顧客ロイヤルティの真実
20ヵ国以上の消費者18,520人を対象として顧客ロイヤルティに関する調査を実施し、その結果概要を解説します。
20ヵ国以上の消費者18,520人を対象として顧客ロイヤルティに関する調査を実施し、その結果概要を解説します。
この度、KPMGジャパンは、KPMGインターナショナルが発行した「The truth about customer loyalty」(2019年11月)の日本語訳「顧客ロイヤルティの真実 世界の消費者がリピーターになる理由を明かす」を発行しました。消費者のロイヤルティを維持するものは何か。これまでの消費者は、価値・便利さ・体験を基準に行動しました。しかしこれからは、選択・目的・プライバシーも重視されます。一方、企業は顧客を、守り、育て、戦略的に投資すべき対象として捉えはじめており、顧客ロイヤルティを理解しようと努めています。本調査レポートでは、20ヵ国以上の消費者18,520人を対象として顧客ロイヤルティに関する調査を実施し、その結果を報告しています。本稿では、その概要を解説します。
ポイント
- 顧客によるロイヤルティの定義
ロイヤルティを得るには、従来のポイントやリワードよりも企業の透明性や誠実性の方が重要。 - ロイヤルティを刺激するもの
消費者の特定企業・ブランドへの愛着は、サステナビリティ、企業の透明性、イノベーションへの取組みが自分と共通の価値観によるものかどうかで決まる。 - ミレニアル世代(1982年~1999年生まれ)の真実
10人に6人以上がロイヤルティプログラムのリワードを個人利用よりも善意の寄付に充てたいと考えている。またデジタルネイティブは、従来型の店舗も活用している。 - ロイヤルティプログラムを作り直す
ロイヤルティプログラムの改善は、使いやすさ、目的の明確さ、認知度を上げる、一新する、の4項目に焦点を当て取り組むべき。またプログラムを簡潔明瞭にし、デジタル技術を駆使すれば、消費者と長期的な関係を築くチャンスとなる。
I.顧客によるロイヤルティの定義
1.顧客がリピーターになる要因の変化
ブランドに対するロイヤルティを得るのにポイントやリワードを有効な手段と答えた回答者はわずか37%にとどまりました。しかし、新興経済国ではこの割合が高く、中国で54%、メキシコで50%、インドで49%であり、これらの国ではポイントやリワードは未だ有効な手段と考えられます。一方、ほとんどの国では、ロイヤルティを得るために、ポイントやリワードよりも企業の透明性や誠実性の方が重要とされています。ブランドが取り組むイノベーションへの評価(43%)、ブランドの信用も引き続き重視されています。ジェネレーションZとミレニアル世代は、ベビーブーム世代・沈黙の世代よりもはるかに心地良さと親しみやすさを重視する傾向があります。
2.ポイントカードから顧客データへ
リワードは今でもロイヤルティプログラムには欠かせませんが、データによって顧客のことをより深く理解できるようになれば、オファーやプロモーションをカスタマイズし、パーソナライズする方が簡単な場合もあります。企業が次世代の消費者にリーチするためには、スマートな予測分析システムを備える必要があります。一方、自分のことを「特定のブランドの愛好家」であると考える消費者はわずか8%でした。また46%の消費者が5年前よりも新しいブランドを試すことが増えたと回答しており、消費者の購買動機の変化が見て取れます。
3.顧客ロイヤルティの価値の持続
顧客を獲得するには、顧客を維持するよりはるかに多額のコストがかかります。ロイヤルティの高い顧客はリピート収益源として貴重です。回答者の52%が、例え競合商品を安く容易に買えるとしても、好きなブランドを買いたいと答えていることも、ロイヤルティが持続している証拠です。口コミが有力なマーケティング手法であることからも、推薦者となり得る既存顧客が貴重な存在であることは明白です。回答者の86%が好きな企業やブランドを友人や家族に進めるとし、66%が肯定的なレビューをネットに書き込むと答えています。ミレニアル世代の10人に7人以上は、お気に入りのブランドについてレビューを書くことが多いと答えています。こういった、オンラインレビューの広まりは、デジタル化時代において、企業やブランドの評価を大きく左右します。ただし、この口コミの度合は、国によって異なります。日本では、特定企業を推薦する可能性の高い消費者はわずか56%でしたが、南アフリカでは95%でした。
インスタント・グラティフィケーション(欲しいものはすぐ手に入れたいと思う消費者の欲求)が主流の時代では、競争力学は瞬く間に変化する可能性があります。従来、顧客ロイヤルティを獲得する決めては「価値・便利さ・体験」でしたが、これからは「選択・目的・プライバシー」も重要となります。
