IIRC, SASBなど5団体が包括的な企業報告の仕組み構築の具体化に向け文書を公表

IIRC, SASBなど5団体が、気候関連財務報告基準のプロトタイプを例示し、包括的な企業報告の仕組み構築の可能性を考察しました。

IIRC, SASBなど5団体が、気候関連財務報告基準のプロトタイプを例示し、包括的な企業報告の仕組み構築の可能性を考察しました。

企業報告の未来~財務・非財務の境界を越えて~第4回:CDP、CDSB、GRI、IIRC、SASBの5団体が、2020年9月の「包括的な企業報告」の実現を目指す共同声明に基づく取組みの第一弾として、気候関連の財務報告基準のプロトタイプを例示しつつ、今後の包括的な企業報告の仕組み構築に向けた可能性を考察した文書を公表しました。

2020年9月に、財務情報と非財務情報を適切に関連付けた包括的な企業報告(以下、「包括的な企業報告」)を目指した協調を進めるとの共同声明(以下、「2020年9月の共同声明」)を公表したサステナビリティ報告(注:本稿におけるサステナビリティとは社会環境等に限らず事業のサステナビリティ、および、そのアウトカム、インパクトを通じた社会のサステナビリティに関わる事象を含む概念と事象等を広義に捉える)に関する主要な基準設定団体であるCDP※1 、CDSB※2、GRI※3、IIRC※4とSASB ※5(以下、「5団体」)は、その取組みの第1弾として、「企業価値に関する報告 - 気候関連の財務報告基準プロトタイプの例示(Reporting on enterprise value Illustrated with a prototype climate-related financial disclosure standard)」と題した文書(以下、「本文書」)を2020年12月18日に公表しました。

※1CDP - 企業や政府による温室効果ガスの排出量削減、水資源の保護、森林保護を促進するためのグローバルな非営利組織
※2Climate Disclosure Standards Board(CDSB)- 企業の気候変動情報開示の標準化を目指し、自然資本と財務資本を同等に扱うグローバルな企業報告モデルを推進するビジネスおよび環境NGOの国際コンソーシアム
※3Global Reporting Initiative(GRI)- 企業、政府などの組織がその影響を理解し、報告することを支援する組織であり、サステナビリティ報告のスタンダードを策定している
※4International Integrated Reporting Council(IIRC)- 企業報告の進化における次のステップとして、価値創造についてのコミュニケーションを促進する規制当局、投資家、企業、基準設定主体、会計専門家、学界、NGOが世界的に連携する団体であり、国際統合報告フレームワークを策定している
※5Sustainability Accounting Standards Board(SASB)- 企業が財務的にマテリアルなサステナビリティ情報を特定・管理し、投資家に伝えるための業種別スタンダードを開発している

本文書の全体像

本文書では、企業報告のための包括的なシステムを開発するために、IOSCO、IFRS財団、企業報告の推進に取組む国や地域などのステークホルダーと協力していくという5団体のコミットメントを前進させる目的のもと、以下を提示しています。

  1. 国際会計基準審議会(IASB)が策定した財務報告のための概念フレームワーク(以下、「IASBの概念フレームワーク」)の、サステナビリティ関連財務情報の報告基準の開発への適用可能性に関する所見
  2. サステナビリティに関連する財務報告基準のプロトタイプ
  3. 気候関連の財務開示基準のプロトタイプ

本文書で5団体は、IASBの概念フレームワークが、財務資本の提供者に対するサステナビリティ関連の財務情報報告にどのように適しているかの考察を行ない、財務会計基準、およびサステナビリティ関連の財務情報報告基準の双方の展開に共通したフレームワークのコンポーネント、そしてサステナビリティ関連財務情報の報告のために対応が必要と思われる事項を挙げ、プロトタイプを通じた説明を試みています。

