プラットフォーム事業 その強さの源泉
本稿は、プラットフォーム事業者の強さの源泉である3つの要素について解説します。
本稿は、プラットフォーム事業者の強さの源泉である3つの要素について解説します。
プラットフォーム企業と呼ばれるテック企業が株式市場等で高い評価を受ける一方で、多くの「伝統的バリューチェーン型事業者」がその脅威に晒されています。プラットフォーム事業者の強さの源泉は、「業務モデル」、「エコシステム」および「顧客理解力」の3つの要素にあります。
プラットフォーム事業は、伝統的バリューチェーン型事業者が行う生産、販売といった業務を実施しないかわりに、まったく異なる業務ケーパビリティを有します。また、プラットフォーム事業者は、デジタル技術の階層構造に沿ってエコシステムを巧みに構築・強化することにより顧客囲い込みを実現します。同時に、顧客のあらゆる生活シーンとのタッチポイントを通じて膨大な顧客データアセットを獲得することにより顧客個々を深く理解します。
伝統的バリューチェーン型事業者は、これらのプラットフォーム事業の特性を踏まえたうえで、プラットフォーム事業と向き合う必要があります。
本稿は、プラットフォーム事業者の強さの源泉である3つの要素について解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
ポイント
- プラットフォーム事業者の強さの源泉は、「レバレッジを実現する業務モデル」、「エコシステム」、および「顧客理解力」の3要素にある。
- プラットフォーム事業者の業務ケーパビリティには、そのレバレッジを効果的に機能させる業務とレバレッジに伴うリスクをコントロールする業務の2種類がある。
- プラットフォーム事業者は、デジタル基盤の各階層を巧みに相互連携する仕組みを作り上げることにより、エコシステムを構築・強化し顧客囲い込みを行う。
- プラットフォーム事業者は、多様なタッチポイントを通じて顧客行動を広く捉えることにより、顧客個々を深く理解する。
- 伝統的バリューチェーン型事業者の対抗策としては、自らプラットフォーム事業を開始することや既存プラットフォームを活用する等の方法がある。
目次
I. プラットフォーム事業の拡大と脅威
1. プラットフォーム事業の拡大
2020年5月にGAFAM※1とよばれるプラットフォーム企業5社の株式時価総額合計が、東証1部約2170社の合計を上回りました。※2プラットフォーム事業者は、商材生産・提供のための物理的アセットを保有する必要がないため、財務的負担や業務負荷から解放されており、それにより急速な事業拡大が可能となります。
プラットフォーム事業の対象領域は、既に、小売り・EC、運送・飲食デリバリー、宿泊施設、旅行代理店、人材派遣・仲介、メディア、中古品売買、ベンチャーキャピタル、個人融資と多岐にわたっており、B2C領域やC2C領域を中心にB2B領域にまで裾野が広がっています。
本文章においては、下記特徴を有する企業をプラットフォーム事業者とします。
- 「生産者」「消費者」の2つのグループを仲介
- 2グループの価値交換を促進・支援(「生産者」の提供価値は、製品・サービス、情報・コンテンツ等)
- デジタル技術を取引手段の中心として活用(ウェブサイト、アプリ、携帯デバイス、等)
※1 Google (Alphabet)、Apple、Facebook、Amazon、Microsoft
※2 日本経済新聞、「GAFAMの時価総額、東証1部超え560兆円に」、2020/5/9
2. 伝統的バリューチェーン型事業者のチャレンジ
伝統的に企業は、「調達」「製造」「物流」「販売」「サービス」という所謂バリューチェーンに沿って、自社内部リソースを通じて付加価値を加えることで価値を生み出してきました(本文章ではこれら企業を「伝統的バリューチェーン型事業者」という)。 ところが現在、多くの伝統的バリューチェーン型事業者がプラットフォーム事業者からの脅威・競争に晒されるようになってきており、その対応策の検討が急務となっています。
II. 競争力の源泉と伝統的事業形態との相違点
