変わる米国ヘッジ会計

本稿では、米国ヘッジ会計の改訂の概略を説明し、IFRSヘッジ会計との主な相違点を解説します。

本稿では、米国ヘッジ会計の改訂の概略を説明し、IFRSヘッジ会計との主な相違点を解説します。

米国財務会計基準審議会(FASB)は、2017年8 月、ヘッジ会計の改訂を公表しました。リスク管理活動と財務報告の整合性を高めることを目的とし、かつ、その複雑性及び煩雑性を減らすことにより、現行基準の問題点に対処することを意図した限定的な改訂です。限定的改訂というものの、キャッシュ・フロー・ヘッジや純投資ヘッジにおけるヘッジの非有効部分の認識が不要になるなど、現行の米国ヘッジ会計の処理とは異なります。また、IFRS第9号のヘッジ会計との差異が大きくなります。
本稿では、米国ヘッジ会計の改訂の概略を説明し、IFRSヘッジ会計との主な相違点を解説します。
本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

  • ヘッジ会計とリスク管理活動をより整合させ、かつ、複雑性の低減を目指す限定的改訂であり、財務諸表作成者のコストや労力の削減につながることが期待される。
  • キャッシュ・フロー・ヘッジや純投資ヘッジではヘッジの非有効部分の認識が不要になる。有効部分と非有効部分の両方をその他の包括利益に計上し、ヘッジ対象の損益認識時点で、ヘッジ対象と同一の損益科目を使って純損益に認識する。
  • IFRS第9号のヘッジ会計との差異が大きくなる。

I.改訂の背景と影響

2017年8月28日、FASBはヘッジ会計の見直しプロジェクトを完了し、会計基準更新書(Accounting Standard Update, ASU)第2017-12号「ヘッジ活動に関する会計処理の限定的改善」 (以下「本ASU」という)を公表しました。新しいガイダンスは、企業のリスク管理活動の経済的実態をより適切に表すようヘッジ規定を改善し、また、複雑な現行のガイダンスの一部を簡素化しています。今回の改訂により、財務諸表作成者にとっては従来の会計処理の複雑性と実務上の負担が軽減され、コストや労力の削減につながることが、財務諸表利用者にとってはリスク管理活動に関する有用な情報が提供されることが期待されています。

II.改訂の概要 ~現行のヘッジ会計とはどのように異なるのか~

1.認識及び表示に関する変更

(1)非有効部分の概念の削除
ヘッジ関係に高い有効性があること※1はヘッジ会計の要件です。現行のヘッジ会計では、高い有効性がある場合でも、ヘッジ手段の評価差額をヘッジの有効部分と非有効部分とに区分します。有効部分はその他の包括利益に計上し、ヘッジ対象の損益認識時に純損益にリサイクルされ、非有効部分は発生時に純損益に計上されます。
本ASUは、ヘッジ関係の非有効部分という概念を削除し、高い有効性がある場合には、ヘッジ手段の公正価値変動全額にヘッジ会計を適用することを要求しています(815-20-35-1)。ヘッジ手段の公正価値変動全額はその他の包括利益に計上され、非有効部分はもはや損益に独立して認識されません。この結果、キャッシュ・フロー・ヘッジ及び純投資ヘッジにおいて損益認識のタイミングが変更されます(図表1参照)。一方、公正価値ヘッジに関しては、会計処理に変更はなく、ヘッジ対象リスクの変動に伴うヘッジ対象の公正価値変動は純損益で認識されるため、ヘッジ手段の公正価値との差分(ヘッジの非有効部分)は純損益に認識されます。但し、差分を非有効として開示することはもはや要求されません。

 

※1実務上はヘッジ対象の公正価値またはキャッシュ・フローの変動の絶対値とヘッジ手段の公正価値変動の絶対値の割合が80%から125%の数値基準が引き続き適用される。

