CTOを待ち受ける6つの経営課題
CTOを待ち受ける6つの経営課題
本稿ではCTO(Chief Technology Officer)の6つの役割について、実践的視点から解説します。
ハイライト
人工知能やビッグデータを活用したデジタルトランスフォーメーションが急速に企業活動における重要性を増している中、テクノロジーという重要な資産を担うCTO(Chief Technology Officer)は今後その重要度は増すことはあっても、減ることはないと思われます。CTOは、経営陣の一人として、提供するプロダクト・サービスにおけるサイエンス・エンジニアリング・ビジネスの3分野での広範囲な領域で、経営判断や実行に深く関わる事になります。昨今は、特にデータやAIといったコンピューティング重視の開発手法や世界規模での人材獲得の結果として、地理的な分散開発などの新しい経営要因の存在が無視できなくなり、CTOにとって従来にはなかった経営課題が生まれています。そこで、本稿ではCTOの6つの役割について、実践的視点から解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
ポイント
- Point 1: ますます重要となるCTOの役割
技術開発に留まらず、技術経営視点がより重要である。 - Point 2 : 技術分野を越えるCTOの役割の普遍性
扱う技術分野に依らず、CTOが行うべき経営は共通である。 - Point 3 : 急速に変化・進化し、世界規模となる技術開発
常に先端を走る為の継続的アクションが必要である。 - Point 4 : 「失敗」を許容しつつ、成功させる手法が必要
技術開発における手戻りや陳腐化を想定した開発手法が必要である。
I. 今後さらに重要度を増していくCTOの役割
CTO職を明確に設置している企業はそれほど多くありませんが、CTOを置く企業でも開発や設計のヘッドをCTOとしてポジションしているケースが多いようです。CTOが開発や設計をリードすること自体は企業のテクノロジー関連業務としては重要な要素の一つであることは間違いないものの、CTOが行うべき業務はそれだけに留まりません。経営陣の一員としてのCTOの役割としては、一言で言ってしまえば、テクノロジーを企業の経営資産とすべく、ヒト・モノ・カネを最適な形で運用・運営することに他ならないですが、実際には多様なマネジメント要素が必要となります。CTOが支えるべき領域は非常に広く、企業が提供するプロダクト・サービスの基本原理をなすサイエンス、基本原理の商用実現を行うエンジニアリング、そして事業経営・運営であるビジネスの3分野にまたがります(図表1参照)。
図表1 CTOが支える領域
対象とするプロダクト・サービスによっては一人のCTO がカバーすべきテクノロジーのスコープが、システム半導体のようなナノテクノロジーレベルからクラウドや、AI・ビッグデータのようなグローバルネットワークを活用するもの幅広いケースもあります。開発予算規模も年間数百万円・数千万円といった規模から数百億円以上と大規模なものまでさまざまなレベルが存在します。
また市場投入時期までの開発期間・設計期間にも長短のバリエーションがあり、サブプロジェクト群に依存関係が存在したり、プロジェクト開始当初の前提がプロジェクト期間中に変わってしまうこともあるでしょう。開発予算や開発規模が小さいから、実行が容易ということはなく、どのプロジェクトにも多様な困難が待ち受けているのは言うまでもありません。
II. 6つの経営課題
日々CTOを待ち受けている経営課題としては、たとえば、以下のような6つに分類できるでしょう。
- 開発投資ポートフォリオのマネジメント
- 世界規模で分散環境となることが少なくない開発チームの指揮
- CEOや事業部門よりも先を見通したテクノロジーへの投資検討と実行
- 技術負債といわれる旬が過ぎた技術資産からの脱却と新規資産への移行実現
- 時にコンティンジェンシーが必要となる開発設計マネジメント
- 技術者達の好みや意見が分散しがちな開発環境のマネジメント
以下にこれら6つのCTOが担う経営課題について、課題内容の解説と課題解決のアプローチを提言します。
1. 開発投資ポートフォリオのマネジメント
技術は日々進化します。したがって、昨年決めた方針が必ずしも完全な状態で維持されていないこともあり、また時折、これまでの常識を覆すようなディスラプティブな事象も起こります。特に技術基盤が大きく変化することが予測される場合、開発投資ポートフォリオを前年比で正常進化させるだけでは不十分なケースといえるでしょう。
今日でいえば、オンプレミス環境からクラウド環境への変化という事例がそれに相当します。テクノロジーの基礎に近い部分での変化ほど、より大きな影響を及ぼしますので、それを想定したヒト・モノ・カネの配分の組み換えを積極的かつ先取的に行うことがCTOの役割として必須となるでしょう。基盤技術の変化は、社内プロセスやルール・業界規則・関連法規など非技術課題の発生を誘発し、CTOは他のCxOと課題の解決を図っていきます。
