企業年金ガバナンス高度化への取組み~ガバナンスコード対応・企業価値向上のための組織対応~

本稿では、企業年金の運用を中心としたガバナンスに関する現状と課題を確認し、高度化を図るための具体的視点等について解説します。

本稿では、企業年金の運用を中心としたガバナンスに関する現状と課題を確認し、高度化を図るための具体的視点等について解説します。

1.はじめに

昨今のコーポレートガバナンス・コードの改正によって企業年金のアセットオーナーとしての機能発揮が求められ、昨年6月には当コードの改訂が行われました。

また、確定給付企業年金の資産運用が企業財務に与える影響はまだまだ大きいため、資産運用リスクをはじめとした企業年金のリスク管理も重要な課題です。

企業は、これらの環境を踏まえ、適切な対応を行う必要があります。

一方で、あずさ監査法人の調査によれば、企業年金の資産運用体制については、マネジメントに対する資産運用状況の適時適切な報告、年金運用担当人材の組織的な育成、運用委託先選定に関する利害相反管理、といったさまざまな課題があることが判明しています。

本稿では、企業年金ガバナンスの現状と課題、高度化を図るための具体的視点等について解説します。

なお、本稿は、2021年11月に配信した「年金ガバナンス高度化セミナー~ガバナンスコード対応・企業価値向上のための組織対応~」を基に構成しております。

枇杷 高志

金融アドバイザリー事業部 パートナー

あずさ監査法人

メールアドレス

2.なぜ、年金運用ガバナンス高度化が必要か?

「コーポレートガバナンス・コード」は、上場企業が守るべき行動規範を示した企業統治の指針ですが、2018年6月の改定により、「原則2 - 6.企業年金のアセットオーナーとしての機能発揮」がコードに加わりました。その後のいくつかの改定を経て現在に至り、上場企業に対して自社の企業年金がアセットオーナー(機関投資家)として期待される機能を発揮できるよう、以下の取組みを行うことが求められています。

  1. 運用に当たる適切な資質を持った人材の計画的な登用・配置などの人事面や運営面における取組みを行うこと
  2. その取組みを開示すること
  3. その際、企業年金の受益者と会社との間に生じ得る利益相反が適切に管理されるようにすること


加えて、年金資産運用の巧拙が退職給付会計を通じて企業の損益や自己資本比率等にも影響することを踏まえ、財務リスク管理の面からも、年金運用ガバナンスの高度化が必要と言えます。

3.年金運用ガバナンスの実態

しかし、現実の年金運用ガバナンスは、決して十分に整備されているとは言えないようです。

あずさ監査法人が2020年11月に公表した「年金運用ガバナンスに関する実態調査2020」では、以下の調査結果が得られており、コーポレートガバナンス・コードの期待する姿に至っていない企業も少なくないと考えられます。

(1)モニタリング態勢のばらつき

年金運用実績の報告を取締役会やCEO/CFOに行っている頻度は企業によってばらつきが大きく、たとえばCEO/CFOへの報告を毎月行っている企業が20%程度ある一方で「報告なし」とした企業が15%程度となっています。

(2)兼務者が多い人材配置/業務の属人化

年金運用担当者の大半がほかの業務と兼務して年金運用に従事しています。また、従事期間が5年を超えるという回答も多くあり、担当者が固定化する傾向がうかがえます。

(3)計画的な人材育成体制の未整備

人材育成支援をしていると回答した企業は20%程度にとどまり、多くの企業では運用担当者の育成が個人の自己研鑽に委ねられているようです。

(4)利益相反管理体制の未整備

年金受益者の利益を重視すれば、資産運用成績や能力のみを重視して運用委託先を選定すべきと考えられますが、そのように選定している企業は30%程度にとどまっています。逆に、母体企業との取引関係を重視して決めているとの回答も10%程度ありました。

