新型コロナウイルス長期化に向けて企業が考えるべき真の意味での事業継続戦略とは?
COVID-19の長期化を想定し考えておくべき課題と、企業に求められる真の意味での事業継続戦略と講じるべき対応策について解説します。
COVID-19の長期化を想定し考えておくべき課題と、企業に求められる真の意味での事業継続戦略と講じるべき対応策について解説します。
COVID-19対応に関する3つのステージ
本稿執筆時(2020年4月6日)では、COVID-19の感染は南極を除くすべての大陸と主要国に拡大し、世界の各都市でロックダウンが発生しています。ご承知のとおり、日本においても2020年4月7日、ついに緊急事態が宣言されました。これまでにないレベルで、世界同時に危機的な状況に陥っており、さらに自粛などの影響により、NYダウ平均株価は大幅な雇用情勢の悪化予測も影響し、大幅値下げなど不安定な値動きが続いています。日本経済への影響も大きく、日経平均株価は3月に1万7000円を割り、リーマンショック以来のコロナショックと言われ、影響は計り知れません。COVID-19のワクチン開発時期についても、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長による3月の会見では「最低でも12ヵ月から18ヵ月はかかる」という発言も出ており、企業は影響が長期化する可能性も含めて対応を講じる必要があります。
以下に、COVID-19対応を3つのステージに分け、解説します。
COVID-19対応に関する3つのステージ
(1) ステージ1:安心・安全の確保
従業員(家族を含む)、顧客、取引先、社会等に対して、身体の安全と安心感の醸成を目的としたいわゆる感染拡大防止策を講じる段階です。2020年4月6日現在、多くの企業は本ステージにいますが、感染爆発を防止するために最も重要なステージであり、この初動対応を誤ると従業員の多くが罹患し業務を強制的に停止せざるを得ない状況に陥ります。
(2) ステージ2:オペレーションの維持・継続
今後罹患者が増えると、計画的に業務を停止する必要が想定されます。また、外出自粛や在宅勤務の継続による業務の効率性低下や、事業への直接的な影響による売上・利益の低下が予想され、事業と組織運営をいかに持続していくかが重要なステージとなります。既に多くの中小企業では資金繰りに影響が生じていますが、大手企業においても取引先である中小企業の操業状況による影響も含め、事業への影響は計り知れないものがあります。
(3) ステージ3:「ニューノーマル」への適応・変革
COVID-19が仮にピークアウトしたとしても、以前と全く同じ状況に戻るとは言い切れません。「ニューノーマル(新常態)」と呼ばれるように、社会や経済の構造的な変化が避けられない状態になることが予想されます。たとえば、在宅勤務に慣れてしまった従業員が、常に在宅での勤務を指向することも考えられます。また、これまでの事業継続計画(BCP)では、グローバルな地域分散が是とされていましたが、このような世界的なパンデミックのケースでは、グローバルサプライチェーンを分散するのではなく、地産地消でのサプライチェーンがより望ましいというような考え方が主流となるかもしれません。これらの状況に対応するべく、業務プロセス、ワークスタイル、サプライチェーンなどの変革が、企業に求められるようになります。
3つのステージを踏まえて求められる真の事業継続戦略とは?
一般的なBCPは、「現在の経営リソースへの影響」を前提として策定されます。たとえば、「明日」災害等が発生した場合、どのように事業を継続するのか?という観点で、重要な事業・業務を特定し、代替プランや減災対策を検討します。しかし、長期化が懸念されるCOVID-19のケースでは、現在の経営リソースを想定するだけでは足りず、「未来の経営状況を踏まえた影響」に対する「事業継続戦略」を検討し、早期に対策を講じていくことが求められます。真の意味で、「事業をいかに継続していくか」を想定し、対策を講じていかなければなりません。
次章で、想定される課題をまとめます。
COVID-19長期化を見据えて検討すべき事業継続戦略の課題
各論点における対応の方向性
論点1:市場変化に合わせた収益構造改革
COVID-19により、株価への影響を受けている企業は少なくありません。外出自粛などによる売上低下、需要減少などが発生しています。そのような中で、既存事業の収益モデル変革や、新収益源の創出による事業ポートフォリオの見直しの必要性を強く感じている経営陣もおられるのではないでしょうか。検討すべき事項と論点を以下に挙げます。
(1) フロービジネスとストックビジネスのバランスは適切か?
⇒フロービジネスに過度に偏っている場合、ストックビジネスの拡大も検討する。
(2) 市場の需要変化に伴い事業ポートフォリオの見直しは不要か?