また自社内開発で足りないものをどう確保するかという課題も開発投資ポートフォリオのマネジメントで重要な視点となります。M&Aなどにより企業ごと買収、アクハイア(Acqui-hire: 主に人材獲得を目的としたM&A) に代表されるような技術ケイパビリティの獲得を主目的とした吸収・合併、他社プロダクト・サービスのライセンスインによる確保、グループ内他社による開発、自社による開発といった選択肢が存在します。選択肢毎に、利点・欠点が存在するのは常なので、CTOを強く悩ませる経営判断であるのは間違いないでしょう。それぞれの選択肢に対して、リスク分析・メリット分析などを実行することは可能であり、意思決定支援において可視化されるものの、CTOとしては中長期視点も含めて、判断することで短期的な環境変化などによる不測の事態からの影響を最小化できます。
2. 世界規模で分散環境となることが少なくない開発チームの指揮
コンピュータサイエンスを始めとした技術を有するソフトウェアエンジニア・サイエンティストチームを日本だけでは十分な陣容を構築することが容易ではなくなってきています。したがって、海外の有力大学のお膝元とも言える都市などに開発・設計拠点を置くことも少なくありません。どうしても拠点が離れていると、それぞれが個別最適化を図ってしまい、全体でみると大小多くの問題が散見されます。
タイムゾーンが離れた3拠点での同時開発は、カンファレンスコールなどが容易でなくなったりしますので、開発テーマをタイムゾーンが2つ程度に収まるようなロケーション群で実行するといった小さな工夫も効果的だったりします。各国で休日や新年などの祝いのタイミングも異なるので、こういった差異を理解しつつ、リリーススケジュールなどを組むことも成功率を挙げる要因と言えるでしょう。
地理的な分散は、必ずしも常識やルールが一致していないことも意味します。こういったグローバル協業において頻繁に確認しておきたいのが、目指すべきゴールとその背景の共有になります。特に大規模開発においては、一度動き始めたらCTOと言えども、そのモーメンタムに逆らって軌道修正することが難しくなりますので、プロジェクトを始める際の慎重さに加えて、たとえば週ごと、月ごと、四半期ごとなどの進捗・課題確認および方向性修正などのイベントはあらかじめ設定しておくと、プロジェクトメンバーもその為の情報を作っておくことができるので良いでしょう。また、期中における予算のリアロケーションを可能にする柔軟なルールや運用の導入も、成功率を向上させるうえで良い施策と言えるでしょう。
3. CEOや事業部門よりも先を見通したテクノロジーへの投資検討と実行
事業部門が欲しいといい始めてから、技術を仕込んでも、遅きに失することは容易に想像がつくと思います。CTOの重要な役割の一つは、社内のだれよりも先んじて、将来必要となるテクノロジーに対して先鞭をつけておくことです。これは社外からの調達を前提としても良いですし、社内開発でも構いません。今後予測される市場の変化、技術の変化、法制の変化など、さまざまな変化要因をとらえて、自社の競争力を挙げる技術資産を積み上げていくことが重要です。
CTOの持つさまざまな人脈ネットワークを通じて、常にアンテナを高く上げ、今後起こりうる変化の兆しをいち早くとらえるように意識しておきましょう。新技術に感度の高い知人・友人のSNSでの投稿などはとても参考になりますし、業界のオピニオンリーダーの発言とその背景にある「読み」を理解していくことで、先を見通すスキルを強化していけるでしょう。
SNSを見ていると、先端的な技術トピックは割と同じ方から発信されているケースが少なくなく、技術分野ごとにそういった「エッジな人」がいらっしゃるので、注目しておくと良いでしょう。
新規技術は、他社などでの採用実績が無いのが通常であり、リスク判断も容易ではなく、導入までの見通しも見えにくいのが普通です。他社で実績がでたものを採用するのみでは、自社から生まれるプロダクトやサービスの差異化が生まれにくく、競争力の増強をテクノロジー面から行えるとは言えません。新しい技術の先取的採用は CTOとしての重要な役割と言えるでしょう。
4. 技術負債といわれる旬が過ぎた技術資産からの脱却と新規資産への移行実現
技術負債と言われる、もう旬が過ぎてしまっているものの、事業部門などでいまだ使用されている技術資産からの脱却は、社内のステークホルダーが多い場合も少なくない為、難しい課題です。しかし、CTOがリーダーシップを発揮し、現在利用している技術よりも代替となる新技術に移行した方が遥かにメリットを有することを理解して貰わない限り、現行ユーザのモーメンタムは強く、ユーザに新しい技術資産へ移行して貰うことは実現できません。年間予算を立てる際に、見込みが確実なケースから、どうしても現行システムの運営コストから確定していくケースが多いのではないでしょうか。
