日本企業の統合報告に関する調査からの考察2019~投資家との建設的な対話のために~
統合報告書についての調査・分析の概要と、統合報告書と有価証券報告書の開示状況を比較した結果について解説します。
統合報告書についての調査・分析の概要と、統合報告書と有価証券報告書の開示状況を比較した結果について解説します。
統合報告書を発行する企業は年々増加し、統合報告書を用いた投資家をはじめとするステークホルダーへのアプローチが進むとともに、2019年に「企業内容等の開示に関する内閣府令」が改正されました。また、金融庁から「記述情報に関する開示の原則」が公表されるなど、有価証券報告書における情報開示の拡充が一層期待されています。
私たちは、有価証券報告書の記述情報に、統合報告書で従来から求められている多くの要素を織り込むことで、記載内容の充実が図られ、投資家と企業の建設的な対話のさらなる促進に繋がると考えています。
本稿では、統合報告書についての調査・分析の概要と、統合報告書と有価証券報告書の開示状況を比較した結果について解説します。
なお、本稿の多くは「日本企業の統合報告に関する調査」の内容に基づくものですが、本文中の意見の一部分については、筆者の私見が含まれていることをあらかじめお断りいたします。
ポイント
- 経営者が「価値創造ストーリー」を伝えるために必要なピースは、1.目指すべき企業の将来像、2.企業をその将来像へ導くための経営戦略、3.経営戦略の実行を支える経営基盤である。
- 読み手の正確な理解を得るためには、「価値創造ストーリー」を構成する情報の相互の繋がりを示すことが大切であり、企業の「マテリアリティ」は「価値創造ストーリー」を貫く軸となり得る。
- 有価証券報告書の記述情報で求められている「投資家が経営の目線で企業を理解することが可能となるような情報の提示」は、統合報告書において必要なピースが揃っている「価値創造ストーリー」と同じである。
I. はじめに
KPMGジャパンは、企業の自発的な取組みである統合報告書の発行を、企業と投資家の対話促進を通じて価値向上に貢献する取組みだと考え、2014年から日本企業の統合報告書における開示動向を継続して調査してきました。2019年の発行企業は、2018年を89社上回る513社となり、9年連続で前年比増加率20%で推移しています(図表1参照)。
図表1 国内自己表明型統合レポート発行企業数の推移
これは、まさに、企業、投資家双方の建設的な対話が進展する中で、そのツールとして統合報告書の必要性と活用が進んできた結果だと分析しています。加えて、株主の多くが、社会的な貢献を通じて持続的な価値を実現できる企業への投資を拡大していることも背景にあると考えられます。
投資家との対話においては、企業がその持続性を首尾一貫したストーリーで説明することが期待されています。自社のビジネスモデルをどのように進化させ、社会的な課題の解決にどう貢献できるのか、また、それをどのように実現するのかについて、長期的な経営戦略とそこから逆算で導き出される中期的な経営戦略を説明することが大切です。以下では、統合報告書および有価証券報告書における開示動向について、日経平均株価※の構成銘柄となっている企業(以下、日経225構成企業という)を対象とした調査結果を踏まえ、投資家と企業の建設的な対話に資するより良い企業報告を目指すためのポイントを説明します。
※日経平均株価(日経225)は株式会社日本経済新聞社の登録商標または商標です。
II. ストーリーで伝える
1. 経営者が、価値創造ストーリーを伝えるために必要なピースは何か
年々調査を重ねるごとに、その思いが生き生きと伝わる経営者メッセージが確実に増えてきたと実感しています。組織がどのような目的を有し、その目的達成のためにどのように取組みを進めているのか、その価値創造ストーリーについて、経営者が自らの責任に基づき語っている統合報告書も多くみられます。しかし、レポート全体を通じて、そのストーリーの妥当性や実現可能性を十分に伝えられているレポートは少数です。読み手の理解を十分に得るためには、ストーリーに必要なピースとなる情報が揃っている必要があります。また、ストーリーを構成する情報の相互の繋がりを示すことに加え、適切な順序での説明も大切です。