ここでは、サステナビリティ課題が企業価値の向上や棄損にどのように関連するかの説明を可能とする「サステナビリティ関連財務情報の報告」と、企業が環境、人、経済に対して大きく影響を及ぼす事項等を表明する従来の「サステナビリティ報告」を明確に区別し、将来的に前者を実現するためのプロトタイプを作成しています。これは、気候関連の財務開示基準作成に向けた前提条件であり、他のサステナビリティ課題に関する将来の基準にもつながっていくと想定しています。さらに、5団体がそれぞれ開発している既存のフレームワークおよび基準内の特定のコンポーネントについて、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)による提言で推奨されている報告事項とあわせて考慮し、サステナビリティに関連する財務情報報告のグローバル基準開発へ向けた出発点として、気候関連の財務報告基準のプロトタイプも例示しています。

本文書全体として、IFRS財団の現在の役割から自然と導かれる延長線の上に、サステナビリティに関する財務報告基準の設定を見据えることが可能との見方を示しつつ、既存のフレームワークや基準に基づくプロトタイプの構築から、それがどのようにして達成可能かの洞察を提供するものとなっています。

包括的な企業報告の体系

本文書の第1章では、2020年9月の共同声明で5団体が示した包括的な企業報告のコンセプトを改めて概説し、マテリアリティの動的な性質(ダイナミックマテリアリティ)を掘り下げながら、サステナビリティ課題が企業価値の創出、または棄損にどのようにつながるかを説明できる「サステナビリティ関連財務情報の報告」と、企業が環境、人、経済に対して大きく影響を及ぼす事項の表明を主眼に設計された従来の「サステナビリティ報告」の識別を行っています。
そのために、まず、報告書の形式を次の3つに区別しています。

  1. サステナビリティ報告
  2. サステナビリティ関連財務情報の報告
  3. 財務会計とその報告

    ※2、3をあわせて『企業価値報告』という

これらは、それぞれ関連性を有する「一体」のものではあるものの、サステナビリティ課題に関わる異なる視点からの報告に用いられるように、「重なり合うレンズ」に例えて説明しています。その論拠として、同じサステナビリティ課題であっても、それぞれの報告書の役割に応じて提供する視点が異なること、各報告でカバーされるサステナビリティ課題の範囲が必ずしも同じではないことを挙げ、サステナビリティ課題の性質と、3つの報告形式の関係性を整理しています。サステナビリティ課題は、時間の経過とともにレンズ間を移動しうる動的な性質を有するため、サステナビリティ報告書は、時間の経過とともに企業価値に関連していく可能性を有する課題に適合した先行指標を含めることが可能であり、それらの報告を通して、様々なステークホルダーのニーズに沿った情報提供を可能にするとしています。

図1:3つの報告形式の違い

報告の形式 サステナビリティ報告 企業価値報告
サステナビリティ関連財務情報の報告 財務会計とその報告
報告されるサステナビリティ課題 重大とみなすあらゆる影響が対象。通常、最も広範囲なサステナビリティ課題をカバーする。 企業価値に影響を与える可能性が十分想定されると識別された領域でのサステナビリティ課題。 財務諸表で認識される財務数値に直接関連するサステナビリティ課題。報告の範囲は最も狭くなる。
マテリアリティとの関係 企業の持続可能な成長へのプラスまたはマイナスの双方からのあらゆるサステナビリティ課題を含み、成長の観点から影響が重大とするならばマテリアルとみなす。
影響そのものについての情報と、影響を改善するための目標、マネジメントアプローチ、戦略等のコンテキスト情報の両方が報告される。
企業価値に影響を与えるサステナビリティ課題の報告であるため、財務資本の提供者にとってマテリアルなものが該当する。財務資本の提供者への金銭的利益に関連性があるものだが、必ずしも金額で測定されるものばかりではない。 財務諸表で開示される金額に影響を与える内容を範疇とし、企業価値に影響するサステナビリティ課題が対象となっている。そのため、財務的成果の観点から財務資本の提供者にとってマテリアルな内容となる。
報告レンズの焦点
各レンズに入るタイミングの例 社会的に地球温暖化に対する認識が高まった 投資家がネットゼロへの移行による影響を考慮 純資産への経済的影響が発生