CTOの役割としては、敢えて止めるもの、つまり技術負債的システムに対する脱却予算を確保していくことにあるでしょう。社内的には、たとえば3年後には停止といった宣言などにより、社内モーメンタムを新技術側へ移行させていくようなマネジメントアプローチが必要かも知れません。
技術負債という概念とは真逆の話ですが、卓越した技術力や技術的知見というものは優秀なテクノロジストから次世代の優秀なテクノロジストへ技術進化しつつ継承されていくものも多い為、強いテクノロジーチームを構築するには、次世代人材が挑戦できる場を作り、次の主力テクノロジストとしての実力と経験を得られるような業務作りもCTOとしての役割でしょう。
5. 時にコンティンジェンシーが必要となる開発設計マネジメント
難易度の高い技術開発の場合、すべての構成要素が100%確実に商用化できる保証はありません。つまり、常に「失敗」が生じることを頭の片隅においておく必要があります。CTOとしては、開発要素と難易度の相関関係を頭に入れておき、常に難易度の高い案件の代替案を日ごろから模索していくことが必要です。
また難易度ばかりでなく、新技術・新製品の発表で想定していた開発要素が大きな価値を持たなくなってしまうケースもあり、こういった場合は大きなスコープでの手戻りのような、開発構想の練り直しという事態も起こりえますし、単なる採用技術の変更に留まらず、新技術を活用できる人材が異なるケースも出てきます。新技術の登場が予見できていれば、既存人材を含めた経営資源ポートフォリオの修正などをあらかじめ行うことができるので、CTOが持つ責任は小さくありません。
ただ、日ごろからコンティンジェンシーを意識しておくと、実際に事象が生じても慌てることなく、対処できるようになりますので、日々の情報収集と机上シミュレーションが重要です。巨大な開発プロジェクトではCTO一人ですべてのコンティンジェンシーを考えておくのも容易ではないので、各技術分野のマネジメントに常に準備することを意識づけることも重要です。
6. 技術者達の好みや意見が分散しがちな開発環境・開発スタイルのマネジメント
コンピュータサイエンスをベースに成立しているソフトウェアエンジニアリングでは、日々新しいツール・言語・開発環境・開発スタイルなどが提案されています。それぞれ一長一短あるのですが、それ以上にエンジニア個々人の好みの問題も、この問題を複雑にしています。
流行りのツールだったり、メディアで話題になったものをエンジニアが使いたがるのは普通で、新たな仕組みや機能を社内に取り込むという意味で極めて重要な反応であり、極度に新しいものを忌避するのは避けたいところです。一方で、新しいものに特有の品質や機能が未成熟だといった商用システムで採用するには二の足を踏みたくなることもあるのは事実なので、パイロットプロジェクトを定義して、そこでの実証実験を経て、正式採用とするといった正式導入までの手順を構築しておくことで、一つの判断基準をチーム内に提供できます。
これをCTOとしてどうマネージするかという大正解はないのですが、開発プロジェクトとして、何を実現したいのか、というゴールを明確にして、関係者での建設的な議論を促す以外の方策はなさそうです。あくまでもツール・言語・開発環境に対して、好き嫌いといった主観による議論ではなく、良い/悪い・使える/使えない・効率的/非効率的といった客観的な視点での分析と結論をテクノロジーエキスパート達に促すということになります。
III. 最後に
以上、CTOが担う経営課題を6つに分類して、CTOが直面する課題を解説し、解決策を提示いたしました。CTOが取り扱う技術群は個々の企業のユニークネスを反映して個性的であるのが通常です。多様な技術領域から構成させるプロダクト・サービスを構築する事業の場合には、人材構成も非常に多彩になりがちです。多様な才能から構成される「ヒト」のマネジメントや次代への技能継承もCTOの大きな役割であると共に、一般解の存在しない難しい課題ですが、AIが様々なタスクを実行できる時代になっても、人材が企業の主役であることに変わりなく、優秀な技術人材を束ねるCTOの役割はAI時代にますます重要となるでしょう。
CTOはサイエンス・エンジニアリング・ビジネスの広範囲な3要素に関わる経営判断と実行を日々行っています。そのベースにある「技術経営」的な要素は、産業・業界、対象プロダクト・サービス、開発規模・予算規模、開発期間などの技術経営的なパラメータが変わっても、大きく変わることなく、個々のCTOの責務として存在しているとみています。本稿がCTOを始めとする技術経営を担う方々にとって参考となれば幸いです。
執筆者
KPMG Ignition Tokyo
パートナー 茶谷 公之
※記事中の所属・役職などは、記事公開当時のものです。
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