通信業界の今と未来 5G時代に求められる視点
通信業界を取り巻く環境も自らが実装する通信インフラがイネーブラーとなり、大きく変化し、新しい時代に向けてプロアクティブに自らアップデートしていく必要があります。本稿では、通信業界を取り巻く外部環境を政治、経済、社会、技術に分けて分析し、通信業界の現在と将来の動向を考察します。
通信業界を取り巻く外部環境を政治、経済、社会、技術に分けて分析し、通信業界の現在と将来の動向を考察します。
5G時代の到来とともにDXが加速し、いよいよSociety5.0の実現が現実味を帯びてきました。通信業界を取り巻く環境も自らが実装する通信インフラがイネーブラーとなり、大きく変化しています。これまで比較的変化の少なかった通信業界はこの変化を受け入れ、新しい時代に向けてプロアクティブに自らアップデートしていく必要があります。本稿では、通信業界を取り巻く外部環境を政治、経済、社会、技術に分けて分析し、通信業界の現在と将来の動向を考察します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
POINT 1
コアビジネスの世代交代
これまで、通信事業者は通信サービス提供をコアビジネス領域にしてきたが、5G時代では収益性の拡大が見込めないため、花形から金のなる木へと移行する。したがって、通信事業者は新たな花形を創出する必要がある。
- 通信事業と非通信事業のポートフォリオ見直し
- DX推進による既存コアビジネスのコスト削減
POINT 2
戦国時代到来の予兆
通信業界は、競争原理が働きにくい環境であったが、5Gによりビジネスモデルが変化して新たなステージに入る可能性がある。変化への準備が必要となる。
- 異業種とのパートナーシップ強化
- ICT人材育成とソリューションセリング力強化
POINT 3
日本復活のシナリオ
新規事業者の参入を起点に、5Gインフラ整備のスピードを加速度的に上げれば、新しい市場は立ち上がる。新規事業者の参入は脅威ではなく、機会である。
- 競合他社や新規参入事業者との連携
- ローカル5Gやインフラシェアリングをイネーブラーにした新たな市場の創出
目次
I.はじめに
II.通信業界を取り巻く環境
III.通信業界の課題と動向
IV.今後のシナリオ
I.はじめに
コロナ禍による1回目の緊急事態宣言前夜の2020年3月、次世代通信規格である5Gの商用サービスはスタートしました。それから1年半、2021年3月末時点で1,419万人と、着実に加入者数を伸ばしているものの、世間からその恩恵を感じる声は今のところあまり聞こえてきません。しかしながら、5Gは内閣府が提唱するSociety5.0の実現に向けた重要な役割を担う通信インフラであり、それを提供する通信事業者への期待には高いものがあります。加えて、ローカル5Gやインフラシェアリングなどの新しいサービスイネーブラーの出現により、通信業界を取り巻く環境には大きな変化が起こる可能性があります。
本稿では、通信業界を取り巻く外部環境を政治、経済、社会、技術に分けて分析し、通信業界の現在と将来の動向を考察します(図表1参照)。
II.通信業界を取り巻く環境
1.政治的環境
(1) 携帯電話料金の低廉化
2020年9月に発足した菅政権は、目玉政策の1つとして携帯電話料金の値下げを打ち出しました。それを実現する形で、2021年3月、モバイル通信会社各社はメインブランドによる20GBで月額3,000円以下となる新料金プランのサービスを開始しました。これにより、5月に総務省が発表した、令和2年度の「電気通信サービスに係る内外価格差調査」における東京など世界6都市の2021年3月時点の携帯電話料金に関する調査結果では、東京は月20GBのプランが英国ロンドンに次いで低額となりました。
前年、世界6 都市で最も高額だった東京が、菅政権による大容量プランの値下げ要請を受けて、国際的に見ても割安な水準にまで下がったわけです。しかし、かねてから競争原理が働いていないといわれているモバイル通信業界は、2019年10月に既存の3社から4社へ事業者が増えたものの、周波数の割り当て状況をみると、依然として既存事業者が優位な状況であることに変わりありません。また、2021年3月に導入された新料金プランも各社ともに横並びになっているように見えます。競争環境が整うには、まだ時間がかかるものと思われます。
