中小規模病院におけるHIS導入の要諦 - 今後の施設間連携・院内効率化の観点から -
中小規模病院における情報システムについて、現状調査・ニーズ把握・IT化計画策定の導入から失敗しやすい類型的な事例まで解説します。
中小規模病院における情報システムについて、現状調査・ニーズ把握・IT化計画策定の導入から失敗しやすい類型的な事例まで解説します。
目次
日本全国の病院のうち200床未満の中小規模病院は、69%(2017年度医療施設静態調査)を占めている。今後、地域連携を推進しながら質の高い医療提供体制を構築するためには、この中小規模病院の能力向上が鍵となりうる。本稿では、中小規模病院において、病院情報システム(以下HIS)に求められる特徴、自院にあったHISをどのように導入し、投資すべき対象をどのように絞り込むかの方法について解説する。また、HIS導入プロジェクトにおいて陥りがちな5つのアンチパターン(失敗につながりやすく、頻繁に見受けられる事例)についても紹介する。
投資費用・導入機会が限られる中小規模病院のHISは、機能がシンプルでありかつ低価格であることが求められる。一方、それぞれの医療機関が置かれている環境によってIT化のニーズは大きく異なる。自院が地域に求められる役割や果たすべき機能を十分理解し、自院の現行システムの状況やニーズを正確に把握したで、「選択と集中」によって必要なシステムを見極める必要がある。
本稿がHIS導入・見直しを検討されている医療機関関係者、およびシステムベンダー関係者への一助になれば幸いである。なお、本稿の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りしておく。
中小規模病院におけるIT化の重要性
地域包括ケアシステムの実現にあたって、各地域の中小規模病院が住民のための重要な機能を果たすことは間違いない。地域住民が安心して生活するために、大学病院、特定機能病院を含む大規模病院・無床診療所・ケアマネージャー・介護施設・訪問看護ステーション等と連携し、地域に密着した医療提供を行う役割を担っている。また高度医療を提供する中核病院にとって、当該地域の医療を継続的に支える中小規模病院の存在は非常に重要である。地域に愛され選ばれる医療機関になるためには、地域密着型のサポートを高い透明性をもって行うことが求められる。
このような背景から、中小規模病院におけるIT化推進は病院内の効率化や経営改善といった範囲のみに留まらず、IT化によって地域の医療機関や介護施設との情報連携を促進し、地域包括ケアシステムを有効に機能させる要のような存在になるべきであると考える。
中小規模病院ならではのHISの特徴
1. オーダリングに比べて遅れる電子カルテ導入
オーダリング機能は利用しているものの、電子カルテ機能を部分的に絞り手書きを併用するといった運用を行う医療機関も未だ見受けられる。経過記録や各種文書、オーダに対する実施入力、病棟の看護業務、服薬指示等の医師指示等において、従来の紙運用を継続しているケースなどである。
慣れ親しんだ紙カルテでの運用を変えることは病院にとって一見スタッフの負担が大きいように感じられる。しかしながら、診療記録の可読性向上や記録の正確性向上といった観点からも電子化によるメリットは大きい。また、各種医療文書を電子カルテ上でワークフロー化して作成できるなど、業務効率化に寄与する機能も備えており、効率化の観点でもIT導入は検討に値すると考える。
2. 部門システムは少な目にシンプルな機能を
特定機能病院をはじめとする地域の中核病院等においては、高度の医療の提供、先端医療技術の開発などを必要とするため、多数の部門システムを組み合わせた大規模なシステム導入が行われる。
一方、多くの中小規模病院においてはオールインワン型のパッケージシステムで機能の大部分を補うことができ、パッケージシステムに含まれない画像管理システムや医事会計システム等については、必要最低限の部門システムで機能がカバーできる。また、個々の病院の特徴に基づいて必要な部門システムだけを導入することにより、大規模病院のような膨大なシステム構成をとる必要はない。運用やメンテナンスに要する労力削減の観点からも、HISはシンプルな構成であることが求められる。
3. IT導入に対する投資対効果の懸念
病院全体の診療パフォーマンスに影響を及ぼすため、システム導入は投資対効果に見合わないのではないかという懸念が未だ根強い。確かに、システム導入当初は操作や運用習熟への慣れの問題などから業務停滞が生じ得るが、最終的には、今まで別保管されていた画像データ・書類等もカルテとともに一元管理されることにより、患者にとって安全かつスタッフにとって効率のよい環境が提供できるものと考える。
また、大規模病院に比べて患者対応スタッフ数が少なく、余分な機能をそぎ落とし、HISのレスポンスを重視することが必要となる。シンプルなシステム構成を採用することが、結果的にレスポンス向上・コストダウン・効率化につながると考える。
HIS導入のための3つのステップ
