労働人口の減少に伴う人手不足の問題は、サービス業を中心とした身近な分野で解決策の議論が続いています。しかしそれに加え、今日では、甚大な自然災害や社会インフラの老朽化といった、日常では縁遠い分野でも、人材不足が重要な論点になりつつあります。
そうした中で解決策のひとつに挙げられるようになったのが、「ドローン」の存在です。
では、ドローンが社会にもたらす真価とは、どういったものなのでしょうか? 本稿では、国産自律型無人航空機(UAV)とクラウドサービスを組み合わせた産業用ソリューションを提供するエアロセンス株式会社 佐部浩太郎氏とKPMG Ignition Tokyo 茶谷公之が、ポストコロナ時代から30年後、50年後の日本社会における「ドローン」の役割などについて、現状を整理しながら空想・妄想を巡らせた対談の内容をお伝えします。
農業や漁業、災害・・・着実に進むドローン活用
茶谷: そうした活用ができるということは、災害時や農業分野での活用など、用途が広がっていきますね!
佐部: そうですね。実際に、一次産業での利活用は多いです。
一番は農薬散布でしょう。これまで日本ではラジコンヘリを使った農薬散布が主流だったようですが、ドローンが導入されると、「もっと簡単になる」との反応は増えています。ドローン自体がどんどん自律的に動くようになるからです。
農業分野での活用は農薬散布だけではありません。弊社で取り組んでいるのは作物の育成状況をドローンでセンシングして確認する活用事例です。これは農薬散布と連動する部分もあります。
実際のところ、ラジコンヘリでもドローンでも、農薬散布をすると必ず「撒きムラ」が生じます。これに対し、育成状況を定期的にセンシングすることで、肥料や農薬の撒きムラがどのあたりに生じているか把握することができます。
その情報をデータ化して散布ドローンやトラックに渡し、その情報とGPSとを付き合わせて動きながら撒く量を変える、ということができます。これを2〜3回行なうと、全体が均質になって撒きムラが減り、収穫量も上がる、というわけです。
茶谷: 機器が連動してデータを処理するアプリケーション間通信が行われている、アグリカルチャー・オートメーションという感じがします。他方、そうしたことができるなら、魚群を見つけて教えてくれるドローンのニーズも高いように感じます。
佐部: 漁業の現場では、魚ではなく密漁者を探しています。夜中のうちに養殖魚などを密漁していく事件が頻発しており、これに対抗するために赤外線カメラを付けて定期的に巡回し、不審者を見つけたら照会する、という流れです
漁協が管理している漁場は、第三者の立ち入りがなくリスクが低いので、目視外でのドローン飛行も可能です。目視外のエリアで且つ夜間飛行というのはまだ認可されておらず実現したら、国内初の取り組みだと言えます。
茶谷: それができるなら、農家さん達の田んぼや畑にも応用できそうですね。写真を撮られるというのは抑止力になりそうです。
ドローンがデータベース更新の担い手に
茶谷: 農業や漁業のオートメーションが現実化している、という話を聞くと、それこそ橋などの社会インフラの老朽化状態を把握してレジリエンスを強化する文脈での活用もできる気がしました。
佐部: そこは、BIM(Building Information Modeling:ビルディング インフォメーションモデリング)や、CIM(Construction Information Modeling/Management:シム)といった設計情報を管理して使いましょう、という動きがあり、ドローンの飛行計画もそうしたデータベースを使って行い、同時に、ドローンが得た情報もBIMに入れる、という流れがここ最近始まっています。
茶谷: 最近、橋が突然壊れてしまう、といった社会インフラの老朽化問題は待ったなしの状態です。十分に検査したばかりだったとしても問題がないわけではないようなので、ロボットでスキャンするのは安全性が高まるような気がしますね。
ドローンと関連規制法
茶谷: ビジネスとしてのドローンの産業利用については、最近、関連法規も出てきていると聞いています。一方、空中にドローン用の幹線道路のような仕組みを整備するなどの議論もあると思いますが、そのあたりはどう意識されているでしょうか?
佐部: まず、現行の関連規制法として挙げられるのは、航空法です。ドローンはその法律で無人航空機である、と定義されています。
そのため、目視内での飛行(目に見える範囲で飛ばすこと)に関しては比較的自由もあるのですが、目視外を飛行するとなると、かなり厳しい規制がかかっています。それは当然、安全確保の観点から必要なものです。
しかし、目視外で有人地帯(人が住んでるエリア)を飛ぶことに関しては2022年くらいに規制緩和、または解禁される、という話が出ています。その代わり、操作者の免許制や機体の認可制といった何らかの管理がなされることになります。
いずれにしても、「定められた条件を満たした場合なら目視外でもドローンが飛ばせる」という内容は、興味深いものです。
茶谷: そうなると、道交法違反時のように免許から点数が引かれる、といったことがあるかもしれないですね。
では、警察機能として使うという点についてはどうでしょうか?
