目次
1.「BCP4.0」の考え方と企業に求められる対応
(1)BCP1.0
そもそも、日本でBCPが認知され出したきっかけは、2001年のアメリカ同時多発テロ事件でした。最も被害の大きかったワールドトレードセンターで被災した証券会社がBCPを迅速に発動し対応した事例が世界に広まり、認知度が高まりました。日本においては、2005年に内閣府より「事業継続計画ガイドライン 第一版」が発行され、これまでの災害対策から、事業を如何に継続するか?という観点へのシフトチェンジが進みました。本稿ではこの時期のBCPを「BCP1.0」と定義します。
(2)BCP2.0
次にBCPが大きく見直されるきっかけとなったのは、2011年3月11日の東日本大震災でした。未曾有の大地震と津波により多くの方が被災し、企業もまた多くが被災しました。「想定外」に備えるため、原因事象に特化するのではなく、経営リソースへの影響へ対策を講じる「リソースべースアプローチ」の考え方が注目されるようになりました。また、2012年にはISO22301(事業継続マネジメントシステム(BCMS)に関する国際規格)が発行されています。本稿ではこの時期のBCPを「BCP2.0」と定義します。
「リソースベースアプローチ」とは、「オールハザードBCP」と言われることもありますが、「地震が発生したらどのように対応するか」ではなく、「従業員が出社できなくなったらどうするか」「施設が使用できなくなったどうするか」と考え、対策を講じます。
(3)BCP3.0
新型コロナウイルス感染症は全世界同時に未曾有の危機的状況を引き起こしました。このように日本国内だけでなく、グローバル同時に発生する災害も想定した場合、海外売上比率の拡大や、M&A等による海外子会社の増加、またサプライチェーンの海外拡大が進む企業においては、「BCPのグローバル化」は必須です。また、リモートワーク化が進み、BCPのデジタルトランスフォーメーションが求められるようになりました。RPAやAIを使った業務の自動化や、ITツールによる危機管理の仕組みを導入・検討する企業も急増しています。本稿では、まさに現在各企業が直面し対応を迫られているBCP見直しの機運を「BCP3.0」と定義します。BCP3.0として、各企業が取り組むべき事項は、(i)BCPのグローバル化、(ii)BCPのデジタルトランスフォーメーション、(iii)サプライチェーンリスク管理の強化、の3点が挙げられます。
(4)BCP4.0(ESG時代に求められる未来志向型BCP)
サステナビリティ(持続可能性)と経営戦略の融合が加速しており、ESG、SDGs、カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー等、連日ニュース等でサステナビリティが取り上げられています。各国の規制強化、グリーン産業育成に加え投資家をはじめとするステークホルダーからの企業への要請も日々高まり、サステナビリティを成長戦略の柱と位置付ける企業も相次いでいます。しかし、自社がサステナビリティに取り組む意義について”腹落ち“し、将来のレジリエンス向上に繋げられている企業はどれほどあるでしょうか? サステナビリティの潮流がBCPに与える影響、それは過去に経験した危機対応の高度化から未来志向のリスクマネジメントへの進化だと言えます。すなわち、メガトレンドと呼ばれるような将来の不確実性を織り込み、事業継続に向けた備えを継続的にアップデートすることです。
主なメガトレンド | 影響 |
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気候変動 | ・日本の年平均気温は対策しない場合、21世紀間で4.5℃上昇 ・猛暑・降雨減少・海面上昇・台風災害の増加 |
生物多様性 | ・全世界の種の絶滅速度は過去1000万年間の平均の数10倍~数100倍 ・今後数十年で推定100万種が絶滅する可能性 |
食料危機 | ・2019年時点で世界の1.35億人が食料不安にあり、その数は年々増加傾向。このままでは2030年に8.4億人まで増加予測 ・異常気象、経済混乱、紛争で悪化 |
水資源危機 | ・2017年時点で安全な水は53億人、衛生施設は45%まで普及と改善途上 ・気候変動により2050年でも50億人の水利用が困難と予測 |
人権・貧困・社会の分断 | ・児童労働・強制労働が世界各国で蔓延しており、ILOを中心に規制強化 ・サプライチェーン全体への人権リスクの可視化、リスク対応の要求が発生 |
感染症・公衆衛生 | ・新型コロナウイルス感染症を含む6種の新興感染症がこの20年で流行している ・医療アクセスは世界的に縮小傾向 ・新型コロナウイルス感染症により世界経済はマイナス4.3%成長 |
本稿ではこの「未来志向型のBCPへの変革」を「BCP4.0」と定義します。
ここからは、この進化を加速するうえで、検討すべきメガトレンドとBCPの関係について解説します。
2.メガトレンドとBCP
気候変動はすでに重大な経営リスクとなっており、企業にはレジリエンス強化・脱炭素化に向けた事業ポートフォリオおよびサプライチェーンの見直しが求められています。国連で気候変動の研究・予測行うIPCCの報告によると、追加的な気候変動緩和策を取らなかった場合の21世紀末での世界の平均気温上昇は4.8℃(日本は4.5℃と気象庁が予測)とも言われており、それに伴う異常気象(豪雨・洪水・台風・旱魃・山火事等)による自社およびサプライチェーンの被災、操業停止および調達先の見直しが求められることが予想されます。また、炭素税等の規制強化による影響も想定する必要があります。サプライヤーも含め、自社の重要なサプライチェーンでどれだけのCO2を排出しているか可視化・把握し、今のうちからCO2削減に向けて動くことが重要です。仮にこのまま放置していると、いざという時に多大なコストやサプライチェーンの大幅な見直しが必要となる懸念があります。