図表1 キャッシュ・フロー・ヘッジ及び純投資ヘッジの非有効部分の認識の変更

図表1 キャッシュ・フロー・ヘッジ及び純投資ヘッジの非有効部分の認識の変更

(2)損益計算書上の表示区分に関する規定
すべてのヘッジ取引について、ヘッジ手段の公正価値変動全額がヘッジ対象と同一の損益計算書表示科目に計上されます。また、現行のヘッジ会計及び本ASUでも、一部の状況において、(例えば、ヘッジ手段として用いたオプションのプレミアムのような)特定の金額をヘッジの有効性評価から除外することを認めていますが、本ASUはこの除外された部分もヘッジ対象と同一の損益計算書の表示科目に計上することを要求しています(815-20-45-1A)。

2.ヘッジ対象リスク構成要素に関する変更

(1)非金融ヘッジ対象のリスク構成要素
現行のヘッジ会計では、非金融項目の購入または販売に関連してキャッシュ・フロー・ヘッジ会計を適用する場合、ヘッジ対象リスクは、購入または販売のキャッシュ・フロー全体の変動性または為替リスクによる変動のみに限定されています。本ASUでは、非金融項目の購入または販売契約の契約上明示された要素をキャッシュ・フロー・ヘッジのヘッジ対象リスクとして指定することを認めています。これにより、企業は、現金支払額または受取額の構成要素の1つにのみ関連するキャッシュ・フローの変動性をヘッジ対象リスクとして指定することが可能となります(815-20-25-15(i)(3))。

 

(2)変動金利の金融商品のヘッジ
現行のヘッジ会計では、金利リスクのキャッシュ・フロー・ヘッジにおけるヘッジ対象リスクは明示されたベンチマーク金利でなければならないとされています。本ASUでは、キャッシュ・フロー・ヘッジにおいて、契約上明示されたいかなる変動金利もヘッジ対象リスクとして指定することを認めました(815-20-25-15(j)(2))。したがって、プライムレートに基づく変動利付ローンのヘッジ対象リスクとして、ベンチマーク金利ではないプライムレートを指定することができるようになります。

 

(3)固定金利の金融商品のヘッジ
現行のヘッジ会計では、公正価値ヘッジにおけるヘッジ指定可能な金利リスクをベンチマーク金利に限定し、米国におけるベンチマーク金利は米国債金利とLIBORスワップレート、OIS(Overnight Index Swap, 翌日物金利スワップ)のみとしています。本ASUでは、これに、証券産業及び金融市場協会市民スワップインデックス(Securities Industry and Financial Markets Association Municipal Swap Index : SIFMA)スワップレートを追加しました(815-20-25-6A)。※2

 

※2米国基準では、LIBORをヘッジ指定可能な金利リスクとしているため、ヘッジ対象として指定するリスク構成要素はヘッジ対象全体の一部でなければならないIFRSと異なり、Sub-Libor問題(Liborがマイナスの場合、ヘッジ指定ができない)は生じない。

3.金利リスクの公正価値ヘッジに関するヘッジ対象の測定

本ASUは、金利リスクの公正価値ヘッジにおけるヘッジ対象の公正価値変動を測定する際の簡便的な方法を提供しています。

 

(1)ベンチマーク金利部分のみのヘッジ指定
現行のヘッジ会計では、ヘッジ対象の公正価値変動は、契約上の金利全体から生じるキャッシュ・フローに基づいて測定されますが、本ASUは、契約上の金利キャッシュ・フローのうちベンチマーク金利部分のみに基づいてヘッジ対象の公正価値変動を測定することを認め、いずれかを選択できるようになりました(815-25-35-13)。

 

(2)残存期間の一部のみのヘッジ
本ASUは、企業がローンまたは債券の残存期間の一部分を金利リスクの公正価値ヘッジにおけるヘッジ対象として指定することを認め、この結果ヘッジ期間の最後の利払い日をヘッジ対象金融商品の満期とみなして、金利リスクの変動による公正価値の変動額を算定することが認められます(815-25-35-13B)。

