日系企業によるクロスボーダーM&Aの要諦 - 海外事業の「さらなるバリューアップ」のための4つのアクションと課題 -

2019年3月に発表したM&A実態調査インタビューからの考察を踏まえた海外事業バリューアップの課題、および課題への個別アプローチについて解説します。

2019年3月に発表したM&A実態調査インタビューからの考察を踏まえた海外事業バリューアップの課題、および課題への個別アプローチについて解説します。

KPMG FAS海外事業バリューアップサービスチーム(以下GVSという)では、2018年9月刊行のKPMG Insight Vol. 32で「海外事業における日本企業の課題とバリューアップ実現のためのアプローチ」と題し、包括的な海外事業のバリューアップには「海外子会社における自律的かつ継続的なバリューアップ施策の実行」および「日本本社による積極的なサポート」という、海外事業バリューアップのPDCAサイクルの構築が重要であることを説明しました。
また、KPMG FASが2019年3月に発表した「M&A Survey~M&Aを成功に導くキーファクターと今後の課題に関する実態調査」では、調査対象企業の53%が「買収企業を経営できるグループ会社管理体制の整備」が、今後M&Aを成功させるために必要な取組みであると答え、29%の企業が既に取組みを始めていると回答しています。
しかし、GVSが2019年3月に発表した「日系企業によるクロスボーダーM&Aの要諦~M&A/海外事業バリューアップ~」のインタビューにおいて、「当初想定したシナジーが計画どおり実現しているか?」との問いに対して「Yes」と回答した企業は、わずか3~4割にとどまっています。
本稿では、当該インタビューからの考察を踏まえた海外事業バリューアップの課題、およびそれら課題への個別アプローチについて解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

  • シナジー効果の発現に向けたアクションは、DD/PMI期と、その後の通常オペレーション期で異なる。通常オペレーション期における「さらなるバリューアップ」アクションに十分取り組めている企業は少ない。
  • 「さらなるバリューアップ」アクションに対する共通課題は、現地でのモチベーションの低下、リソース不足およびカルチャーギャップである。
  • 「さらなるバリューアップ」の鍵は、上記共通課題に加え、個別アクション特有の課題の理解であり、その攻略に対する示唆がGVSインタビューへの回答から浮かび上がった。

I.インタビューから見える「さらなるバリューアップ」の取組みの現状

1.シナジー効果の発現に向けたアクション

GVSでは、過去2~5年に日系企業により買収された企業35社(アジア太平洋地域15社、欧州10社、南北アメリカ10社)に対してインタビューを実施、その結果をもとに、2019年3月に「日系企業によるクロスボーダーM&Aの要諦~M&A/海外事業バリューアップ~」を発表しました。そのインタビューでは、M&Aの成功定義の1つである「シナジー(の発現)」は、新規市場・事業への進出、販売チャネルの相互利用による売上規模の拡大あるいは知財・ノウハウの取得等、地域によって優先度にバラつきがあること、期待する発現時期は概ねM&A実行後3年以内との中期的目線であること、および当該シナジーの発現が計画どおりに実現している、と回答した現地経営者はわずか3~4割に留まることが分かりました。
さらに、この3年間に企業が取り組むべきシナジーの発現に必要なアクションとは何かとの問いへの回答から、「デューデリジェンス(DD)/統合支援(PMI)」フェーズでは3つの項目(a~c)、ディール後のいわば「通常オペレーション」のフェーズでは4つ((1)~(4))の項目に分けられる、重要なアクション項目が浮かび上がってきました(図表1参照)。

図表1 シナジー効果の発現に向けたアクション

 図表1 シナジー効果の発現に向けたアクション

出所:インタビュー、KPMG Analysis

2.通常オペレーション期における「さらなるバリューアップ」アクションに対する取組み

昨今では、多くの企業がM&Aの成功におけるPMIの重要性を認識し、PMIの準備に多大な時間・労力を費やしています。その結果、PMI完了直後から順調にシナジー効果の発現が実感されることも稀ではなくなりました。一方で、M&A後3年も経つと、シナジー効果どころか、海外子会社の業績がM&A前と比して悪化し、本社管理部門から我々が相談を受けることが多いのも事実です。
なぜ、このような事態に陥るのでしょうか。インタビューの回答の分析からは、通常オペレーション期に取り組むべき「さらなるバリューアップ」のための4つのアクション、(1)事業環境の変化を踏まえた戦略の再策定、(2)オペレーション改善、(3)日本と異なる常識を前提としたガバナンスの構築、および(4)最適なタイミングでの撤退・事業売却に、十分取り組めていないことが考えられます。さらにインタビューからは、多くの企業がそれらの取組みにおいて十分な実力が発揮できない理由として、全アクション共通、および個別アクション特有の課題が浮かび上がってきました。次項ではそれらを解説していきます。