(2) 通信の民主化
5Gは電波が伝搬しにくい高い周波数を使うため、全国くまなくエリア化するには、設備コストと時間がかかると見られています。しかし、国策として5Gを推進している中国は、2021年3月末時点で5G基地局は81万9,000カ所を超え、世界の7割以上を占めていると発表しています。また、5Gに接続する端末数は2億8,000を超え、世界の8割以上です。
さらに、4Gでは世界に先駆けて商用サービスを開始した日本ですが、5Gのロールアウトでは欧米、中国、韓国などの後塵を拝してしまいました。このままでは、5Gのインフラ上に構築するサービスの開発において、日本は中国をはじめとする世界に遅れをとる可能性があります。そのような状況において期待されているのが、ローカル5Gです。総務省は、ローカル5Gに通信事業者に割り当てている周波数帯域の合計となる2.2GHz幅の半分以上となる1.2GHz幅の帯域を開放しています。4GではプライベートLTEを先行して社会実装に成功し、産業向けのDXを推進しているグローバルに対して、5Gでは巻き返しを図りたい総務省の本気度が窺えます。通信の民主化ともいわれるこの新しい制度に対する地方自治体や産業界からの期待は高く、中長期的に見ると、既存の通信事業者にとっての最大の競争環境はローカル5Gになる可能性を秘めています。
(3) カーボンニュートラルの加速
菅総理は「2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」ことを宣言しました。カーボンニュートラルに関しては、自動車業界へのインパクトが高いといわれていますが、指数関数的に増大するデータトラフィックに伴い通信設備で大量の電力を消費している通信業界に与えるインパクトも大きいものがあります。通信事業者は、データトラフィックの増加に対応しつつ、ゼロカーボンを達成するという難しい課題を突き付けられているのです。
2.経済的環境
(1) シェアリングエコノミーの浸透
近年、コンシューマ市場においてカーシェアリングなどのシェアリングエコノミーが流行していますが、この流れはシェアオフィスなどのエンタープライズ市場にも浸透しています。その1つに、海外で広がりつつある基地局などのインフラシェアリングがあります。これまで通信事業者は、自社で通信設備を保有してきましたが、今後はインフラシェアリングが進んでいく可能性があります。特に5G、Beyond 5Gでは伝搬距離が短い、高い周波数の電波を使うことから、必要となるアクセスポイントの数が指数関数的に増えます。そのため、1社で負担することが合理的でなくなることが容易に予想されます。
(2) キャッシュレスサービスの普及
長らくキャッシュレス後進国だった日本ですが、QRコード決済の出現にともない、キャッシュレス化が加速しています。通信業者が保有する顧客基盤とモバイル通信を活用するキャッシュレスサービスの相性はよく、通信事業者が金融サービスプロバイダーの主役を担っていく可能性があります。一方、GAFAに代表される巨大プラットフォーマーも、保有する膨大な顧客基盤を生かし、日本の金融市場を目指す動向もみられ、今後、激しい競争となることが予想されます。
(3) 新しいエコシステムの出現
Society4.0ではインターネットの普及とともに、米国のGAFAや中国のBATといったOTTが台頭したことで、ここ20年で世界経済の勢力図は大きく変わりました。これまで通信事業者は、OTTのために通信インフラを提供するだけの事業者にならずに戦ってきました。モバイル通信は、電波という有限資源を使う権利により守られてきた市場だったからです。