プラットフォーム事業者の競争力・企業価値実現の源泉はどこにあるのでしょうか? そこには、「レバレッジを実現する業務モデル」、「エコシステム」、および「顧客理解力」の3つの要素があると考えます。これら3つの要素それぞれについて、伝統的バリューチェーン型事業者との顕著な違いを見てみましょう。
1. レバレッジを実現する業務モデル
プラットフォーム事業者は、調達、生産、販売といった業務を自社で行わない代わりに、これら業務を行う多数の社外生産者を束ね、消費者との取引を実現するという伝統的企業とはまったく異なるレバレッジを効かせた事業モデルを採用しています。プラットフォーム事業者の業務ケーパビリティは、レバレッジを適切に機能させるものより構成されます(図表1参照)。
図表1 伝統的バリューチェーン型事業 vsプラットフォーム事業
2. エコシステム
伝統的バリューチェーン型事業者の多くは、商材を大量生産しそれらを売り切るというビジネスモデルで価値創造・提供を行ってきました。それに対して、プラットフォーム事業者は、デジタル技術を事業基盤としますが、その各階層を巧みに相互連携させることによりエコシステムを構築・強化します。顧客との多層での関係を築くことにより、トランザクションベースではなく継続的なリレーション構築を行います。
3. 顧客理解力
デジタル事業を行わない多くの伝統的バリューチェーン型事業者は、その顧客行動を捉えることが難しく、顧客を「マス」としてしか扱うことができませんでした。一方で、デジタル基盤上で、事業を展開するプラットフォーム事業者は、顧客のデジタル上の行動を逐一把握することができるようになり、One2One対応やパーソナライゼーションというアプローチが可能です。
このように、伝統的バリューチェーン型事業者とプラットフォーム事業者との間には相違点がありますが、3要素のそれぞれについて深堀りしたいと思います。
III. レバレッジを実現する業務モデル
図表2にあるように、プラットフォーム事業者の業務プロセスモデルには生産、販売という業務が含まれませんが、その代わりに伝統的バリューチェーン型事業者が有しない業務を実施します。
図表2 プラットフォーム事業者の業務プロセスモデル
プラットフォーム事業モデルの特徴はレバレッジにあると前述しましたが、これら業務プロセスには、2種類のものがあります。1つは、レバレッジを効果的に働かせるための業務です。もう一方は、生産アセットを外部ステークホルダーに依存するという事業モデルであることに潜む不安定さに対応するためのリスク対応の業務です。いくつかの代表的な業務について見てみたいと思います。
1. レバレッジを機能させる業務
(1)需給バランシングとマッチング
プラットフォーム事業は、生産者と消費者の双方が揃い、両者の価値交換が行われはじめて成立する事業モデルです。利用者と生産者の数の需給バランスをとることがプラットフォーム事業者の重要な業務ケーパビリティの1つと言えます。これは単に生産者と消費者の登録数のバランスをとるということだけではなく、事業形態によっては時期や場所などの様々な要素によって刻々と変動する需要に対して、生産者の供給を最適化したり、関連する情報を判断することを意味します。たとえば、ライドシェア事業であれば、顧客と運転手のマッチングを行うとともに、相乗りのマッチング、走行ルート、到着時間、料金等の多くの項目を瞬時に判断する能力が必要となります。
(2)収益モデルマネジメント
プラットフォーム事業における収益モデルは、多様な収益要素を組み合わせ設計することが可能です。
消費者からのみではなく生産者側からも収益獲得が可能で、また「販売者」でなく「取引仲介者」という立場から、取引手数料や会費など多彩な収益形態の設定が可能です。また、広告モデルを採用すること、事業ライフサイクルに応じてモデルを変化させること、サービス機能や顧客セグメントごとに収益モデルを変化させるフリーミアム等の採用、等様々な要素を考慮したモデル設計を行います。
(3)データ活用