では、自院に最適なHISを無駄なく導入するためには、どうすればよいか。筆者としては、「現状を把握する」「ニーズを見極める」「投資すべき範囲を決定する」という3つのステップを通じて進めていくことに尽きると考える。以下、これら3つのステップの手順とポイントについて解説する。
1. システムの現状調査を行う
前述の通り、すでにオーダリングシステムや画像管理システム等が導入されていることが多いと思われるため、現状導入されているシステムやネットワークの状況を正確に把握し、システム資産を表現する必要がある。具体的には次のような文書を整備することとなる。
- システム構成図(HISおよび部門システムの一覧と、データの流れが俯瞰できる図)
- システム概要(ベンダー、パッケージシステム名称、サーバ台数、ディスク容量など)
- システム間連携インターフェース一覧
- システム別マスタ一覧・関連図
- ネットワーク構成図
- 業務運用フロー図
ここで重要なポイントとしては、システム担当部署やベンダー担当SEが把握している「だけ」では不十分であるということである。文書化の目的は、病院管理者・事務部門トップが現行システムの整備状況を知ることにあり、また外部有識者が文書によってシステムの形を見られるようにすることにある。
文書化によってシステム導入検討がより現実的になるとともに、システム調達フェーズにおいて曖昧さが除去されるため、ベンダーの見積費用がより精緻になる(=リスクが減少し提示価格が下がる)ことにつながる。
2. 院内や地域から求められるニーズを知る
「システムニーズを知る=現場のシステム導入ニーズに際限なく応えること」ではない。病院内の各部署からシステム化の意見や要望の吸い上げを行った結果、システムへの要望が山のように押し寄せ、プロジェクト方針を見直しせざるを得なくなったという事例はいくつも見受けられる。また、「システム化を検討する=展示会等で最新システムを買い物感覚で選ぶ」ことでもない。
この地域において自院に求められる機能、強化すべき機能は何か、病院経営者の観点で把握し、自院に求められる役割を見定める。地域包括ケアシステム構築において自院がどういった役割を求められるか、在宅・介護との連携、大規模病院・無床診療所との連携、地域医療計画に基づく最適配置、その中で自院の生き残り戦略を見定め、その戦略を後押しするためのシステム投資とは何かを知ることが必要である。
これらを実現するためには、何と言っても病院経営者自身が自らの病院運営ビジョンをIT計画に反映させることが必要である。病院トップの強いイニシアティブが、システム化ニーズの明確化には不可欠である。
3. 「攻め」と「守り」の観点でIT整備計画策定
IT投資において考えるべきこととして、「攻め」と「守り」という観点で整備計画をバランスよく組み立てる必要がある。
「攻め」の投資とは、病院としての特色に見合ったシステム機能を積極的に整備することを意味する。
次に挙げた機能例は、現状ではまだ高額になる傾向があるものの、導入によって職員のワークスタイル改善・医療サービス向上につながるのであれば前向きに検討すべきものと考える。
- 遠隔医療ネットワークシステム
- 病院外からHISを利用するための仮想デスクトップサービス
- 基幹病院から紹介された患者の診療情報を共有する地域連携システム
- HISデータを集約し、部門横断的に活用できるデータウェアハウス
- 事務手続きの負荷軽減・ペーパーレスを目指したワークフロー・文書管理システム
一方、「守り」の投資としては、ネットワーク機器の整備や老朽更新、大規模災害発生を見据えた事業継続計画(BCP)、サイバー攻撃や情報漏えいなどのセキュリティリスクに備える環境整備など、インフラストラクチャーへの投資も忘れてはならない。これらは、日常の病院運営においては目に触れる機会が少なく、かつ多額の投資が必要となるケースもあり、他のIT関連投資に比べて地味な印象を与える。しかし、これらITインフラに起因する事象が発生すると、診療停止を伴う致命的な問題に発展する恐れがある。「守り」の投資として挙げた項目については、各施設の現状に即して優先順位を上げて取り組むべきと考える。
HIS導入での5つのアンチパターン
これまでHIS導入を数多く手がけてきた経験から、失敗につながりやすい導入パターンを多数見てきた。中小規模病院に限らず大規模病院においても同様と考えているが、次のような5つのパターンに陥ることがないよう、各医療機関においては注意をお願いしたい。
1. 「大手ベンダーだから安心」と白紙委任する
大手ベンダー製のパッケージシステムだからといって、自院での運用にとって最適であるという保証はない。また、ベンダーが同じでも病床規模によって提案される製品が異なると、機能制限や使い勝手が大きく異なるといった違いもある。どのベンダーのどのパッケージシステムかということを検討する前に、自院でどのような運用を想定しているのかを明確にし、その運用に適したシステムを選定するという姿勢が重要である。
2. 思い込みで近隣の中核病院と同一ベンダーを選ぶ