Society5.0では、たとえばスマートシティにおけるデジタルツインなどの技術で集めたデータを業界横断でデータ連携することで、新しい価値を創造していくコンセプトが掲げられています。これにより、新しいエコシステムが出現すると考えられます。通信業界はデータ連携を支える通信を提供することで、エコシステムにおけるハブとなる重要なポジションを担うと考えられます。
3.社会的環境
(1) ニューノーマルの到来
コロナ禍は、さまざまな業界、企業に対して大きなインパクトを与えました。日本のDX、特に行政におけるデジタル化の課題を浮き彫りにした一方、日本の安定した通信インフラにより、リモートワークを実現し、被害を最小限に抑えたという一面もあると考えます。通信は、電気、ガス、水道といったライフラインを支えるインフラ同様、社会になくてはならない存在であり、その重要性は今後、ますます高まることでしょう。ニューノーマルは、通信インフラの上に構築されるといっても過言ではないといえるのではないでしょうか。
(2) 山積する社会課題
日本は課題先進国であるといわれていますが、高齢者人口比率が高い地方の活性化は、最も重要な課題の1つです。また、地球温暖化をはじめとする異常気象がもたらす自然災害も大きな社会課題となっています。これらの課題の解決には、デジタルの力が必要不可欠であり、それを支える通信インフラの整備に対する期待は高まっています。
(3) 不足するデジタル人材
デジタル人材の不足がいわれていますが、IT( インターネットテクノロジー)人材とCT(コミュニケーションテクノロジー)人材とでは、その深刻度が異なります。
インターネットは誰にでも開放されており、スキル習熟の機会は多いですが、通信、特にモバイル通信は一部の通信機器ベンダーにしかありません。そのため、CT人材がよりひっ迫してくることが予想できます。しかも、さまざまな課題を解決するには、デジタルスキルだけでは足りません。アプリケーション、ネットワーク、クラウドなど最新のテクノロジーを組み合わせて最適なソリューションをデザインするアーキテクトが必要とされるのです。ですが、この領域でも、ネットワークは経験を積む環境が限られています。
通信事業者はソリューションの土台となる通信インフラを提供する立場ですが、この領域のテクノロジーは、これまで限られた機器ベンダーが寡占してきた関係で、通信事業者にノウハウが蓄積しにくい構図となっていました。今後、Open RANアライアンスなどのオープン化の流れが進めば、通信事業者も単一の通信機器ベンダーに頼ることなく、自社で設計するケーパビリティが必要となるでしょう。さらに、5Gにおけるネットワークスライシングなどの技術が導入されるようになると、ITとCTの両方のスキルを持つ人材が求められるようになります。それは、ネットワークとサービス間で緊密な連携が必要となるためです。
4.技術的環境
(1) 5G/Beyond 5G
LPWAやWi-Fiなど通信技術はいろいろとありますが、5GやBeyond 5GがSociety5.0 の主役を担う通信インフラになると考えられています。これは、5Gの通信インフラの整備が充足しないと、新しいサービスが生まれる環境が整わないことを意味します。なかには、インフラ整備とサービス開発は鶏卵の関係のようなもので、ニーズがあって初めてインフラが整備されるという議論もあります。しかし、SNSなどに代表されるインターネットにおける新しいサービス開発の歴史を振り返ると、インフラが整備され、それが多くの人に開放されることで自然に新しいサービスが生まれてきたともいえます。5Gへの期待が高い一方で、グローバルでみてもキラーアプリケーションはまだ、顕在化していないように見受けられます。キラーアプリケーションの出現のために、早期に5Gインフラを整備し、5Gならではのサービス開発ができる環境を広く提供することが重要と考えます。
(2) サイバーセキュリティ
デジタル化が進むと、サイバーセキュリティの重要性がますます大きくなります。サイバーセキュリティは、これまでIT領域の技術として開発が進められてきましたが、最近ではセキュリティとネットワークを融合する新しい概念としてSAS(Secure Access Service Edge)が注目されてきています。ネットワークを提供する通信事業者は、この新しい概念の出現により新しいビジネスチャンスが期待できそうです。
