食料品と農業が直面するリスクの分析:KPMGのリスク分析手法を通じた考察

KPMGと持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)との研究について紹介します。

KPMGと持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)との研究について紹介します。

筆者 Ian Proudfoot

過去2年以上にわたり、世界中の人々は、食品が自分たちの生活の中で果たす重要な役割について、再認識させられています。重要な役割とは、すなわち、健康を確保し維持するという役割、人々を友人や家族、文化に結び付ける役割、農業・畜産の生産者、漁業者が私たちの社会で果たす不可欠な役割などを指します。しかし、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行により、世界の食糧システムの脆弱性が明らかになってきています。食糧システムが直面しているリスクは、多くのリスクの可能性とその影響が定量化され理解しやすくなるにつれて、増大してきているといえます。

労働力不足、輸送障害、COVID-19による機能停止などにより、世界的なサプライチェーンが限界に近づいているため、何百万人もの人々が食糧不足に直面しています。また、食糧システムが環境に及ぼす影響もまた注目されています。生物多様性、土壌、淡水、海洋、気候への影響が強調されており、現在の食糧システムは、動物の利用に関する倫理的な問題、雇用慣行に関する懸念、廃棄される食糧の量といった問題に関して、疑問が投げかけられています。

しかし、農業・畜産の生産者は、世界人口が継続的に増加していることから、より多くの栄養的に優れた食糧を、より少ない投入資源(人工と天然の双方)を用いて、絶えず増大する需要に応えることを求められています。そのため、物理的、デジタル的・生物学的な技術を活用して食品を生産する新しい方法に、大規模な投資が行われています。

このような背景から、KPMGインターナショナルは持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)と協力して、食糧システムが直面する多くのリスクの関係を研究してきました。KPMGの動的リスク分析手法(「DRA」)は、持続可能で、公平で、アクセスしやすく、豊かで、世界的な食糧システムを構築していくための行動と取組みを特定するのに役立ちます。一連のWBCSDパートナー企業および他の食糧システム専門家の知識を活用し、DRAを用いて、一連の主要なリスクがどのように相互に関連しているか、また関連がある場合には、その結果の重要性について検討しました。

協力者の方々との詳細なインタビューとワークショップセッションを通じて、広範囲にわたる20のリスクが特定され、報告されました。次に、協力者の方々に、各リスクの可能性、重大性、他のリスクとの相互関連性、リスクが発生した場合にそのリスクの影響がどの程度の速度で生じるかについて、各リスクの推定値を提出するよう依頼しました。

DRAプロセスでは、次に、リスクのクラスター化に注目しています。これは、専門家が最も起こりうると考える4つのシナリオまたはクラスターを示しています。これら4つのクラスターの注目すべき特徴は、気候変動、土壌の劣化、生物多様性の減少、短期的および長期的に利益を得にくくなるといった、複数のシナリオに共通するリスクが多く存在することと、これらのリスクが結合し、連鎖的に世界の食糧システムの機能に、深刻な影響を及ぼす可能性があることです。

DRAの分析には多くの考察がありますが、筆者が特に興味深いのは、非経済的な農業システムと農家がネットワーク内で果たす中心的な役割でした。これは、ネットワーク内の他のすべてのリスクのそれぞれと、最も密接に関連するリスクです。
分析結果によれば、非経済的な農業の増加は、複数のリスクが組み合わさったときに顕著になることから、世界の食糧システムの強さを測定するよい指標となります。

農業従事者と協働してきた経験から、多くの問題は、深刻な財政的困難とは直接関連しない単なる天候不順や、病原体の問題などにすぎないことがわかっています。ビジネスが持続可能でない場合、食料生産が気候、生物多様性、水に与える影響に対処するために必要な措置に投資する能力、生活賃金を支払う能力、あるいは新しいデジタル技術革新を採用する能力は失われてしまいます。

DRAは、現在のビジネスモデルにおいて、食糧システムのプレーヤーが、サプライチェーンのパートナー、特に農業・畜産の生産者の継続的な実行可能性を支援する必要があることを示唆しています。

天然資源の使用を減らし、強固な農村地域社会を支援しつつ、より栄養価の高い食料をより多く生産するという社会の要請に応えるためには、農業・畜産の生産者の持続可能性を確保するための努力をしていくことが、限られた方法の1つといえるでしょう。

生産者が経済的に持続可能なビジネスを運営できるようにすることを目指しつつも、これらすべての目標を同時に達成していくための食糧システムは、農業・畜産産業では管理すべき多くの変数を非常に複雑な方程式で維持されていることを踏まえ、最終的には各要素のバランスを取る必要があることを意味しています。したがって、環境的・社会的目標を達成するための投資能力を生み出せるように、経済的に持続可能な、強靱な食糧システムを構築することに焦点を当てる必要があります。

そこでDRA分析は、クラスターの発達を遅らせ、その影響の深刻さを軽減するうえで、どのリスクに焦点を当て、どのような努力をすれば最も大きな影響を与えるかについての指針を提供しています。

この分析は、農業・畜産業の長期的に歩むべき道筋を変えうるものであり、最も焦点を当てるべきリスクは長期的な気候変動と一時的に起こる天災であることを強調しています。もしリスクが緩和されれば、社会により良い結果を与えると想定されるその他のポイントには、食品の質と手頃な価格に焦点を当てること、短期的な利益よりも長期的な優先事項に焦点を当てることが含まれます。

これらのリスクに対処するために組織がより多くの仕事をすればするほど、また、これらの分野で革新をより強く推し進めるほど、世界の食糧システムが課せられた、社会的、経済的、環境的な期待に応え、より広範なコミュニティのニーズを満たす可能性が高くなるといえるでしょう。

これは、特に遺伝子工学、特に遺伝子編集の使用に関する成熟した議論が必要であることを意味しているといえます。食糧を単純に増やすだけでなく、海洋資源を持続可能な形でどのように利用するか、すなわち現実的で倫理的に健全なカーボンニュートラルな対応策について、より深く考える必要があるということです。食糧需要の増大と並行して、より広い地域社会の生態系への配慮に対して農業者が一定の補償を受けられるよう、革新が求められています。私たちは、現代の食糧システムがどのようなものになるのか、またそれがどのように機能するのかを想像する作業を加速させる必要があります。例えば、発酵・培養された製品は、伝統的に育てられた動物性タンパク質とどのように適合するのか、デジタル技術を使用して消費地に近い場所で生産するにはどうすればよいのか、といったことが考えられます。

このDRA分析は多くの疑問と課題を示していますが、何もしないという選択肢は採るべきではないことも示しています。KPMG IMPACTの夢が実現し、KPMGの専門家がクライアントと協力して食糧システムが直面する大きな課題に注力できるようになれば、私たち全員が参加したいと思うグローバルな食糧システムを構築できる可能性があります。

WBCSDがKPMGインターナショナルと共同で作成した報告書「食料・農業部門に影響を及ぼすリスクの強化された評価(英語版)」は、こちらからアクセスできます。

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