後述するようにプラットフォーム事業者は、豊富な顧客データアセットを獲得することが可能ですが、業務プロセスの観点からは、これらのデータを業務最適化・効率化のために効果的に活用する能力が必要です。
データ活用が可能な領域は、生産者と消費者のマッチング最適化や需給調整、One2 Oneマーケティング、物流の最適化、価格最適化、CX/UX向上、不正コンテンツの発見、等の多数の領域が考えられます。
また、自社利用に限定せず、データを生産者と正しい方法にて共有することにより、生産者の最適な生産・供給体制構築の支援をするという視点も重要です。
(4)CX/UXマネジメント
主な顧客接点がデジタルであるプラットフォーム事業にとって、ウェブサイトやアプリ等の使い勝手やデザインを含めたCX(カスタマーエクスペリエンス)やUX(ユーザーエクスペリエンス)が重要で、これらの微細な差異が消費者や生産者の誘致・サービス利用促進に大きな影響を及ぼします。優れたプラットフォーム事業者はCX/UXに徹底的に拘ります。
たとえば、消費者に対してストレスフリーな決済、クリック数の極小化、商材比較の容易性等が検討すべき対象となります。消費者に対してのみではなく、生産者側に対しても商材出品手続きの簡素化などの優れた体験を提供する必要があります。
2. リスク対応の業務
生産、販売といった業務を社外ステークホルダーに依存するプラットフォーム事業者にとって、社外が実施する業務も含めたリスクをコントロールする必要があります。同時にプラットフォームビジネスにおける生産者は、企業のみではなく個人・アマチュアの参加を促すという特徴もあり、これも品質のばらつきを招く可能性がありリスク要因となり得ます。
プラットフォーム事業者は、品質管理、生産者・消費者間のトラブル対応、不正対策といった様々なリスクへの対処方法を、これまでとは異なり、社外ステークホルダーである生産者や消費者を巻き込んだ形で構築する必要があります。たとえば、品質管理の仕組みとしては、生産者と消費者の間でのレーティング・レビュー機能等が検討対象となります。
IV. エコシステム構築
プラットフォーム事業はデジタル技術を基盤としたサービスであり、インフラ、デバイス、ソフトウェアといった階層から構成されますが、各階層を相互連携することによりエコシステムを構築します。消費者は、スマホ、アプリ、決済手段などといった各階層を組み合わせることにより、サービスを快適に利用することができます(図表3参照)。
図表3 エコシステムのデジタル技術階層構造
プラットフォームサービス提供者は、それらの階層間の相互連携の仕組みを巧みに構築・強化することにより、事業を強固なものにします。もはや優れたデバイスだったとしても、アプリとのスムーズな連携が保証されないものでは顧客に見向きもされません。
また、ハードやソフトに加えて決済手段や顧客ポイント制度などの横串サービスをも組み合わせることにより、エコシステムをより強固なものにします。プラットフォーム事業者は、このように顧客との間に巧みに連携された関係を構築することにより、トランザクション単位ではなく、より継続的で安定した関係を顧客と構築します。
エコシステム構築・拡大の前提として、プラットフォーム事業者は、複数の階層に事業範囲を拡げる必要がありますが、いくつかの拡大シナリオについて考えてみたいと思います。
1. 個別サービスの多様化
既存のプラットフォームとは別に新たにプラットフォーム事業を構築したり、プラットフォーム以外のサービス提供を始めます。たとえば、ライドシェアのプラットフォーム事業者が飲食デリバリーの事業に進出するようなシナリオです。
2. 新たな階層に進出
サービス階層であるプラットフォーム事業に加え、それを支える新たな階層へ進出します。たとえば、書籍販売プラットフォーム事業者が、新たにデバイス階層である電子書籍リーダーを提供するような形です。
3. 特定階層内の拡大
既に進出している階層内において事業拡大を行うパターンです。たとえば、PCを提供している事業者が、スマホ、タブレット、ウォッチ、VRといった別デバイスを提供する形です。またデバイスは、顧客とのタッチポイントの役割を果たすものと捉えるとリアル店舗進出もデバイス拡大の1つと考えることができます。