価値創造ストーリーに必要なピースの要素は、1.目指すべき企業の将来像、2.企業をその将来像へ導くための経営戦略、3.経営戦略の実行を支える経営基盤に大別できます。1.目指すべき企業の将来像には、企業を取り巻く経営環境とその変化の分析結果(リスクと機会)と、自社のパーパス(企業の目的)に基づく長期ビジョン、そして、自社のビジネスモデルの持続性に重要な影響を与えるとされる事象(マテリアリティ評価)が含まれます。2.経営戦略には、企業の将来像を戦略目標とした長期経営戦略と、そのマイルストーンとしての中期目標を達成するための中期経営戦略が含まれます。そして、3.経営戦略の実行を支える経営基盤として、ガバナンスへの言及が必要でしょう。
今回の調査結果によれば、統合報告書で中期経営計画を説明している企業は95%(166社)ですが、長期経営戦略についても言及している企業はそのうち39%(65社)でした。目指すべき企業の将来像を実現するためには、より長い時間軸での対応が不可欠な人材育成や研究開発など、短期・中期では成果の発揮が難しい要素が考慮されてくるはずです。将来像の実現に向けた道筋と取組みをより長いスパンでとらえ、その同一線上にある直近の取組みとして中期経営戦略を説明すべきでしょう。
2. 必要なピースの相互の繋がりを示すことも大切
価値創造ストーリーに必要なピースが揃っていたとしても、それぞれの情報と価値創造ストーリーの関係性が明確に示されていなければ、読み手の正確な理解には繋がりません(図表2参照)。
図表2 価値創造ストーリーと戦略の関係
価値創造ストーリーに必要なピースが関連性をもって統合報告書の中で説明されているかについて調査した結果、自社のビジネスモデルの持続性に重要な影響を与えるとされる事象(マテリアリティ評価)と関連付けたリスクと機会を説明している割合は、調査対象企業の22%(39社)でした。統合報告書においてリスクと機会を説明している企業が78%(136社)であるのに対して低い割合です。マテリアリティ評価により、特定された企業のビジネスモデルの持続性に重要な影響を与える事象と経営上の重要課題は、それぞれの事象におけるリスクと機会の分析結果と関連付けて説明することが、読み手の正確な理解を促すために大切です。
また、ガバナンスに関しては、中長期の経営戦略を実行するうえで機能する体制と仕組みの構築、そして実効性のある運用に関する説明が求められます。戦略実行を支える仕組みとしてのCEOの具体的要件を透明性の高い選解任手続とともに提示できれば、強固な戦略実行体制の説明となります。調査の結果、企業の持続的な成長を担い、経営環境の変化に対応した経営判断を行う最高経営責任者(CEO)に求められる資質について言及している企業は10%(17社)でした。このようなガバナンスの記載は、読み手に対して価値創造ストーリーの納得感を醸成するために有効なものであると考えられます。
III. 財務インパクトの大きい非財務情報を伝える
1. 何のためのマテリアリティか、何のための非財務情報か
価値創造ストーリーを構成する情報に繋がりを持たせるうえでの核であるマテリアリティに言及する企業は増加しており、調査対象企業の77%(135社)に上りました。しかし、その半数以上の42%(73社)が、その企業が解決に貢献し得る社会課題における重点領域という意味合いでマテリアリティを示しています(図表3参照)。
図表3 「マテリアリティの記載」に関する調査結果
企業のビジネスモデルの持続性の観点からマテリアルな課題が特定されているのは、36%(62社)にとどまりました。統合報告書の目的を鑑みれば、マテリアリティ評価においては、解決を目指す社会課題ではなく、自社が社会課題の解決に貢献しつつ経済価値を実現していくための阻害要因、換言すれば、企業のビジネスモデルの持続性に重要な影響を与える事象が特定される必要があります。経営者は、企業の目的達成に向けて、事業環境の変化を見通し、その状況下で事業を継続させるために、重要な経営課題を特定することが求められています。こうして特定したマテリアリティは、中長期経営戦略の基になる情報であり、価値創造ストーリーの軸となります。そのような価値創造ストーリーこそが、企業の持続性を見極めたい投資家との建設的な対話の実現に繋がります。