(3) クラウドネイティブ
アプリケーションレイヤーから発展してきたクラウドネイティブの流れは、通信事業領域にも入ってきています。コアネットワークはもとより、RANにまでクラウドネイティブが浸透し始めているのは、クラウドネイティブにすることで設備投資とオペレーションコストの両方を削減することが期待できるからです。
III.通信業界の課題と動向
1.新しい価値創造
現在の通信業界をけん引しているモバイル通信ではこれまで、1980年以降、概ね10年に1回のペースで技術的な世代交代がなされてきました。また、モバイル通信サービスは通信技術2 世代に1回のペースで、1G、2Gで携帯電話サービス、3G、4Gでモバイルマルチメディアサービスと、20年ごとに進化を遂げてきました。
2020年に開始した5Gと、2030年頃からと予想される6Gにより、これまで人と人をつなげてきた通信が、人とモノ、モノとモノをつなげるようになり、新しい価値の創造が期待されています。また、これらのサービスが起点となり、通信業界のビジネスモデルもこれまでの中心であったB2XからB2B2Xへと変化をしていくといわれています。
(1) 非通信事業の成長
携帯電話料金の値下げなどの行政の圧力もあり、コンシューマビジネスは今後、これまでの市場成長率は望めないでしょう。コンシューマ向けモバイル通信事業が花形(シェア高い、市場成長率が高い)から徐々に金のなる木( シェア高い、市場成長率が低い)へと移行する中、通信事業者は次世代の花形を育てる必要があります。
その候補に、成長が期待されている非通信事業があります( 図表2 参照)。通信事業者は、通信事業における顧客基盤を活かして、グループ企業の価値の最大化を目指す戦略をとっています。特に力を入れているのが金融系サービスです。キャッシュレス化の流れも追い風となり、QR決済やクレジットカードの会員数を伸ばしています。
(2) 異業種とのパートナーシップ強化
5G、Beyond 5G時代におけるビジネスモデルのB2XからB2B2Xへの変革への流れにおいて、通信業界はこれまでのB2Bとは異なる、より顧客と密接した関係を構築していく必要があります。これまでの単なる通信回線の売り手と買い手という関係から、新しい市場を開拓していくパートナーとなる必要があるのです。
通信事業者は、このB2B2Xのビジネスモデルによるエコシステムを構築するため、異業種とのパートナーシップを強化しています。数年前からパートナープログラムを立ち上げ、会員となったパートナー企業と共創し、業界でのユースケースの開発を進めているというわけです。
加えて、ローカル5Gにより、これまでモバイル通信事業に参入していなかった新たなプレーヤーが、この領域に進出し始めたことで、競争が激化しています。パートナープログラムで出てきたアイデアや実証実験の結果をいかに実ビジネスにつなげ、マネタイズしていくかが、今後の課題です。
(3) 通信事業の新しいビジネスモデル
ローカル5Gは、一見、通信業界からは脅威に見えるかもしれませんが、これまでのサービス形態にとらわれない新しい市場を創出する機会ととらえることもできます。つまり、既存の通信事業者にとって、ローカル5Gは脅威と機会の2つの側面をもつようになるのです。
脅威と見た場合には、パブリックの周波数を一部プライベートで占有して使うような法人向けの新しいコネクティビティサービスを提供してローカル5Gがターゲットとしている市場を取りにいくことが考えられます。一方、機会と見た場合には、ローカル5Gを導入しようとするエンドユーザー企業に基地局の置局設計ナレッジ、ノウハウを外販していくようなサービスが考えられます。
(4) SDGs/ESG対応(攻め)
SDGs/ESGはこれまで、CSRや資本政策としての対応、いわゆる“守り”の取組みが主流でした。しかし、先行する欧州ではすでに戦略とESGの融合の時代となっています。日本でも欧州を追う形で、 “守り”であるCSRや資本政策から“攻め”の事業戦略へという流れができてくると考えられます。