大学病院など近隣の中核病院で導入されているHISと同じシステムベンダーのシステムを導入すれば、医師が派遣された場合でも違和感なく使えるだろうといった見込みで、同一ベンダー製システムを導入しようといった例もある。しかし、そもそも大規模病院においては先進的機能や特殊な運用に対応するためのカスタマイズが加わっていることが一般的であり、全く同じHISを導入することはできないと考えた方が良い。
3. 現行システムの見直しを行わずに継続する
病院固有の運用に沿って長年使われた現行システムは、良くも悪くも病院職員にとって馴染みのシステムであり、システム担当者にとっても手がかからないシステムとなっている。現行システムを維持・強化していくという方針そのものは悪くないと考えるが、一方、定期的な見直しを行わずに部分改修を繰り返すと、システムの複雑化により機能拡張性が失われ、システムトラブルが多発するといった問題を引き起こしかねない。また、データ標準化を意識していない旧マスタ体系のままシステムを使用していると、内部に蓄積されたデータを二次利用や地域での情報共有に使用する際に大きな労力を要するといった問題も生じる。
このような問題が生じないよう、少なくともシステム更新時には、システム現状調査の項で述べた各種システム管理資料の最新化・運用フローの見直しが必要である。
4. 部門システムや医療機器との連携を管理せず、つなぎたい放題で接続する
HIS更新とは別のタイミングで部門システムや医療機器が購入される際、HISとのシステム連携を行うケースが多い。部門システムベンダーの中にはHISとの密な連携を売りにするものもあり、連携の充実度がベンダー選定の決め手になるケースもある。
一方、部門システムや医療機器との連携が無尽蔵に増え続けるとシステムは複雑化し、部分的なシステム障害が全体に影響を及ぼすなど、思わぬ問題が生じることもあり得る。システムの効率的な運用のため、不要なシステム連携を制限する・システム連携図を常に最新化するなど、定期的な管理を行うことが重要である。
5. 導入時コストを最優先事項にする
ここまで述べてきたように、システム導入において目を配るべきことは多岐にわたるため、単に導入費用が安い「だけ」を条件としてベンダー選定を行うことは、もっとも避けるべきことである。反面、システム費用が高いからといって素晴らしいシステムが手に入るというわけでもない。重要なポイントは、「現状の把握」「ニーズ分析」「計画策定」の3ステップによって自院にとってのニーズを明らかにし、必要と思われる機能を明確にしたうえで調達にあたることと考える。
また、それらに加えて、今後5~6年における運用保守コストとその内訳についてもしっかり吟味することも重要である。運用保守メニューの充実度・コストは各ベンダーによって大きく異なることから、自院のシステム運用を支えるパートナーを見極めて選定すべきと考える。
図表1 HIS導入における5つの「アンチパターン」
パターン | 注意すべき点 |
---|---|
1.「大手ベンダー製だから安心」と白紙委任する |
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2.地域の中核病院と同じだからという理由で同一ベンダーを採用する |
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3.現行システムの見直しを行わず、そのまま継続する |
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4.部門システムや医療機器連携を管理せず、つなぎたい放題にする |
|
5.導入コスト最優先でシステムベンダーを選定する |
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地域の中で求められる姿を明確にする
HISの形は、病院機能の特徴・地域特性・周囲の医療機関との連携・役割分担等などの要因から、1つとして同じ組み合わせはないと考える。シンプルかつ低価格なシステムが求められる中小規模病院のHISにおいて、地域の中で求められる自院のITはどうあるべきかを明確にすることは非常に重要であり、結果的に地域の医療機関としての価値を高めることにつながる。筆者にとって、IT活用を経営戦略の一環と位置づけている病院関係者とのディスカッションは非常に刺激的であり、あらゆるアイデアを提供したいという思いにさせられる。各医療機関がITを戦略的に活用し、地域包括ケアシステム構想をより活性化していくことに、微力ながら尽力したいと考える所存である。
執筆者
KPMGコンサルティング株式会社 マネジャー
沼澤 功太郎
月刊新医療 2019年6月号掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、月刊新医療の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。
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