II.ロイヤルティを刺激するもの
1.顧客がリピーターになる要因の変化
成熟ブランドのほとんどが、成長の85%以上をロイヤルティ顧客から得ています。しかし、ブランドと小売事業者は自社のロイヤルティプログラムを開発・発展させていくうちに、複雑にしすぎている可能性が高いです。ロイヤルティを刺激するものとして回答者の74%が商品の品質を、66%が金額に見合う価値を、56%が顧客サービスを挙げていますが、これらは普遍的な項目です。
今回のグローバル調査では、国、年齢層、商品カテゴリーによる興味深い違いが明らかになりました。消費者の37%が重視しているサステナビリティに対する取組みは、中国では特に関心が高く半数以上に上ります。企業の誠実性と透明性については、ブラジルと中国では10人に6人が、またミレニアル世代の51%(全世代では49%)が重視しています。そしてすべての商品カテゴリーにおいて、消費者は商品を販売する小売事業者よりも特定のブランドにロイヤルティを持つ傾向があります。たとえば、食品や飲料を購入する時、少なくとも1つのブランドにこだわると答えた消費者は51%でしたが、それを販売する特定の小売事業者にこだわるとした人はわずか38%でした。
インターネットも、ソーシャルメディア、オンラインレビュー、インフルエンサーを通じてロイヤルティを刺激します。中国では、消費者の40%(全体では23%)がお気に入りのインフルエンサーによる推薦に影響を受けており、2018年にはこうした推奨によって155億ドルの売上が発生しています。インド、メキシコ、タイの消費者もインフルエンサーの影響を受けやすく、世界中のミレニアル世代も4人に1人が影響を受けています。
2.心と頭と財布
消費者の10人に6人が、特定企業に愛着を持っている理由として個人的な繋がりを感じているからと回答しており、企業が顧客の頭と財布だけでなく心にも訴えかける必要があることを示唆しています。そして、特定の企業やブランドへの愛着は、サステナビリティ、企業の透明性、イノベーションへの取組みが、自分と共通の価値観に基づいているかで決まります。消費者と企業の関係は、二次的な取引主体から多元的な関係性へと変わってきており、顧客が何に価値を見出すかをカスタマーセントリック志向で徹底して理解することが重要です。多くの消費者は、従来のロイヤルティプログラムの特典が増えるより、サプライズ的なものやプレゼントを好んでいます。
3.パーソナライゼーション
消費者はパーソナライゼーションを求めているというのが業界の通説でしたが、パーソナライゼーションやロイヤルティプログラムを主要なメリットと感じている消費者は、わずか5人に1人でした。パーソナライゼーションを語る企業の多くは、顧客の名前が入った電子メールを送るレベルです。実際に顧客のセグメント化や
マイクロセグメント化を行っている企業もありますが、顧客を十分に理解し一人ひとりに適切なクーポン、プロモーション、レコメンデーションを提供できる段階に達している企業はごくわずかです。本当にパーソナライズされたオファーは、はっきりと目に留まり、収益増に繋がります。
パーソナライゼーションには消費者のプライバシーへの懸念がつきものです。購買行動を追跡されることへの警戒心がロイヤルティプログラムへの参加を思いとどまらせる要因となっており、その傾向が最も高いのはドイツ(28%)ですが、中国と香港、カナダ、英国でもこの懸念が比較的高くなっています。
III.ミレニアル世代の真実
移り気、ナルシスト、権利意識が強いなどと言われるミレニアル世代について、本調査が示す実像は異なるものでした。ミレニアル世代の10人に6人以上が、ロイヤルティプログラムのリワードを個人的に使用するよりも善意の寄付に充てることを希望しています。ベビーブーム世代では、この割合は40%です。ミレニアル世代とさらに若いジェネレーションZは、上の世代よりもリワードを寄付することを選ぶ傾向が強く、特に中国とインドで強いです。ミレニアル世代は、あらゆる商品カテゴリーにおいて特定のブランドにロイヤルティを持つ傾向が強く、この傾向は年齢とともに薄れます。特にアパレル・靴・アクセサリー・化粧品については、特定のベンダーを好む傾向が強いです。また、ミレニアル世代は、企業の透明性と誠実性、環境問題への取組み、イノベーションをロイヤルティの重要要素と考える傾向がやや強いです。世代間の違いが顕著なのは、ロイヤルティプログラムについてどう考えているかです。