また、エコシステム拡大を、ターゲット顧客層の視点から捉えることも重要です。B2C事業領域を主戦場にしていた事業者が、企業向けサービスの提供にも力を入れることにより事業拡大を行うことが可能です。たとえば、小売・EC事業者が、生産者側である企業に対してクラウドビジネスサービスを展開するケースです。
V. 顧客理解力
1. 顧客行動の把握
デジタル上の購買前行動(検討、参照)、購買行動、購買後のサービス利用行動といった様々な顧客行動データの取得・分析を通じて、基本的属性のみならず、顧客の興味、関心、嗜好から、さらには信条、主義といったより内面に踏み込んだ洞察も可能になります。
このように顧客を深く理解することにより、メッセージの個別化、パーソナライゼーション、高精度リコメンドという形で、顧客訴求力のあるピンポイントでの顧客への価値提案が可能となります。
2. さらなる顧客データアセットの拡大に向けて
さらなる顧客理解の精度向上に向け、プラットフォーム事業者は顧客データアセットの拡充を目指します。
拡大の方法の1つは、デジタルの世界に留まらず、リアルの世界までカバレッジを拡げることです。リアル店舗等での顧客情報収集まで拡げることにより、デジタルとリアルの双方の世界から顧客をより統合的に捉えることが可能となります。
またPCやスマホから、VR、ウォッチ、AIスピーカーと多様な形態のデバイスに拡げ、より広範に顧客生活シーンとの接点を持つことで、顧客の端末入力情報だけではなく、視覚情報、会話情報、移動情報等といったより幅広い情報へのアクセス可能性が拡がります。
3. プライバシー保護対応
個人データ保護を含めた顧客のプライバシーへの対応についても、怠ることなく実施する必要があります。情報漏洩対策やGDPRを含めた各国保護規制への遵守が必要とされます。また、規制・法令遵守を超えて、倫理的・道徳的な観点より顧客から信頼されるという視点が必要です。顧客からデータの収集・利用等に関する理解と合意を得、この事業者であれば安心だと思ってもらえる信頼感を獲得する必要があります。仮に顧客が自身のデータを乱用・悪用されたと感じた場合は、プラットフォーム事業者は信頼性を失いその事業継続・成長に大きな致命傷を負うことになりかねない、といっても言い過ぎではないでしょう。
VI. 伝統的バリューチェーン型事業者の戦い方
プラットフォーム事業者の市場での競争力・影響力が増す中、バリューチェーン型事業者はどのような対策をとることができるのでしょうか? 競争力のある商材を保有し、独自リソースにて顧客を誘引できる事業者であれば、プラットフォーム事業と距離をおき、既存路線のまま進むという選択肢を採ることも可能でしょう。
それ以外の事業者はどのような対策ができるのでしょうか?
「自社が新たにプラットフォーム事業を開始すること」と「既存プラットフォーム事業者を自社事業に活用する」ことの大きく2つの選択肢があると考えます。 前者ケースで既に競合となるプラットフォーマーが存在する場合は、差別化戦略を検討する必要があります。既存事業者とは異なるターゲット顧客セグメントの設定、ニッチ市場へのフォーカス、より優れたUX/UI提供、異なる収益モデルの設定等の様々な選択肢を検討する必要があります。
一方で、後者の戦略である既存プラットフォーム事業者を活用する場合は、プラットフォーム特性や収益性等を踏まえ、事業範囲の棲み分け等を明らかにすることが重要です。たとえば、EC事業者であれば、プラットフォームは自社プロモーションの場と位置づけ、自社サイトに誘導し利益確保する等の戦術が考えられます。
以上いずれの道を選択するにせよ、もはやプラットフォーム事業の存在抜きで事業環境を語ることが難しい時代においては、多くの企業にプラットフォームの存在を踏まえた戦略の検討が必要とされていると言えます。
執筆者
KPMGコンサルティング株式会社
Technology Media & Telecom
ディレクター 山田 宏樹