II.「さらなるバリューアップ」アクション共通の課題

1.下がる子会社のモチベーションに反して上がる本社の要求

現地経営陣は、M&A実行後1~2年は目に見え、かつ簡単に対応できる課題をこなすことにより成果を出していきますが、3年も経つと時間の経過とともに難易度を増す取組みに直面し、従業員のモチベーションが徐々に低下していくのを実感し始めます。今回のインタビューでも、多くの現地経営者が、従業員のモチベーションの維持が、「さらなるバリューアップ」アクションの遂行における大きな課題の1つであるとコメントしています。
さらに、このころから本社経営陣の期待値も数段上がり、ますます「現場」と「本社」、「現実」と「理想」とのギャップが広がることになるのです。このギャップの広がりは、現場と本社それぞれの問題認識のズレをもたらし、適時に適切な連携を阻害して、以下に述べる現場でのリソース不足の一因となっていきます。

2.現地でのリソース不足

図表2では、海外事業の6つの「バリューアップ」領域において経営陣がフォーカスすべき項目をまとめていますが、変化する企業の事業環境は、これら項目に対峙する経営陣に常に大きなプレッシャーを与え続けています。現地経営陣は絶えずアンテナを張り巡らせ、社内のリソースを活用して事業の舵取りをしていくわけですが、多くの企業で必要なリソースが不足している状況であることがインタビューから浮かび上がってきました。企業のリソースには限りがあり、また海外子会社は経営のためのマネジメント人材を十分に確保できていないケースが多く、図表1の(1)〜(4)のアクションのうち最も優先度の高いアクションにすら、十分なリソースが割けないのが現状のようです。

図表2 6つのバリューアップ領域において、経営陣がフォーカスすべき項目例

図表2 6つのバリューアップ領域において、経営陣がフォーカスすべき項目例

3.異文化に対する理解

今回のインタビューにおける「戦略上抱えている課題は何ですか?」との設問に対しては複数の課題を挙げる回答が多く、同時進行的に複数の課題に取り組まなければならない現地マネジメントの苦労を伺い知ることができました。得られた回答の中では、「組織文化の融合・経営方針の浸透」および「ガバナンス・内部統制の強化」がそれぞれ回答の34%を占め、「販売・マーケティング戦略の見直し」の43%に次ぐ同率2位でした。
さらにアジア太平洋地域ではこれらの重要性が増し、「ガバナンス・内部統制の強化」が1位(40%)を獲得しています。アジア太平洋地域ではM&Aの対象となる多くの企業がオーナー企業であるため、「オーナー企業からの脱却に向けて意思決定プロセスの磨きこみが必要」という現地経営陣の問題意識が表れたものであり、特に新興国において大きな課題となっています。M&A後の統合をスムーズに進めるうえで、現地経営陣、特に日本からの出向者は、投資先の国・地域の文化や国民性が多種多様であり、それら「異文化に対する理解」が非常に重要であることを常に意識して現地従業員と接する必要があります。

III.個別アクション特有の課題

1.日本企業に多い間違い

本項では、個別アクション(1)~(4)特有の課題を順次解説していきます。
まず、インタビュー対象者も含め多くの現地経営陣が必要と認識しているアクション(1)「事業環境の変化を踏まえた(販売・マーケティング)戦略の再策定」に関するインタビューからの示唆は、現地経営陣の多くが戦略見直しの常套手段である「現地の市場調査・情報収集→市場環境の変化に基づいた戦略の修正→戦略の修正を加味した数値計画の修正→数値計画達成のためのアクションプラン作成」というステップを踏まず、戦略の見直しがないまま、数値計画のみ修正(多くは下方修正)してしまうという現実でした。またこの課題に対し、本社も現地市場の変化が見えていないために適切にサポートできず、「現地で考えて、進めておいて」という、やや投げやりとも言えるスタンスであることが、インタビュー回答者の1人(アジア太平洋地域の情報・通信会社の現地経営者)のコメントからも浮かび上がっています。
次に、アクション(2)「オペレーションの改善」に関する課題の示唆は、「さらなるバリューアップ」に向けてDDにより把握されたオペレーションの課題に対処すべく、ターゲットオペレーティングモデル(TOM)を構築するも、財務の観点から効果の高い改善策を特定・モニタリングする体制が伴わないという現実でした。実際、今回のインタビューで「シナジー発現が計画どおり進んでいない」と回答した現地経営者の企業の多くで、本国への報告にオペレーションKPIが含まれていない状況であったことが判明しています(本社からリクエストされていない場合も含む)。
アクション(3)「日本と異なる常識を前提としたガバナンスの構築」に関する課題は、ガバナンス・コンプライアンスポリシー等の規程類を、投資先の地域・国の異なる事情を無視して親会社規定をそのまま使用してしまうことです。なお、今回のインタビューでは「親会社、現地のどちらのコンプライアンスポリシーを採用していますか?」との設問に「親会社」あるいは「不明」と回答した回答者が、実に8割近くもいました。
アクション(4)「最適なタイミングでの撤退・事業売却」に関してはさらに状況が厳しく、「撤退基準の設定状況」に関する設問に対して、実に7割以上の回答者が「基準なし」と回答しています。もちろんこれらの企業の多くでは、親会社・地域統括会社レベルできちんと撤退基準が整備されていると考えられますが、前途のとおり、市場環境も含め、海外子会社を取り巻く現地事業環境を最も理解しているのは現地経営陣であることを考えると、「本社で」との考えは的外れと言わざるを得ません。