佐部: 警察利用の場合、事件や事故など有人エリアでのドローン利活用が前提になるので、この点の規制が緩和されると、一気に利活用の幅が広がると思います。
一方、先ほど(前編で)紹介した長時間飛行できる有線ドローンや広域飛行可能なVTOL型ドローンに対しては、災害・事件等が起きたら「まず飛ばしたい」という声があります。
茶谷: 火山の噴火や土石流の発生などで人が容易に立ち入れない場所が生じた場合、ドローンを飛ばして先に写真をパパっと撮っておくと、より迅速な救助活動もできそうな気がします。
佐部: そうですね。実際に通常時の火山を調査する際に使いたいという依頼はありますよ。
そのほか、災害時に避難所などでの電波確保という意味で、基地局を仮設するには地盤がゆるすぎるといった理由で設置場所が確保できない時の選択肢に、有線ドローンを飛ばして簡易的な基地局にする、というのは考えられると思います。
既存の“飛び物”開発と似て非なるドローン開発
茶谷: ドローンの利活用については、最近、国防に用いられることもあるようですね。日本ではそうした分野での利活用は行わないのでしょうか?
佐部: エアロセンスの方針としてはそうした使用はしません。ただ、防衛庁から声がかかる同業他社はいるかもしれません。
茶谷: 確かに、国産でVTOLを作っている企業は少ないのですが、海外の動きなどを見ると、調達先が限られる分野でもあるなど、いろいろとセンシティブな部分があると思います。
その文脈で言うと、ドローンの開発現場の状況について興味深いのが、日本ではVTOLを作るところが圧倒的に少ないことです。これは何か理由があるのでしょうか?
佐部: 基本的に、飛行機型の技術とヘリ型(マルチコプター型)の技術はそれぞれ別物なので、この2つの良さを併せ持つものを生み出したいと考えると、両方に関する技術を知っている必要があります。そういう意味で、課題が多いのかもしれません。昔から飛行機の開発を手がけている会社はありますが、有人飛行機を作っているところは逆にドローンの開発に苦戦していると聞きます。
飛行機屋さんに言わせると、VTOLは空気力学特性や積載量などいろいろと効率が悪いのだそうです。しかし、ドローンは人が乗らないことを前提としていますし、飛行場がない場面が多いので、そこは視点が変わるのかもしれません。
ハードウェアでも有効なアジャイル開発
茶谷: ちなみにエアロセンスのVTOLの機体の大きさはどのくらいなのでしょうか?
佐部: 幅が2mほどで、電池など乗せた状態ではトータルで9〜10kgくらいの重量になります。あらためて考えると、結構大きいです。
茶谷: エアロセンスはそういった難しい技術開発をされてきたわけですが、開発スタイルはどういうものだったのでしょうか?
佐部: ハードウェア開発では珍しいかもしれませんが、アジャイル方式*を採用しています。製品を作るのには長いスパンがかかりますが、2週間くらいのスプリント(開発の基準となる期間)に区切って回しています。
*現在主流になっているシステムやソフトウェアの開発手法のひとつで、開発工程を小さいサイクルで繰り返す
茶谷: 確かに、ハードウェア開発でアジャイルというのは、聞いたことがありません。元々そうやって開発する予定だったのでしょうか?
佐部: 元々、研究開発としてスタートしているので、いろんなものを試したいとなると、アジャイル型の方が都合がいいのです。
ただ、ここにきてドローンにも航空機レベルの安全性を求められるようになってきました。そうすると、また作り方を変える必要があるかもしれません。各種規制に適合するにはもう少し長期スパンのウォーターフォール方式*の開発の仕方にシフトする必要もあるでしょう。
*工程を策定し細かく分け、上流工程から下流工程へ順次移行していく
茶谷: 方向性としては、例えば、アジャイル開発したものを横展開して量産していくことで新しいことを試していくパターンはすぐに思い浮かびます。そうなると、品質基準を保つことを主とするチームも必要になるので、2つくらいのチームが必要になるかもしれません。
佐部: そうですね。そうなると…嬉しい悩みです。
「空飛ぶ車が列をなす」社会の実現へ 〜社会インフラの担い手が社会の質を高める〜
茶谷: では、最後に趣を変えた質問を。30〜50年後など、エアロセンスやドローンを取り巻く環境はどうなっているでしょうか?
