在、過渡期にあります。今後より多くの地球観測衛星が打ち上げられれば、より高精度で高頻度な、情報量の多いデータが取得できるようになることは想像に難くありません。衛星データを使ってみて、現時点では有用性を見いだせなかったとしても、勘所を得ることは将来の利活用においての判断を容易にすることとなります。
Ⅳ まとめ
衛星データの利活用は現在、多くの企業で検討されているものの、すぐに花開くことはないかもしれません。今、若干のブームであることを考えると、おそらく多くの失望を招くことになるでしょう。一方で、衛星データの特徴をうまくとらえた利用方法も生まれつつありますし、今後の衛星データの多様化や高精度化を前提に、多くの人が正しい思考および試行をすることで、より多くの利活用方法が生まれてくると期待できます。10年前と今日が大きく変わっているように、10年後にはさらにドラスティックな環境の変化が起こり、衛星データが私たちの生活に今以上に不可欠なものとなっている可能性も高いのではないでしょうか。
そんな分水嶺かもしれない今日において、正しい情報を取得し、正しいアクションと正しい判断をすることで、将来に先手を打つことは、事業の維持拡大にとって非常に重要です。衛星データは用途が広い分、さまざまな業種にとって取り組む価値があるエキサイティングなテーマであると言えます。
※本文中に記載されている会社名・製品名は各社の登録商標または商標です。
執筆者
KPMGコンサルティング
シニアマネジャー 宮原 進
シニアコンサルタント 平田 悠樹
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