実務対応報告41号の適用範囲に注意 取締役報酬としての株式無償交付の会計・開示ポイント

旬刊経理情報(中央経済社発行)2022年3月20日特別増大号の特集「3月決算総特集」に「実務対応報告41号の適用範囲に注意 取締役報酬としての株式無償交付の会計・開示ポイント」に関するあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。

旬刊経理情報(中央経済社発行)2022年3月20日特別増大号の特集「3月決算総特集」にあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。

この記事は、「旬刊経理情報2022年3月20日特別増大号」に掲載したものです。発行元である中央経済社の許可を得て、あずさ監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。

ポイント

  • 会社法202条の2に基づき取締役等の報酬等として金銭の払込み等を要しないで株式の発行等をする取引を行った場合、実務対応報告41号に従い、費用の認識や測定、注記事項についてストック・オプションに準じた会計処理および開示が求められる。
  •  いわゆる現物出資構成による取引は、実務対応報告41号が適用されず、払込資本の認識時点など法的な性質に起因する会計処理については異なる会計処理になると考えられる。

はじめに

2019年12月に成立した「会社法の一部を改正する法律」(令和元年法律70号。以下「改正法」という)により、会社法202条の2において、金融商品取引法2条16項に規定する金融商品取引所に上場されている株式を発行している株式会社が、取締役等の報酬等として株式の発行等をする場合には、金銭の払込み等を要しないことが新たに定められた。これを受け、企業会計基準委員会は、2021年1月28日に、実務対応報告41号「取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い」(以下、「本実務対応報告」という)を公表した。

本章では、本実務対応報告を理解する前提として取締役への株式報酬の全体像に触れ、本実務対応報告の概要および適用にあたって留意すべきポイントを解説する。

なお、本章中の意見に関する部分は筆者の私見であり、筆者の所属する法人の見解ではないことをあらかじめ申し添える。

取締役への株式報酬の全体像

わが国においても近年、企業の国際的な競争力発揮のためのコーポレート・カバナンス強化の施策の1つとして、中長期的な企業価値の向上を目的としたインセンティブ報酬の導入が進んでいる。インセンティブ報酬として実務上様々なスキームが存在するが、取締役への株式報酬をその対価の形式によって分類した場合、自社株式オプションが用いられるケース(自社株オプション型報酬)と自社の株式が用いられるケース(自社株型報酬)に大別することができる。本章で解説する取締役の報酬等として株式を無償交付する取引は、自社株型報酬の1つとして位置づけられる。

本実務対応報告の適用範囲

本実務対応報告は、取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に適用され、本実務対応報告はその会計処理および開示について規定している。取締役の報酬等として株式を無償交付する取引とは、会社法202条の2に基づいて、取締役等の報酬等として金銭の払込み等を要しないで株式の発行等をする取引をいい、取締役等とは、会社法326条に規定される取締役および402条に規定される執行役とされている(本実務対応報告4項(1)、(2))。

また、実務上、いわゆる現物出資構成により、金銭を取締役等の報酬等としたうえで、取締役等に株式会社に対する報酬支払請求権を現物出資財産として給付させることによって株式を交付する取引(以下、「現物出資構成による取引」という)があるが、当該取引について本実務対応報告は適用されない。本実務対応報告が対象とする取引は、会社法上、株式の無償発行であるのに対して、いわゆる現物出資構成による取引は株式の有償発行であるなど、法的な性質が異なる点がある。したがって、いわゆる現物出資構成による取引については、会計処理に関する定めはなく、さまざまな実務が行われている可能性があるが、たとえば、払込資本の認識時点など、法的な性質に起因する会計処理については異なる会計処理になるものと考えられる(本実務対応報告26項)。

図表1において、本実務対応報告の適用対象とならない取引例を示しているが、株式の発行企業、株式の交付先、取引の法的性質に着目する必要がある点に留意されたい。

図表1 本実務対応報告の適用対象とならない取引例

  • 非上場会社が株式を発行する場合
  • 会社法上の役員ではない執行役員、従業員または子会社の役職員等に株式を発行する場合
  • 金銭報酬債権の付与として決議し、いわゆる現物出資構成により株式を交付する場合

会計処理の概要

本実務対応報告では、取締役の報酬等として株式を無償交付する取引を、図表2の「事前交付型」と「事後交付型」に区分して基本的な会計処理が規定されている。

図表2 取締役の報酬等として株式を無償交付する取引の分類

区分 定義(本実務対応報告4項(7)、(8))
事前交付型
  • 対象勤務期間の開始後速やかに、契約上の譲渡制限が付された株式の発行等が行われる(会社法における割当日)。
  • 権利確定条件が達成された場合、譲渡制限が解除される。
  • 権利確定条件が達成されない場合、企業が無償で株式を取得する(無償取得が確定することを「没収」という)。
事後交付型
  • 契約上、株式の発行等について権利確定条件が付されている。
  • 権利確定条件が達成された場合、株式の発行等が行われる。

わが国では、自社の株式オプションを報酬として用いる取引について、企業会計基準8号「ストック・オプション等に関する会計基準」(以下「ストック・オプション会計基準」という)があるが、自社の株式を報酬として用いる取引に関する包括的な会計基準はない。本実務対応報告の適用対象である取締役の報酬等として株式を無償交付する取引は自社の株式を報酬として用いる点で、自社の株式オプションを報酬として用いるストック・オプションと類似性がある。また、インセンティブ効果による追加的なサービスの提供を期待して、自社の株式または株式オプションが付与される点で同様である。このように、事前交付型と事後交付型の取引の性質にはストック・オプションとの類似性があることに鑑み、費用の認識や測定については、ストック・オプション会計基準に準じて定められている(本実務対応報告35項~38項)。

