欧州銀行の先行事例の開示から見えるIFRS予想信用損失会計

本稿では、適用1年を経た欧州G-SIBsの一部(12行)の定量的な開示内容を比較検討しながら、欧州の銀行におけるIFRS第9号の予想信用損失会計導入の影響をまとめました。

本稿では、適用1年を経た欧州G-SIBsの一部(12行)の定量的な開示内容を比較検討しながら、欧州の銀行におけるIFRS第9号の予想信用損失会計導入の影響をまとめました。

IFRS第9号「金融商品」の強制適用が2018年1月1日より始まり、欧州の銀行はIFRS第9号を適用した2018年12月期のアニュアルレポートを公表しています。G-SIBs(Global Systemically Important Banks:グローバルなシステム上重要な銀行)のIFRS第9号の適用による財務的影響及び適用上の課題への対応については、KPMG Insight Vol.31(2018年7月号)「欧州、カナダの先行事例の開示から見えるIFRS予想信用損失会計」において解説しました。本稿では、適用1年を経た欧州G-SIBsの一部(12行)の定量的な開示内容を比較検討しながら、欧州の銀行におけるIFRS第9号の予想信用損失会計導入の影響をまとめました。本稿は2019年5月18日時点で公表されている対象とした12の欧州銀行のアニュアルレポートの開示内容を基に分析を試みております。

ポイント

  • 適用初年度の開示は、それぞれが自行の算定方法や利用したパラメーター等に関する開示を行っていると考えられるが、統一したフォーマットが存在せず、各行の開示内容に多様性があり、単純な数字の比較は難しい状況である。
  • 比較可能な数字に基づき計算した2018年12月末時点のローンに対する引当率は、対象とした9行の平均で、ステージ1は0.19%、ステージ2は、4.07%であった。
  • 引当金の増減表開示は各行特色のある開示となっている。感応度分析は定量的に記載している銀行が12行中5行であった。
  • 英国において、整合性と比較可能性を有する予想信用損失の質の高い開示の促進を目指すタスクフォースが発足しており、その勧告内容が浸透すれば、予想信用損失の開示においてより有用な情報がもたらされることが期待される。

I.エクスポージャーと損失評価引当金

IAS第39号の発生損失モデルからIFRS第9号の予想信用損失モデルへの変更による導入時の影響として、KPMG Insight Vol.31(2018年7月号)における分析では、対象とした欧州のほとんどの銀行において、その程度は異なるものの、引当金が増加したことが明らかになりました。その主な要因は、信用損失の非線形を表す複数の将来予想シナリオを使うことにより、ベースシナリオからの追加の引当金額が計上されたこと、ステージ2の商品に対して、全期間の予想信用損失を計上したこと、また、IAS第39号の発生損失モデルでは損失発現期間が12ヵ月よりも短かったが、予想信用損失モデルにおいてステージ1の商品に12ヵ月の予想信用損失を計上したことなどが考えられました。
本稿では、アニュアルレポートの開示情報から、適用時の期首と期末のステージごとのローン及びオフバランス項目について、エクスポージャーと引当金の金額を用いて引当率を計算し、期末のエクスポージャーに対する引当率及び期首と期末の引当率の変化を分析しました。ここでは、ローンは、償却原価で測定する区分及びFVOCIで測定する区分の両者を対象とし(リテール、ホールセールは区別しておりません)、オフバランス項目は、ローンコミットメント、金融保証契約を対象としています。なお、対象とした欧州の12行のうち期首、期末での比較可能な数値情報が確認できた銀行のみ分析対象としており、ローンについては9行、オフバランス項目については8行です。

1.2018年12月31日時点の引当率

2018年12月末時点におけるステージごとの引当率は、図表1のとおりです。

図表1 ステージ別の2018年12月31日時点の引当率

ステージ別の2018年12月31日時点の引当率

9行を平均すると、ステージ1のローンに対する引当率は0.19%、ステージ2のローンに対する引当率は、4.07%、ステージ3のローンに対する引当率は、47.97%です。一番低い引当率と一番高い引当率の差はステージ1は0.4%、ステージ2は8%です。一方、オフバランス項目の引当率をみてみると、ステージ1の引当率は各行で大きなバラつきは見られず、8行の平均は0.05%、ステージ2ではE銀行が突出した引当率となっていますが、平均すると0.96%、ステージ3に対する平均引当率は17.37%です。各行での引当率の違いは、保有するポートフォリオの商品性、地域性の違いによるものと考えられます。

2.引当率の変化

期首から期末の引当率の変化率を各行で比較したものが図表2になります。

図表2 ステージ別の引当率の変化率

ステージ別の引当率の変化率

出典:分析対象G-SIBsの2018年12月期のアニュアルレポートの開示より執筆者作成

ローンの引当率の変化については、ステージ1は、期末に減少している銀行が5行、増加している銀行は4行です。ステージ2についても期末に減少している銀行が5行ですが、I銀行では大きく増加しています。ステージ1、ステージ2ともに増加しているI銀行は、期末に将来予想シナリオの加重をダウンサイドに比重を置くように変えていました。したがって、引当率の増加は、将来の経済が悪化すると予想している結果といえるかもしれません。ステージ3についてはA銀行を除いて引当率が減少している傾向が読み取れます。
オフバランス項目については、ステージ1について大きく減少している銀行は2行あり、ステージ2については増加している銀行、減少している銀行でバラツキがみられます。オフバランス項目に対する引当金額自体が小さく、少しの動きで引当率にも大きな影響を及ぼすことが、このようなバラツキが生じる要因と考えられます。