2.個別課題(1)および(2)への対応策

アクション(1)「事業環境の変化を踏まえた戦略の再策定」に対する対応策としては、M&A実行時に行われるビジネスDDの活用が考えられます。ビジネスDDの目的は対象企業の外部事業環境(市場・業界/競合等)および内部事業環境(戦略、構造および業績等)の理解を得ることと、それに基づく将来事業計画の策定ですが、このビジネスDDレポートを活用することで、足元の市場環境変化を効率的に因数分解することが可能になります。また、現場と本社が同じ目線で、現在の課題と向き合うことを可能にしてくれます。なお、M&A実行時において、未だ多くの日本企業が、費用対効果の観点からビジネスDDを内部リソースで行うことは珍しくありません。しかし、グローバリゼーションおよびテクノロジーの進化により急速に変化している事業環境を正しく理解するには専門家によるサポートが有用なことは疑う余地はありません。
また、シナリオプランニングも有効です。特に新興国においては、外部環境の変化のスピードが(国内に比して)早く、事業計画の確実な予測がほぼ不可能なため、1つの未来を予測するのではなく、今後起こりうる変化を(やや極端なものも含め)想定した複数のシナリオを描き、戦略再構築のインプットとすることによって、柔軟で達成可能な事業戦略の策定を可能にします。
アクション(2)「オペレーション改善」に対する対応策は、改善施策の導入・実装においてタイムリーなモニタリングを担保するために、海外子会社からの定期的な財務報告に加え、オペレーションKPIを含めることです。もちろん理想形は現地で経営(財務視点)と現場(オペレーション視点)が一体となったバリューアップの推進体制を構築することですが、現場から送られてくるオペレーションKPIに基づき本社が経営をサポート(効果の定量化および継続モニタリング)することにより、よりグループ戦略にアラインした現地オペレーション体制の構築が可能となります。

3.個別課題(3)および(4)への対応策

インタビューからは、多くの企業がアクション(3)「日本と異なる常識を前提としたガバナンスの構築」に対し、さまざまな対策を取っていることを伺い知ることができました。これらには、行動規範の整備、規程の明文化や研修プログラムの導入等の、従業員の意識改革の促進を意図したものから、相見積もりの原則化や業務フローの電子化等、実務的なものも含まれていました。これまで述べたとおり、アクション(3)の取組みの鍵は、「まずは相手をよく知る」ことに尽きます。
アクション(4)「最適なタイミングでの撤退・事業売却」に対する対応策も、「まずは基準の整備に取り掛かる」ことです。AIの台頭等、急速なテクノロジーの進化に象徴される現在のDisruptiveな事業環境の変化は、多くの企業において急激な業績の悪化を引き起こしかねませんが、一方で、それは同時にオポチュニティーにもなりえます。
経営陣は常に自社グループの子・関連会社をモニタリングしつつ、最適なタイミングでの事業撤退・売却の迅速な意思決定が可能な体制を構築しておく必要があります。前述のとおり、今回のインタビューでも7割以上の回答者が「撤退についての明確な基準がない/明文化されていない」と回答していますが、この現実こそが日本企業がクロスボーダーM&Aが「不得手」(=撤退や売却といった迅速かつ大胆な経営判断ができない)と言われる一因であるのかもしれません。撤退基準はもちろん特定の事業からの撤退時に重要ですが、さらに重要な局面は、変化し続ける環境の中で撤退した場合のシナリオを描くことにより、事業の方向性をより現実的に検討する、ポートフォリオの最適化なのです。

執筆者

株式会社 KPMG FAS
海外事業バリューアップ(Global Value-up Services:GVS)
ディレクター 山埼 冬樹
シニアマネジャー 牛越 伊知郎

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