具体的には、図表3のように規定されている(本実務対応報告6項、7項)。

図表3 報酬費用の認識および測定(本実務対応報告6項、7項)

  • 各会計期間における費用計上額は、株式の公正な評価額のうち、対象勤務期間を基礎とする方法その他の合理的な方法に基づき当期に発生したと認められる額とする。株式の公正な評価額は、公正な評価単価に株式数を乗じて算定する。
  • 公正な評価単価は付与日において算定し、原則として、その後は見直さない。また、失効等の見込みについては株式数に反映させるため、公正な評価単価の算定上は考慮しない。

一方、株式が交付されるタイミングが異なる点や、事前交付型において株式の交付後に権利確定条件が達成されない場合は企業が無償で株式を取得する点については、事前交付型と事後交付型で取引のしくみが異なる。そのため、取引の形態ごとに異なる取扱いが定められている(図表4、図表5参照)。

図表4 事前交付型の会計処理(本実務対応報告5項~14項、39項~47項)

  新株の発行 自己株式の処分
割当日における取扱い
  • 割当日に、新株を発行し発行済株式総数が増加するが、資本を増加させる財産等の増加は生じていないため、払込資本を増加させない。
  • 割当日に、処分した自己株式の帳簿価額を減額するとともに、同額のその他資本剰余金を減額する。
  • 上記の結果、会計期間末においてその他の資本剰余金が負の値となった場合、その他資本剰余金をゼロとし、その他利益剰余金から減額する。
対象勤務期間における取扱い
  • 企業が取締役等から取得するサービスは、その取得に応じて費用として計上する。当該処理により年度通算で費用が計上される場合は、対応する金額を資本金または資本準備金に計上する。
  • 年度通算で過年度に計上した費用を戻し入れる場合はその他資本剰余金から減額する。
  • 企業が取締役等から取得するサービスは、その取得に応じて費用を計上し、対応する金額をその他資本剰余金として計上する。
没収における取扱い
  • 自己株式の無償取得として、自己株式の数のみの増加として処理する。
  • 割当日において減額した自己株式の帳簿価額のうち、無償取得した部分に相当する額の自己株式を増額し、同額のその他資本剰余金を増額する。

図表5 事後交付型の会計処理(本実務対応報告15項~18項、48項~50項)

  新株の発行 自己株式の処分
対象勤務期間における取扱い
  • 企業が取締役等から取得するサービスは、サービスの取得に応じて費用を計上し、対応する金額を、新株の発行が行われるまでの間、貸借対照表の純資産の部の株主資本以外の項目に株式引受権として計上する。
  • 企業が取締役等から取得するサービスは、サービスの取得に応じて費用を計上し、対応する金額を、自己株式の処分が行われるまでの間、貸借対照表の純資産の部の株主資本以外の項目に株式引受権として計上する。
割当日における取扱い
  • 権利確定条件を達成した後の割当日に、株式引受権として計上した額を資本金または資本準備金に振り替える。
  • 権利確定条件を達成した後の割当日に、自己株式の取得原価と株式引受権の帳簿価額との差額を、自己株式処分差額として、その他資本剰余金を増減させる。

なお、事後交付型における報酬費用の相手勘定として、純資産の部の株主資本以外の項目に「株式引受権」が新たに追加されている点について留意が必要である。

開示の概要

本実務対応報告では、費用の認識や測定はストック・オプション会計基準の定めに準じることとしていることから、ストック・オプション会計基準および企業会計基準適用指針11号「ストック・オプション等に関する会計基準の適用指針」における注記事項を基礎とし、図表6の注記事項が定められている(本実務対応報告20項、52項)。

図表6 主な注記事項(本実務対応報告20項)

事前交付型 事後交付型
(1)取引の内容、規模およびその変動状況(各会計期間において権利未確定株式数が存在したものに限る) (2)取引の内容、規模およびその変動状況(各会計期間において権利未確定株式数が存在したものに限る。ただし、権利確定後の未発行株式数を除く)
(3)付与日における公正な評価単価の見積方法
(4)権利確定数の見積方法
(5)条件変更の状況

1株当たり情報に関する注記において、事後交付型におけるすべての権利確定条件を達成した場合に株式が交付されることとなる契約は、企業会計基準2号「1株当たり当期純利益に関する会計基準」9項の「潜在株式」として取り扱い、潜在株式調整後1株当たり当期純利益の算定において、ストック・オプションと同様に取り扱う。また、株式引受権の金額は1株当たり純資産の算定上、企業会計基準適用指針4号「1株当たり当期純利益に関する会計基準の適用指針」35項の期末の純資産額の算定あたっては、貸借対照表の純資産の部の合計額から控除する(本実務対応報告22項、53項、54項)。

なお、取締役の報酬等として株式を無償交付する取引について、関連当事者との取引に関する開示は要しないとされている(本実務対応報告55項)。

さいごに

本実務対応報告は取締役の報酬等として株式を無償交付する取引のみに適用されるが、いわゆる現物出資構成による取引は改正法施行後も引き続き多くの事例が見受けられる状況にある。この点、2021年11月29日開催の第43回基準諮問会議において、日本公認会計士協会から株式報酬に関する会計処理および開示の取扱いの整備が提案されている。いわゆる現物出資構成による取引に関する会計基準の開発に向けた今後の動向についても留意されたい。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
マネジャー 公認会計士
大木 雅彦(おおき まさひこ)

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