 

(3)期限前返済可能金融資産のポートフォリオのヘッジ
期限前返済可能金融資産のポートフォリオの一部をヘッジする場合、期限前返済(または、キャッシュ・フローの時期及び金額に影響を及ぼすその他の事象)に影響を受けないと見込まれる金額をヘッジ対象として指定することが認められます(最下層アプローチ)。このアプローチを用いる場合、ヘッジ対象の公正価値は期限前返済が不可能であるかのように測定されます(815-20-25-12A)。

4.有効性評価に関する見直し

有効性評価の見直しが行われ、財務諸表作成者にとっては従来の会計処理の複雑性と実務上の負担が軽減され、コストや労力の削減につながります。

(1)有効性評価の方法
現行のヘッジ会計では、キャッシュ・フロー・ヘッジ及び純投資ヘッジにおいてはヘッジの非有効部分を分けて純損益に認識する必要があるため、完全に有効であるとみなされるヘッジ取引(ショートカット法及びクリティカル・ターム・マッチ法の要件を満たすヘッジ取引)以外は、定量分析が必要です。本ASUでは、事後の期間においてヘッジの有効性が高いという予測を企業が合理的に立証可能な限り、事後の有効性評価を定性的に行うことができるとしました(815-20-35-2A)。この場合、企業は定期的に事実及び状況が変化していないことを確認し文書化することが必要です(815-20-35-2C)。

 

(2)当初有効性評価のタイミング
現行のヘッジ会計では、ヘッジ指定と同時に、当初の定量的な有効性評価を実施しなければなりません。本ASUでは、ヘッジ指定の後の一定の期間内に、当初の定量的な有効性評価を実施することが認められます(815-20-25-3(b)(2)(iv)(02))。

 

(3)ショートカット法
ショートカット法をもはや適用できない状況と判断される場合には、過去に遡ってヘッジ会計を適用しないという修正再表示が、現行のヘッジ会計では要求されています。本ASUでは、あらかじめヘッジ文書にどのような定量的評価を行うかを明記していれば、ショートカット法がもはや適用できない状況においても、当初のヘッジ文書に記載されている定量評価方法に基づき、将来に向かっての評価と実績評価との双方において高い有効性が認められる場合には、ヘッジ関係の再指定を要求せずショートカット法から定量評価方法へ有効性評価方法を変更することを容認しています(815-20-25-117A)。

 

(4)クリティカル・ターム・マッチ法
クリティカル・ターム・マッチ法を適用する場合、現行のヘッジ会計ではすべての条件が完全に一致することが必要です。
本ASUでは、ヘッジ対象が予定取引である場合に、デリバティブの満期と予定取引の発生期日の差異が31日間以内または同月内である場合には、ヘッジ手段のデリバティブの期日は、ヘッジ対象の予定取引と同時期であるとみなすことができます(815-20-25-84A)。

 

(5)有効性評価から除外された項目の会計処理
オプションの時間的価値、フォワード契約の直先差額など、有効性評価から除外した部分の公正価値変動については、現行のヘッジ会計では、直ちに損益認識することが求められています。本ASUでは、(1)有効性評価から除外した部分の公正価値変動をその他の包括利益に計上し、期間にわたって一定の方法により償却するか、(2)直ちに損益認識するかのいずれかを選択することが認められるようになりました(815-20-25-83A、83B)。なお、通貨ベーシススプレッドが新たに除外項目に追加されました(815-20-25-82)。

5.開示規定

上述の改訂を受けて、公正価値ヘッジやキャッシュ・フロー・ヘッジの損益計算書上の影響の開示が要求されます(815-10-50-4A(c))。一方、非有効部分に関する開示規定は削除されます。さらに新たな開示として、公正価値ヘッジ調整額に関する開示(815-10-50-4EE)が要求されます。

