クラウド、AI、ブロックチェーン、そしてIoTといった先端技術だけでなく、データサイエンス、データの可視化、クラウドアーキテクチャ、システムセキュリティなどの各デジタル領域の専門家が集うKPMG Ignition Tokyo(KIT)では、KPMGジャパンがこれまで培ってきた専門的知見と最新デジタル技術をどのように融合させることができるかを、常に「妄想・空想」をしてイメージを膨らませています。

今回もKITの茶谷とデンリがデジタル経営の“水先案内人”として、これからの税務のあり方を、株式会社KPMG税理士法人 取引アドバイザリーグループのデービット・ルイス パートナーと語り合いました。

KPMG税理士法人が進めるデジタルへの取り組み

Tim、David、茶谷

(株式会社KPMG Ignition Tokyo 代表取締役兼CEO、KPMGジャパンCDO茶谷公之(右)、株式会社KPMG税理士法人 取引アドバイザリーグループ パートナー デービット・ルイス(中央)、株式会社KPMG Ignition Tokyo取締役 パートナー ティム・デンリ(左))※記事中の所属・役職などは、記事公開当時のものです。

デンリ:       KPMGには、監査と税務、アドバイザリーの3つの分野に8つのプロフェッショナルファームが存在しています。そのビジネスの中でも最も変化が早く訪れると考えられるのが、税務の領域です。

茶谷:          税務はKPMG日本法人の中でも重要な領域として位置付けられていますね。トランザクションベースからバリュークリエーションしていくことが避けられない中で、KITとしてもぜひ一緒に変革を起こしていきたいと思っています。

デンリ:       そう考えた時、重要なのは、すでに機能している組織の中で「変化しそうな人」を探し出すことだと思います。先日、監査業務の展望についてはあずさ監査法人の丸田パートナー、コンサルティングのこれからについては松本パートナー、アドバイザリー領域の変化についてはKPMG FASの堀田パートナーと議論しました。同じように、税務の領域について議論するなら、KPMG税理士法人 取引アドバイザリーグループのデービットしかいないと思い、来てもらいました。

KPMG全体のビジネスにおいて、それぞれがファイナンシャルデータを用いることは共通しています。中でも税務はコンプライアンスの領域に繋がるため、粒度の細かいデータを必要としているという特徴がありますね。実際の取引データに一番近いものを活用しようとしていると聞きました。

ルイス:       そうですね。ティムが言う通り、税務分野が一番ディスラプションが起こりやすい業界である、と私も考えています。

日本では税務に関するデジタル化は諸外国に比べて出遅れた感がある、という指摘もありますが、マイナスな面だけではないと思います。例えば、他の国では個別の課題を解決しながら改善を繰り返してきていますが、日本はそうした海外の先行事例を踏まえて全体を見ながら進むべき道を歩める可能性が高い、と捉えられるからです。

今、私が参加している一番大きなプロジェクトは、簡単に言うと「あらゆるデータを収集し、様々な分析ができるツール」の開発です。これは税務についてだけでなく、KPMGの他のサービス領域でも活用できるようなツールを目指したものです。

このツール開発を通じて、ITの専門家と税務のプロフェッショナルが一緒になってデジタル化に向けてやっていかなければならない、との思いを強くしました。通常業務をしながら進めることは大変な部分もありますが、中途半端なものにならないようしっかり進めていきます。

税務のプロフェッショナルも「箱の外」に出なければならない

デンリ:       技術経営の観点からすると、ツール開発の過程について、順を追って進められたことは良かったと思います。難しさを理解したり、進めていく中で変化を受け止められる組織になっていく、ということもあるでしょう。

ルイス:       変化を受け止める、という意味では、これは日本に限ったことではないのですが、「税務に携わるひとは、“箱の外”のことを考えられない」と感じることがあります。

今日のように様々な変化が起こる環境を目の前にして、10年後も同じ業務をしているとは思えません。変化に耐えられるように変わっていかなければならないと思います。

こうした危機感をさらに実感したのは、米国の同僚に「大手デジタル会社が申告業務に参入しようとしている」といった話を聞いたからです。一方、私の周りには「自分の業務が何十年もずっと続いてきた。しかも税務には150年の歴史がある。そんなに急に変化が起こるはずがない」と考える人もいます。実は私と同じように危機感を覚える人は多くないのかもしれません。しかし、この「変わるなんて夢にも思っていない」ということ自体が危険だと私は考えています。周囲が変化に気付いた時にはもう遅いのです。

Tim

デンリ:       大手デジタル企業の中には、典型的な破壊的イノベーターのDNAがありますね。彼らの既存のビジネスや最新のテクノロジーを駆使して申告業務もやるという流れは自然であり、延長線上で対応できることです。

ルイス:       それを実現するための技術を開発する予算規模もまったく違いますね。ただし、税務に関する専門性は私たちの方が圧倒的に持っているという自負があります。また、顧客ニーズについての理解も私たちの方が遥かに深いと言えます。ですから、十分に太刀打ちはできます。

