近年、企業によるアクセラレータプログラムを活用したオープンイノベーションへの取組みが増加しています。
しかし、新規事業を創出するために活用されるオープンイノベーションへの取組みは、工数・コスト削減等のメリットがある一方で、プロジェクトを検討・推進していく過程でのリスク検討が不十分な結果、企業間でのトラブルも発生させています。
本稿では、オープンイノベーション実施時に自社と連携先企業が考慮すべきリスク事項について事業観点の目線から評価し、協業を円滑に進めるために必要な要素やトラブルの未然防止のために検討しておくべきリスク事案を解説します。

1.オープンイノベーションとは

オープンイノベーションとは、組織内部のイノベーションを促進するために、意図的かつ積極的に内部と外部の技術やアイディアなどの資源の流出入を活用し、イノベーションによる新たな価値の創造を目指す活動のことを指します。また、その価値を原資として新たな価値の獲得をビジネスモデルとして明示的に戦略の中に組み込み、市場を拡大するための事業戦略の手法でもあります。

2.オープンイノベーション活用の実例

(1)一般的に活用されているオープンイノベーションの実態
オープンイノベーションは、下図で示す「既存市場×新規商品」、もしくは「新規市場×新規商品」を目指す事業戦略の一手法として用いられ、オープンイノベーションを活用した事業戦略の主たる目的は、マーケットにおける自社の位置づけを変化させ、事業の多角化を図ることであると言えます。

【イノベーションシフトモデル】

オープンイノベーション実施時の事業リスク評価のポイント_図1

これまで、日本企業の多くは自社内における研究・開発を重視してきた傾向にありましたが、デジタル時代に対応すべく、一部企業では従来の「自前主義」から脱却する手段としてオープンイノベーションを活用した新たな事業戦略の策定に取り組んでいます。こうした市場の変化を受けて、既存事業を「どのように成長させるか」だけではなく、「どのような変化に対応していくか」の両面を考慮した事業戦略の策定が求められています。
オープンイノベーションを活用した事業戦略推進の最大のメリットは、変化への対応手段として、自社にはないアイディアやノウハウを外部から柔軟に取り入れ、外部組織との連携による新たな商品・サービスの創出につなげることができる点だと言えます。加えて、事業創出に費やす期間についても、これまでになかったスピードで加速させ、開発研究のコスト削減、製品プロセスの短期化にも寄与することができるのもメリットの1つと言えるでしょう。

3.オープンイノベーション推進におけるリスクと対応

(1)オープンイノベーション推進にかかわるリスクの考え方
オープンイノベーションの推進にあたっては、「方針戦略」「組織体制」「マーケティング(顧客チャネル等)」「収益(コスト構造等)」の4つの観点より、リスク特定、評価、対策立案を行うことが効果的です。

【オープンイノベーションの実践フロー】

オープンイノベーション実施時の事業リスク評価のポイント_図2

それぞれの段階(I~III)において、上記4つの観点から取り組むべき事業の概況や自社および連携先企業の体制・リソースの再確認を行うことで、オープンイノベーションを円滑に促進させることができます。

(2)オープンイノベーション推進における課題
オープンイノベーションを活用した事業戦略策定は短期間で取り組める等のメリットがある一方で、推進の過程では知的財産や事業推進に必要な技術を巡るトラブルが顕在化しています。特に自社と連携先企業双方を対象に知財保護に関するルールが未整備な点や、技術情報等の自社の機密情報にあたる情報資産の取扱方針・意識が欠如している点が課題として認識されます。
そのため、知財戦略の策定における課題も含めて、オープンイノベーションの推進には多岐にわたる阻害要因について予め検討しておく必要があります。たとえば、事業戦略段階では、オープンイノベーションの実践に伴い適切なゴール設定がされていないことが多く、そのゴールに向けた具体的な検討事項が整理されていない場合は推進の停滞・中止というリスクを引き起こす恐れがあります。

オープンイノベーションの実践を前掲した図の3つのフローに分解し、主に実証実験の実施・評価において、事例に基づく課題と考慮すべきリスクおよびその対応方針について解説します。

