メタバースは既に幅広く活用されています。遅かれ早かれ、企業はメタバースを利用して顧客と関わり、競争上の優位性を生み出すことになります。消費者が仮想世界に集まることで、今後5年以内に世界中で何億もの仮想現実デバイスが使用されるという予測もあります。
メタバースを取り巻く状況
メタバースの没入型環境は、すでに驚くべき新しい方法で人々を惹きつけています。デジタルアバターとアイデンティティは、ソーシャル、ショッピング、ゲーム、フィットネス、教育、仕事、トレーニング、エンターテインメントなどの活動に広がってきています。
消費者がより多くの時間とお金をバーチャルワールドに費やすようになり、さまざまなブランドや製品がこの新しい現実に対応しつつあります。メタバース市場は、2024年までに7,830億米ドルを超えると予測され※1、世界経済フォーラム(以下、WEF)はオープンで包括的なメタバースの定義と構築を支援することにコミットしています。また、世界のリーダーたちがダボス会議に参加する際、メタバースの可能性についても議論しています。
この仮想現実(VR)と拡張現実(AR)の世界では、膨大な量の生体データとすべてのユーザーの詳細な行動プロファイルを取得する可能性があります。また、特に高度化する人工知能や機械学習システムとのインタラクションを通じて、その可能性が広がっています。デジタルアバターやデバイスの普及は、すでに新しいレベルのプライバシーリスクを引き起こしており、これらのゲームチェンジをもたらす能力は、規制当局や企業が真剣に注意を払うべき課題を提示していると言えるでしょう。
従来、オンラインチャネルへのアクセスは、一般的にユーザー名とパスワードだけで目的の接続を行うことができました。メタバースでは、複雑なバイオメトリクスが悪用される可能性があり、没入型のインタラクションを通じて重要なセキュリティ情報を引き出すことは、現実世界でのソーシャルエンジニアリングよりもさらに容易になっています。個人情報の盗難は、現実世界と仮想世界の両方で犯罪の捜査を複雑にしている真の懸念事項です。
メタバース技術は、ユーザーとのインタラクション、データの取得、コミュニケーション、影響力などの面で大きな可能性を秘めていますが、ユーザーを適切に保護するための標準がまだ不足しています。これは、メタバース・アーキテクチャの開発自体を支える業界標準の一般的な欠如を反映しているといった面もあります。
メタバース標準の欠如に対処する必要性
メタバースの標準化に関する大きな課題は、インターネットと比較して、その発展の違いから生じています。インターネットは比較的オープンな環境で生まれ、その標準はアカデミアの起源から拡大するにつれ、時間をかけて進化してきました。そのプロセスは、今日我々が目にするマルチステークホルダー・ガバナンス・モデルや、インターネットとの相互作用の多くの側面に関する社会的な議論など、採用される標準に対して透明性を提供しました。
しかし、メタバースの標準化が遅れたため、比較的閉鎖的な環境と、適切な使用、リスク、ルールに関する精査の欠如など、プロセスが独占的なものとなっています。このような発展によって、企業や規制当局だけでなく、ユーザーコミュニティーも必要な相互接続やデータ管理の標準を、オープンで公開された透明な環境の中でどのように開発できるか、という問題を提起しているのです。
たとえば、あなたがバーチャルな街並みを歩いて店を見て回る頃には、メタバース技術はすでにあなたの好みのブランド、買い物行動、好きな色などを特定できているかもしれません。私たちはプライバシーや個人情報保護、消費者行動の非倫理的な操作に関して、どのようにユーザーを保護するかという重要な問題を自問自答する必要があるのです。
ソーシャルエンジニアリングが今日のサイバー攻撃の最初の一歩であることから、攻撃者にとってメタバースはソーシャルエンジニアリング攻撃を仕掛ける手段の1つとなりえます。また、現実世界で発生している多くの犯罪が、メタバースにおいても驚くべき類似性をもって発生すると予想されます。
メタバース管理に向けた企業のリーダーシップ
メタバース特有の環境の中で、社会的・規制的に許容される行動基準をどのように定義すればよいのでしょうか。これは喫緊の課題であり、広範かつ迅速な公開討論の必要性を表しています。
ソーシャルメディアへの規制は、そのチャンネルの多さと能力の急速な爆発に追いつき始めたばかりです。新しい機能の普及と仮想の未来に対する人々の意識の高まりの中で、メタバースは飛躍する準備が整っていますが、メタバースを効果的に管理するための旅は、まだ本当の意味で始まってはいないのです。
共同規制のアプローチは、適切な規制モデルを開発するために、公開討論と民間産業と政府間の共同「サンドボックス・スタイル」イニシアティブの両方を促進することができます。サイバー脅威や世間を騒がせる攻撃がますます巧妙になるにつれ、オンライン消費者データの利用と保護に関する社会の対話はすでに熱を帯びてきています。しかし、生体ユーザーデータを収集・分析する前例のない能力を持つメタバースでは、こうした課題は増える一方です。
メタバースの収益化はまだこれからですが、ビジネスコミュニティは、この斬新で珍しい空間を管理するための対話について、リーダーシップを発揮するべきでしょう。適切なガイドラインを策定することは、公共の利益だけでなく、評判を守り、ブランド力を高め、知的財産を確保しようとする企業の利益にもつながります。
賢明な企業は消費者保護を率先して行う一方で、メタバースを活用して顧客と関わり、最終的にはグローバル市場で差別化を図る機会を見出すことができると考えます。仮想世界での新たな可能性が無限に広がる中、消費者だけでなく、企業のブランドと知的財産を真に保護するために、広範で十分な情報に基づいた枠組み構築に向けて対話と行動を促進することが不可欠です。
さあ、賢明な行動をとり、自信を持って第一歩を踏み出しましょう。
※1 Matthew Kanterman and Nathan Naidu, “Metaverse may be $800 billion market, next tech platform,” Bloomberg Intelligence, December 01, 2021.
本稿は、KPMGインターナショナルが2022年5月に発表した「Treading sensibly - not blindly - into the metaverse」を翻訳したものです。翻訳と英語原文に齟齬がある場合には、英語原文が優先するものとします。
全文はこちらから(英文)
Treading sensibly - not blindly - into the metaverse