不測の事態にも対応するグローバル・キャッシュマネジメント(CMS)高度化のポイント

グローバル・キャッシュマネジメントの高度化ステップと日本企業の現状認識を踏まえて、(1)財務ガバナンス、(2)資金効率化、(3)財務リスク管理、(4)業務効率化、4つの視点で高度化に必要なポイントを解説する。

グローバル・キャッシュマネジメントの高度化ステップと日本企業の現状認識を踏まえて、KPMGの専門家が必要なポイントを解説します。

昨今のCOVID-19など予測困難な世界情勢下において、改めて本社財務部門としてグループ資金や為替リスクをコントロールしておくことの必要性が浮き彫りとなりました。タイムリーかつ効果的にグループ財務業務を遂行するために、グループ全体最適を理念とした「財務ガバナンス体制」と、「キャッシュマネジメントとしての基盤を仕組み化」し通常業務の中にそれらを埋め込んでおくことが重要です。本稿では、グループ財務ガバナンス強化とトレジャリーマネジメントシステム(TMS)を活用した財務機能高度化などグローバル・キャッシュマネジメントの全体像について解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

  • キャッシュマネジメント高度化のためには、キャッシュマネジメント基盤の仕組み化とその基礎となる財務ガバナンスモデルを整備することが重要
  • グローバル財務管理ポリシーを明文化することは大前提として、最適な財務機能配置とレポートラインを整備すると効果的(財務ガバナンスモデル)
  • 既存の銀行CMSを有効活用しながら足りない機能をTMSで補完することで更なる高度化を実現することが可能(仕組み化)
  • グループ為替リスク管理や業務効率化に向けて商流変更や決済ルール見直しなど、地域統括会社等を活用しながら推進していく必要がある(仕組み化)

I. グローバルCMSの高度化ステップと日本企業の現状

1. 日本本社の財務部門に求められること

ここ十数年における日本企業のグローバル化、特に新興国の重要性が拡大する中で、海外に企画・製造・販売など中核機能全般を配置していく、いわゆるローカライズが進展しています。こうした流れはCOVID-19や米中貿易摩擦などの影響により一時的に停滞することはあっても大きく変わらないことが想定されます。一方で、資金については地域固有の事情にとらわれずグローバル共通のテーマとして本社財務部門で一元管理をしていくことが求められます。
日本企業ではグループ各社の自立性を重視し、各社が資金を個別管理する傾向にありますが、本社財務部門の意向で都度、資金移動をグループ各社に指示するというやり方では、スムーズなグループ運営が難しくなります。日本本社の財務部門として、タイムリーかつ効率的にグループ資金を把握し有効活用していくためには、グループ全体最適を理念とした財務ガバナンス体制と、キャッシュマネジメントとしての基盤を仕組み化し通常業務の中にそれらを埋め込んでおくことが重要です。

2. グローバル・キャッシュマネジメントの高度化ステップ

KPMGでは、グローバル・キャッシュマネジメントの高度化ステップを4つのステップで定義しています。最初のステップ1「各社分散」から順次、「エリア部分最適」、「エリア最適」、最後のステップ4「グローバル全体最適」までのロードマップを定義していますが、現状、ステージ2に該当する日本企業が多く存在すると認識しています。すなわち、国内と欧米のグループ各社についてはある程度資金可視化とプーリングによる資金効率化が実現できている状態になりますが、現地決済口座まで可視化できていなかったり、CMS口座への資金移動はマニュアルで行うなど、課題も多いのが実情と考えます。このような現在の状態から、現地決済口座やアジア地域も含めて資金効率化や財務リスク管理をエリア内で最適化するステップ3の状態まで進化させ、併せてグループ財務管理ポリシーの展開、取引銀行のグループ統一なども推し進める必要があると考えます。(図表1参照)

図表1

図表1

次章以降では、グループ財務基盤としての「財務ガバナンス体制の強化」と、資金効率化・財務リスク管理・業務効率化の「仕組み化」について解説します。

II. 財務ガバナンス体制の強化

財務ガバナンスは、財務管理ポリシー、最適な財務機能配置、レポートラインの確立、の3つの柱から構成されると考えます。

1. 財務管理ポリシー

財務管理ポリシーを策定するに当たっては、その前提として「グループ本社のガバナンスをどの程度効かせたいか」、「グループ各社の裁量権をどこまで認めるのか」のグループガバナンス方針を決定する必要があります。その方針に従って、グループ本社のガバナンスを効かせるのであれば、それに応じてポリシーを策定することになります。

2. 最適な財務機能配置

グループ財務管理ポリシーを踏まえて、「財務ガバナンスによる管理・監督」と「資金・財務リスクの集中」の観点から最適な財務機能配置を検討することが肝要です。例えば、金融統括会社と地域統括拠点がある場合には、本社財務部は財務戦略や方針策定などのコーポレート機能、金融統括会社はグローバルでの資金管理、為替管理と金融機関との取引、地域統括拠点は域内の財務管理や事務代行、グループ各社は日々の資金回収や資金繰り、といった形での財務機能配置が考えられます。金融統括会社の目的としては、Center of Excellenceとして高度な機能の集約やスケールメリットを生かして有利な銀行取引条件を追求すること、などがあげられますが、この金融統括会社をつくるかどうかによって、本社財務部と地域統括拠点の役割も変わってきます。また、グループ各社が地域を跨いで多く存在する場合には地域統括会社を活用しての階層管理が有効になってくると考えます。

