モータリゼーションの進展、少子化に伴う人口減少、運転士不足等の影響により、地域公共交通の利用者数は年々減少し、バス事業者の約7割は赤字と、営業路線を維持することすら困難な状況に置かれています。今後より一層少子高齢化が進むなかで、自動車の運転ができない人や不安に思いながらも運転をし続けないと日常生活を送れない人が増加していくと予想され、そうした人たちの移動の足をいかに確保するのかが問われています。
本稿では、地方の公共交通に焦点を当て、DX化を前提としたデータに基づく交通網の再編・再構築のプロセスや都市運営のなかでの公共交通の意義について、クロスセクターの観点から考察します。
目次
1.公共交通を取り巻く現状
2.地域住民の切実な声
地域と関わるなかで、移動ニーズに関する切実な住民の声を耳にします。たとえば、「生活必需品を購入するのに近くに店舗がなく、自動車の運転も怖いので週に1度子どもに送迎をお願いして、1週間分の食料などをまとめ買いしている。本当は週に3回買物に行きたいが、頼むのも気が引けて週に1回にしている」「少子化の影響で近くの小学校が統廃合し、遠い小学校まで通わないといけなくなった。バスの運行時間帯が早すぎるもののそれに乗せるしかない」といった声です。
今後より一層少子高齢化が進むなかで、自動車の運転ができない人や不安に思いながらも運転をし続けないと日常生活を送れない人が増加していくと予想されます。加えて子どもを育てる環境を整える意味でも、こうした人々の生活に必要な移動手段をどう確保するかということが重要となってきます。また、外出機会の減少によるまちの賑わいの喪失や健康への影響という点も含め、地方の公共交通をどうしていくのかを検討していかなければなりません。
3.公共交通の再編と再構築における留意点
公共交通計画では、鉄道駅やバス停から一定の距離圏外にあるエリアを公共交通空白地域や公共交通不便地域と称し、そのエリアに含まれる面積や人口比率を少なくするといった指標が示されることも多いですが、利用者側から見て、ニーズに沿った運行になっているかという視点が抜け落ちていることも少なくなく、1日数往復の運行しかない地域や夕方の早い時間帯に運行が終了しているといった、利用者の生活実態に沿っていないケースは枚挙にいとまがありません。
また日本は、税金や補助金での公共交通の運営が前提の欧米諸国と違い、運賃収入を前提とした経営が基本となっています。このため、利用者が減少した場合、利用状況に合わせて路線を廃止したり、運行頻度を減少させたり、運賃を値上げすることなどが経営上必要であり、サービスレベルが低下します。それにより、さらに利用者が減少するという悪循環に陥るケースが多く見られます。現在の供給状況を基に、需要に合わせてサービスレベルを調整すると、さらにサービス水準が低下するため、利用者を増加させることは難しいと考えられます。
加えて、事業者の視点からは、補助金を受けているバス事業の収支を改善しても、結果的に補助金が減り収支が悪化するだけであり、経営改善するインセンティブが働きづらいといった状況や、厳しい経営状況のため車両の更新や新技術の導入が進まないといった課題も挙げられ、ソーシャル・インパクト・ボンドなど新たな公共交通事業の運用スキームを検討していく必要もあります。
4.公共交通のDX化を前提としたデータに基づく再編・再構築のプロセス
公共交通の利用者が少ないのは、供給と需要が合っていないか、そもそも需要がないかのどちらかであり、その需要は、単に路線が運行しているということではなく、運行の時間帯や運行頻度が多分に関係しています。
公共交通の再編や再構築にあたっては、需要と供給に関する定量的なデータに基づいて検討を進めることが重要であり、需給ギャップを見える化し、需要に合わせて供給を調整していくことが必要です。そのためのプロセスを下記に示します。
(1)データの収集
需要の把握については、携帯電話の基地局データやGPSデータにて顕在化している移動需要を捉えることができるようになってきています。また、潜在需要については住民アンケートなどで確認する必要がありますが、需要を創出するといった観点から必要な項目であると考えられます。
運行にかかわる供給状況の把握については、昨今、公共交通のオープンデータ化が推進されてきており、GTFSと呼ばれる「標準的なバス情報フォーマット」の整備が各地で進められてきていますし、バスの運行GPSデータ、乗降データをデジタルで取得することもできるようになってきています。
(2)見える化
上記のデータをデジタル化し、継続的にデジタルで把握できるようにすることが最初のステップです。デジタル化したデータを可視化し、現在や将来の人口分布や施設立地と重ね合わせ、地理情報と合わせて利用者の需要と供給のギャップを把握します。
(3)分析・改善案の検討
可視化したデータを基に関係者間で分析や改善案の検討を行います。可視化した情報を基に、需要の多寡を判断し、その需要量や掛かるコストに応じて路線バス、デマンドタクシー、タクシー、自家用有償運送などの、人が移動する手段や移動商店に代表されるようなモノ・サービスを移動させるといった手段を含めて、適切な運行形態を選択することが重要です。
新しい移動手段を提供する場合には、既存事業者との競合が議論に上がりがちですが、データに基づき新しい移動手段による既存交通への影響を評価したり、役割分担を行いながら連携し公共交通サービス全体としての利便性を高めたりして、利用者の増加を図っていくことが肝要です。
また、データの可視化のメリットの1つとして、関係者がデータに基づく現状を共有し、共通認識を持ちながら議論を深めていけることが挙げられます。
(4)改善のサイクルを回す
(1)~(3)のサイクルを繰り返しながら、改善を図っていきます。
5.クロスセクターで考える公共交通のあり方
ここまで、公共交通をどのように再編・再構築するかという観点で整理をしてきましたが、公共交通は分野を超えて地域の活動を支える根源的なインフラであると捉えることもできます。たとえば、医療分野における通院のためのタクシー券配布、教育分野におけるスクールバスの運行、福祉分野における介護タクシーの運行など、公共交通と並行して動いている行政の取組みや公共交通が廃止されると必要になる財政支出があり、これらを分野横断的に整理し、地域の移動手段の適切な提供方法を考えることが重要です。
また、すぐには数値として表れにくい項目ですが、公共交通の利用により毎日の歩数が増え、健康につながることで社会保障給付費の削減にも寄与すると考えられます。
都市のさまざまな課題に対して、新技術を用いながら全体最適化をするスマートシティの取組みのなかで、公共交通を公的資金で支える意義を改めて考え直す時が来ているのではないでしょうか。
執筆者
KPMGモビリティ研究所/KPMGコンサルティング
シニアコンサルタント 小竹 輝幸