出典:本文書の記載内容をもとにKPMGが作成

サステナビリティに関連づいた財務報告基準開発にむけ、IASBの概念フレームワークを適応する

IASBの概念フレームワークが焦点を当てているのは、財務諸表で提供される情報であり、その認識、測定、計上、開示をサポートするコンポーネントを含むものになっています。サステナビリティ関連財務情報の報告には、財務会計で認識されていない可能性のある無形資産に該当する要因を含んでおり、長期的な企業価値のドライバーへの洞察につながる情報提供の目的に合致したこれらの関連内容が追加される点で、財務会計、およびその開示とは異なってきます。したがって、サステナビリティ関連財務情報の報告と多くの要素の共有はあるとしても、長期的な企業価値につながるあらゆるドライバーへの洞察に資する情報提供には、主たる利用者と目的をすり合わせ、IASBの概念フレームワークを部分的に適応する、あるいはサステナビリティ基準審議会(SSB)が設定された場合における付随した概念フレームワークを作成する必要性について本文書は指摘しています。

5団体による基準やフレームワークの原則、概念、要素、特性、アプローチなどの要素(これらの総称として、以下、「コンポーネント」と呼びます)がサステナビリティに関連する財務情報の報告への対処を可能にしていくとの前提にたち、IASBの財務報告の概念フレームワークを参照して、以下のように説明しています。

  • ティア1:共通のコンポーネント
    企業価値報告に共通し、財務会計とその開示、およびサステナビリティ関連財務情報の報告の双方を結合するコンポーネントを指しており、サステナビリティに関連する財務報告を融合するために、概念フレームワークの前提となる「財務報告」から「企業価値報告」への置換が提案されている。
  • ティア2:固有のコンポーネント
    財務会計とその開示、および、サステナビリティ関連財務情報の報告それぞれに必要となるコンポーネント:サステナビリティに関連する財務報告を前提とする場合において、更なる適応が必要となるもの(図2参照)
  • ティア3:説明と開示
    ティア2の両方のコンポーネントがともに扱われる企業価値報告における説明と開示に必要な要素

図2:サステナビリティ関連財務報告基準に固有のコンポーネント

サステナビリティ関連財務報告基準の開発のためのIASB概念フレームワークの適応

マテリアリティの適用:
財務報告のためのIASBの概念フレームワークでは、財務情報を省略、誤記、または曖昧にした場合、その利用者が下す決定に影響を与えることが合理的に予想される情報をマテリアルであるとみなしている。サステナビリティ関連財務報告を組み込んでいくためには、次の観点で、マテリアリティの定義に修正が必要となる。

時間軸
財務会計とその開示は、多くの場合、現在と過去のパフォーマンス評価に関わるものだが、一部のサステナビリティ課題は、ある程度先と想定される時点に到達した後、財務結果に結びついていくため、財務諸表に反映されていないものも多い。財務資本の提供者の多数は、サステナビリティ関連課題が企業価値にどのように影響するかに関心を有しているため、時間軸を念頭にした適応が必要となる。たとえば、一部の国の政府が既に発表しているディーゼルやガソリン燃料車両販売禁止の方針は、現在ではなく、将来に財務的な影響を与える可能性を示している。

企業価値
経済的な意思決定を主たる目的とする利用者は、短、中、長期にわたる企業価値の創出に影響するマテリアルなサステナビリティ課題に関わる企業のパフォーマンスの理解のために、企業の財政状態、財務実績、またはリスク特性など、企業価値に影響を与える可能性が高いサステナビリティ課題を特定する必要がある。サステナビリティ関連の財務情報報告のためには、将来のパフォーマンスと企業価値に関するより的確なインサイトの提供が必要となる。