各社および関連するサプライヤーや委託先、データセンターなどが存在する地域において、今後どのような気候変動が想定されているかをアセスメントし、拠点配置や中長期の事業戦略に反映していくこと自体が未来志向のBCPであると言えるでしょう。
人権×BCP
人権問題に対する社会的な問題意識はより一層強くなっています。SNSの浸透によって一般消費者の声が増幅されることで、従来以上に問題が露呈した際のレピュテーションの毀損に繋がるケースも少なくありません。国際労働機関(ILO)の推定によると、全世界で約2、100万人が、強制労働、人身取引などを強いられているとされています。被害者の90%(1、870万人)は民間経済、すなわち企業活動により搾取されており、そしてこれら該当企業は、強制労働からの搾取により年間1、500億ドルの不法利益をあげているとされています。
BCPの観点では、「人権リスク顕在化への備え」が重要です。リスクの未然予防の検討はもちろん、同時に、実際にリスクが発生する事態を想定したうえでの検討を行うことが必要です。例えば、外注先・調達先での児童労働が発覚した、またNPO等からの問い合わせなどを受けた場合に、企業としてどう対応するべきなのか、投資家や顧客からの信頼失墜などの影響を如何に最小限にとどめることができるのか、あらかじめシミュレーションし、手順化しておかなければなりません。
従来は企業にとってBCPのスコープ外であったこうしたテーマにも透明性と説明責任が求められており、企業の持続可能性の要件の1つとして考えるべきです。
生物多様性×BCP
世界で2020年までに生物多様性損失を阻止するというSDGsのターゲットを達成できているとは言えず、国連の報告によると、100万種が絶滅の危機に瀕していると言われています。生態系の喪失にともなう追加的なコストは甚大であり、気候変動に続くリスクとして規制および開示の強化が本格化しています。現存するマングローブ林すべてが消失した場合、高潮・洪水により毎年1、800万⼈、820億⽶ドル相当の物的損害が発⽣すると推定されており、災害の激甚化につながる懸念が高まってきています。
また、食料や農業に利用されている家畜哺乳動物6、190品種のうち、559品種(9%超)がすでに2016年までに絶滅し、1、000品種が絶滅の危機に瀕しているとも言われており、原材料価格の高騰や資源不足になる懸念があります。
企業としては、自社の事業を継続していくうえで、「生物多様性」によってどのような影響を受けるかを可視化し、原材料の変更や、新事業・サービスを検討する際に、生物多様性に対する観点をしっかりと含めて考慮することが求められています。
水危機×BCP
2050年までに世界で約50億人が深刻な水不足に直面し、世界のGDPに占める水リスクの高い地域の割合は46%になると言われています。特に日本は海外の水資源への依存が顕著であり、国内にとどまらずグローバルサプライチェーンの観点でリスクへの対応が求められています。
世界経済フォーラムが発表するグローバルリスク報告書においても毎年上位に「水危機」が挙げられているように、世界では水危機についての懸念が高まっていますが、日本においては危機意識が低いのが現状です。
しかし、日本においても水危機は存在します。水危機とは水不足だけを指すものではなく、例えば2018年9月に発生した台風21号がもたらした高潮による関西国際空港の封鎖や、気候変動の影響により豪雨や巨大台風の増加なども水危機に挙げられます。また、日本でも地域によっては渇水に悩まされており、今後そのような地域が増える懸念も否めません。
グローバルサプライチェーンを持つ企業は、世界の水不足により海外からの調達が滞るリスクや、海外工場で生産ができなくなるリスクも考慮しなければなりません。
自社の事業に関わる拠点が水危機による影響を受けるか否かをアセスメントし、対策(拠点配置の再検討、調達先変更など)を講じることが重要です。対策が不十分である場合、将来的に世間から批判され、不買運動につながるなどレピュテーションの毀損の懸念もあり得ます。
3.まとめ
アフターコロナの世界でも如何に価値を提供し続けるか、企業価値を問われる機会にもなり得るため、企業はこの経済危機を改革の好機と捉え、ニューノーマルに向け好調企業は「成長への投資時期」、不調企業は「事業変革への種まき時期」と捉えることが必要です。「危機はいつ起こるかわからない」ではなく「危機は常に起こり得るものだ」という考えを組織の末端にまで浸透させ、平時の業務運営からレジリエンスを意識した組織へと変革していくことが重要です。
単なる目先の利益やリスクだけでなく、将来目線でBCPを考え直すことが、未曾有の危機に対する企業の対応力(レジリエンス)を高めることにつながります。そのためには、従業員一人ひとりの意識もさることながら、経営トップの意思と覚悟が求められます。BCP4.0に向け、真の意味での事業継続計画を策定することを強く推奨します。
<参考資料>
- 第5次評価(ICPP:国連気候変動に関する政府間パネル)
- 地球温暖化予測情報 第9巻(気象庁)
- 生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書(IPBES:生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム)
- The state of food security and nutrition in the world(FAO, IFAD, UNICEF, WFP, WHO)
- A Nature Positive Recovery for People, Economy and Climate(Nature4Climate)
- 報告書「気候変動の最前線 2020年 世界の水の現状」(ウォーターエイド :水・衛生専門の国際NGO)
- Water Risk Filter Brief: Water Risk Scenarios(WWF:国際環境NGO世界自然保護基金)
執筆者
KPMGコンサルティング
ディレクター 土谷 豪