シンガポール財務統括拠点を活用したアジアグループ資金管理
近年、日系企業の進出が増加しているアジア地域に焦点を当て、シンガポール財務統括会社を活用したアジアグループ全体の資金効率化・コスト削減・リスク低減のアイデアとその留意点について解説する。
アジア地域に焦点を当て、シンガポール財務統括会社を活用したアジアグループ資金管理について、KPMGの専門家が必要な検討ポイントを解説します。
日系企業の海外売上・生産比率は年々拡大する傾向にあり、特に経済成長が著しいアジア諸国への進出が増加しています。しかしながら、日系企業のアジアグループの資金管理については、各国の現地法人が個別に対応しているケースが散見され、日本国内または欧米と比較してグループ資金管理の高度化が遅れています。このような状況下では、アジアにおける資金管理が非効率になるばかりでなく、各現地法人の資金の流れが不透明となり不正の温床にもなり得る と考えられます。
そこで本稿では、グローバルキャッシュ・マネジメントのうち、アジア地域に焦点を当て、シンガポール財務統括会社を活用したアジアグループ全体の資金効率化、シンガポール財務統括会社を活用するうえでの留意点について解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
ポイント
- 日系企業のグローバル化により、近年特にアジアでの事業拡大が続いておりアジアグループの重要性が増している。その一方で、日系企業のアジアグループについては、日本・欧米グループと比較してグループ資金管理の高度化が遅れている
- アジアグループの資金管理の高度化として、まずは資金の可視化と集中管理を図ることが肝要。次の段階で、流動性や為替リスクの把握といった機能の拡充を行い、資本コストの最適化を進めていくことが望ましい
- アジアグループの資金の可視化や集中管理、資金管理の高度化にあたっては、資本規制や税コストの観点から、シンガポール財務統括会社の活用が効果的である
I. アジアグループの資金管理の現状と高度化ステップ
1.グループ資金管理の高度化とそのメリット
そもそも資金管理の高度化とはどのような取り組みでしょうか。資金管理高度化とは、グループ全体の資金を一元管理化したうえで、(1)グループ内の余剰資金・資金需要を可視化し、グループ内での資金融通を実現すること、また、それにより(2)資金管理に係るコストの削減・最適化を実現することと考えます。この資金管理高度化のメリットとしては、以下の3点が挙げられます。
- 財務リスクの把握・制御
- 内部けん制効果
- コスト削減
1点目の「財務リスクの把握・制御」ですが、資金の一元管理化により、グループ内の資金の動きを可視化することで、グループ全体における流動性リスクや、為替リスク、信用リスクなどを早期に発見し、対策を検討・アクションにつなげることができるようになります。次に、2点目の「内部けん制効果」ですが、これも資金の可視化により、グループ内各拠点での不正の防止、統制の強化が期待できます。最後に3点目の「コスト削減」は、支払利息・手数料・税コストの削減などを指します。例えば、CMS(キャッシュマネジメントシステム)の主要機能の一つであるキャッシュ・プーリングを活用することにより、グループ会社の余剰資金を本社または財務統括会社に集約し、必要な拠点に適時適切に配分することで支払利息を削減することが可能になります。また、財務統括会社がグループ会社の債務を集約し一括決済を行う支払い代行や、グループ会社間の債権債務を相殺するネッティングを行うことで、グループとして資金決済の頻度・金額を減らし、振込手数料を削減することが可能となります。
2.日系企業のアジアにおけるグループ資金管理の現状
図1「アジアグループ資金管理の高度化ステップ」は資金管理高度化がどの程度進んでいるか、その水準を4段階で表した資金管理高度化ステップです 。アジアにおけるグループ資金管理の状況をこのステップに当てはめた場合、多くの企業はステージ1の各社分散・グループ会社各社による個別管理に留まると考えられます。その主な要因として、アジアの多くの国では強い資本規制を設けており、グループ間であっても資金移動が制限される傾向にあること、また各国で通貨が異なるため、為替変動リスクが高いことから、グループ資金管理の高度化が進んでいないことが考えられます 。
このステージ1の段階では、現地法人任せの非効率な資金管理が行われているケースが散見されます。また、特にこのコロナ禍の状況では、親会社から直接現地に赴くことが困難であり、目が行き届かないことから、昨今、不正リスクが非常に高まっていると言えます。
図1
3.資金管理高度化のアプローチ
では、どのようにアジアにおけるグループ資金管理の高度化を進めていくべきかですが、まずはアジア域内の資金状況の可視化から着手し、各国現地法人の口座残高・資金予測を本社またはシンガポール財務統括会社がタイムリーに把握できるようにします(図2「資金管理高度化イメージ」のステージ1からステージ2へ)。そのうえで、段階的に財務リスクの一元管理化、更には資金管理業務の効率化を進めていき、アジアグループ全体の高度化の水準を引き上げていく(同 ステージ2からステージ3へ)アプローチが考えられます。
図2
なお、資金の可視化とはただ口座残高を把握するだけではありません。キャッシュイン/キャッシュアウトの実績・予定情報から手元流動性を正確に把握し、経営判断に活用できるようにすることを指します。一見すると当たり前のように聞こえますが、多くの会社では海外グループ会社各社の口座残高は把握しているものの、月次または四半期に一度、現地担当者から本社財務部門が報告を受けるだけ、というのが実情なのではないでしょうか。本社または地域統轄拠点において、グループ内の資金の動きをタイムリーに把握し、様々なリスクを予見する体制を構築することが、資金管理高度化の一丁目一番地になります。
II. シンガポール財務統括会社を活用した資金管理の高度化
1.シンガポール財務統括会社による資金管理高度化
