人生100年時代と言われるなか、都市の住民にとってウェルネスの重要度はますます高まってきています。また、そうした社会課題の解決をビジネスミッションとする企業やスタートアップも増えています。それら社会課題解決をより促進していくうえでは、政府・自治体の関与もさらに重要になると考えられます。
本稿では、ウェルネス社会課題解決が官民で推し進められている現状と、今後の展望について紹介します。
目次
1.ウェルネス社会課題とは
一言で「社会課題」と言っても多種多様な課題が含まれます。スマートシティの文脈において、どの課題も重要であり、優劣をつけられるものでもありませんが、住民にとって身近な課題として挙げられるものの1つとして、「ウェルネス」があります。
ウェルネスとは、2015年、グローバルウェルネスインスティチュート(Global Wellness Institute:GWI)が「総体的な健康状態につながるような行動・選択・ライフスタイルを積極的に追い求めること(wellness as the active pursuit of activities、 choices and lifestyles that lead to a state of holistic health)」と定義しています※1。
ウェルネスは、住民が心身の健康を基盤として、よりよく生きていくための重要な要素であり、ウェルネスに関連した課題を解決することが、社会の価値の向上につながると考えられています。
また経済的に見ても、ウェルネス市場は成長しており、GWIによると、ヘルスケア市場、クリーンエネルギー市場等を包含し、4.5兆ドル(≒609兆円、執筆時点のレートによる)と非常に大きな成長市場と認識されています※2。これはつまり、ウェルネスにおける課題が市場ニーズとして顕在化しており、住民の課題解決がニーズとしても年々増大していることを意味します。
2.社会課題解決における、政府・自治体の関与度
こうしたウェルネス社会課題を解決していくうえで、経済的市場規模は非常に重要な指標です。ただ、民間企業による市場競争だけで課題解決を図ることができれば良いのですが、世界の事例を見る限り、それはまだ限定的と言えます。
理由としては、ウェルネス社会課題解決につながるすべての民間企業が、高収益を実現できているわけではないことが挙げられます。もちろん、ウェルネス意識が高まりそれら社会課題解決を目指した企業・スタートアップも増えつつあるなか、身体や環境の健康の向上を目的とし、かつ高収益を実現している企業も存在します。しかし、ウェルネス社会課題全般で見ると、まだまだ民間企業だけで課題解決と収益性の両面で成功をおさめることは困難だと思われます。
そのような状況では、政府・自治体の役割も重要になります。温暖化問題において、解決につながるような人々や企業の行動の促進に政府・自治体が重要な旗振り役を担ったように、ウェルネス社会課題解決についても、住民の課題認識を広げたり、企業のさらなる参画や学術機関との連携・協同を促すことが政府・自治体の重要な役割になります。
3.ウェルネス社会課題解決に寄与する社会的企業・スタートアップ
リーマンショック後、利益のみを追求する企業への非難は強まり、企業活動の社会的意義がますます問われています。2010年代に入って、社会的インパクトと企業利益の実現を両立させる「社会的企業」が注目を集めています。同種の起業はグローバルでは非常に旺盛ですが、日本でも昨今着実に増えてきています。
例えば、環境に配慮したクリーン・グリーン系スタートアップは言うに及ばず、さらに住民のウェルネス社会課題解決に寄与できるスタートアップも増えています。痛みの少ない乳がん検診を目指すヘルスケア系スタートアップ、子育てインフラを整える育児支援ウェルネス系スタートアップ、働く女性の仕事と子育ての両立を支援するウェルネス系スタートアップ等々、毎年ウェルネス社会課題解決に直結したスタートアップが多数登場しています。
これは、その起業家の社会課題に対する感度が高く、また社会的ミッションを企業理念としていることが大きな理由ではありますが、同時に政府・自治体の役割も重要と考えられます。
4.ウェルネス社会解決を促進する政府・自治体
金融危機以降、少しずつ人々の目線が利益重視偏重から変わりつつあるなか、その変化をさらに促進するには、やはり政府・自治体のより積極的な関与が重要です。政府・自治体の関与により、住民・企業の双方が社会課題解決からの利益享受をより広く認知することが可能になります。また、結果的には政府・自治体自身も利益を享受できるため、政府・自治体の関与が増えているとも考えられます。
イギリスでは、2012年にキャメロン政権の主導に基づき、金融機関の休眠口座からの拠出や主要英国系銀行の出資により、1,000億円規模での社会的インパクト投資を推進し、社会課題解決と投資リターンの両立を実現しています。日本でも、自治体による社会的インパクト投資ファンドが創設されたことはご存知のことと思います。インパクト投資を促進し、(1)社会課題の解決に官民協働で取り組む新しい金融の流れを加速すること、(2)「住民のウェルネス」を向上し誰もが心身ともにいきいきと暮らせる社会づくりに貢献すること、の2点を目的としています。
また、それ以外にも、日本のさまざまな都市・自治体において、ウェルネス社会課題に関連したファンドの設立(計画段階も含む)が増加傾向にあります。まさに、官民それぞれのウェルネス社会課題解決に向けた動きが日本でも加速し始めている、と言えるでしょう。
5.スマートシティとしての今後の展望
スマートシティは、ICT等の新技術を活用しつつ、マネジメント(計画、整備、管理・運営等)の高度化により、都市や地域の抱える諸課題の解決を行い、また新たな価値を創出し続ける、持続可能な都市や地域であり、Society 5.0の先行的な実現の場と定義されています。従前の一般的な都市と比較して、スマートシティにおいては、ウェルネスを含めた社会課題解決が、ICTによりさらに促進されることを意味します。もとより、昨今のウェルネス社会課題解決スタートアップは、AI等新しいテクノロジーやデータの活用を前提としていることが多く、スマートシティ自体の持つテクノロジーやデータとの連動による、さらなる課題解決も推進可能です。
住民のウェルネス向上のために、企業・スタートアップのサービスが活用されればされるほど、スマートシティにおいてウェルネス関連データが蓄積され、テクノロジーはさらに進化していくことが可能です。スマートシティにおいて、このデータ/テクノロジー/ウェルネス向上の好循環を官民で推進することで、社会課題解決と官民・住民の利益の両立も可能になるはずです。
執筆者
KPMGコンサルティング
ディレクター 藤井 達司