マテリアリティ評価は、その結果に基づいて中長期的な経営戦略が立案されるとともに、適切な経営資源の配分が検討されることから、取締役会による関与があって然るべきです。ビジネスモデルの持続性の観点でマテリアリティを特定している企業のうち、マテリアリティ評価における取締役会の関与について言及されているのは、42%(26社)でした。取締役会での十分な議論を経て特定されたマテリアルな課題の説明は、必ずや価値創造ストーリーを貫く軸となり読み手の理解を深めることに寄与することでしょう。
IV. どのような媒体でも、根底にあるストーリーは共有する
1. 今こそ企業内連携を強化し、報告媒体間の不整合を回避する
2019年の「企業内容等の開示に関する内閣府令」の改正や、「記述情報の開示に関する原則」の公表を受け、いま、有価証券報告書の記述情報が大きく拡充されようとしています。法定開示である有価証券報告書においても、ルールへの形式的な対応にとどまらない開示の充実が求められています。
「企業内容等の開示に関する内閣府令」の改正および「記述情報の開示に関する原則」で期待されている開示内容の多くは、従来から統合報告書での記載をきっかけに検討されてきた価値創造ストーリーと親和性が高い項目です。そのため、有価証券報告書の記述情報には、統合報告書の記載内容との共通部分が増えていくことが想定されます。当原則の適用による有価証券報告書の開示内容の拡大のイメージを示したものが図表4です。
図表4 「記述情報の開示に関する原則」の適用が開示範囲に与える影響
取締役会や経営会議の議論の適切な反映をするうえで、経営方針・経営戦略等、経営成績等の分析、そしてリスク情報などについて開示内容の充実が求められています。また、重要性・セグメントを意識した観点での開示情報の整理や図表などを用いたより読み手の理解が深まる工夫も求められています。
これらの開示に対する要請は、その多くが2020年3月期からの適用開始となっています。そこで、適用前の状況を把握することを目的に、有価証券報告書と統合報告書の開示状況の比較を行いました。
統合報告書において多くの企業がマテリアリティに言及している一方で、有価証券報告書においては、マテリアリティに関する情報を記載する企業は11%(25社)でした。今後はそれぞれの開示媒体で共通の価値創造ストーリーが記載されるとすれば、その前提となるマテリアリティについても同様に記載されることを期待しています。
また、有価証券報告書では、今期の財務成績に関する分析結果の説明が求められており、88%(199社)の企業が業績好悪の変動理由を記載しています。このうち、財務・非財務指標の両方を用いた説明のある企業は5%(12社)でした。統合報告書においては、58%(131社)の企業が業績好悪の変動理由を述べており、このうち15%(34社)の企業が財務・非財務指標の両方から説明しています。財務・非財務両方の指標を使用している企業は、業績の変動に影響を与える非財務指標を特定し、非財務指標の変動傾向を踏まえながら経営成績の分析を行っています。経営成績を測る指標として、財務的な成果が要請されることは当然ですが、非財務指標に基づく業績評価の提示は、現在および将来の企業価値を判断するための有用な情報になり得ます。売上や費用に影響を与える非財務指標の動向を踏まえた説明は、有価証券報告書における経営成績の分析の説得性の向上に繋がると考えられます。
企業は、多種多様な開示要請に応えるため、レポートごとに、その作成所管部門を分散しているケースが多いと思います。しかし、どのレポートにおいても、根底にある価値創造ストーリーが共有されていなければ、その有意性や実現可能性に疑問が生じます。今こそ、部門間の連携を強化することで一貫したストーリーを共有し、それを開示媒体ごとの役割や読み手に応じて工夫して発信することが望まれます。その努力は、投資家と企業の対話を促進し、投資家からの信頼獲得にも繋がるでしょう。
執筆者
KPMGジャパン
統合報告センター・オブ・エクセレンス(CoE)
ディレクター 神山 清雄
アシスタントマネジャー 郷原 聡志