業務見直しと内部統制の留意点 - ワークフローシステム、タスク管理ツール導入で

※この記事は、「月刊金融ジャーナル」2021年9月号68~71頁に掲載したものです。発行元である日本金融通信社の許可を得て、あずさ監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。

脱ハンコの取り組みでは、多くの金融機関で業務の見直しが必要になる。業務の見直しや導入に関する課題について、内部統制に与える影響を含めて見ていく。

脱ハンコの取り組みでは、多くの金融機関で業務の見直しが必要になる。本稿では、ワークフローシステム等の『承認ツール』の利用を前提として、業務の見直しや導入に関する課題について、内部統制に与える影響を含めて見ていく。

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在宅勤務では承認ツール活用が不可欠

在宅勤務が定着しつつある現在、脱ハンコが課題となっている金融機関は多い。ハンコに代わる承認方法としてはサインやメールが考えられるが、これらの承認には課題も多い。

サインによる承認は、ハンコを単にサインに置き換えただけであり、多くの企業で導入・進展が予想される在宅勤務では実施することができない。この点、メールによる承認は在宅勤務でも可能だが、次の課題がある。

  1. 承認結果の管理・追跡が煩雑(承認メールが大量になる、他のメールとの混在等)
  2. 承認・却下等の確認が煩雑(複数の申請・承認を1つのメールで実施する等柔軟な運用が可能な反面、承認内容の確認は煩雑となる)

上記課題に対応する方法として、ワークフローシステムやタスク管理ツール(以下承認ツール)の導入が考えられる。これらのシステムでは電子的に申請、承認が行われるため、在宅勤務でも対応が可能である。また、システムに承認時の情報がそのまま記録され、以下項目等について自動的に記録、管理されることから、メールでの承認で問題になるような管理上の課題は生じない。

  1. 申請者・承認者
  2. 承認対象(申請時の記載事項、及び添付された資料等)
  3. 申請・承認日時(却下日時)
ワークフローシステム
ワークフローシステムは、申請書や伝票といった紙面を申請フォームとして電子化することにより、脱ハンコを可能とするものである。同システムには承認業務をあらかじめ設定した承認権限者のみに限定することや、承認後に申請内容の変更を不可とする等の機能が設けられていることが多い。
 
タスク管理ツール
タスク管理ツールは、業務をタスクとして可視化し、業務を効果的、効率的に管理するシステムである。承認機能が設けられているものがあり、稟議申請や伝票起票をタスクとして登録することにより、同ツール上で申請、承認が可能となる。ただし、承認権限の設定や改ざん防止等の機能は、ワークフローシステムに比べ限定的であることが多い。

 

業務の見直しと効率化への取り組み

承認ツールでは、以下の情報等に制限が設けられていることが多い。これはシステム上に制限をかけることで、申請・承認に関するルールに基づいた適切な承認が行えるようにするものである。

  1. 申請権限者・承認権限者
  2. 申請情報
  3. 申請期限・承認期限

しかし、管理目的のため、過度に制限をかけると業務の柔軟性を阻害するおそれがある。例えばシステム上、申請内容にかかわらず、一律に承認権限者を申請者の上席者のみとし、上席者以外が申請内容にアクセスすることを制限する場合には、上席者が休暇に入ると、重要性の乏しい申請も含め、全ての申請がシステム上で滞留して業務がストップするおそれがある。そのため、システムを導入する際には業務内容、組織体制、人員数(上席者数)、上席者の業務への関与度合い等、企業の実情に応じて制限を検討する必要がある。

上記承認者の設定を例にとると、承認者に複数の選択肢を持たせる、または第1承認者が不在の場合は第2承認者が承認を行う等である。

制限の検討を進める上では、権限移譲を行い新たな承認権限者を設けることや、業務の兼務を進めて関与する上席者を増やす等の業務の見直しが必要である。

また、業務の見直しは柔軟性を確保するだけではなく、効率面への配慮も必要である。なぜなら、システム導入により業務の効率性が阻害されるようではシステムの活用が進まず、脱ハンコの実現も難しいからである。そのため、システム導入に際しては業務効率化に取り組むことが望まれる。業務効率化の取り組みとしては図表の内容が考えられる。

図表 業務効率化の取り組み

廃止 必要の無い承認を廃止する。例えば、利用されていないレポート等を廃止する
簡素化 コストに見合わない業務(重要性の乏しいレポートに対する担当者と上席者によるダブルチェックなど)の廃止や申請内容を簡略化する
平準化 特定の人に集中している業務を他の人に分散しボトルネックを解消する
計画化 特定の時期に集中する業務を他の時期に分散しボトルネックを解消する。決算業務の一部前倒し実施等
標準化 報告の項目・形式を標準化(統一化)し、複数の報告書を統一する等

活用の課題と内部統制への影響

承認ツールの活用においては、導入上の課題や内部統制への影響にも留意が必要である。

(1)承認ツール活用の課題

承認ツールは脱ハンコに有効なツールとして活用が広がりつつあるものの、当初想定したように利用が進まない事例も散見される。

その要因の1つとして、申請の内容に含まれる数値の正確性や、記載事項の適切性をチェックした証跡である確認証跡について、電子データ上に残すことが、紙面に残すことに比べ必ずしも効率的でないことが挙げられる。