II.損失評価引当金の増減表

損失評価引当金の期首から期末の増減内容を表す開示は、ステージごと、商品区分ごとに分けて、開示することが求められています。基準における設例では、以下の増減内容を表す項目が記載されています。

  • 全期間の予想信用損失への振替
  • 信用減損金融資産への振替
  • 12ヵ月の予想信用損失への振替
  • 当期中に認識の中止が行われた金融資産
  • 組成または購入した新規の金融資産
  • 直接償却
  • モデル/リスク変数の変更
  • 外国為替及びその他の変動

欧州12行の記載項目を比較すると、各行それぞれ特色のある開示となっています(図表3参照)。

図表3 増減表の特徴

増減表の特徴

出典:分析対象G-SIBsの2018年12月期のアニュアルレポートの開示より執筆者作成

例えば、ステージ移動について基準における設例のようにすべてのステージの動きを記載している銀行が多数を占めますが、ステージ移動として一つの項目にまとめている銀行も複数あります。また、期首残高ベースで変動額を記載するのではなく、再測定金額も含めて振替額を記載しているケースもあります。直接償却はほとんどの銀行は開示していますが、組成/購入、認識の中止をネットする、あるいはそれらと再測定などの項目をすべて一つの項目にまとめてネットで表示している銀行もあります。
引当金控除前の償却原価総額の動きが重要な場合にはその増減の開示が基準上求められていますが、そのグロスエクスポージャーの増減表を併せて開示している銀行もあります。このようなスタイルの開示は、引当金の増減の理由を財務諸表利用者が理解するのに資すると考えられます。

III.予想信用損失の感応度分析

IAS第1号「財務諸表の表示」において、企業は将来に関して行う仮定及び見積りの不確実性の主要な発生要因のうち、翌事業年度中に資産及び負債の帳簿価額に重要性のある修正を生じる重要なリスクがあるものについての情報の開示が求められます。この開示規定に準拠するために予想信用損失についてどのような情報を開示すべきかは議論があるところです。
欧州12行の予想信用損失の算定は、複数シナリオを考慮して行われています。このシナリオに変更を加えて定量的な感応度分析を行っている銀行は、12行中5行ありました。その具体的な事例は、以下の通りです(図表4参照)。

図表4 感応度分析の特徴

感応度分析の特徴

出典:分析対象G-SIBsの2018年12月期のアニュアルレポートの開示より執筆者作成

  • 財務数値である予想信用損失の算定に用いたシナリオは5つである。将来の景気動向をアップワードの場合とダウンワードの場合の2種類に分けてそれぞれ、5つのシナリオの確率加重を変えて感応度の数値を算定している。
  • 財務数値である予想信用損失の算定に用いたシナリオは基本的に3つ(確率加重は、アップ10%、ベース80%、ダウン10%)である。さらに地域によってシナリオを追加している。感応度分析については、各シナリオを100%とした場合の金額を記載。
  • ベースシナリオを単一シナリオとした場合の金額と財務数値となっている確率加重した金額との差額を開示。マクロ変数に対する予想信用損失の感応度については、数値影響ではなく、文章にて記載。

IV.終わりに

IFRS第9号の予想信用損失モデルの特徴は、将来予測を反映した見積りです。この数値を比較するためには、どのように算定されたかの詳細な開示が必要であるため、多くの開示項目が規定されました。しかし、各行の適用初年度の開示をみると、それぞれが自行の算定方法や利用したパラメーター等に関する開示を行っていると考えられますが、統一したフォーマットが存在せず、各行の開示内容に多様性があるため、単純な数字の比較は難しい状況です。
英国では、大手銀行7行、規制当局、アナリスト、投資家及び事務局として監査人から構成されるThe Taskforce on Disclosures about Expected Credit Losses(予想信用損失に関する開示タスクフォース)が設立されました。このタスクフォースは、整合性と比較可能性を有する予想信用損失の質の高い開示の促進を目指しています。2018年11月に、初めての報告書を公表し、それには英国の大手銀行を対象とした、年次報告書における予想信用損失の開示についての勧告が記載されています。この勧告は、IFRS第9号「金融商品」及びIFRS第7号「金融商品:開示」に記載されている現行の規定を強化する、あるいはそれに追加するものであり、英国の大手銀行が対象ですが、英国の他の銀行及び世界の他の銀行にもベスト・プラクティスを提示するものです。勧告内容が浸透し、予想信用損失の開示においてより有用な情報がもたらされることになることが期待されます。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
金融事業部
テクニカル・ディレクター 中川 祐美

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