6.適用日と移行規定

公開営利企業は、2018年12月15日より後に開始する会計年度及びその会計年度における期中会計期間から適用します。本ASUの公表後、期中会計期間を含むどの期間においても早期適用は認められます。
原則として、適用会計年度の開始時点で、その他の包括利益累計額への累積的影響の調整額を計上し、それに対応する調整額を利益剰余金の期首残高に計上します(修正遡及アプローチ)(815-20-65-3(c))。適用日後の最初の会計年度において、企業は、有効性の評価方法に関するヘッジ文書の修正を行うことが可能であり、これをヘッジの中止として扱う必要はありません(815-20-65-3(g))。損益計算書の分類及び財務諸表開示の変更は適用日から将来に向かって適用されます。また、金利リスクの公正価値ヘッジ及びリスク要素のヘッジのために特定の移行ガイダンスが提供されています。

III.改訂後のヘッジ会計とIFRS第9号におけるヘッジ会計との主な相違

現行の米国ヘッジ会計とIAS第39号のヘッジ会計のガイダンスは類似していましたが、リスク管理活動と財務報告を整合させるという目的のもと、IFRS第9号は大幅な見直しを行う一方、米国基準における改訂は、現行のヘッジ会計の枠組みを維持し実務上の論点に対応する限定的なものとなりました。
このアプローチの違いの結果、本ASUとIFRS第9号において有効性評価、非有効部分の処理などについて差異が生じています(ASU BC236)(図表2参照)。

  ASU第2017-12号 IFRS第9号
有効性評価 実績の定量評価における高い有効性として実務上の数値基準は80%から125%が設定されている。現在及び事後の期間においてヘッジの有効性が高いという予測を企業が合理的に立証可能な限り、事後の有効性評価を定性的に行うことも認められる。 数値基準を要求しておらず、ヘッジ関係が過去の期間有効であったかどうかの実績評価は不要である。
キャッシュ・フロー・ヘッジ及び純投資ヘッジの非有効部分の会計処理 ヘッジ手段の公正価値変動は、非有効部分も含めて全額その他の包括利益に表示し、ヘッジ対象が損益に影響を及ぼす期間に純損益にリサイクルする。 ヘッジ手段の公正価値変動は、ヘッジの有効部分と非有効部分とに分けて測定し、非有効部分は発生の都度純損益に認識する。
ヘッジ損益項目の表示 有効部分も非有効部分もリサイクル時にはヘッジ対象の損益科目と同じ科目に表示する。有効性評価から除外した部分の評価差額もヘッジ対象の損益科目と同じ科目を利用する。 有効部分のリサイクル時の損益科目及び非有効部分の損益科目について明示的な規定はない。
期限前返済可能金融資産のヘッジ 期限前返済可能金融資産の一部分のヘッジは、期限前返済に影響を受けないと見込まれる金額をヘッジ対象として指定することができる(最下層アプローチ)。 同一リスクの資産グループのヘッジにおいて最下層アプローチは認められるが、期限前返済可能金融資産の場合には、期限前返済リスクをヘッジ対象の公正価値に織り込む。
ヘッジ指定から除外した項目 有効性評価から除外した部分(例:オプションの時間的価値やフォワード契約の直先差額)に起因する評価差額はヘッジの期間にわたり償却するか、直ちに純損益に認識するかを選択することができる。 オプションの時間的価値の評価差額は、ヘッジのコストとしてその他の包括利益に計上し、その後純損益にリサイクルする。フォワード契約の直先差額は、直ちに純損益に認識するか、オプションの時間的価値に準じた処理をすることをヘッジ関係ごとに選択可能。
ヘッジ会計の任意の中止とリバランシング 任意に中止可能である。リバランシングの規定はない。 任意の中止は禁止されている。ヘッジ関係がヘッジ比率に関するヘッジ有効性の要件に合致しなくなったものの、リスク管理目的に変更がない場合、ヘッジ比率を調整するリバランシングが要請される。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
金融事業部
シニアマネジャー 中川 祐美

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