図3は、シンガポール財務統括会社設置による資金管理高度化の例です 。本設例ではアジアで資本再編を行い、アジア各国の子会社をシンガポール財務統括会社の傘下に配置する想定で、そのシンガポール財務統括会社にてグループの余剰資金と為替リスクを集中管理する体制を整えます。なお、アジアは資本規制が強いので、資金余剰国のグループ会社から海外貸付やキャッシュ・プーリング・システムの導入によるシンガポール財務統括会社への資金集中・配分が難しい場合は、資本再編を行い配当により資金還流させることを検討します。
図3
図4のチャートは財務統括会社設立・資金管理高度化のステップです 。Phase1として、シンガポール財務統括会社を設計・設立し、マニュアルベースでのグループ間貸付・借入ができる体制を整え、Phase2ではシンガポール財務統括会社において、アジア各国の資金可視化を実現します。この段階で銀行CMSやTMS(トレジャリー・マネジメント・システム)といった資金管理ツールを導入した場合は、グループ資金のモニタリング、資金集中・配分を効率的・効果的に実施することが可能となります。そしてPhase3にて資本再編を行い、配当によって余剰資金をシンガポール財務統括会社に集中し 、域内で再投資が行える体制を整えます。
為替変動リスクについては、リインボイスにてシンガポール財務統括会社にリスクを集約する方法も考えられます。例えばこの例では、A国子会社からB国の顧客に商品を販売する際に、商流にシンガポール財務統括会社を介入させることでA国子会社-シンガポール財務統括会社間はA国通貨、シンガポール財務統括-顧客(B国)間はUSドル建てに変更し、為替リスクをシンガポールに集中させ、シンガポール財務統括会社が一括してヘッジするという対応が可能になります。
また、Phase2にて導入した銀行CMS/TMSと、各国の会計システム・ERPをつないで金融取引情報を自動連携できるようにすることで、シンガポール財務統括で各国子会社の資金の流れをタイムリーに把握することが可能となります。さらに、アジア各国の支払い業務をシンガポール財務統括会社に集約化する支払い代行や債権債務のネッティングを導入することも資金管理業務の効率化、コスト削減につながります。
図4
2.税金面、規制面からみた場合のシンガポールの優位性
ではなぜシンガポールなのでしょうか。同国の優位性は低い税率と規制面でのハードルの低さにあると言えます。
まず税制面の優位性ですが、シンガポールは法人税が17%と低く、シンガポールの財務統括会社からグループ会社に対して貸付を実行した場合、親子ローンを日本の親会社から実行した場合と比較して、受取利息に係る法人税を軽減できます。更にシンガポールにおける財務統括会社向けの優遇税制であるFTC(Finance and Treasury Centre Incentive)を活用すれば、グループ会社への貸付等、事前に認定されたサービス・活動から生じた所得に対する税率は8%まで抑えられます。
次に、アジア諸国の資本規制についてですが、海外への貸付、海外からの借入について、いずれも原則規制が無いのはアジアの主要国ではシンガポール・香港のみで、インドネシア、マレーシア、タイ、ベトナム、中国などは海外貸付・借入は原則不可または条件付きで可能という状況です。さらに昨今の中国・香港の動向を鑑みると香港のビジネス環境について不確実性が高まっており、アジアで財務統括拠点を設置する場合においてはシンガポールが統括拠点の最有力候補と言えます。
III. シンガポール財務統括活用の留意点
シンガポール財務統括を活用する場合の留意点として以下の事項が挙げられます。
- 当地国での課税
当地国での課税リスクとして、シンガポール財務統括会社を設置しアジア各国の子会社をシンガポールの傘下に置く資本再編を行う 際に、キャピタルゲインへの課税、印紙税が発生する可能性があります。 - 日本での合算課税のリスク
日本での合算課税のリスクも考えられます。日本の外国子会社合算税制(タックスヘイブン対策税制)の適用除外と認定されず、シンガポール統括会社の所得が日本で合算課税となるリスクがあります。 - 管理コストの発生
課税リスク以外にもシンガポールでの管理コストの発生にも留意が必要です。これはグループ資金をシンガポール統括会社に集約することで、結果として、シンガポール統括会社のグループ内での重要性が高まり、内部統制対応や法定監査、連結パッケージ監査などの対応が必要になる場合があります。 - 統括会社の形骸化
財務統括に限らず地域統括会社設立には、統括会社の役割・責任、グループ内での位置づけの十分な議論が必要となりますが、根本課題やその解決策が不明瞭なまま応急措置として 統括会社を設置してしまうケースがあります。その場合、結果としてグループ会社のレイヤーが増えるだけで、無駄な業務や不必要なコストが発生してしまうことになりかねません。統括会社の設立にあたっては、本社-統括会社-現地法人の機能配置や各々の権限、統括会社の収支モデルを入念に設計することが必要となります。
IV. おわりに
日系企業のグローバル化に伴い、近年、企業グループ全体におけるアジアの重要性が増す一方で、その資金管理については体制整備が追い付いておらず、多くの課題が内在していると考えます。アジアにおけるグループ資金管理の高度化として、まずは資金を可視化し、財務統括にてアジアにおけるグループ資金の一元管理化を図ることが重要です。そのうえで、財務統括をグループ資金管理の中核に置き、更なる機能拡充や業務効率化、グループにおける資本コストの最適化を進めていく、といったアプローチが考えられます。資本規制や税コストの観点から、シンガポールは財務統括と相性が良く、シンガポール財務統括会社の活用はアジアにおけるグループ資金管理の高度化に効果的であると考えます。もし自社の、特にアジアにおけるグループ資金管理に課題をお持ちの場合は、シンガポール財務統括の設置をその課題解決の手段として是非ご検討下さい。
執筆者
あずさ監査法人
アカウンティングアドバイザリーサービス
シニアマネジャー 木村 知生