本連載は、日経産業新聞(2022年4月~5月)に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。

メタバースの存在意義

メタバースヘの注目度が高まる今、メタバースに取り組む企業や団体が直面している課題を大きく3つのテーマに分けて解説していきます。1つ目の今回は、仮想空間内でユーザーが求める価値についてみてみましょう。

世界中でさまざまなメタバースの取組みが行われているなかで、多くのケースで共通した課題があります。「人が仮想空間内に集まらない」ということと、「初期段階では多くのユーザーを獲得しても、その多くがリピーターにならない」というものです。どちらもインターネット上で事業を行う以上、メタバースに限らず、どの事業者も抱える課題と言えます。マーケティング活動などにより解決できるものもあるかもしれませんが、筆者はメタバースにおいては根本的な課題があるからだと考えます。
それは、メタバースの取組みの多くは「どのユーザーに対し、どういう価値を提供しようとしているか」ということが明確になっていないからです。これはメタバースの「レゾンデートル(存在意義)」とも言える哲学的な悩みとも考えられます。

人にとって最も貴重な資源は「自分の時間」という見方があります。その時間というものは、仕事や家事などの経済活動をするための時間(労働時間)と、それ以外の余暇時間の2つに大別して考えることができます。メタバースに対し、人は労働時間であれば何かの「課題を解決」するための効果的あるいは効率的な方法を求め、余暇時間には自分が興味を覚える「面白さ」を求めます。メタバースに取り組む際は、まずターゲットとするユーザーにどのような価値を提供しようとしているのかを明確にすることが重要です。ところが、実際には「課題の解決」と「面白さ」の両方の価値の提供を狙ったものが多いのではないでしょうか。結果、その取組みはユーザーにどちらの価値も提供できていない中途半端なものとなり、「二兎を追う者は一兎をも得ず」となりかねません。

メタバースは仮想空間ではあっても、そこに関わるのが人である以上、現実世界と同じように物理的な原理を守って空間と空間内のオブジェクトを設計する「物理レイヤー」が必要です。「物理レイヤー」により現実世界と同じようにアバター(分身)が移動したり、モノに触ったりすることなどを再現できるようになり、ユーザーの共感を得る体験を提供することができます。一方で、単にそれだけの体験であれば数回のクリックで買い物ができる電子商取引(EC)サイトのような効率性も、実際の店で試着する時ほどの効果も得られません。
仮にユーザーヘの価値提供が「面白さ」であるとすれば、メタバースならではの差別化ボイントはどこにあるのでしょうか。例えば、これまではなかったユーザー同士の新しい交流方法や仮想空間の美しさ、あるいは現実世界にはあり得ないコンテンツとのコラボレーションなどをポイントに、そこに注力した仮想空間を設計することも考えられます。
次回は法的な観点でメタバースの課題について解説します。

執筆者

KPMGコンサルティング 
ディレクター  ヒョン・バロ

日経産業新聞 2022年4月27日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日経産業新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

メタバースビジネス最前線

お問合せ