4.年金運用ガバナンス高度化のステップ

年金運用ガバナンスを有効に機能させるには、次のような対応が必要と考えられます。

実際には、各企業の実情は異なると思われますので、自社において何ができていて何が不足なのかを確認しながら取り組むことがよいでしょう。
 

(1)PDCAサイクルの確立

年金運用は多くの企業にとって専門外であることや、その結果として対応が属人的になりやすいことなどから、有効なPDCAサイクルが確立しにくい面があるかもしれません。しかしながら、年金資産の規模の大きさを考えれば、こうした難しさにかかわらず適切なPDCAサイクルを確立することが必要です。

たとえば図表1のように、日々の業務執行は担当者に委ねるとしても、運用方針の策定や一定期間ごとの実績評価については適切な権限者による承認やモニタリングが必要と考えられます。

また、こうしたPDCAサイクルを有効に機能させるには、以下の取組みが必要と考えられます。

  1. PDCAを行う組織の設置
    PDCAサイクルは継続的に行うべきであり、そのためには資産運用委員会などの会議体を設けて継続的かつ組織的に対応することが重要です。
  2. 人材の適切な配置育成
    主となる担当者については、年金運用に関する専門知識はもちろん、受託金融機関と適切に渡り合える交渉能力や、上位者にわかりやすく説明できるプレゼンテーション能力が必要です。また、監視や意思決定を行う上位者も、退職給付会計や年金運用について一定の知識を持つことが必要です。
  3. ノウハウ・ツールの導入
    年金運用結果の分析や運用委託先評価に際しては、一定の知見はもちろん、実績を定量的に把握分析し関係者に報告するためのツールも必要になります。

図表1 年金運用のPDCAサイクル(例)

企業年金ガバナンス高度化への取組み~ガバナンスコード対応・企業価値向上のための組織対応~_図表1

(2)運用人材の適切な配置と育成

年金運用担当者には、年金制度や資産運用に関する知識だけでなく、社内のマネジメント等への適切な報告や、外部委託先金融機関との交渉などの能力が必要と考えられます。企業は、こうした年金運用担当者に必要なスキルや期待機能を例えば図表2のように明確化し、その取得を支援し、そしてその業務成果を適切に評価する必要があります。

図表2 年金運用人材に必要な能力

企業年金ガバナンス高度化への取組み~ガバナンスコード対応・企業価値向上のための組織対応~_図表2

また、長期にわたって特定の人材が年金運用業務を担うことは、人事異動の支障やブラックボックス化といった属人化のリスクもありますので、これを防ぐ意味でも計画的な人材配置と育成が望まれます。

(3)利益相反管理

「年金受益者と会社との間に生じうる利益相反の適切な管理」については、2021年6月に改訂された「投資家と企業の対話ガイドライン」に次の記載が追加されています。

4-3-2. 自社の企業年金の運用に当たり、企業年金に対して、自社の取引先との関係維持の観点から運用委託先を選定することを求めるなどにより、企業年金の適切な運用を妨げていないか。


一方で、前述の「年金運用ガバナンスに関する実態調査2020」のとおり、自社の取引先との関係維持を考慮または重視して運用委託先を選定している実態が見られます。

「対話ガイドライン」に沿った対応を行うためには、運用機関の運用能力を客観的に評価できる態勢を整え、運用機関の選定プロセスを明確化して加入者等に開示することなども有効と考えられます。

(4)外部リソースの活用

上述の対応を行うために必要な知見やノウハウには専門的なものが多く含まれており、一般事業法人等では社内で準備することが難しいことも少なくないため、外部のリソースに頼ることも有益と思われます。

具体的には、公的団体の研修等の利用、受託金融機関から提供される情報の活用、他の企業の年金運用担当者との情報交換、外部コンサルタントの利用といった対応が考えられますが、それぞれ長所短所があるため、どれか1つというよりは、複数のリソースを活用することが考えられます。

一方で、知見やノウハウの習得を自社の担当者がすべて独力で行うのは非効率で相当の時間がかかることが予想されますので、専門性と経験を有する外部コンサルタントの力を借りて「時間を買う」ことも有効と思われます。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
金融アドバイザリー事業部
パートナー 枇杷 高志