たとえば、コロナ禍における人流分析は、通信事業者が取得する携帯電話の位置情報の有効性が実証され、広く認知されました。今後は、社会課題の解決に貢献しつつ、ビジネスを広げていく可能性を秘めています。
さらに、5GやBeyond 5Gでは地方創生、少子高齢化、災害対策などの社会課題の解決が期待されています。通信事業の公共性から、地域活性化につながる活動を積極的に進めてきた通信事業者にとって、課題はこうした活動をCSRや資本政策を超えて収益性のある事業へと昇華することではないかと考えます。
日本は課題大国といわれていることからも、日本をテストベッドにして成功モデルを開発し、それを海外へ展開するなどの戦略が考えられます。
2.レジリエントな事業体質への変革
既存の通信事業の収益性は今後も、低下していくと思われます。なぜならば、GB単価が年々下がっているからです。
3Gが開始された2000年頃の通信料は、1パケット(128B)あたり0.2円で、1GBに換算すると1,562,500円です。これを現在の1GB追加したときの料金約1,000円と比較すると、1,500倍になります。2000年当時の通信速度は最大で384Kbpsでしたので、1,500倍すると576Mbpsとなり、現在の4G LTEの最大通信速度と同等です。これは、最新の通信機器を導入してユーザーのデータ使用料が増えても、通信事業者の収益は増加しないことを意味します。このことから、通信事業者はDXを推進してオペレーションコストと通信設備を最適化し、筋肉質な事業体質へ変換することが必要となるでしょう。
(1) オペレーションコストの最適化
インフラ事業では、社内DXの推進によるオペレーションコストの削減効果が大きくなる傾向があります。通信インフラ事業においても、膨大な数の通信設備の維持管理コストをDXにより、自動化・省人化して削減することが課題となっています。
オペレーションの自動化をしていくうえで重要な技術に、すでに商用で導入されている仮想化があります。仮想化技術は、進化のスピードが速く、従来の汎用サーバーを仮想マシン化したものから、最近ではクラウドネイティブと呼ばれるコンテナ型のクラウドを利用したものが主流となりつつあります。
ただし、仮想化技術を導入するにあたっては、仮想基盤と通信機能が分離したアーキテクチャで障害が発生したときの責任分界点、キャリアグレードの品質の担保、サイバーセキュリティの確保、レガシーからのマイグレーションなど、複雑な課題が山積しています。これらの複雑な課題を解決して、オペレーションコストの削減を早期に実現した通信事業者が、競争優位となるものと考えられます。
オペレーションコストの削減に、聖域はありません。顧客対応の実店舗からウェブへの移行、事業部門や子会社でサイロ化した共通業務のシェアドサービス化による削減も重要と考えられます。
(2) 設備投資の最適化
5GやBeyond 5Gでは、高周波数化により電波の伝搬距離が短くなります。そのため、従来よりも基地局を多数配置する必要があります。総務省が定める基地局導入におけるKPIも、5GではIoTでの活用が期待されることもあり、これまでの人口カバー率ではなく、面積カバー率となっています。今後、通信事業者はKPIを守るために、過疎地にも基地局を設置する必要に迫られることから、設備投資の最適化が課題となります。
設備投資の最適化の事例としては、電波が届きやすい4Gの周波数を5Gで利用して、広いエリアは4G周波数、ユーザーの多いホットスポットは5G周波数など、組み合わせて使用することが検討されています。
また、これまで、通信業者は通信カバーエリアや通話が切れにくい、パケ詰まりが発生しないなどの通信品質を、競合他社との差別化要因として戦ってきました。しかし、近年では通信サービスの品質は高品質であることが当たり前となり、通信サービスの上に展開する付加価値が競争の軸となりつつあります。通信事業者は通信サービスの提供では競争をせず、競合他社との協業による設備投資コストの低減を図るような取組みが見られるようになってきました。
