ロシアによるウクライナ軍事侵攻:半導体業界への影響

過去2年にわたり業界に影響を及ぼしてきた半導体サプライチェーン問題とチップ不足が、ロシアによるウクライナ軍事侵攻により一層悪化する可能性があります。直近のリスクは半導体製造に使われるネオンやパラジウムなどの特定原料の供給です。

直近のリスクは半導体製造に使われるネオンやパラジウムなどの特定原料の供給です。

過去2年にわたり業界に影響を及ぼしてきた半導体サプライチェーン問題とチップ不足が、ロシアによるウクライナ軍事侵攻により一層悪化する可能性があります。直近のリスクは半導体製造に使われるネオンやパラジウムなどの特定原料の供給です。インフレと間接的サプライチェーン効果の影響には、短期的には対処できるものと予想されますが、長期的な影響に関する潜在的可能性はまだ明らかではなく、それは今後、事態がどのように展開し続けるかにより決まります。

原料供給面のリスク

ロシアとウクライナは半導体製造で使われる原料2種の主要原産国です。ウクライナはネオンの世界供給量の約70~80パーセントを1、ロシアはパラジウムの世界供給量の約35~45パーセントを生産しています2

図表 世界の用途別ネオン使用量
 

図表 世界の用途別ネオン使用量

出典:EMR,“Global Neon Gas Market Outlook”

  • ネオン:ネオンは半導体製造の深紫外線(DUV)リソグラフィ工程に使われ、この用途はネオン需要の約45パーセントを占めます3。ネオンは古いタイプの製鉄所で副産物として生じるもので、そのような製鉄所はウクライナにはまだ存在しますが、他の国では次第に姿を消しています(これが供給源が集中している理由です)。技術的には、ネオンはリサイクルとリユースが可能です4。しかし、すべての半導体企業がそれらを行うための投資を行ってきたたわけではなく、2014年のロシアによるクリミア併合後、ネオン価格の600パーセント高騰という、将来への警告となる兆しがあったにもかかわらず、企業はガスの備蓄の方を選んでいます5
  • パラジウム:パラジウム供給量はネオンほど戦争の影響を受けませんが、その不足は半導体の製造と需要の両面に影響を及ぼす可能性があります。パラジウムは半導体製造のめっき工程に使われ、触媒コンバーターにも不可欠です。自動車メーカーが触媒コンバーターの不足により車を製造できなければ、メーカーからのチップの注文も減ります。
  • 他の原料:ニッケル、金、銀も、半導体製造にとって重要です。ロシアは世界のトップ5に入るニッケルの原産国ですが、ニッケルの供給はそれほど集中しておらず、影響は限定的であると思われます。金と銀の価格も高騰しました。半導体顧客は通常、そのような不安定な市場に関して価格の直接転嫁の契約をしているため、メーカーよりも強く影響を受ける可能性があります。

短期的影響には対処可能

  • 2014年のロシアのクリミア侵攻と過去18~24ヵ月の不足により、多くの企業がリスク対応計画を導入しました。その結果、主要企業と業界団体は、原料不足による短期的影響はないと発言しています6
  • しかし、これらのリスク緩和計画は、2~3ヵ月間の生産停止を防ぐことしかできません。業界はいまだにこの地域に依存しており、それに代わる有効な供給国をすぐに見つけることはできません。
  • 中国で現状維持が続くと仮定すれば、この短期的影響には支障なく対処できます。

より深刻な長期的影響

  • 半導体サプライチェーンは相互の関連性がきわめて強く、関税と貿易制限が拡大された場合、業界の複雑さとコストが増加します。
  • 今後の成り行きによっては、製造ライン閉鎖、価格上昇、生産高・収益・利益の減少などの深刻な結果につながる可能性があります。
  • しかし、まだその段階には至っていません。

現時点で不測事態対応計画を立てる

  • 半導体生産に対する短期的影響には対処できると予想されます。ただし、原料価格、サプライチェーンの制約、全般的な不確実性に対する戦争の影響が、チップメーカーと消費者に悪影響を及ぼします。
  • しかし、戦争が継続した場合、企業はさらに深刻なサプライチェーンへの影響に備えるべきです。
  • 繰り返しになりますが、すべての事業継続計画を見直し、ネオンとパラジウムの別の供給源を探し、先渡価格(フォワード・プライシング)を用いて、他の重要な原料に関する価格変動から自社を守ることを推奨します。
  • 中期的には、企業はサプライチェーンとカスタマーフルフィルメント・ネットワークを完全に理解し、戦争と制裁により起こりうる混乱の影響をモデリングする必要があります。より長期的には、ネオンリサイクル技術への投資拡大を検討してもよいでしょう。(※フルフィルメント:顧客が商品を注文してから手元に届くまでに発生する業務)
  • ネオン価格が恒常的に上昇する場合を除き、ウクライナ以外でのネオン生産が経済的に見合う見込みはありません。ただし、国によっては、政府がそれを国家安全保障上の選択肢と見なす可能性があります。

執筆者

Lincoln Clark, Partner, Audit – Global Semiconductor Lead, KPMG LLP
Scott Jones, Partner, Advisory – U.S. Semiconductor Lead, KPMG LLP

監修

KPMGジャパン 製造セクター

1 出典:Wired, "Russia's War in Ukraine Could Spur Another Global Chip Shortage," 2022年2月28日
2 出典:Barron's,"Russia Is One of the Biggest Producers of Palladium.Prices Climbed to a Record." 2022年3月4日
3 出典:EMR, "Global Neon Gas Market Outlook.X"
4 出典:Hitomi Fukuda, "Chipmakers seek solution to neon gas supply shortage," Solid State Technology, 2016年3月
   出典:Chris Ebert, Sig Stout, Karl Heimerl, and Matt Adams, "Neon recovery for photolithography," ASMC 2017 Proceedings, SEMI, 2017
5, 6 出典:Reuters, "Russia could hit U.S. chip industry, White House warns," 2022年2月11日

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