(3)事業リスク評価のポイント
オープンイノベーションの推進にあたって、たとえばアクセラレータプログラムなどにより新規事業を創出する際においては、複数の連携先企業候補の選定と事業化の実現性の検証(収益性、市場優位性の検討)等を非常に短いターム(プログラム期間)の中で実施する必要があります。そのため、収益や供述したい目的に主眼が置かれ、「リスク」の観点が疎かにされるケースが散見されます。
このように限られた時間・リソースでリスク評価を効率的に行うためには、スピーディに新規事業創出のサイクルを回せるというオープンイノベーションのメリットを活かしつつ、かつリスク観点からの事業化検証実施のための「事業リスク評価チェックシート」を作成することが有効です。チェックシートに各オープンイノベーションの実践フローで確認しておくべき事項と想定リスク例を整理しておくことで、自社を含めた連携先企業の共通認識、リスクの検討漏れ、対応方針の認識齟齬等を防ぐことが可能となります(下図参照)。

【事業リスク評価チェックシート例(一部抜粋)】

オープンイノベーション実施時の事業リスク評価のポイント_図3

(4)チェックシート活用事例から抽出されたリスク事例
本チェックシートを活用した事業リスク評価を行った際に、抽出されたリスク事例とその対応策を紹介します。主に以下の3項目のリスク対応が、オープンイノベーションの推進を行う過程において重要な論点となります。

  • NDA(秘密保持契約)締結時における、知的財産の取扱い
    公正取引委員会と経済産業省が公表した「(令和3年3月29日)スタートアップとの事業連携に関する指針」によると、オープンイノベーションの推進にあたり、情報の利活用に関するリスク事象の発生が多く報告されています。実際の事例においても、事業化以前の段階において、自社と連携先企業における情報の取扱いに関するリスクが抽出されたケースがありました。そのため、新たな事業の推進にあたっては、事前に自社および連携先企業が保有する機密情報の内容、許容開示範囲、事業推進によって習得された資産の所在、利活用制限に関して整理し、「どこまでの情報を開示/許容でき得るのか」を可能な範囲で整理しておく必要があります。加えて、Web・Saas系のビジネス特許に垣間見える通り、取り組みの中でこれまでにない新規性・進歩性がある場合は他社に模倣されるリスクを低減させるためにビジネス関連特許を迅速に実施しておくことが望ましいと言えます。
  • 実証実験(PoC)の提供環境、要件定義(成功/失敗要件)
    事業テーマの実現可能性の検証を目的とした実証実験については、まずその実施方法が適切であるか、ゴール設定が明確になっており連携先企業と認識共有ができているか、必要なリソース・役割が明確になっているか等が確認しておくべき項目として挙げられます。たとえば、実証実験の対象・環境が限定的かつ収集できるデータが少量な場合、偏りのある結果となり事業化に向けた定量的な評価が実施できなくなる恐れがあります。また、実証実験における失敗要件を検討しておくことにより、過剰な当該事業への投資を避けることができ、事業転換の判断基準にもなり得ます。
  • 事業化に向けた自社・連携先企業における責任分界点の設定と認識共有
    事業化に向けた自社および連携先企業における組織体制・マネジメント方針について、推進にあたっての役割分担、責任範囲の明確化が必要です。
    組織体制と役割が明確になっていない場合、双方の責任分界点が不明瞭な状態に陥り、結果として推進の停滞やリスクへの対応遅延につながります。また、新たな事業の推進に伴い、創出される資産が他社の特許を侵害していないか等の事前調査を怠れば、事業化後に訴訟につながる恐れもあります。事業化の段階において双方の責任範囲が不明確であれば、リスク事象(事業の推進によって習得した機密情報の流出等)が発生した際に 「誰が」対応すべき領域なのか判断ができず、対応の遅れによる2次被害として自社のレピュテーションリスクの懸念があります。そのため、事業化の段階までに双方の責任範囲と役割事項について、できる限り明確にしておくことが望ましいと言えます。

4.まとめ

オープンイノベーションの推進にあたり、リスクの観点から検討しておくべき事項とその対応策について述べてきましたが、上記に限らず実際に検討すべき事項は多岐にわたり存在します。特に、新規事業の創出については、その事業によって習得される知財の取扱方針とそれら知財を活用した戦略の策定が必要です。加えて、オープンイノベーションの推進担当者の多くは、これまでに経験していない進め方や領域に従事するため、必要な専門性や検討事項の整理が十分にできないことが予想されます。そのため、「何から手を付けるべきなのか」模索しながらの活動になるかもしれません。

オープンイノベーションの活用は、企業の事業展開スピードを高めるだけでなく、ベンチャー企業の活性化にも多大な効果を発揮する手法であり、日本においても急速に拡大していくことが想定されます。だからこそ適切なブレーキを持つことが重要です。
本稿が、貴社におけるオープンイノベーション活用の際の一助となれば幸いです。

執筆者

KPMGコンサルティング
ディレクター 土谷 豪
シニアコンサルタント 鶴 翔太
コンサルタント 白杉 誠基

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