⇒人口動態の変化や、新型コロナウイルスに伴う需要変化を踏まえ、影響を受けやすい事業・受け難い事業を振り分け、ポートフォリオ見直しに向けた活動を行う。また、新収益源の創出も検討する。
(3) 固定費の削減は可能か?
⇒固定費の上昇を抑えるために、人件費の見直し、リモートや在宅勤務拡大に伴うスペースコストの削減などの検討を行い、収益への貢献を行う(下記の論点2も一案である)。
論点2:管理部門の効率化、スリム化(経営体質改善)
COVID-19の対策として半ば強制的な在宅勤務が始まった企業もあると思われますが、蓋を開けてみると在宅勤務でも業務への影響はさして大きくないという感想を持たれた方も多いのではないでしょうか。特に、コストセンターとなるような部門においては、在宅勤務やリモート勤務で支障がないようであれば、固定費の大幅な削減も可能となります。また、管理部門については、不要な打ち合わせやプロセスではなく成果で評価せざるをえない状況が発生し、人員の見直しの必要性を感じた企業も多いのではないでしょうか。
主な論点と対応の方向性を以下に挙げます。
(1) 新規採用の数は適切か?
⇒新規採用をむやみに拡大するのではなく、既存の人員をいかに維持し成長されていくかという方向性も一案である。
(2) アウトソースを最大限活用し、リスクを分散できないか?
⇒コア業務・ノンコア業務を再振り分けし、コア業務であっても専門家活用により社内リソースを効率化できないか検討する。
(3) デジタル化・ペーパーレス化による効率化・スリム化は可能か?
⇒在宅勤務やリモート勤務を前提とした場合に求められるITツールへの投資や、株主総会や取締役会のデジタル化などによる効率化・スリム化を検討する(株主総会は完全デジタル化できないが、バーチャル株主総会については経済産業省よりガイドラインが発行されている)。
論点3:「ニューノーマル」に適用した事業継続戦略の見直し
「ニューノーマル(新常態)」としては、「リモートワーク」が当たり前の状態となることが考えられます。出勤=仕事であるという概念はなくなり、自宅やシェアオフィスなど「場所を選ばず」仕事をする環境が常識となることが想定されます。そのような状況下において、既存のBCPでは、重要な業務を遠隔地で行うような代替戦略を立てているケースも多いと思われますが、常に居場所が分散されていることを想定した場合に、どのような危機コミュニケーションを行うかを検討すべきです。
主な論点と対応の方向性を以下に挙げます。
(1) 既存の重要業務は勤務地が限定されるか? リモートで対応可能か?
⇒やむを得ない場合を除いて、場所に捉われない業務設計に見直すことが、有事の対応力向上につながる。どうしても出社が必要な業務に関しては、そのボトルネックを特定し、中長期的に解消していくことをお勧めする(情報セキュリティの問題であれば、リモートワークのセキュリティ評価を行い、ツールの見直しや運用ルール変更により実現を可能にするなど)。
(2) サプライヤー、物流会社、委託先などのBCP戦略に対する評価・支援は可能か?
⇒自社だけがニューノーマルに対応した計画では実行性がないため、サプライチェーン全体の関係者を巻きこんだ対応が求められる。自社の考え方を伝達し、重要取引先によっては、一定の投資や自社ツールの貸与などによる支援を行い、対応することも一案である。
(3) スマートファクトリー化などによる人に依存しない環境は実現できないか?
⇒「スマートファクトリー」を最初に提唱したのはドイツ政府であるが、製造業界全体を刷新する国家プロジェクトとして、「インダストリー4.0(第四次産業革命の意)」を推進している。「インダストリー4.0」は、製造業界全体の徹底した効率化と高品質化を実現することであり、「インダストリー4.0」を体現する工場を「スマートファクトリー」と表現している。スマートファクトリーは、工場内の機械をIoT活用によりインターネットに接続して、作業を人からロボットに移行して効率化するものである。BCPの観点では、スマートファクトリー化が進むことにより、人に依存しない事業継続が可能となる。ある工場が被災したとしても、仮に設備さえ無事であれば人が行かずともリモートで操作することが可能となるため早期復旧が見込める。
論点4:グローバルサプライチェーンの最適化・強靭化
今回のCOVID-19では、人の移動の制限や、ロックダウンによる工場の停止など、グローバル全体に渡るサプライチェーンの影響が非常に大きいと言えます。グローバルサプライチェーンに対するリスク対策として、従来は地域分散するなどの対応は有効と言われていましたが、COVID-19では地域分散していることで影響を受けたケースも存在しました。地産地消がいいのか、分散する形がいいのかは一概には言えませんが、リスクとコストを踏まえて、どうすれば効率的かつ、止まらないサプライチェーンを構築することができるのか、改めて考える機会になっているのではないでしょうか。
主な論点と対応の方向性を以下に挙げます。
(1) 自社サプライチェーンは現在の事業環境・リスクを踏まえて最適か?