例えば、紙面ではマーカー等で確認証跡を残す実務が見られるが、同様のことを電子データ上で行うことは煩雑である。この点、確認対象の絞り込みや、電子データ上に確認証跡を残すのではなく、「チェックリスト」を利用する等の対応が考えらえる。

また、承認ツールの申請・承認単位の「粒度」に関する課題が挙げられる。承認ツール用に申請書や伝票を申請フォームとして電子化する際、申請フォームを適切な「粒度」で設定することが重要となる。粒度が大きい場合には申請・承認に係る負荷・コストは小さくて済む反面、申請・承認単位としては粗く、細かく管理することはできない。逆に、粒度を小さく設定する場合には、詳細に管理できる効果がある反面、申請・承認に係る負荷・コストは大きい。

有価証券の時価評価に係る決算業務を例にとると、有価証券の時価評価業務は 1.「有価証券時価一覧」の作成・出力 2.「有価証券時価一覧」に基づく会計数値の算定 3.会計伝票の起票と複数のタスクで構成されていることが多い。申請・承認を 1.~ 3.をまとめて有価証券時価評価業務全体として行うのか、それともタスクごとに申請・承認するのか、様々な粒度が考えられる。この点、業務の内容及び性質により求められる適切な管理粒度は異なると考えられる。申請・承認に係る負荷・コストと効果を比較した上で、適切に粒度を設定することが重要である。

(2)内部統制への影響

承認ツールの活用にあたり内部統制への影響を「効果」「留意点」の2つの観点で考える。

1.効果

承認ツールの活用が内部統制の統制活動(再鑑・承認など)の観点で期待される効果としては以下が考えられる。

効果I:進ちょく管理・漏れの防止
作業、チェック、承認の進捗状況が承認ツール上で可視化されることにより、進捗管理の向上、再鑑、承認漏れの防止につながる。

効果II:標準化
作業手順、ドキュメント方法、データの記録・保管方法が承認ツール内に落とし込まれることにより、作業手順・記録方法の属人化防止や、作業結果・再鑑結果の一元管理が可能となることが期待される。

効果III:適時性・実効性の確認
承認ツールの承認は、「誰が」「いつ承認したか」のログ記録が残るため再鑑・承認時期を管理することが可能となる。そのため、後日、必要なタイミングや順序で再鑑・承認できていたかの確認、同時期に大量の再鑑・承認の重複により統制活動の実効性が失われていた可能性の特定、エラーが発生した際の分析データとしての活用など、統制活動の適時性や実効性の管理を期待できる。

2.留意点

承認ツールの活用により、内部統制の証跡や統制活動の観点で留意が必要と考えられる事項として以下が考えられる。

留意点I:電子データへのルールの整備
承認ツールに電子データを添付するため、作成・チェックした紙面をスキャニングし電子データ化するか、もしくは、作成・チェックを電子データ上で実施する対応が必要となる。証跡となる電子データの残し方についてルールが未整備の場合、担当者ごとにばらつきが生じ、業務の効率性、再鑑の有効性が低下することが想定される。よって、紙面からスキャニングする場合の資料の範囲・構成・順序、ファイル名のルール化、電子データで作成・チェックする場合のドキュメントのルール、ファイル構成のルール化が望まれる。

留意点II:再鑑の効率性と有効性への影響
既述の(1) 承認ツール活用の課題でも一部触れたが、一般的に紙面で実施してきた比較照合、整合性確認、チェック証跡の記入等の業務を、電子データをもとに行うことが想定される。そのため、紙面作業時の再鑑業務の効率性と有効性が損なわれない工夫として、2画面による照合、作成段階のドキュメントルールの徹底、電子データ上の確認証跡の代替として「チェックリスト」の利用などの取り組みが望まれる。

留意点III:アクセス権限や運用の管理
適切な権限者のみが承認できるか、承認ツール上の承認権限の定期的な棚卸し、データ改ざんや誤消去のリスクを踏まえ承認ツールのアクセス権の設定が重要と考えられる。また、承認ツール上での運用やデータ保存を前提に、システム障害管理、バックアップ管理といった運用管理に対するIT統制も重要と考えられる。

留意点IV:社内規定、内部統制制度への対応
承認ツールの活用に伴い、承認権限や対象の見直しを行った場合には社内規定及び、内部統制文書の記載との整合性の確認が望まれる。また、ツール上の承認に伴い、承認権限の棚卸し、アクセス権の設定が内部統制上のキーコントロールと判断される可能性が高い。追加の整備・運用状況評価テストの必要性やテスト方法について、内部統制の評価を担当する内部監査人等へ相談が望まれる。

最後に

脱ハンコ実現のため承認ツールを導入する場合には、承認ツール導入を業務見直しの良い機会ととらえて積極的に業務効率化を行うことが重要と考えられる。そして、承認ツール活用により、電子的承認による脱ハンコが実現できるほか、遠隔での進ちょく管理、業務の標準化、承認の適時性・実効性の管理が可能となる。脱ハンコを単なる押印業務の廃止にとどめることなく、承認ツールを活用して、業務効率化や内部統制の向上等に取り組むことが期待される。

(文中意見に係る部分は、筆者の個人的な見解であり、筆者の属する団体や法人の見解ではない)

執筆者

あずさ監査法人
マネジャー 伊藤 良文
マネジャー 木戸 浩貴