代表的な例がインフラシェアリングです。すべての地域で自社の基地局でエリア構築をするのではなく、投資対効果が期待できない地域ではインフラシェアリングの活用が検討されています。インフラシェアリングに関しては、総務省もガイドラインを発行して、インフラシェアリングを推進しています。
インフラシェアリングの事業パターンとしては、複数の通信事業会社がJVを作るパターン、電力系会社が電力インフラ設備を活用するパターンなどがありますが、最近では商社がパートナー企業と組んで参入を検討している事例もあります。通信事業者は、JVを作る以外にも新規参入のインフラシェアリング事業者を活用するオプションを検討できる状況になりつつあるということです。
また、通信事業者はOpen RANアライアンスを立ち上げ、通信機器のインターフェースの標準化によりベンダーロックインを回避し、最適なソリューションをリーズナブルな価格で調達していくことを目指しています。Open RANアライアンスに関しては、グローバルでの競争力を失った国内通信機器ベンダーが、再びグローバルへ進出するうえでも追い風となっている側面もあります。通信事業者と通信機器ベンダーの利害が一致していることに加えて仮想化技術との相性もよいため、今後の普及が期待されています。
(3) SDGs/ESG対応(守り)
デジタル化の進展にともない、データトラフィックは激増しています。ITUの予測では、2030年にはモバイルデータトラフィックだけでも2030年には5,016(EB/月)と、2020年の80倍に達する見込みです。このことから、情報通信産業が占める世界エネルギー需要は、2030年に20%にまで拡大すると予測されています。ただし、その大半がネットワークとデータセンターで消費されており、通信事業者にはエネルギー効率向上と再生エネルギー利用への抜本的切替えが求められています。そのため、モバイル通信事業者はたとえばエネルギー消費の約6割を占めている基地局をAIを活用して通信トラフィックが少ない場合に自動でスリープモードにして消費電力を削減することなどを検討しています。
さらに、政府が2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を掲げたこともあり、通信事業者は従来計画の前倒しに迫られています。
3.有能な人材確保
すべての業界でIT人材が足りないという話がされていますが、内閣府が掲げるSociety5.0とサイバーフィジカルシステム(CPS)の世界観では、ITとCTの両方のスキルを保有し、さらに、これらの技術を組み合わせてソリューションを設計するアーキテクトのスキルも必要です。
また、法人営業部門では、B2XからB2B2Xへのビジネスモデルの変換により、従来のネットワーク回線を販売するスキルではなく、ソリューションを販売するスキルを持つ人材が必要となります。
(1) デジタル人材の確保と育成
通信事業者は、これまでネットワーク技術に関して、ネットワークインテグレーターや通信機器ベンダーに依存してきました。しかし、5G、Beyond 5GではOpenRANアライアンスなどのオープン化が進みます。オープン化が進むと、ベンダーロックインの問題が解消します。加えて、5Gのネットワークスライシングなどの技術により、サービスに合わせてネットワークを動的に変更することができるようになります。これは、通信事業者自身がマルチベンダーから最適なネットワーク機能を選択したり、アプリケーションサービスに合わせて柔軟にネットワーク設定をする必要があることを意味します。そのためには、ITだけでなく、CTにも精通したICT人材が必要となります。
このようなデジタル人材の確保や育成に向けて、一部の事業者では、すでに従来のメンバーシップ型からジョブ型の人事制度改革を進めています。
(2) ソリューションセリング力強化