私たちは常に、テクノロジーの活用も含めて、飛躍的に進化・変化していかなければなりません。そうすることによって、十分な競争力を発揮できるはずですし、新旧の競合に勝つことができるのだと思います。

例えば、私たちのほとんどのクライアントには「できるなら税金を払いたくない」という本音があって、税務に関する細かい分析などには税務に関わる人以外は「それほど興味がない」というのが正直なところだと思います。

もう少し詳しく言うと、一般的に、会社の中で使える予算を渡されているのは、フロントで売上を伸ばしている部署や売上を支援している部署であり、彼らは税務の分析データより、むしろ、ビジネスの情報や会社全体を分析するのに役立つ情報など、経営に資するインサイトが欲しい、と考えるものです。

それを踏まえた上で、KPMG税理士法人では、会社経営に関わる「大量にありすぎて管理しきれない情報」や、それを記した紙やPDFなどの様々な形態のデータをかき集めて分析することができるソリューションなどをクライアントに提供したいと考えています。

企業の規模が大きくなればなるほど、国内外に多くの情報が散らばった状態になっていると思います。しかし、それをデータにできれば、素早く帳簿作成や申告書を作成できるようになります。そこにKPMGが持っている知識を生かしていけたら、と構想しています。

デンリ:       なるほど。デービットのチームでは、これから起こる変化に耐えられる人材を集め、手をつけやすい案件からデジタル化し、変化によるメリットや魅力を感じてもらい、次の変化を一緒に作っていく、といった過程を辿っている最中ということですね。

そして、その「次の変化」というのが、プラットフォームの議論なのだと思います。プラットフォーム化は、税務でやっていることが他の分野にも貢献するという構想を後押しする重要な発想でもあります。ちょうどこの議論が始まったころ、茶谷さんがKPMGに参加されたんでしたね。

茶谷:          そうですね。かつては、垂直統合型で作られていたツールも、クラウドやインフラの進化により、水平分散で作る事で、データの転用の柔軟性や作った技術アセットの流用自由度を大きく高めることができます。どうしても過去からのモーメンタムが残っていて、効率が悪い作り方をしてしまう組織は少なくないと思いますが、そこをマネジメントが強い意志を持って、変えれば効率も上がるし、見える世界も変わると思っています。

これからは、テクノロジーが肩代わりできない部分に挑戦する

茶谷

茶谷:          さて、今後、業務をコンピュータープロセッサブルに変えていくには、データの標準化が重要だと思うのですが、税務の分野ではどうでしょうか?

ルイス:       今後、 デジタル化が進み標準化されると、税務当局は会社の帳簿に直接入って自動的に申告や調査ができてしまう可能性があると思います。

実際問題として、既にそういう状況になっている国も存在します。また、国の税務当局は自動的に申告書を作成し税務計算をするようになり、我々の業務は申告書を作ることから当局の作ったものの調査に代わっていく、というのが私の見立てです。

デンリ:       税金にまつわる業務は“出口”が定義されているので、徐々にデジタル化してきている気がします。それがどこまでいくのかが今後の注目点でしょう。また、政府がどう介入してくるかも注視したいポイントです。税金は政府の収入なので、デジタル化を推進するにあたって、最初に手をつけるだろうと見通されます。実際に諸外国でも事例が出てきました。

ルイス:       そうですね。政府が自動的に税金を計算する、というアプローチもあります。ただ、データだけでは判断し切れず、付随する資料を見て判断しないといけない部分はあります。だからこそ、そのためのデータが今後ますます重要になります。

言い過ぎかもしれませんが、分野によって会計データではあまり価値がなく、例えば不動産保有会社だと「各ビルの坪単価は?」とか、「ビルごとの光熱費やメンテナンス料は?」ということがわかるレベルの元データを取得して、分析しなければならないのです。

つまり、会計業務ありきで考えるのではなく、元データありきで考えなければいけない、ということでもあります。それがあれば必要な分析や会社の状況をより細かく正確に把握することができるはずです。もちろん、会計データはひとつの基準として扱うわけですけれど。

デンリ:       3〜4年前にいろんな人と、「取引データからそのまま取得するのだとしたら、GAAPやIFRSは要するにレポートということになるよね」、という話をしていました。そして、それが実現する時代が来るのだとしたら、KPMGが率先していくべきだと考えます。

ルイス:       そうですね。いろんな形で分析できるようになればかなり画期的なことになると考えています。これからは、KPMGの税務や監査、ということにとらわれず、「クライアント企業にとって何がいいか、お客様のために何が役立つのか?」ということを考えるべきです。

もちろん、会計上のレポートは上場会社なら作らなければいけませんし、監査もしなければならないことです。しかし、完璧なオーディットトレードがあれば、ブロックチェーンで改ざんできなくしてすべての証拠についてトレーサビリティも確定できるし、ひとつのプログラムが書けたら1秒で監査まで終わる、ということになると想像しています。ただし、会計処理の際に「これは資産なのか?」を判断する必要はあるかもしれませんが。