佐部: まだ日常の中でドローンを見る機会は少ないでしょう。もう20〜30年も経てば、昔、SF映画などで語られた「空飛ぶ車が列をなす」ということも起こり得るでしょう。
河川や送電線の上は「ドローンが通る道」として定義し、“物流の大動脈”とすることで日本国中の隅々までドローンが出入りする世界観はすぐそこまできています。
人が乗るドローンも議論され始めていますが、技術的には今のものを大きくすれば難しくはないと思います。ただ、安全性や利用者のメンタルの問題もしっかりと議論を尽くすべきでしょう。
茶谷: 確かに地上を走るモビリティが自動運転になるなら、空でもいいのではないか、という話になるかもしれませんね。
最近は飲食店にケータリングを頼む機会が増えましたが、重さが1kgくらいまでならドローンで頼む価値はありそうです。それどころか、「ラーメンなどの汁物系だとスピード勝負だからヒトがやっているサービスではなく、ドローンで直送してほしい」といったニーズが出てくるように感じます。
佐部: そうですね。そこまではいかないまでも、物流でのドローンの利活用については、環境省や国交省の支援プロジェクトで「過疎地物流」の実証実験に参加し、すでに始まっている状態です。
今の議論の的は、郵便のようなユニバーサルサービスは「全国隈なくやらなくてはいけない」ということで過疎地はコストやリソースが問題になります。「実は高コストになっていて維持が年々難しくなっているので、ドローンを活用しよう」というわけです。
最初にドローンの機体など設備を購入する必要はありますが、無人で運用すれば電気代とメンテナンスコストだけなので、かなりのコスト削減にはなるでしょう。実際に、「すごく使いたい」という声は出ています。
茶谷: そういえば、北海道でお薬の配送をドローンでやっておられるとか?
佐部: あれは緊急時向けなのですが、日常的に島嶼部や過疎地への物品の輸送時での利活用も始まっています。
これまで、手紙がたった4通しかなかったとしても郵便配達をする必要があり、離島などでは特に船長さんを起こして漁船を出してもらって届ける、という流れでした。もしドローンが使えるようになれば、そういった場所でも定時便ができるかもしれません。
茶谷: 離島となると、通信環境に左右される心配もあるので、そうした社会インフラの整備が必要になってくるのではないでしょうか?
佐部: それが、2021年からLTEの上空利用が可能になったので、随分現実味が増しています。飛行機で上空から電波を発すると「地上側利用者に影響が生じるおそれがある」ということで携帯電話の上空利用は禁止されていましたが、むしろ最近は上空の方が電波利用のニーズが増えてきたので、「コントロールしながら使いましょう」というスタンスに変わっています。
象徴的な事柄としては、NTTドコモが2021年7月に日本で初めて上空でのLTE利用をサービスとして打ち出しました。その発表会では弊社のドローンも登場し、「ドローン本体の通信モジュールに対応のSIMカードを挿入すれば、上空でLTE通信が可能になる」と発表しました。
これがあれば、離島までの間で端末と直接通信ができなくても、携帯基地局を介して常にドローンを確認・コントロールできるようになります。もう距離の問題がなくなる、ということです。
茶谷: 日本のように島嶼部が多い国にとってはそういった規制緩和によってドローンを活用した生活利便性の向上が見込めそうです。一方、サイバー攻撃のリスクは無視できないように思いますが、そのあたりはどんな議論がされているのでしょうか?
佐部: ドローンに使われている通信技術は一般的に用いられているスマートフォンと同じなので、セキュリティ技術も転用することで安全性の担保はできると思います。
茶谷: ニュースではイーロン・マスクが「いわゆる空のインターネット(通信衛星を使ってインターネット接続を可能にする取り組み)」という話をしていましたが、ああいった技術についてはどう考えられますか?
佐部: 期待している部分はあります。そもそも、ドローンの利活用については、人口が多い都市部の方が携帯電話のカバレッジが効いていて通信環境はいいのですが、有人エリアでのドローン飛行は難しく、一方で、山間部や海洋や河川では電波の問題がありまして…。だからこそ、通信衛星を使ったインターネットには少し期待しているというわけです。
茶谷: ドローンの技術的な進化についてですが、もう既にひとつのフェーズが終わったような気がしますが、今後はどの方向に進化すると見ておられますか?
佐部: 「マルチの羽があって、バランスを保って飛ぶ」というのは確かに円熟期になっていて、これからはどう使うか? ということを考えていくことになると思います。
また、今はまだ長く飛ばすためにバッテリーを積んで機体が重くなり、より大きな機体が必要だ、という話になって、結局は「20分しか飛べない」という壁が壊せないままになっています。ここを突破する技術が期待されている、と言えるでしょう。
解決の方法としては、駆動系の改善ということも考えられます。そのほか、複数の自律飛行が必要になれば、どうそれを成り立たせるか、大量にシステムを組む必要性といった技術開発が必要になるかと思います。そうすると、集団で規則的な動きをするアリや渡り鳥の研究などまったく別の分野の方々とのコラボレーションが必要になってくるかもしれません。
対談者プロフィール
佐部 浩太郎
エアロセンス株式会社 代表取締役社長
1996年東京大学大学院工学系専攻電気工学科修了後、ソニー株式会社入社。初代AIBOの商品化、QRIOの開発に携わり、その後ロボット知能の基礎研究を経て、スマイルシャッターなど顔画像認識を始めとするソニー商品群のインテリジェント化をリードした。2015年よりZMPとソニーの合弁会社エアロセンスを立ち上げ「空飛ぶロボットプロジェクト(ドローン)」のソリューション事業化に挑む。2019年より代表取締役社長に就任。
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