⇒リスク、関税、コストなどあらゆる観点で見たときに、主要事業のサプライチェーンは最適となっているかを検討する。地産地消か、分散か、そのバランスを取った形を再検討する。
(2) グローバルサプライチェーンに潜むリスクの特定はできているか?
⇒グローバルサプライチェーンリスクマネジメントという観点で、原材料・部品の調達から、生産、物流、販売に至るまでのサプライチェーンに存在するリスクを特定・評価し、サプライチェーン寸断を回避するために必要な対策を講じることを目指す。一般的なサプライチェーンマネジメント(以下、SCM:Supply Chain Management)はスループット効率を図るために「モノの流れ」や、それを実現するシステムに着目することが多いが、グローバルサプライチェーンリスクマネジメントは「カネの流れ(商流)」「ヒトの配置(組織構成・人材配置・雇用形態等)」「情報の流れ(報告連絡体制・システムネットワーク構成等)」「設備配置(生産設備・拠点設備等)」等の観点からサプライチェーンを俯瞰してリスクを分析する。以下のリスク分析の観点例を参考としていただければと思います。
論点5:デジタル活用による事業継続戦略の実行力向上
AI、ブロックチェーン、5Gなどのデジタルを最大限活用し、各論点における具体的施策をより確実に実行できるように投資を行うことで、中長期的な事業継続性向上が実現可能となります。逆に、一定のデジタル活用を行わない限り、将来的な事業継続を考えた場合の実効性は著しく落ちるとも言えます。従業員や工場が物理的な場所ではなく、ITネットワークで繋がっていく中で、それらを結ぶためのツールがなければ事業継続戦略の実行は難しいと言えるでしょう。
事業継続戦略の観点で求められる、デジタル活用の論点と対応の方向性を以下に挙げます。
(1) グローバル全体のリスク情報を収集・可視化できるツールは整備できているか?
⇒各社の被災状況が報告・管理・分析できるツールを整備し、ホワイトボードで情報集約をするのではなく、スマートフォンで撮影したものを共有し、被害状況の報告と対応指示が1つのプラットフォームで可能となるツールを構築し管理することが必要である。
(2) ビデオ会議、共有ホワイトボードツールなどの活用でリモート緊急対策本部のインフラが整っているか?
⇒リモートで緊急対策本部などの打ち合わせを行う場合、ビデオ会議や共有ホワイトボードなどのツールを最大限活用することが求められる。現在は、ZoomやTeamsなどを活用したビデオ会議を行っている企業も多いと思うが、単純なビデオ会議や資料共有だけでなく、ホワイトボードなど手書きで記載したものが同時に共有されるようなツールを導入することも一案である。
まとめ
COVID-19の長期化を踏まえて、企業として求められる事業継続戦略というテーマで解説してきましたが、改めて、企業としていかに危機を乗り越え成長するか、いわゆる「レジリエンス」をいかに高めるかということが重要であると言えるでしょう。
レジリエンスとは、元々物理学の用語であり、「負荷がかかって歪んだものを跳ね返す力」という意味で用いられていましたが、転じて、「精神的な回復力」、「抵抗力」という意味でも使われるようになった心理学用語でもあります。筆者は、レジリエンスを、「危機や環境変化に打ち克ち、それを糧に成長できる組織の力」であると定義します。
危機管理マニュアルや防災計画・BCP等は、あくまでも事前に想定した範囲での計画であり、その想定を超えた場合には、最後は従業員一人ひとりの能力や意識、統制等の組織力に依存することになります。つまりレジリエンスが高い組織とは、自らの存亡を左右するような環境変化や危機的状況を受け入れ、変化の過程で柔軟に状況を判断し、時としてそれを活かしながらあらゆる適応手段を探りつつ、最善の方法を選択していくことができる組織と言えます。
現在のような危機的状況下では、「自分がどう行動するのか」、「どこまで自主的に考えて行動することができるのか」が重要な要素であり、日頃から指示待ちの風潮が漂う組織では、そうした事態を打開することはできません。
COVID-19が長く、社会や企業に影響を与え続ける可能性は懸念されますが、企業や個人にとっては、この状況を乗り越えるためにどうすべきかを前向きに考え、取り組んでいくことが必要です。
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執筆者
KPMGコンサルティング
ディレクター 土谷 豪
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