茶谷:          その判断も、学習データが集まればAIに任せられるようになると考えられますね。

デンリ:       それをやるのがKPMGの力だと思います。データを集めることだけなら誰にでもできるし、社会もデータを集め、コモディティと考えるようにシフトしていると感じます。しかし、そのデータで何ができるかが重要であることは言うまでもありません。そして、私たちのようなテクノロジーを取り扱うファンクションが、私たちにしかない専門知識をモデリングする。そうすると結局は人の判断は必要なくなっていくかもしれないですね。

ルイス:       そうなったとしても新しいニーズは生まれると思います。Googleが検索エンジンを提供していたのはデータを集める手段に過ぎなくて、それをどう活かすかを様々な角度から考えた結果、今ではスマホを作ったり、車を作ったりするようになっています。この進化には、やっていたことから新しい発想や技術が生まれ、それを実践してみた、という挑戦があるのだと思います。私たちも「違うこと」に挑戦すべきなのは、まさにこのような発展のためです。

ディスラプトする側の人間が最後に勝つ

デンリ:       将来を見据えて「安心できる状態をつくる」というと、それは現実的ではないかもしれませんが、変化に振り回されるのではなく、変化に対応できるようにしておきたいですね。その柔軟性が必要だと思います。

ルイス:       今はまだ発想が硬いかもしれませんが、今後、変ってくると思います。

2年くらい前に、ある若手が、「ある人が『ビッグ4を絶対潰す』と言っています」と連絡してきたことがありました。「デービットが心配していることがすでに現実になろうとしているよ」というわけです。

なぜ「ビッグ4を潰そうと言うのか?」と尋ねると、「ビッグ4は、効率を求めようとするばかりで自分の業務をディスラプトしようとしない。しかし、今後勝つのはディスラプトする側の人間だ」とのことでした。確かに、今はまだみんな業務効率向上の発想しかないですよね。だからこそ、今違うことをすると生き残れるし、勝てる機会があると思っています。

David

デンリ:       破壊されるより破壊し、アジリティを持つ、というわけですね。アジリティを持つ時に大事なのは早い段階で失敗し、失敗を認め、展開することだと思います。

ルイス:       あとは、ひとりでやろうとしないことも大事ですね。自分より分かっている人の話を聞いて、常に自分の行く道を調整して変えていく必要があります。

これまで何度も失敗することはありましたが、それによって次の成長ステップを踏めるのだから、ムダではないはずです。ひとつの終わらない旅の中にいる、という感覚ですね。これは死ぬまで終わりません。

デンリ:       今取り組んでいるツールの開発はまさにそういうことですね。今は現在の業務内容に沿って、それを100%網羅的にカバーできるかどうかが良し悪しの判断基準になっていますが、これからは「業務を変えても対応できるかどうか」を評価するステップになると思います。

ルイス:       そうですね。そして、データを必要に応じて取り出したあと、どう処理するかという部分も磨かないといけないと思います。やることはまだまだあります。

デンリ:       すべてが電子データになっているはずなので、難しくはないのかな、と思います。

ルイス:       そうとは言えませんよ。「何を見ているか?どこを見ているか?」の違いですが、本当に必要なデータを取り込んでいるかどうか?という問題はあります。すべてがデータ化されて同じところにあるわけじゃない、となると、限られたインサイトしか明らかにできず、限られた幅の狭い仕事しかできなくなってしまうので注意が必要です。

茶谷:          例えば、不動産であれば、「部屋の形」とか「部屋の向きや間取り」ということは詳しくは情報になっていない場合もありますからね。

ルイス:       そうです。どんなに些細なことでも、あればあるほど「どういうふうに調理するか?」を考えられるのですが、そもそも情報がなければ始まりません。だから、まずデータを蓄積することが大切なのです。

デンリ:       なるほど。昔、ビッグデータが流行り出したころはとにかくいろんなデータを取り込んで、最終的に「ゴミのようなデータがありすぎて使えない」と言われることが多くありましたが、いまは処理能力が格段に上がっているから“ゴミデータ”もデータとして価値を見出せるようになっているかもしれません。

茶谷:          そうして、これまでKPMGがそれぞれのファームごとにプロフェッショナルの知見を提供していたものを一貫して対応できるようになれば、クライアントの課題を一体的に解決できるようになりそうですね。

ルイス:      
データが十分に使えるようになれば、そこも解決できると思います。

税務業務に限らず、これから進める取り組みも含めて、私は常々「ディスラプトする側にいきたい」と思っています。自分のほか、同僚たちやそのキャリア、彼らの家族たちの生活を守るために、ピカイチのものを渡したいじゃないですか。沈みそうなものを次の世代に渡すわけにはいかないのです。

「過去がこうだったから」とか、「150年ずっと続いていたから大丈夫」、という意識では甘いのです。「他のディスラプターが出てきても怖くない!」というものを開発しなければならないし、常に変化し、常に上を目指して、いいものを作りたいと考えています。