プログラムに参加しにくいかリワードを得にくい、まははその両方だと考える人の割合は、ベビーブーム世代で49%、回答者全体で61%に対し、ミレニアル世代では69%に上ります。ミレニアル世代でプログラムに一切入っていない人は、わずか7人に1人です。入っている人のうち81%が、会員になったことでその企業への支出が増えると答えています。この割合は、ベビーブーム世代で61%、全体で76%です。なお、ミレニアル世代はデジタルネイティブですが、従来型店舗に強い親近感を持ち、カテゴリーを問わず50%の人が主にまたはすべて実店舗で買い物をすると答えました。これに対し、主にまたはすべてオンラインで買い物をすると答えた人は14%にとどまります。ミレニアル世代のインターネットの主な使いみちは、オンラインレビューの閲覧(46%)、お気に入りのインフルエンサーの発言の確認(24%)、ソーシャルメディア上の評判の把握(28%)です。また、評判を把握した後にソーシャルメディアを通じて購入しています(米国のミレニアル世代の35%)。
IV.ロイヤルティプログラムを作り直す
1.ロイヤルティプログラムの改善
消費者の59%がお気に入りのロイヤルティプログラムを週1回未満しか利用しておらず、回答者の96%が、顧客ロイヤルティプログラムに満足していないことからも、顧客ロイヤルティプログラムを改善する余地があることは明らかです。現在のロイヤルティプログラムには5つの種類があります(図表1参照)。
図表1 ロイヤルティプログラムは進化している
- 消費者が買い物をするたびにポイントが貯まるポイントベースのロイヤルティリワードカード
- クーポンや交換可能ポイントを提供する高度なロイヤルティリワードカード
- 複数のブランドで利用できるマルチブランドのランクアップ制度があるロイヤルティリワードカード
- パーソナライズされ、カスタマイズされたオファーが提供される特権的ロイヤルティプログラム
- 1つのエコシステムの中ですべてのものが揃う、利便性が高く、リワードも提供される包括的ロイヤルティプログラム
改善の方向性は、4.の直接または間接的にパーソナライズしカスタマイズしたオファー付きの特権的ロイヤルティプログラムか、5.のTencent(WeChatを通じて)やAlibabaなどの企業が提供している利便性に優れた包括的なロイヤルティプログラムとなるでしょう。ロイヤルティプログラムの改善においては、以下の4項目を重点検討するべきことが、本調査で明らかになっています。
- 使いやすさ:消費者の10人に6人以上がロイヤルティプログラムは参加しにくいかリワードを得にくいと回答しています。面倒な登録手続、ルールや条件の説明不足や頻繁な変更、リワードの使い勝手の悪さなどが要因です。
- 目的の明確さ:ロイヤルティプログラムの会員の49%が、プログラムに入りすぎていると回答しており、リワードが分かりにくくなっていると考えられます。中国では消費者の72%が入っているプログラムが多すぎると答えており、入ったことを忘れ、ポイントを把握できなくなり、興味を失っている可能性があります。
- 認知度を上げる:ロイヤルティプログラムに入っていない消費者の3人に1人が、入っていないのはプログラムに気付いていないからと答えています。なお、全体では17%の消費者が1つもプログラムに入っていませんが、その多くはプライバシー面を警戒し、あるいは選択の自由を保ちたいためであり、今後もプログラムに入らないと考えられます。
- 一新する:消費者の約半数は、ロイヤルティ顧客に対する新しいリワードの方法を求めています。共感や感情的な繋がりに真のロイヤルティを感じており、善意の寄付やエクスクルーシブな体験の提供など、思いがけないオファーが効果をもたらす新たなリワードとなる可能性があります。
2.新しい世代に向けた新しいプログラム
約4億人のミレニアル世代が暮らす中国では、Alibaba、JD.com、Tencentなどが、テクノロジーに精通したミレニアル世代にとっての顧客ロイヤルティを再定義し、デジタル技術を活用して顧客の日常生活へ浸透させています。
ミレニアル世代やジェネレーションZに訴求するためのロイヤルティプログラムは、どれほど複雑になっても、その中心となるリワード提案はシンプル、簡潔、明確にするべきです。デジタル技術は脅威と考えられがちですが、ブランドや小売事業者にとって、取引方法に関係なく顧客にアプローチし、消費者と長期的な関係性を築くチャンスです。顧客ロイヤルティの改革はまだ道半ばです。顧客の4人に3人は、より良いオファーを受けたら他で買うと答えているのです。
執筆者
株式会社KPMG FAS
執行役員 パートナー 中村 吉伸
KPMGコンサルティング株式会社
パートナー 箕野 博之