3. レポートラインの確立

財務機能軸でのガバナンス強化のためには、各社の財務部門に親会社を向いて仕事をしてもらう必要があります。特にM&Aなどで買収した子会社の場合、子会社のCFOのレポートラインが子会社のCEOのままではガバナンスが効きません。親会社のCFOへ報告する体制の確立が重要です。また、部門の人事権や予算承認権も含めた子会社のCFOの報告・承認先を親会社に設定すればより効果的になり、欧米系企業の場合では人事権も含めてこのような形にするケースが一般的です。

III. キャッシュマネジメントの仕組み化

キャッシュマネジメントの仕組み化は、資金効率化、財務リスク管理、業務効率化の3つの観点で検討していくことが効果的です。

1. 資金効率化

資金効率化のためには、実績としてのキャッシュバランス可視化と、その結果を踏まえてプーリングを実行していくことが必要ですが、日本をはじめ北米や欧州地域については銀行CMSを活用して資金可視化とプーリングによる効率化を一定程度実現できている日本企業も多いと考えられます。但し、課題として現地決済口座が可視化できておらず、CMS口座への資金移動はマニュアルで行い、いくら資金移動するかについても子会社の裁量に任されている、またアジアについてはCMSも導入できておらず、キャッシュ残高の確認は月次のExcelファイル(*1)での報告に留まっていることがよく見受けられます。その要因としては、銀行CMSはマルチバンク対応に課題があり、特にアジアについては現地の地場銀行が多様で資金移動規制もあり、なかなか進まないのが実態と思います。
この解決策として、TMSを導入してマルチバンク対応を行う、または銀行CMSにSwiftのMT940を活用して現地決済口座の情報も集約していく方法が考えられます。また、資金効率化のためには将来の資金繰り予測も重要となってきますが、TMSを各社ERPと連携することで入出金予定情報の収集やExcelファイルの取り込みと、各社から収集した情報の自動集計が可能となるなど、資金繰り精度向上にも効果が期待されます。
 

2. 財務リスク管理

為替リスク管理については、為替リスクを顕在化させないためにまずは外貨支払と外貨入金のマリーを実現していくことが理想的です。一部の日本企業ではマリーを実現されていますが、ビジネスモデルや商流の観点から実現が困難な日本企業も多いと認識しています。
為替リスクへの対処法としては、将来のグループにおける通貨別資金繰りを把握して、グループ全体で例えばドルのIn/Outをネットして差額だけ日本本社や統括会社が為替ヘッジを行い、グループ各社とは個別に社内為替予約を行ってグループ各社の為替変動による損益インパクトを抑える方法が考えられます。また、より高度な手法としてリインボイスも考えられます。商流中に日本本社や統括会社を経由して売買をすることで資金の流れと為替リスクを集中化し、日本本社や統括会社が一括して為替ヘッジを行う手法です。これらは個社事情に応じて最適な方針を検討していく必要があります。

3. 業務効率化

財務業務としては、支払・入金業務、資金繰り業務などが挙げられますが、ここでは支払業務の効率化について言及します。
支払業務について、統一したERPを導入できておらず購買システムと会計システムが別システムの場合、購買時と会計伝票計上時に2重入力が発生しているケースも多いと考えられます。また、会計伝票入力後の支払手続きについても、銀行によってその処理が異なっていてFBデータを銀行専用端末にマニュアルで連携したり、インターネットバンキングにデータ入力するなど煩雑になっているケースもあります。これらの解決策として、ERP導入による2重入力の廃止とTMSを組み合わせることで業務効率を実現することが可能です。TMSを活用することで、会計システム上のFBデータをTMSに連携し、TMS上で支払承認をリモートで行い、各金融機関に支払指図を自動連携することが可能となります。
また、グループ間支払についてはネッティングを行うことで支払業務自体の削減と銀行手数料の削減も可能となります。

IV. おわりに

言うまでもなく資金は企業活動のための重要な経営資源の1つであり、資金の有効活用や資金ショートリスクへの対応はマネジメントが対処すべき経営課題です。日本企業においては2000年代から日本国内における銀行CMSの導入や2010年代における海外へのCMS展開も進み、一定の成果をあげているものの、欧米企業に比べれば、対策を十分にとれているとはまだ言い切れないのが現状と考えます。国内外での大型買収やCOVID-19や金融危機など不測の事態に迅速に対応するためにグループ資金をタイムリーに把握し、必要に応じて機動的に動かすことができるような体制整備は今後ますます重要になってくることが想定されます。更なるグローバル・キャッシュマネジメントの高度化に向けて、本稿が一助となれば幸いです。

*1 Excelは、米国およびその他の国におけるMicrosoft Corporation および/またはその関連会社の登録商標または商標です。

執筆者

KPMGコンサルティング
Finance Strategy & Transformation
ディレクター 衣笠 修一

ニューノーマル時代のCFO機能の改革

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