5G、Beyond 5GでビジネスモデルがB2XからB2B2Xになった場合に重要となるのが、ソリューションセリングのケーパビリティです。これは、B2B2Xにおける、中心にいるBが通信を活用してエンドユーザーの課題を解決するソリューションを提供していくためです。通信事業者はネットワークを磨いて口を開けて待っているだけでは、新規顧客の開拓は望めません。通信会社自身、もしくはパートナー企業とともに、エンドユーザーの課題解決に資するソリューションを、エンドユーザーの投資効果まで勘案して提案していく必要があります。通信事業者は、法人部門の人材強化をスピード感をもって推進していく必要があります。
IV.今後のシナリオ
1.コアビジネスの世代交代
既存プレーヤーの現在の事業戦略を見ると、通信事業と非通信事業のポートフォリオの最適化によるグループ価値の最大化を目指している点で、大きく変わらないように思えます。この戦略に対するアプローチとしては、2つの方向性が考えられます。
1つ目は社内DXを推進してコストを削減し、その分を5Gなどのインフラ投資に回し、充足した5Gインフラ基盤上での新規ビジネスをパートナー企業と共創、その中から花形を見つけていくというアプローチです。2つ目は、花形の当たりをつけて先行投資を行い、市場を作るという、GAFAなどが得意とするアプローチです。
前者は、5Gインフラ投資分の回収が見込めるため、ある意味保守的なアプローチといえるでしょう。そのため、収益性の高い、非通信事業における市場シェアは取れない可能性があります。一方、後者はアーリーアダプトによる先行投資となるため、ハイリスクハイリターンな戦略です。日本の通信事業者は、いまのところ前者のアプローチを目指しているように見えます。
現時点で既存の通信事業者は横並びとなっているように見えますが、今後、差がつくとするならば、アプローチの実行力だと考えます。現在のコアビジネスとなる通信サービスの収益性の拡大が見込めない以上、いかにして将来コアとなる事業の創出に必要な基盤となる5Gインフラを効率的に構築し、事業アセットをパートナー企業との共創による新規事業創出に集中して投資できるかが重要となります。そのためには、コアとなる通信事業におけるオペレーションの効率化を早期に実現する必要があり、社内DXの推進スピードが、雌雄を分ける重要な要因となると考えられます。
2.戦国時代の到来の予兆
新規プレーヤーの参入余地に関しては、ローカル5Gとインフラシェアリングの動向が鍵を握ると考えられます。特に、新規参入を目指している企業のローカル5Gへの期待値は高くなっています。その成否は、参入企業における事業戦略以外にも、ローカル5Gの制度設計に大きな影響を受けると考えられ、今後の行政の舵取りに注目していく必要があります。
また、ローカル5Gでは、既存キャリア対新規参入という単純な対立構造ではなく、既存キャリアと新規参入組が連携していくことも考えられます。加えて、これまで日本ではなじみがなかったインフラシェアリングもパブリック5G、ローカル5Gとの連携が考えられ、今後、2~3 年で通信事業を取り巻く環境は大きく変化をする可能性があります。
3.日本復活のシナリオ
日本の通信業界は、5Gのロールアウトでは欧米、中国、韓国などに出遅れてしまいましたが、巻き返しの余地は十分にあると考えます。それは、グローバルで見ても、5Gが持つポテンシャルを引き出すキラーアプリケーションがまだ出現していないからです。キラーアプリケーションの出現に必要な条件として、基盤となる5Gの通信インフラの早期展開がありますが、現状、中国や韓国に比べると、日本は見劣りしていると認めざるを得ない状況です。この点に関しては、既存の通信事業者だけの力に頼らず、産学官が一体となって取り組む必要があります。ローカル5Gやインフラシェアリングをイネーブラーとして、多くの新規参入プレーヤーとの競争と共創により、グローバル競争力を取り戻すシナリオが期待されます。
既存の通信事業者は、この変化を恐れず、むしろ前向きに新規参入プレーヤーを受け入れて、新しい市場を創出していくことに注力すべきでしょう。自ら積極的に実行していくことで、自社の次のコアビジネスを創出するとともに、日本の通信業界のグローバル競争力の底上げをリードする存在になっていけるものと考えます。
執筆者
KPMGジャパン
テクノロジー・メディア・通信セクター
シニアマネジャー 石原 剛