バウンダリー
サステナビリティ関連財務情報の報告バウンダリーとして、次の2つの側面を考慮する必要がある。

  • 報告主体である企業の価値を報告する目的でのバウンダリー
  • 企業価値を創出する報告主体そのものの能力に重大な影響を与える他の事業体やステークホルダーに起因または関連するリスク、機会、および結果に関する報告で適用すべきバウンダリー
目的適合性の適用:
サステナビリティ関連の財務情報の報告は、業界固有のメトリクスに基づくものであり、企業のパフォーマンス向上、ひいては企業価値の向上を可能とするビジネスモデルの説明につながるものである必要がある。これにより、メトリクスは、代理指標として機能すると期待でき、企業価値への影響と価値ドライバーとの関係を確実に捉えて示し、戦略やオペレーション上の意思決定にリンクするものが求められてくる。
サステナビリティの資本(キャピタル)とその特質(ディメンション):
5団体が提供するフレームワークや基準は、サステナビリティ課題全体を一定の論理に基づくグループに整理、分類する概念として資本とその特質を採用している。現時点では、個々の概念間には相違点があり、完全な調和にむけてさらなる作業が必要とはなるものの、調整は可能との見解が示されている。

出典:本文書の記載内容をもとにKPMGが作成

サステナビリティ関連財務情報の報告基準のプロトタイプ

IFRSのIAS第1号による財務諸表表示を標準化する方法と同様に、サステナビリティ関連の財務情報についても、報告期間全体および他の事業体によって報告されたサステナビリティ関連の財務情報との比較可能性を実現できる共通の報告体系の提示が有益だと述べています。TCFD提言が推奨する報告の柱であるガバナンス、戦略、リスク管理、およびメトリクスとターゲットは、組織の中核要素を表し、気候関連リスクや機会の評価を支援するものとして市場に受け入れられており、IFRS財団が公表したサステナビリティ報告に関する協議文書でも、気候関連情報をテーマとする報告を優先的に検討すべきとの考えが示されてはいます。しかし、人的資本や、他の環境、社会に関する課題との関連性への考慮もなされ、まずはサステナビリティ関連財務情報の報告基準を示しています。この報告基準により、テーマごとの基準とアプリケーションガイダンスを伴い、報告への一貫したアプローチの共有、そして、広範かつマテリアルなサステナビリティ課題について、比較可能な表示を可能にするとしています。

気候関連財務報告基準のプロトタイプ

気候関連財務報告基準のプロトタイプは、IASBの概念フレームワークから採用および適応された概念、およびサステナビリティ関連財務報告基準と併せて解釈されることを前提に作成されています。

気候関連財務報告基準のプロトタイプは、気候変動関連の財務リスクと機会、および企業の財務実績、財政状態、企業価値の創造能力への影響に関する情報の提供を目的に、経営者による報告の要件を定めており、以下の説明が含まれます。

  • ガバナンス
  • 戦略およびリスク管理プロセス
  • 定量的な目標と指標
  • シナリオ分析に基づく気候関連リスクに対する戦略的レジリエンスの評価

気候関連財務報告基準のプロトタイプは、TCFDが推奨する報告事項やその構造を採用しています。将来的には、より広い環境課題をカバーするCDSB基準との調整が必要となってきますが、両組織とも、企業価値報告を通して、マテリアルな気候関連情報を提供するというアプローチをすでに共有しており、このプロトタイプは、両者を合わせ持ったものであるとしています。

結論

本文書では、企業価値に影響を与えるサステナビリティ課題に関するパフォーマンスが、財務情報とともに報告されるべきであり、その基準設定に関わる役割の所在が、IFRS財団の現在の位置づけから無理なく生じてくる延長線上にあるとし、企業価値に焦点を当てたサステナビリティ関連財務情報の報告と財務会計とその開示は、国際統合報告フレームワークに基づく統合報告書において結合されると結論づけています。包括的な企業報告システムの開発にむけた諸条件は整っており、5団体は、今後もIOSCOやIFRS財団を含むすべてのステークホルダー、政府、企業、投資家、市民社会などのエコシステムを構成する他のステークホルダーと協力し、必要とされている速やかな展開とその達成にむけて取り組んでいくとしています。

執筆者

KPMGジャパン
コーポレートガバナンス センター・オブ・エクセレンス(CoE)

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